【語り】高山久美子
片耳難聴の男性
「遠目から話しかけられると、もう完全に聞こえないので、無視している形になるんですけど。それをトントンと(たたいて)気付かせてくれるならいいんですけど、そのまま裏で『あの子、よく無視するよね』みたいな。」
左右の耳のうち、片方だけが聞こえない、聞こえにくい「片耳難聴」。(一側性難聴)。これまで、お互いにつながれる場がほとんどありませんでした。そんな中、去年8月、片耳難聴の当事者グループが誕生しました。
当事者グループ 発起人 麻野美和さん
「本当にいろんな人の困りごとを受け止めたいと思っているんですけど。」
グループの名前は「きこいろ」。ホームページで様々な情報を発信したり、語り合う場を持つなど、積極的に活動しています。
きこいろ代表 岡野由実さん
「自分以外にも同じように悩みを抱えている人がいるんだとか、片耳聞こえないと、こういったところで困っているんだということを知ることで、少しでも気持ちが楽になってくれるといいかな。」
いろいろな聞こえ方を認め合えば、社会はもっと楽しくなる。「きこいろ」の活動の日々です。
この日は「きこいろ」が主催する、オンラインでの語らいの場。進行するのは会の発起人、麻野美和さん。左耳が聞こえない当事者でもあります。
参加したのは、10年前に右耳が聞こえなくなった50代の男性と、生まれたときから右耳が聞こえない20代の男性。
50代 男性
「片耳難聴については、身近にそういう集まりがなかったので、前から探していたところ『きこいろ』を見つけたので。」
20代 男性
「こういったコミュニティーが今あるんだと思って。同じように聞こえない方としゃべってみたかった。」
話す人も聞く人も当事者ですが、悩みは様々です。
50代 男性
「オーディオとか音楽を趣味にしていたので、音がステレオで聴こえないというのは、生まれつきの方にはイメージが付かないと思う。」
麻野美和さん
「そう、付かない付かない、私も付かないですよ。どんな感じなんですか?」
20代 男性
「違うんですか、ステレオって?」
50代 男性
「片方しか聴こえなくなると、聴いてても楽しくないというか。」
麻野美和さん
「吉田さんは音楽は聴かれますか?」
20代 男性
「僕は好きです、音楽。なんでも聴きますし。だからこそ、つまらないときいて、なるほどと思いました。治るものなら治りたいと思いましたね。それを聞いたら。」
麻野美和さん
「あーそっか。知らないですもんね。その世界をね。」
50代 男性
「同じ片耳が聞こえない方と、今まで直接話をしたことがなかったので、(医療、福祉と共に)第3の治療というか、癒しの1つだと思っていますので。機会があれば積極的に参加したいし、知らない人がいれば、お知らせしたいと思います。」
麻野美和さん
「ちょっとしたことを共有できるのって、すごい楽しいんですよね。それで日常生活が解決するかと言ったら別にそういうわけではない。聞こえが治るわけではないから。ほっとするというか。」
麻野さんが暮らすのは、宮城県気仙沼市。去年、結婚を機に埼玉県から移り住みました。まちづくりの交流会などには積極的に参加しています。
「なんだっけあと…5つのR。」
こうした場では、片耳難聴であることをオープンにしています。
麻野美和さん
「私はここに雷とか飛行機の音がしても聞こえないくらい、全く聞こえないので。」
「そこまでいくと、結構聞こえないという感じ?」
麻野美和さん
「うん。こっちはもう全然聞こえないです。」
周囲に自分の聞こえをどこまで伝えるかは、人それぞれだといいます。
麻野さんにとって大きいのは、夫の謙太さんの存在です。生活の中では、聞き返しをすることも少なくありません。
麻野美和さん
「水いらない?」
謙太さん
「いらない。」
麻野美和さん
「聞こえない。」
謙太さん
「いらない。」
麻野美和さん
「いらない、はーい。」
謙太さんは麻野さんの聞こえについて、自然に受け止め、今の関係を築いてきました。
麻野美和さん
「この距離聞こえるね。こうすると聞こえる。」
麻野さんが聞き取りやすい右側に謙太さんが座るのが定位置。必要以上に気にすることはないけれど、さりげない気遣いが心地よいといいます。
麻野美和さん
「安心しきっているので。耳のことがささいなこと、小さなことになる。環境がそうだから、気にしないでいられる。」
「お疲れー!」
自分も周囲も聞こえについて分かり合えて、楽しく過ごせる毎日。しかし実は、ここに至るまでには様々な悩みがあったといいます。
麻野さんが左耳の聴力を失ったのは10歳の時。おたふくかぜの影響でした。医師から言われた言葉は「片耳が聞こえるから大丈夫」。しかし、同級生との関係に徐々に変化が出てきました。
麻野美和さん
「クラスの休み時間で、真ん中の方にいて、端っこではなかったので、こっち(左側)から話かけた子に気付かなくて、無視したようになって。あだ名でからかわれて『無視マン』みたいな変なあだ名を付けられて。しばらく、からかわれたことがあったんですよね。嫌われたら怖いという思春期(の頃の気持ち)もあったので、会話に加わることにプレッシャーがかかっちゃって。」
以来、人付き合いを避け、1人で過ごすことが多くなっていきました。
さらに4年前、体調の変化も訪れます。激しいめまいで救急搬送されますが、医師からは「ストレスではないか」の一言。詳しい原因は分かりませんでした。「遅発性内リンパ水腫」と診断が下りたのは、その半年後。片耳難聴の一部の人がなる可能性のある難病でした。(推定患者数4000~5000人 厚生労働省調べ)
麻野美和さん
「情報があったら治療も正しくできて、ストレスもかからずに済んだのかな。」
悩みを共有できる相手もほとんどいない。必要な情報も得られない。この現状を変えられないのか?そんな思いを抱えた麻野さんが連絡を取ったのが、現在きこいろの代表を務める岡野由実さん。岡野さん自身当事者で、言語聴覚士でもあります。話すうちに「片耳難聴の人たちへの正確な情報を届けたい」という思いが一致した2人。一緒に活動していくことにしたのです。
岡野由実さん
「私自身はずっと当事者たちに届けたい知識や情報はあったけれど、それを届けるすべがなかった。SNSが盛んになって手軽に情報を取れる社会になっても、これだけ情報が届いていない現状があるとすごく感じた。」
2か月後、交流会を企画すると、これまで片耳難聴の人に会ったことがなかったという多くの当事者たちが集まりました。
麻野美和さん
「実際にやってみたら、すごく楽しかった。あ、そうだよね、あるよね、という共感がすんなりできる。やっぱりそれって仲間同士だからできる部分がすごくある。」
麻野美和さん
「おはようございます。よろしくお願いします。」
現在きこいろの運営メンバーは12人。デザイナーやライターなど社会の様々な分野で活躍する当事者が集まっています。
麻野美和さん
「急な難聴になって、どうしたらいい?という相談には、こちらのウェブサイトを貼ったりとか。こういった所がありますよという情報提供をして。」
それぞれの強みを生かして様々な企画を立て、ホームページに掲載する記事を制作。
これまでなかった医療・福祉に関するまとまった情報や当事者へのアンケート調査、前向きに生きる著名人のインタビュー記事なども掲載しています。さらに、専門職である岡野さんによる勉強会も企画。聞こえの多様性を伝えるための活動が広がっています。
今、きこいろの中にはユニークな機器の開発に取り組んでいる人もいます。
眼鏡型の機器を男性メンバーに装着しているのは、東京大学工学部で学ぶ、高木健さんです。
補聴器に抵抗のある人もつけやすいようにとデザインされた、聞こえをサポートするデバイス。その仕組みは、例えば右耳が聞こえない人の場合、右方向から来る音をメガネの右側に付いた小型マイクで集めます。その音を聞こえる側のスピーカーに伝え、聞き取ることができるようになるというものです。
この日、きこいろ代表の岡野由実さんと、デザイン担当の木村博信さんが、モニターを担当しました。
東京大学工学部 高木健さん
「この状態だと?」
きこいろ デザイン担当 木村博信さん(左耳が聞こえない)
「あー全然違いますね。全く違います。」
東京大学工学部 高木健さん
「これがついている状態で。」
きこいろデザイン担当 木村博信さん
「おー、すばらしい。」
雑音の多い街に出て、木村さんが聞き取りにくい左側の声の聞こえ具合を確かめます。両隣に人を挟んで歩きながらの会話です。
木村博信さん
「結構恐れているシチュエーションです、日々。今歩いているときも、車道でこっち側(右側)に自動車が通ったりすると、その音でこっち側(左側)の音が全く聞こえなくなることがある。(デバイスを)試したときにそういう状態でも、岡野さんの声がしっかり聞こえた感じだった。」
続いてやってきたのは、焼き肉店。調理の音や店のBGM、他のお客さんの話し声など、難題が多くある中でのやりとりを試します。
木村博信さん
「(飲み会は)楽しい場じゃないですか。そこで『俺、聞こえないんだ』という話を持ち出すこと自体、あまりふさわしくないのではないかと気を遣ってしまうこともある。ただ、これがあればもうちょっと抵抗なく(飲み会に)行けるようになるのかなと。」
聞こえ方も得意なことも多様なメンバーが活躍する「きこいろ」。当事者同士のつながりが生まれたことで、日々の生活が豊かになる可能性がどんどん広がっています。