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どうやって抜けだす? 当事者の体験談「大嫌いな自分」

当事者の体験談 「大嫌いな自分」

笹井健次

朝、目覚めるとともに後悔の念が襲う。
「また飲んでしまった。昨日も『今日こそは絶対に休肝日にするぞ!』と固く誓ったはずなのに、なんでまた飲んでしまったのだろう!?俺はダメなやつだ!最低なやつだ!根性なし!」と自分を責めまくる。
そしてまた「今日こそは絶対に飲まないぞ!」と心に誓う。
酒の臭いをぷんぷんさせながら会社に行き、昼過ぎからやっと酒が抜け始めて二日酔いの状態になる。そしてあの最初の1杯を飲んだときの感覚を思い出し、また酒に手を出す。1杯飲むと必ずもう1杯、もう1杯と体が酒を欲する。

この泥沼状態からどうしたら解放されるか分からず、もがき苦しみ、自分の力ではどうにもならなくなり、精神科病院に入院となった。
病院から週1回自助グループに通うように言われ、最初は大手を振って外に出られると思い行き始めた。
そこでは酒をやめたいと願う仲間が経験と力と希望を分かち合っていた。
酒に脳みそが侵されていて、聞く耳も持っていなかった当時36歳の私は、自助グループに行っても知らないおじさん、おばさんが何を言っているのか、最初は分からなかった。

しかし、あるとき聞いていないようで耳に残っていたことがふっと自分の目の前に起こった。
過去どのような感じで何が起こって今どうなっているか、何一つ飾らずありのままの自分自身を語っている仲間の話を聞いていると『うんうん、俺も一緒だ』という感じで少しずつ自分のことが分かるようになっていったのだ。
完璧主義で、白黒はっきりつけたがる。
なんでも勝ち負けで考え、右を向けと言われたら左を向きたがる。
自分勝手で思慮に欠け、誤ったプライドが「分からない」と言わせない。
そんな高慢な自分が大嫌いなことが分かってきた。
はらわたに染み渡る快感とともに私の回復は始まった。

やがて、仲間たちの正直な話に誘われて、墓場まで持っていこうと思っていた自分の暗い過去も少しずつ話せるようになっていった。
入院中「受け入れる」という言葉の意味を知らなかった私が少しずつ自分自身を受け入れていけたのは自助グループでのミーティングのお蔭だった。
私は奥底の深いところにいる自分自身をそっと優しく包み込み、ミーティングで吐出し、肩の荷を少しずつ降ろしていった。

仲間たちとともに新しい生き方を始めた私は酒を止めてもらい、ありのままの自分を受け入れられるようになってきた。
程々という言葉を知り、グレーを許せるようになってきた私は飲んでいたころとは正反対の生き方をさせてもらい、今幸せを確信している。