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子どもサポート

不登校経験者の「声」(2016年1・4月"チエノバ" )

番組ディレクター

あなたは学校に行けなくなったことがありますか?
いま、日本では、「病気」や「経済的な理由」以外で、年間30日以上学校を休む「不登校」の小・中学生が、約12万人いると言われています。(2015年時点)そのきっかけは「友達からのいじめ」「勉強についていけない」「先生との関係がうまくいかない」など様々です。

学校に行けない、行かない、行きたくない子どもたちから「学校へ行けなくなった(行かなくなった)理由」や「悩んでいること」、「周囲に伝えたいこと」などをお寄せいただきました。また、「かつて不登校を経験した」という大人の方や、「子どもが不登校を経験した」という保護者の方にも声をお寄せいただきました。

※このカキコミ板は、2016年1・4月のハートネットTV「チエノバ」で募集したものです。
※不登校に関する記事はこちらから。

投稿日時:2015年11月09日 18時32分

投稿日時:2015年11月09日 18時32分
カキコミ件数:312件
自分の人生を生きてください
mikoさん/30代/経験者

親や教師、学校などは自分の立場で考えて不登校を良しとしないかもしれないけれど、仮に子どもが無理して学校に行って卒業したとしても、根本に抱えている問題が解決出来ていなかったら将来いつか違う形で表面化すると思う。
大人になっての引きこもりなどは、その一例だと思う。
親は口を揃えて「学生時代は問題の無い子だったのに。」と言うことが多いけど、それは子供時代に無理していた子だったりする。

不登校と言っても理由は様々、十人十色だと思うけれど、どんな理由にしろ不登校を選択するのも勇気のいる事だと思うし、だからこそ甘えではないと思う。

親や世の中が良しとする成長のケースなんて実は稀だと思う。

自分の経験上、少し厳しいことを言うと、10代のモラトリアムに対しては世の中(行政や福祉含む)は割りと寛大です。だけど20代以上の人間(更に言うと30代)に対しては世の中はかなり厳しいです。
だからこそ学生の間に色々悩む事はある意味有意義です。

人生は一度きり、自分のもの、誰のものでも無い。
それを頭の片隅にでも置いて、あなたの人生を送ってほしいと元経験者の私は思います。

投稿日時:2016年02月08日 23時33分

義務教育?
Masaさん/兵庫県/30代/経験者

私は小学校4年の秋から卒業までと、中学校1年の秋から2年の末まで不登校でした。不登校になった理由は今でも分かりません。それまでにいじめられていたわけでもなく、孤独であったわけでもありません。あえて言えば学校生活への違和感でしょうか。ただ、今になって思うのは、私にとってそれは必要なことであったということです。それは周囲からの情報を極力減らし、内省的期間となりました。

不登校になるきっかけもその後の人生における意味合いも人によって大きく違うと思います。正直不登校の何が問題か理解できません。いまだ義務教育の義務とは、学校に行かなければならない義務と思っている方が多いのは驚きます。心が傷つき学校に行けなくなった子にとって、解決しなければいけないのは学校に再び行くことでしょうか?心の傷を癒すことでしょうか?心が癒えれば学校に行かなければならないのでしょうか?学校に行ける子は幸せで、行けない子は不幸で問題のある子なのでしょうか?
確かに学校に行っていた時から何か変化が起きて行かなくなったのでしょう。不登校とはその変化のシグナルでしかなく、問題そのものでは無いように思います。問題そのものにしている限り、確かに解決は出来ないのでしょう。問題の所在が違うのですから。なんとも滑稽な話ではないですか。
そんな暇があるなら、苦しんでいる子の話を聞いてください。寄り添ってください。すでにそうしている方々も沢山いるとは思いますが。

投稿日時:2016年02月08日 22時34分

植えつけられた意識。
からからさん/東京都/20代/子ども

私が不登校になったきっかけは、教師からの暴力でした。現在は普通に働いて生活できておりますが、自分の中には、弱い人を差別する意識や、立場が強いものは他人を痛めつけることが許されている。という意識が芽生えています。加害者になることでしか私は救われないのだと思います。加害者になれば、幸せになれる。自分も、下の立場の人を痛めつける義務があるのだと考えています。これが日本の公教育の成果です。

投稿日時:2016年02月08日 22時12分

学校は変わらない
そらおじさん/群馬県/30代/こども

私は高校3年の時、部活の顧問との関係悪化と思春期特有の鬱も重なり、学校に行くとパニックになり、不登校に。行けたとしても、保健室登校でした。学校側の責任ということもあり、保健室登校でも登校扱いとしてくれたので、卒業は出来ました。でも、心ない先生には嫌味を言われ続けました。熱心な先生、学校ばかりではないのです。私は運良く相性の良い精神科医と巡り合い、治療を重ねる中で、自らも精神科医療に携わる人間になれました。変わるのは自分です。綺麗事でも成功者だから言える言葉でもない。行かないことを選んでもいいと思うし、転校してもいい、卒業だけを目標に行ってもいいと思う。ただ、後悔だけはしないように。不登校を支える家族もまた辛いと思う。夜、母親が私のことで泣いていたのを見た日。私は泣くことも出来なかった。

投稿日時:2016年02月08日 22時11分

私の闇への第二のステップ
ロージーさん/福島県/20代/

私は現在20歳ですが、中学生の時、しばらくの間不登校でした。
原因は中学1年生の時の部活内での対人関係のトラブルです。
学年の部員皆して私を、無視し始めました。クラスでも部活仲間と一緒に居たので、孤独になっていくのは明らかでした。
その後、他の良き友人達に3学期の間は恵まれたのですが、もう既にその頃の私は壊れていたと思います。学年が上がり、友人達とは見事に離され、私は徐々に身体的にも壊れてゆきました。食欲不振、止まらない涙、学習意欲の無さ、動機がして苦しい、授業がまともに受けられない、激しい疲労感など。そして病院へ初診したら、うつ状態と言われました。
その後、不眠にもなり、自傷行為にのめり込むようにもなり、学校からは遠退きました。
中学時代を失いましたが、不登校などになったからこそ、出会えた人々や経験があります。先の見えない辛い日々でしたが、なんとか不登校の自分とはさよなら出来ました。

投稿日時:2016年02月08日 21時56分

家族が理解してくれるだけでも本人とっては救い
ゆきこさん/東京都/20代/

私は中学生の時、一年半ぐらい学校に行かず家の物置部屋に引きこもってました。
行かなくなった理由としては、当時の吹奏楽部の練習がキツイことや部活の集団反省会による先輩達や周囲の人間からの名指しでの注意、太っていることをからかってくる男子達です。何より、私が本当に嫌だったのは野球部の人達に必ず朝の登校時や下校時に遭遇することになってしまうことでした。彼らは私が通ると聞こえる声で誹謗中傷やわざと声をかけてその後に「きもい」などと言うのです。それも笑顔で、友人と笑いながら。

学校に行かなくなった私ですが、実は私の姉もその時に引きこもりになっており、その姉のサポートで疲れた母親が今度は私が登校拒否をしたことで凄く私を責め立てました。毎日が辛く物置部屋で朝が来ると恐怖で布団に身を包みました。家族の出かける足音や会話、全てが怖かったです。その時の救いはたった一つの扉で、その扉がある事で惨めな自分をほかの人に見せなくて済みました。でも、その扉も担任の先生が家庭訪問した時に取り払われ、担任の先生が部屋に入ってきた瞬間から私の心は限界でした。毎日無感動と無気力になるように努めてました。そうでなければ、怒りと辛さでどうにかなりそうだったからです。
しばらくはずっとそんな生活でしたが、ある日自分の将来が不安になって学校へ行くようになり、現在では大学生となりました。
今でもあの時のことを思い出すと僅かな怒りと悲しみで涙が溢れます。
彼らにとっては、ただの遊びだったのでしょう。でも、それは人の人生を可笑しくすることを知っていてほしかったです。
どうか、不登校になっている子どもの表面だけを、見ないでください。
めんどくさいという理由でサボっている訳じゃないんです。
そこで、家族や特に母親から責め立てられることは本当に辛いです。
どうか、理解してあげようとしてください。

投稿日時:2016年02月08日 21時38分

危険な学校
asakuraさん/千葉県/30代/

車で歩行者の道を塞いだり、挨拶も無視する支援員が子どものクラスに赴任してきました。
担任、校長も何の対応もしてくれませんでした。
危険なので学校を欠席させました。
市の教育委員会に相談所しても、1ヶ月もかけた結果が、「お母さんの誤解なので、異動できません」とのこと。
結果的に、私は教育ネグレクトに仕立て上げられて、子どもは児童相談所に拉致されました。
世の中いじめた者勝ちなのでしょうか?
学校、教育委員会、いじめられても味方してくれません。

投稿日時:2016年02月08日 14時30分

学校が全てじゃないよ。
mikoさん/30代/不登校経験者

まだ登校拒否と呼ばれていた今から20年程前、中学3年の約一年間を不登校で過ごしました。

学校に行けなくなった理由は様々な要因が複合的に絡み合い、結果的に鬱状態に陥ったからですが、友人関係や言葉のいじめ(暴力)がもっとも影響がありました。30歳を超えた現在もその時の傷が残っていて生活に支障をきたしています(摂食障害歴20年&引きこもり)。

私の経験上、無理して学校に行って心身を壊すくらいなら、自分が無理だと感じたら学校に行かない選択肢を選んでほしいと思います。
勉強は今の時代、学校以外にもフリースクールや通信制などでも出来るので、いくらでも道は開けると思います。(私も18歳から4年間かけて通信制高校に通いました。)

ただ我が家のように機能不全家族だと上手くいかない事もあると思うので、親以外の頼れる大人の存在も重要だと思います。

不登校からの大逆転人生みたいなのをよく聞きまし番組でもおそらく取り上げるのだと思いますが、そういうのを過度に期待すると結構辛いのでちょっと手を抜く位で生きていくのが良いと思いますよ(^-^)

投稿日時:2016年02月07日 06時55分

きちんと向き合って
キュウイさん/栃木県/20代/

私は、中学2年生でいじめにあい毎日嫌がらせを受け、耐えきれなくて不登校、学校に行く時は中学内にある相談室に登校していました。相談室の先生は、とても優しく、ここなら通えると思っていました。担任の先生や他の先生もいらしてよくしてくれました。相談室は悩みがあるけど、いつも教室にいて休み時間だけ遊びにくる子もいて現実を感じ…自分は普通のことができない人なんだと段々ここにいるのが嫌になり、どうしようもなくなり、先生達に対し、態度を悪くするようになりました。ある時、担任の先生と態度が悪いことで喧嘩した時に私が暴言をはいてしまったら、他の先生に酷く怒られ『相談室から教室まで100くらい遠いんだよ!明日から教室に行け!』と言われ、そんなふうに思っていたのかとショックで次の日から相談室に行けなくなりました。先生達は、私は友達には良い顔するのに先生には態度悪くするのが気に入らなかった様です。普段は私は控えめで外で悪い態度なんて今までしたことがなく、自分でも当時は何故なのか分かりませんでした。そのことは反省しておりますが、当時は友達が信じられず、信用してた先生に、ただ、私の気持ちを受け止めてほしかっただけだと今は思います。しかし、それが誰にも理解されず、私が悪いと叱られ、諦めてしまいました。私のような生徒は少なくないと思います。荒れている子こそ、心の中に深い悩みがあります。先生や大人の皆さん、そんな子がいたら、強く、深い愛で受け止めてあげてください。大丈夫だよ、私がいるよと安心させてあげてください。嫌がる子が殆んどかもしれませんが、不器用なだけで、心の中では違います。少しずつ安心し、信頼しようと思っています。子どもと向き合うことは難しく挫折しそうになり、ついカッとなってしまうと思いますが、きちんと向き合ってくれたら、後から感謝されます。私は高校で信頼できる先生に出会い無事に卒業できました。

投稿日時:2016年02月06日 17時21分

親の支えが大事です
まいさん/千葉県/20代/子ども

中学3年間不登校でした。友人関係の辛さや大人からの期待に潰れてしまい、行けなくなりました。
親はとにかく早く私を復帰させようとしましたが、本人の意志を無視し勝手に動かれるのは辛かったです。
通信制高校を経て大学にも進学しましたが、不登校時代に同世代が怖くなったのを引きずってしまい、楽しい学生生活は送れませんでした。
20代になった今、楽しい青春時代を過ごせなかったことが悔しいです。
でも、あの時自分を守るにはこの選択しかなかったと思います。

親御さんには本人が今何を思っているのか、辛さや素直な思いを言える環境を作ってほしいです。
あるいは考える時間をあげてください。
そして聞くからには何を言われても幻滅しないでほしいです。
親に拒絶されることほど苦しいことはありません。
大人が幻滅したり焦ったりしている様子は、口に出さなくてもすごく伝わります。
本人も既にできない自分を責めています。
どうか、親まで子供を責めないであげてください。

投稿日時:2016年02月06日 03時49分

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