生命操作 -復刻版-

ケーススタディ30例

10 「生まれてきたら可哀相」

出生前診断が広くおこなわれるようになったのは、障害児が生まれたことに対する医療訴訟が、70年代からアメリカなどで相次いで起こされてきたことによる。

1975年9月、アメリカニュージャージー州のバーマン夫妻は、バーマン夫人の妊娠中に診てもらっていた医師に対し、医療過誤訴訟を起こした。
バ-マン夫人が38歳で妊娠して出産した娘はダウン症だった。バーマン夫人は「障害を持って生まれた子には、もちろん全ての愛情を注ぎます。ただ、一人で生きていけないということが生まれる前にわかっていたなら、あの子のことを思って産んでいなかったと思います」と語った。夫妻は、医師達は、高齢妊娠だった夫人に対し、ダウン症の子を産むリスクが高くなることや羊水検査を受けられるということを説明するべきだったと主張し、二つのことを訴えた。
一つは娘シャロンの「不当な命」についてである。夫妻は娘の後見人として、彼女が一生涯我慢しなければならない身体的、精神的痛みと苦しみに対する損害賠償を求めた。
もう一つの訴えは、「不当な出生」だった。娘がダウン症として生まれたために、夫妻のそれまでに受けた感情的苦悶とこれから先の苦しみに対する損害を要求した。
ニュ-ジャ-ジ-州最高裁は、「不当な出生」の訴えに対しては、夫妻が親になるかならないかの選択の機会を被告から奪われた事を認め、両親の感情的苦痛に対する損害賠償は認めたが、シャロンの養育と教育にともなう出費に対する請求は棄却した。
シャロンの「不当な命」に対する訴えは棄却された。判決によれば、「シャロンの訴えは、生まれなかったほうが幸福だったと主張していることになる。死ぬことや存在しない状態を知ることができない以上、生まれてこなかったほうが良いとは断言できない。また、私達の社会には、身体的障害の有無にかかわらず、生を受けたということは生命なき状態よりも尊いという信念がある」。そして、生まれてこなかったことと比較して、障害を持って生まれた場合の損害を定めることは不可能だと言い渡した。

バ-マン夫妻が訴えた「不当な命」と「不当な出生」についてあなたはどう思いますか。

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