生命操作 -復刻版-

ケーススタディ30例

11 「社会の負担を減らしたい」

イギリスでは、ほとんどの妊婦が出生前検査を受けている。

イギリスで出生前検査が導入されたのには理由があった。
スコットランドでは昔から、脳から脊椎を通る神経管が破裂する「二分脊椎症」や「無脳症」など、「神経管不全」とよばれる障害が多発していた。
1970年代初め、エジンバラ大学で、妊娠中に血液中のAFPという特殊なタンパク質の値が異常に高くなった妊婦から、二分脊椎症児が生まれていることがわかった。この発見によって、胎児が二分脊椎症であるかどうかが妊娠中にわかるようになったのである。
妊婦から採血し、血清中のAFPの濃度を調べるこの検査は、1978年にはスコットランド全域に普及し、やがてイギリス全土に広がった。その結果、スコットランドの二分脊椎症児と無脳症児の出生数は、1960年には年間500 人だったのが、1996年には2人にまで激減した。この間に二分脊椎症を治療できる医師がいなくなってきているという指摘も起きている。

1980年代に入ると今度はアメリカで、AFPの値が低いと、ダウン症児の出生する確率が高いことが発見され、さらにその後も、AFP以外の他の物質とダウン症候群との関連性が報告された。これら複数の検査を組み合わせておこなう「母体血清マ-カ-検査」は、妊婦の血液から、ダウン症や二分脊椎症などの神経管不全の子どもが生まれるかどうかの確率を数値であらわす。確かな診断を受けたい場合はさらに羊水検査を受けなければならない。現在母体血清マーカー検査は、日本を含む世界各国でおこなわれている。

イギリスの医療費は、医療項目によって公的負担と個人負担とに分かれるが、出生前検査は医療の重要項目として、ほとんどの地区で行政が検査費用の多くを負担している。出生前検査を受けるか否か選択するのはカップル及び妊婦だが、ほとんどの妊婦が検査を受けている。
イギリスの出生前検査システムを開発したリーズ大学のカックル教授らは1992年、論文を発表し、出生前検査にかかる費用は障害者を対象とした福祉コストよりはるかに安いと試算した。多くの妊婦が出生前検査を受けた結果、ダウン症の胎児を一人発見するのにかかる費用は3万8000ポンド。その胎児を中絶すれば、検査をおこなうのにかかる公的費用は、一人のダウン症者を生涯支える費用と比べ、その3分の1であるという。

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