【語り】高山久美子
ある学校の小学6年生の授業。
明晴学園
「猿が話するの?」
ろうの子どもたちが、手話で学んでいます。
この日使われた教材は、NHK初の「手話つき」ドラマです。
ナレーション
“裁かれる被告人は、猿。”
「昔話法廷」さるかに合戦をモチーフにした、ちょっと不思議な物語。カニの親子に執ように柿を投げつけて殺した猿の罪を裁判で問います。
子ガニの声
“僕はあいつを…絶対に許しません。”
こちら、同じ手話つきの昔話法廷を見るのは…聞こえる小学6年生。今回、番組を使ったある試みに協力してもらいました。
新城小学校
「うーん…猿ができること。」
明晴学園
「木を育てる。」
明晴学園
「カニの町をつくる。」
明晴学園
「緊張しています。」
同じ教材でお互い授業をし、交流してもらおうというのです。その様子を2週にわたってお伝えします。今日は前編!どんな出会いになるでしょうか?
神奈川県川崎市にある新城小学校。この日ここを訪れたのは、手話で学ぶろう学校・明晴学園の小学6年生です。
教室で待つのは、同じく6年生の聞こえる子どもたち。
新城小学校
「“こんにちは”ってどうやるの?こんにちは。」
新城小学校の教師
「拍手で迎え入れてもいいよね。」
この日は、まずお互いを知るための交流会です。
新城小学校:拍手
明晴学園:拍手
新城小学校
「こんにちは。」
明晴学園 小野広祐先生
「みなさん、ろう者のあいさつはこうやります。」
新城小学校
「へ〜、そうなんだ。」
明晴学園
「こんにちは。」
新城小学校の教師
「うちらもやろう。」
新城小学校
「こんにちは。」
明晴学園の小野先生が取り出したのは、大きな紙。そこに子どもたちが書き出したのは…それぞれの名前です。
明晴学園 安田さん
「“安”“田”です。よろしく。」
聞こえる子の多くは、ほとんど手話ができませんが…。
(新城小学校 吉楽さんの自己紹介)
明晴学園
「“吉”はこう。“楽”。」
新城小学校
「教えてくれるんだ!」
明晴学園
「“吉”はこう。“楽”はこう。」
全員:拍手
続いてはジェスチャーゲーム。
新城小学校 “皮をむく身振りをする”
明晴学園
「バナナ!」
小野先生
「手話のバナナと同じ表現でした。」
新城小学校 “何かを蹴るような身振りをする”
明晴学園
「サッカー!」
ゲームを通じ、聞こえる子たちも自然に手話に親しんでいきます。
明晴学園 “赤い服を指差し、丸を作るような身振りをする”
新城小学校 吉楽さん
「トマト。」
小野先生
「指文字のトを回します。」
最後はフリートーク。
新城小学校
「私の名前は…。」
明晴学園
「“野”“口”。」
明晴学園 安田さん
「“野”(力強すぎ)こわいよ。」
お互い声を使わないコミュニケーションを楽しみました。
明晴学園
「さようなら。」
(新城小学校)
「思ったより楽しい人たちだった。」
吉楽さん
「思ったよりすごい明るかった。」
奈良部日菜さん
「ジェスチャーとかでも、手話があんまりできなくても通じたからすごい安心できたし、楽しかった。」
(明晴学園)
「楽しかった。」
「もっとやりたかった。」
安田さん
「楽しくてあっという間だった。もっと長くやりたい。」
岡田遥人さん
「聴者(聞こえる人)は手話ができなかったり、どう接すればいいか戸惑ったりするけど、(新城小の子は)手話ができる子もいて、みんな遠慮しないで堂々としてた。」
ろうの子どもたちが学ぶ、明晴学園。日本で唯一、すべての授業を日本手話で行う学校です。幼稚部から中学部まで、68名の生徒が通っています。
英語の教師
「これが“ピザ”。」
生徒
「ピザ。」
「好き。」
「ピザが好き。」
新城小学校との初めての交流の翌日。
明晴学園
「猿が話するの?」
手話つきの番組「昔話法廷」を使った授業が行われました。
ナレーション
“裁かれる被告人は、猿。硬い柿をぶつけてカニを殺した罪に問われている。”
新城小学校
「(猿が)殺したの?」
新城小学校
「(カニの)お母さん殺したじゃん。」
新城小学校も同じ手話つきの番組を見ます。
検察官
“何発も直撃をくらった母ガニと幼い娘二人は体を砕かれて死亡しました。”
明晴学園
「ひどい。」
明晴学園
「殺しちゃったんだよ。」
検察官
“この短絡的であまりにも残虐な犯行は…死刑が相当と考えます。”
明晴学園 小野先生
「この証人は誰でしょう?」
明晴学園
「カニだ。」
番組の中で、残された子ガニは、猿を死刑にするよう訴えます。
子ガニの声
“僕はあいつを…絶対に許しません。”
物語が進むと、今度は、事件後の猿の行動が明らかになります。
弁護人
“猿はひとり残された子ガニに対して、匿名で仕送りをしてきました。仕事帰りに工事現場でアルバイトをして、毎月5万円ほどを工面していました。”
そして猿の妻から、今回の授業のキーワードとなる言葉が出ます。
猿の妻の声
“ですから、どうか生きて償わせてやってほしいんです。”
明晴学園
「なるほど。」
実はこのセリフ、音声と手話では少し違う表現になっています。
新城小学校 東利樹先生
「手話にすると、『死ぬまでカニの家族を助け続けさせてやってほしい』。」
新城小学校
「だいぶ重苦しくなってる。」
この場面の手話は、制作チームが特に悩んだ表現です。ろうの監修・出演者、聞こえるスタッフで議論が行われました。抽象的な「償う」に完全に一致する表現はありません。手話では「誰」に対して「何」をすることなのか、具体的に表す必要があるのです。
猿・猿の妻 役 數見陽子さん
「『カニの家族を助ける』という表現は、『夫は死ぬまでカニの長男を助け続けたいという気持ちがある。夫はとても後悔している』とする?」
スタッフ
「事実として、カニはいま、ひとりしかいない。家族はいないですよね、みんな殺されちゃったから。」
監修 江副悟史さん
「長男っていま何歳?」
スタッフ
「16、17歳の設定です。」
監修 江副悟史さん
「8年たっているから。もし将来カニが結婚して子どもが生まれたらどうする?」
監修 江副悟史さん
「家族を残してもいいですかね?」
スタッフ
「残すのはかまわないです。」
猿・猿の妻 役 數見陽子さん
「子ガニの人生すべてを猿が責任をもって助ける。カニのお母さんや妹のことを忘れないという意味を含めて、心を込めてお墓参りをするという意味も込めて、いろいろな意味をすべて込めて、“家族”にしました。」
リハーサルを重ね、迎えた本番で表したのが、この表現です。
“死ぬまでカニの家族を助け続けさせてやってほしい”
手話で表されたこの猿の妻のセリフについて、子どもたちに話し合ってもらうことにしました。
(新城小学校)
「猿ができることで、お金を出す。貧乏になってでもお金を出して、学費を出したり、病院とかのお金を出したりする。」
「猿ができることで、料理。母親を殺してしまったので(カニに)料理する人がいなくなってしまっている。」
「カニの家族っていうから、ほかにも家族いるのかな?」
「姉か兄がいたりして…。」
「将来のカニの家族ってことじゃないんですか。」
東先生
「将来、なるほど。それに対して、何かできることあるのかな?」
「カニにもしも子どもができたとして、もしも共働きになったとして、そのときに猿がお世話したりするとか。」
一方、明晴学園では新城小学校と共通する意見、また独自の意見も飛び出します。
(明晴学園)
「木を育てる。」
「それそれ!」
「くだもの、りんごとかバナナとか育てるといいと思う。」
「ロボットが料理をするの。カニだから、こんなふうにハサミでね。」
小野先生
「何でロボット?」
「本当のお母さんみたいなロボットを作れば、お母さんがいるみたいで安心するかな。」
「カニの町を作る。子ガニはひとりになってしまって、悩みを話せる人が誰もいないから、子ガニのところにみんな集まってグチを言い合えばスッキリできるよ。」
両校から手話のセリフを巡って、さまざまな意見が出されました。
Q 初めて手話つきの番組見てどうでしたか?
新城小学校 野口茜寧さん
「手話で(直接)表せない言葉があったのに非常に驚いた。それでみんながいろいろ考えて、どんなふうに表したらいいかというのが、すごいいいなと思いました。」
Q 「償う」という言葉は聞いたことありますか?
明晴学園 森永うららさん
「以前ドラマのなかの裁判で被告人が『生きて償いたい』と言っていました。字幕で見たときは、それほど深く考えなかった。でも今回、手話で見て改めて『生きて償う』の意味を考えさせられ、勉強になりました。手話だと100%わかるので深い意味とか、裏に隠された意味とかまでわかるので、いいと思います。」
次回は後編!子どもたちが集まって合同授業を行います。お互いに出た意見を発表しあい、白熱した議論に!
新城小学校
「僕たちが考えた、ひとつ目のキーワードは…『将来のカニの家族を助ける』です。」
お楽しみに!