【出演】長嶋愛,【語り】高山久美子
ろう学校の生徒
「パン工場で働きたいのですが、(聞こえる人との)コミュニケーションが不安です。」
「聞こえる人と同じ仕事を任されたとき、一緒にやっていけるか不安です。」
聞こえない学生たちが抱く、進学や就職の悩み。その解決のヒントを、社会で働く先輩たちに教えてもらおうというシリーズ。
“聞こえないセンパイの課外授業”大人のろう・難聴者が、子どもたちの“先生”です。
第2回は、NHKの長嶋愛ディレクター。多くの聞こえるスタッフとともに番組制作をしている難聴者です。取材などで、初対面の人と話をすることも多い仕事をどのように進めているのか伝えます。
NHK 長嶋愛ディレクター
「聞こえる人とお話しないといけないとか、困ったなと思うことがあったとき、魔法の言葉をお伝えしたいと思います。」
去年12月。愛知県の岡崎聾学校で、NHKの「出前授業」が開かれました。放送局のいろいろな仕事を子どもたちに楽しく体験してもらったり、学んだりしてもらおうという取り組み。
この日の講師役の一人が長嶋ディレクターです。2歳のときに難聴と診断された長嶋ディレクター。テレビ番組が大好きで、この世界に入りました。
Q 将来の夢は?
ろう学校の生徒
「私はファッションデザイナーになりたいです。」
「僕はプロサッカー選手になりたいです。」
「やりたい仕事ができている今がとても楽しい」という長嶋ディレクター。この授業を引き受けた理由があります。
NHK 長嶋愛ディレクター
「10年ぐらい前に難聴の男の子に会ったことがあって、『大きくなったときに聞こえないと、仕事がもらえないんだよ』って言われたことがあって、すごいびっくりした。大きくなったときに、やりたいことが自由にできると思ってもらえるといいなと思って、授業をやってみます。」
NHKでは、まだ一人しかいない、聞こえないディレクターの授業が始まります。
NHK 長嶋愛ディレクター
「はじめまして。NHKディレクターの長嶋愛です。ディレクターって何か、みなさん知ってますか?知ってる人?何をする人かというと、テレビ番組を作っています。番組は作るときに、たくさんの人と関わり合いながら仕事をします。」
こちら、長嶋ディレクターが担当した番組。すご腕バイヤーに同行し、世界の最新トレンドを紹介します。海外ロケは、もちろん長嶋ディレクターが行っています。司会のJUJUさん、三浦春馬さんの収録を進めるのも長嶋ディレクターの役割です。
<働き方>
聞こえる人たちの中で、どのように仕事をしているのでしょうか?
NHK 長嶋愛ディレクター
「まず最初に取材、情報集めをやります。例えばディレクターが、とっても楽しい学校があるらしいと、うわさを聞きます。この学校の特徴は何かな?とか、みんながどうして仲よしなんだろう?仲よしの秘密は何かな?ということをいろいろ取材します。」
例えば、電話取材の場面。相手の言葉をパソコンに文字で表示する通訳と一緒に仕事を進めます。
NHK 長嶋愛ディレクター
「もしもし。」
電話の相手
「はい。」
NHK 長嶋愛ディレクター
「NHKの長嶋と申します。」
やり取りは、隣の通訳も聞いていて、リアルタイムで画面に書き込まれていきます。
NHK 長嶋愛ディレクター
「ここのろう学校の子どもたちは、どんなお子さんが多いですか?」
電話の相手
「元気な子が多い小学部だなと思っています。6年生の子たちは特に元気な男の子と、落ち着いた女の子が多い学校かなと思っています。」
長嶋ディレクターが仕事を進める上で、欠かせない存在です。パソコンが使えないときには、スマートフォンなども活用しています。
通訳には、手話通訳や話の内容をつかみ、パソコンや手書きで伝える要約筆記など、様々なやり方があり、職場や講演会などで活躍しています。
長嶋ディレクターの通訳の様子に、興味津々の子どもたち。
ろう学校の生徒
「パソコン通訳をしている人は、月ごとに変わったりしますか?」
NHK 長嶋愛ディレクター
「(パソコン通訳は)ローテーションで、メインの3人が1週間のうち交代で入っています。私の場合はパソコン通訳をつけて仕事をしていますが、皆さんの場合は、もしかしたら手話通訳が必要になるかもしれないよね。大きくなったときに。」
<工夫>
続いて、直接会って聞こえる人と仕事を進めるための工夫です。
NHK 長嶋愛ディレクター
「これはいつも、私が仕事をするときに渡している名刺です。例えば、初めてお会いした人に『NHKの長嶋です よろしくお願いします』というふうに渡す名刺です。この名刺で、私はあることを、普通の人の名刺とは違う言葉をここに書いて渡しています。」
難聴であることをオープンにして働く長嶋ディレクターの場合、名刺にそのことをしっかり書き、初対面の人ともスムーズにコミュニケーションが取れるようにしています。
より細かなやり取りが必要なスタッフには、自分自身の“トリセツ”を作っています。
NHK 長嶋愛ディレクター
「私は左耳よりも右耳の方が聞こえます。それから、口の動きを読みます。口の動きを読んで、言葉を想像しながら会話をしています。」
大勢のスタッフで臨むことが多いディレクターの仕事。あらかじめ伝えておくと、発言する人が手を上げるなど、必要な配慮をみんなが理解します。こうすることでスムーズに進みます。
しかし実は、こうして楽しく仕事を進めることができなかった時期があります。働き始めは通訳無しで仕事をしていましたが、6年目、補聴器だけでは聞き取れなくなりました。取材をしたり、ロケに行くことが難しくなり、外に出ない仕事を勧められました。
自信を失いかけたそんなとき、あるろう学校で子どもたちに「聞こえる人の中で番組を作るすごい人」と紹介されます。
NHK 長嶋愛ディレクター
「思うように働けていないと思っている自分がいたんだけど、子どもたちの前で『そうですね』と言ってしまって、『うそをついてしまったな』と思ったんですね。そこから、うそつきにならないように、自分が変わらないとダメだと気が付いて。」
当時、NHKで通訳をつけて仕事をしている人はいませんでした。それでも、自分に合った方法を必死で調べ、ディレクターを続けたいと伝え続けました。
NHK 長嶋愛ディレクター
「そういった例は今まで無いというのもあったと思うんですけれども、最初にお願いしたときは断られました。でも、やっぱり私は番組が作りたいと思ったので、それだけは希望を伝えました。ファッションのお仕事をするときにも、もしかしたら手話通訳が必要になるかもしれない。文字通訳が必要になるかもしれない。そのときはぜひ、必要だったら希望していけばいいなと思います。」
<“やりたい”をカタチにする>
最後に、“やりたい”をカタチにするために必要なことを伝えます。
NHK 長嶋愛ディレクター
「私が作った番組を1つご紹介します。」
個性的な出演者が昔話を語る「おはなしのくに」。いま取り組むのは、こうした人気番組に手話をつける試みです。ろう者がセリフや効果音、音楽まで、豊かな表現で伝えています。
多くの聞こえない出演者と、聞こえるスタッフが一緒に仕事をするためには、意見を伝え合う仕組み作りが欠かせません。収録をするスタジオでは、音声のやり取りの仕組みしかありません。何人もいる通訳をどのように配置し、スムーズなやり取りができるようにするか?長嶋ディレクター自身の経験を元に、モニターやカメラを設置し、前例のない仕組みを作り上げています。
何人ものスタッフの指示が飛び交う中、通訳が正確に内容を伝えていきます。こうして、ろうの出演者や監修者、難聴の長嶋ディレクター、聞こえるスタッフが、それぞれ強みを発揮し、番組を作っているのです。
長嶋ディレクターの“やりたい”は、自ら考えた仕組みで実現しています。
NHK 長嶋愛ディレクター
「みんなも今日から、周りに働きかけようとか、聞こえにくいことを伝えようといっても、とても勇気がいると思います。全然知らない人に声をかけるのも緊張しちゃうだろうし、わがままって思われるんじゃないかなとか、勇気がいる場面も多いと思います。もし聞こえる人とお話をしなきゃいけないとか、困ったなと思うことがあったとき、魔法の言葉を伝えたいと思います。『できない』ということよりも、私はこれがしたいということを、ぜひ周りに伝えてください。『私はこういう仕事をやりたいので、協力してもらえませんか?』って希望を伝える。声に出すと、必ず一緒に考えてくれる人が現れると思います。聞こえない立場で何ができるかなと考えるよりも、私はこれがやりたいという前向きな気持ちでぜひ行ってほしいなと思います。」
ろう学校の生徒
「僕たちのために東京から愛知まで来てくださり、ありがとうございました。」
NHK 長嶋愛ディレクター
「ありがとうございました。とても楽しかったです。」
ろう学校の生徒
「聞こえなくても、あきらめないで努力していたのですごかったです。」
「聞こえる人と仲よくできるように、話していきたいと思いました。」
聞こえない人も聞こえる人も、楽しめる番組を一緒になって作る。それが長嶋ディレクターの今の目標です。