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子どもサポート

“パパやママに頼れない”10代20代の声(2014年7月)

番組ディレクター

親の虐待や離婚、病気などが理由で、実の父や母と暮らせない、頼ることができないという子どもたちが増えています。児童養護施設で育った若者たちが、社会に出た後、様々な壁にぶつかっている実態が、最近明らかになりつつあります。

東京都の調査では、児童養護施設の出身者は、一般家庭で育った人よりも 大学などへの進学率が低く、雇用が不安定、収入も少ないことが分かっています。生活保護を受給する人の割合も、都内全体の受給率の4倍に上りました。親と暮らせなかった若者たちが、就職や進学など社会で自立していくために何が必要なのでしょうか。

「お父さんやお母さんに頼れないことで、特に困ったこと」「就職や進学など、社会に出る時に不安なこと」「どんな支えがあれば、希望を持って生きていけるのか」 など、様々な理由から、父や母には頼れないという、10代20代の方の体験談・ご意見をお寄せいただきました。

※このカキコミ板は、2014年7月のハートネットTVで募集したものです。
※子ども・若者に関する記事はこちらから。

投稿日時:2014年05月27日 15時03分

投稿日時:2014年05月27日 15時03分
カキコミ件数:12件
離婚した両親と板挟み
あかねさん/神奈川県/10代/こども

私の両親は私が6歳くらいの時に離婚しました。それからは一つ下の弟と母と16まで生活していました。16の時に入った学校でのトラブルで母との関係が悪化し父に引き取られましたが父とは離婚後一切会わなかったので正直他人に近しい人でした。父はプライドが高くこだわりが強いので私に対し完璧な家事を求めてきました。そんな父とも暮らせず17で家を出て一人暮らしをしました。その後ことある事に両親からどちらの育て方がいいのか聞かれるようになりお互いの悪口を聞かされ精神的に負担が大きいです

投稿日時:2018年02月11日 04時10分

アダルトチルドレン
さきさん/熊本県/20代/

親の過干渉、精神的虐待を受けて育ちました。
もう関わりたくない。家族と一緒にいても利用されるだけで、
私がボロボロになる。

他人がうらやましいです。私が一生かかっても手に入れることができない
「家族」を生まれた時から、持っているなんて。
うらやましい。
愛されるように努力したのに。
親は私を見てはくれませんでした。
悲しいです。

この社会は家族に見捨てられた人間は堕ちるだけなのですよね。

投稿日時:2014年10月24日 00時26分

  • ぱんださんさん/神奈川県/40代/発達障害でACでいろいろ依存気味

    母は姉のことは愛してたけど、私のことは迷惑みたいだった。
    後にADHDが発覚したから、育てにくかったのは事実だろうが。
    な割には進学を強制したり、働けばお金入れなきゃ食事はなし。
    結婚きっかけで逃げなければ殺されてたかもしれない。

    3年前、自由に生きる私に母は嫉妬してキレたのか、
    姉を通じて身内には関わらないでくれと言われた。
    ほんとに帰る場所はなくなった。

    自助グループは、しっくりくる所が見つかれば、
    プラスにはなると思う。私も5.6年は通った。
    グループの立ち上げもした。
    私の体験が誰かの役に立てるならいいかな、
    と思えるようになった。

    それでも、当たり前に語り合える家族とか思い出がないことは、
    やっぱり痛い。
    日曜日の家族連れ見てるだけで憂鬱になることすら今でもある。
    子どものころの楽しい思い出がない私が、
    子どもに楽しい思い出を作ってあげられるはずがない。
    精神科の薬飲んでる事もあって、早くから子どもはあきらめた。

    学校でいじめもあったから、毎日自殺ばっか考えてた。
    母とのケンカで首絞められ、
    昔の夫からのDVで、何度も死にかかった。
    そんな私でも今は思う。
    それでも、それでも、
    みんな大切されるべき命で、
    大切にされなきゃいけない人生なんだ。

    ひとりじゃない。
    どこでも誰でもいい、黙って話だけ聞いてもらえる、
    そんな繋がりが持てるといいかもしれない。
    そういう意味では12ステップのACかEAの自助グループを、
    気力があるときに体験してみてもいいかも。

    おばさんの経験談でした。

    投稿日時:2014年10月25日 01時16分

  • よだかさん/

    さきさん、こんにちは。

    さきさんと同じように多くの方が家族の問題で悩み苦しんでいます。
    一見、何でもない家族に見えて、多くの家族が何かの問題をかかえているのがほとんどです。

    ACについて、同じ問題をかかえた人たちが集まり、機能不全家庭の影響から回復するよう手助けをしている自助グループがあります。
    ACODAもその一つです。
    ホームページが作られているので、一度みて、近くで開かれている会場に行ってみるといいと思います。

    自分一人で問題を解決させるのはむずかしいです。
    でも、同じ問題に取り組んでいる人たちとの出会いは、ひとすじの道を共に歩むきっかけになっていきます。

    もし、自助グループに行くのに抵抗を感じるようでしたら無理をしないで下さいね。いつか、足を運ぼう思える時期が来ます。焦らないで下さい。



    投稿日時:2014年10月24日 10時23分

頼れない ではなく 信じれない
ゆのきさん/神奈川県/20代/子供

私が3歳、姉が5歳の時両親が離婚し、
施設に預ける話を聞いた父方の祖父母にひきとられ、育ちました。

バブルがはじける少し前の事でしたから、
バブル崩壊後は、借金地獄でした。
あの当時、家族全員が互いを責め合い嘆きました。

私は犠牲者でした。

そして私は
人の愛情など所詮紙一重で、信じたって簡単に裏切られる。
そんな風に考えるようになりました。

しかし、どうしたって私は寂しがりやですから
いつだって人の愛情に餓えていましたし、与えくれる事にも期待しました。
自分の存在価値を高めてくれる誰かが常に必要でした。

信じる事は出来ないけど、
側に居て欲しいから大切にする。

そんな風に生きて来た今、
犠牲者だった私は、気がつかないうちに加害者になっている事に気が付きました。

自分を守る為に、誰かが傷ついているなんて思ってもみなかった。
それは本当に醜くくて、酷薄な事でした。
もうニ度と無神経に人を傷つけたくないと思った私は、過去を冷静に第三者目線で振り返り自分を見つめ直す必要があり、それはとっても重要だと気が付きました。

しかし、自分と向き合う事は一人で
は辛くて、難しいものでした。
私の場合、信頼できるセラピストさんとの出会いが大きかったです。
占いなど、スピリチュアルな事ではなく、考える事を手伝ってくれるエキスパートってとこでしょうか。
その方のおかげで、随分自分の足で立っている実感が持てるようになりました。

自分を知る事は、他者を知る事や信じる事に繋がり、
それは、とても一人ではなし得ない事だと今はただ実感しております。

幸せになんてならなくていいです。
経験を無駄にしたくない。それだけです。

投稿日時:2014年07月03日 19時18分

1つのケースとして。
しおんさん/

幼少時に両親が離婚し、2歳下の知的障害のある妹と5歳下の弟と暮らしていました。
施設は利用していません。

成人して苦労していることは
・精神的にも経済的にも支えがないこと
・将来に悲観的になりやすかったり、自尊心を傷つけられた経験から、自ら生きづらい選択をしてしまいがちなこと
でしょうか。

1つ目の“支え”については、両親の関係悪化してからずっと無いです。両親が自分たちや妹のこと、目の前の生活を成り立たせることに精一杯で余裕がなく、むしろ、私が支える側でいることが普通のことだったからです。両親からは現在もそうであるように求められています。

また、子供時代に友人や近所付き合いがあまりできなかったため(母子家庭や障害児への差別が強い地域だったので、友人の親から付き合いをしないように友人へ言っていました。)、成人してからどのように関係を構築したらよいのか分かりません。世間知らずなため、いまだに恥ずかしい思いをすることがあります。

恋愛・結婚・妊娠・出産については、相手に負担を強いることになるため諦めています。


2つ目については、成人してから精神疾患にかかり自殺未遂を何度か起こしました。悪化していた時期は風俗で働いたり、窃盗で警察に連行されたり、記憶をなくして知らない場所に知らない人といたりと今となっては信じられないことばかり起こしていました。現在、あまり当時の記憶がなく、迷惑をかけた方にとても申し訳なく思います。

もし、子供のときに“周囲に頼る”という選択肢を与えられていたなら、現在は違っていたかもしれません。


今も自分のために生きようとするとどうしても虚無感や罪悪感を感じてしまい、楽しめません。不思議なことに幸せなときは居心地が悪く、辛いときに安心できるのです。
何のために生きたらよいのかと、ふとぼうっとしてしまいます。

投稿日時:2014年06月22日 23時57分

頼ること自体がよくわからない
かんとくさん/愛知県/10代/こども

頼り方がわからなくなったのは、人に迷惑をかけずに頼らずにしようと自分のなかで決めていたからだとおもう。
このことを気づいたのは、つい最近で友達に言われました。
○○って人を頼らないよねっ、私はそんなことないと思っていたけど考えてみると確かに頼らない部分がたくさんあるなと気がつきました。

わたしは父親から性的に虐待されていました。わたしの母は早くに亡くなっていたので、相談ができませんでした。父親は兄には、勉強を毎日毎日毎日されていて勉強が出来なかったら怒ったりときどき暴力をしていました。それが私は恐怖で、もし嫌だと言ったりしたら何かしてくるんじゃないかと思い怖くてもっと相談できずにいました。だから、父親のまえでは良い子で生きてきました。

虐待の問題はすでに終わっていますが、良い子と思われるように自分自身の気持ちを抑えて自分1人で抱えこんで生きていたので
いつの間にか人に頼ることができなくなっていました。今もまだ、人に頼ることはなかなかできません。

投稿日時:2014年06月21日 18時14分

頼るって発想がなかった
べリンダさん/大阪府/20代/子ども

誰かに助けてほしいって思った時、親に相談するって選択肢は私にはなかった。
出来なかったし、したくなかった。


小さい頃からパパはしつけの一環だと、叱る時はいつも背中を搔く棒で私を叩いた。
お前が悪い、俺に恥をかかせるな。
いつもそう言って私を叩いた。

ママは叩かれる私に気づきながらも、家事をしてた。


我が家でパパの言うことは絶対。
私が意見しても全否定。
いつも気持ちを押さえ込まれてた。

その影響か、私は小さい頃から精神的なもので頻繁に体調を崩す。
寝込む私を見てパパはいつも「強くなれ、お前は弱すぎる」そう言ってた。


そうやって育ったからか、いつからか自分を押さえ込む癖がついた。
周りの顔色を窺いながらしか、行動が出来なくなった。
周りの望む良い子になることに必死だった。



だからパパにもママにも頼れないんだと思う。

投稿日時:2014年06月18日 05時39分

なぜ施設内虐待について触れないんだろう?
施設当事者さん/20代/

なぜ施設内虐待について触れないんだろう?
昔よりかなり減ったというが、去年は何件あったと思っているのか。
何より昔も今も被害者には謝罪も支援もない。
福祉施設でトラウマを与えられ、一人で生きていけというのは残酷。

投稿日時:2014年06月15日 21時03分

私は1人で生きていく…
くらりんさん/20代/子ども

私は実の親の元で二十歳過ぎまで育ちました。18歳の時に母が精神を病んでから、大学に通いながらバイトをして、さらに家事もこなさなければならなくなって、私の負担はかなり大きくなりました。その後、私も精神を病んでしまい、今もまだ通院し続けています。親といると制限や束縛が多く、余計に病気を悪化させることになってしまい、何度も入退院を繰り返しています。
25歳で結婚しましたが失敗し、それからは親からも勘当同然の扱いで家に帰れず、知人に頼み込んで保証人になってもらい、ずっと独り暮らしをしてきました。
親に頼れなくなってから困るのは、自分が体調をくずしたときに1人では病院に行けないことです。タクシーを使うにはお金がかかりすぎるし、何かしら援助があれば…と思っていました。と同時に、体調をくずしたときに家事も全部1人でやらなければならないのはかなり大変です。熱があってもご飯を作ってくれる人がいない。食べないと余計に体力がおちてしまう。こんなときに助けを求められる相手がいれば、もう少し生活しやすいのかな…と感じています。
また、親が保証人になってくれないとなかなか働けない仕事もありました。自分のやりたい仕事につけないのはかなり悔しい想いをしました。

投稿日時:2014年06月12日 21時47分

親と離れたその後
麻衣さん/東京都/50代/その他

幼少期からの体罰による父からの虐待、暴言!母はやさしい人ですが私を私物化していたと思います。その母も11歳の時に亡くなり
その後、父からの近親姦の前兆がありました。入浴を一緒にする
母や父の彼女との性の話を聞かせる!自慰行為を見せる。等、父の暴力と暴言はひどいものがありましたから私はすべてにおいてイエスマンでないといけないと恐怖心をいつも抱えていたと思います。実際に理不尽な暴力は頻繁にありました。入浴は中学に入ってからなくなりましたが。。高校2年の時にSEX(本当の意味での近親姦)が始まりましたが、暴力の恐怖で逃げられず、(DV状態でした)週に数回2年位続き、私は自殺未遂などをしながら、自分のけがれた体を浄化させたく、ナンパをされ、泥には泥をぬるように自分をさらに傷つける行為を繰り返しました。ノイローゼ状態になり、近親姦が無くなって1年以内に4人にレイプ被害も受けました。その後家を出ましたが、しかし、22歳直前ののパフォーマンスをする仕事に結びつくまでに、体に残った父からのいやな感触を抱えたまま自分を汚す行為をやめられず、22歳までに
2つ恋もしましたが、無残な別れ方もしています。30歳前後で父からストーカー的被害も受け、残念なことに私の築き上げた仕事が父の領域に近づき、仕事も手放しました。その後完全に絶縁!憎しみや苦労は私の生きるバネでしたが、その負の感情が生きづらさをもたらすことになります。誰を許すか?ではなく、自分の心を流し、自身の負の感情を許すためには、過去との対峙、が必要になります。現在年老いた父をサポートしながら、自分の心の回復を目指して摸索中です。つっぱねて生きるだけではいつか自分の心が破たんする。。親から毒された負の感情。。それによる間違った思考回路との対峙は傷が新しい方が良いのではないか?心を整える作業をしてから前に進むことだと思います。

投稿日時:2014年06月06日 19時22分

  • tanaoさん/母親

    あなたは凄い。そんなことがあっても父親をサポートしてるとは本当に凄い。
    わたしは親の葬式すら出ないと決めてます。

    投稿日時:2014年06月12日 07時50分

逆境に負けない
ハチ公さん/千葉県/30代/

私の両親は私が5歳の時離婚。父は失踪、母から虐待受けていたので、父方の伯父に特別養子にいきました。私が17歳の時、子供のいない夫婦に特別養子にいきました。成人してから、母が結婚時、精神を病んでいた事を知り、ショックで私も精神を病み、離縁。
私は兄弟もいないので、伯父に頼んで保証人になってもらっています。30年経って母の近くに住んでいるが、母は私を拒否して頼れないので、職場の事業主に自分の親の事を相談して、何とか就職させて頂いています。親を反面教師にして生きています。私は社会人として前向きに生きて行きたいです。どんな事があっても来へ希望を持ちたい です。

投稿日時:2014年06月05日 21時30分

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