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障害基礎年金 支給停止をめぐる混乱

記事公開日:2018年08月16日

日本で現在、162万人が受け取っている障害基礎年金。誰もが受給するかもしれない、いわば国民のセーフティーネットともいえる制度ですが、昨年4月に認定審査の仕組みが変更され、約2,900人が支給停止に。当事者から不満の声が上がり、支給停止が撤回されるなど、混乱が起きています。問題の背景にはいったい、何があるのでしょうか。番組に寄せられた当事者からのメッセージも交えてお伝えします。

突然の支給停止 当事者から不満噴出

障害基礎年金は、身体に障害のある人だけでなく、うつ病など精神障害や、糖尿病、がんなどの病気によって、一定の障害がある人に支給されるものです。誰もが受給することになるかもしれないこの年金を、現在、日本ではおよそ162万人が受け取っています。しかし、いま、生活の基盤として欠かせないこの大切な年金の受け取りをめぐって、問題が次々と起こっています。

今年5月、日本年金機構は、1,010人の受給者に対して、支給を取りやめる可能性があると通知していたことがわかったのです。

画像(日本年金機構本部)

障害基礎年金を頼りに生活をしてきた受給者たちの間では、不安が広がっています。通知を受けた心臓病の女性はこう話します。

「支給停止をしますっていう風に言われるっていうのは、ちょっと納得がいかないなって思いました。(通知の)内容もわからなかったですし、どのような状態の人が停止になるかという明確な答えも日本年金機構に電話したときには教えていただけなかったので、今日まで不安な状態でいます。」(通知を受けた心臓病の女性)

ところが、このような当事者からの不満の声を受け、2018年7月になって一転。いままでの方針が撤回されるなど、現場の混乱が続いています。

問題の背景に認定審査の変更

どのような経緯で、重要なセーフティーネットであるはずの障害基礎年金の支給停止問題が起こったのでしょうか。

専門家などから問題の背景にあると指摘されているのが、2017年4月に行われた認定審査の仕組みの変更です。どのように変わったのか? 従来の障害基礎年金の審査の仕組みを見ていきます。

画像(障害基礎年金認定の仕組み)

A県に暮らす請求者が、障害基礎年金を受け取りたい場合、まず、自分の障害や病気の状態を医師に相談し、診断書を書いてもらいます。そして、請求書などと一緒に窓口に提出すると、A県の日本年金機構の事務センターに送られ、その県の認定医の審査を受けて、支給されます。

しかし、例えばB県の請求者が、A県の請求者と同じような症状であったとします。にもかかわらず、審査が通らずに支給されないというケースが、これまで国に多く報告されています。つまり、認定されやすい県と、認定されにくい県がでてきてしまったのです。

不支給割合(=請求した人の数に対して、支給が認められない人の割合)は、認定に厳しい県(24%)と認定されやすい県(4%)で、その差はなんと6倍にも開いていました。

画像(大分県と栃木県の不支給割合比較は6倍にも。2015年厚生労働省調べ)

そこで、そのばらつきを解消するために、国は、都道府県ごとに認定していた従来の仕組みを変えて、東京に一本化しました。認定医も変わったと言われています。

すると、新しい仕組みになった2017年4月からの1年間で、支給停止の通知を受けた人が、およそ2,900人いることが判明しました。さらに2018年5月には、支給されていた1,010人に、「支給停止の可能性がある」と通知が届いたことがわかりました。

なぜ、このような事態が起こったのでしょうか?
社会保険労務士として、障害年金の請求手続きの相談や代行をしている高橋裕典さんは今回の変化を次のように説明します。

画像(社会保険労務士 高橋裕典さん)

「2016年度までは、各地域で認定が行われていました。すなわち、地元の医師が書いた診断書を地元の認定医が判断するという構図になっていたわけですね。そうすると、診断書だけでは見えてこないその方の生きづらさや不自由さまでを、認定医のほうから診断書を作成した医師に照会することによって、きめ細やかな対応、認定審査が行われていた。これによって支給されていた方々がいらっしゃったんですね。それが2017年度になりますと、東京一括審査に移行したわけです。ここでは、地域の医師が書いた診断書を、東京の認定医が審査をするということになりますので、当然、地域的な結びつきというのは少なくなり、きめ細やかな審査がどうしてもしづらくなる傾向にある、というふうに考えられます。診断書上に見えている状態だけで基準に沿った事務的な認定になってしまった結果が、新たに不支給となった方がでてしまった要因と考えられます。」(高橋さん)

こうした事態を受けて、当事者の間で不満が噴出。2018年7月になって、厚生労働大臣は打ち切りを検討していたこの1,010人に対しては一転、支給継続を検討すると発表しました。そして支給停止となっていた2,900人は、障害の程度が変わらない場合は、支給を再開するという方針を出したのです。

そもそも、今回の障害基礎年金制度の変更は、不平等の是正が目的だったはず。今回の認定審査の変更によって、逆に年金をもらえるようになった人はいるのでしょうか?

「実際に認定が厳しかったと言われていた地域の方の社会保険労務士に話を聞くと、『だいぶ通りやすくなったよ』という感想を言われる方もいらっしゃるので、そういう意味では平準化されたことによって、確かに通るようになった地域もでてきているということは一方では言える、と思います。ただ、ばらつきには変わりはないでしょうね。」(高橋さん)

制度自体がはらむ問題点とは

障害基礎年金制度の認定審査変更によって起きている混乱。高橋さんは、そもそも制度自体が問題をはらんでいるのではないかと指摘します。

画像(高橋さんが指摘する制度の課題①認定医の総合的判断、②認定医の質)

課題① 認定医の総合的判断
「障害認定医は複数名いらっしゃいます。例えば精神の疾患であれば、Aさん、Bさん、Cさんと認定医がいるんですけれども、同じような診断書でも、Aという認定医は等級をつけるけれども、Bという認定医は等級をつけない。こういった認定医の中でのばらつきというのも、実際問題は起きていると言われていて、これは認定医間の差が生まれているのではないかなと考えざるを得ないという状況です。」(高橋さん)

課題② 認定医の質
「認定医を東京に一括するということは数が当然増えますので、新たに障害認定医になる方もでてきているはずなんですね。その中で、ベテランの認定医と新たに認定医になった方の、スキル、情報量の差、というのはありますので、そこをきちんと公平性のある審査ができるように、担保していく教育が必要ではないかとは考えていますね。」(高橋さん)

画像(社会保険労務士 高橋裕典さん)

他にも高橋さんは、体が不自由な方が病院や医療機関、役所に何度も足を運ばなければいけないこともハードルになっていると言います。

番組にもこのような声が届いていました。

病院、区役所、年金事務所。外出するだけでも必死なのに、慣れない資料集めで疲労困憊。年金事務所では事務的に『○○が足りません』諦めかけました。(みさみさ)

また、国民年金の支払額の高さについての意見もありました。

国民年金。支払い出す時期には高くて払えなかった。自分が、障害年金に該当する病を発症するとは思わなかった。後悔している。もっと安ければ払ってた。(かわあい)

「よくある相談なんですよね。『あのとき払っていれば』というお話なんですが、保険料高くて支払えないときは、免除の申請・相談を必ずしていただきたい。免除申請をきちんとしておけば、その期間は未納期間ではないので、障害年金を受けるための条件はそろうことになります。みなさんには知っていただきたいなと思います」(高橋さん)

当事者から届いたさまざまな声

障害年金の相談を専門にしている高橋さんに、番組に寄せられた当事者からの不安の声にお答えいただきました。

障害基礎年金の受給の仕方など義務教育で教えてはもらえないし、受給しなければ生きていけないほどの病状では手続き自体が困難な点に不満を抱く。(はんぺん小僧・20代女性 福岡県)

初診までの2/3、年金を支払ってなければならない。これは改定すべき。精神疾患の場合、症状が重い人ほどこれを満たせない例も多いと思う。(躁鬱2型・20代男性・埼玉県)

障害年金を含む公的年金についての社会保障教育や制度広報が不足していると感じます。そのため、障害年金の制度自体を知らない人は多いです。障害年金を受給するためには原則として3つの条件を満たさなければなりません。「①初診日を証明すること、②初診日までの保険料を3分の2以上納めていること、③障害等級に該当していること」、そして、「請求する」ことです。障害年金を請求するためには、病院で診断書を書いてもらったり、年金事務所の窓口に何度も行かなければなりません。ご自身やご家族だけで手続きができない場合、有料にはなりますが、社会保険労務士に請求手続きを依頼することもできます。(高橋さん)

今年の3月に基礎年金を申請し、7月15日(年金振込は2か月目の15日)たったいまもまだ通知が来ず。審査の長さが異常です。(ぬらり・40代・島根県)

障害年金の審査は、案件にもよりますが、現在、3か月程度かかります。東京一括審査に移行する前の障害基礎年金は1か月程度で審査結果が出ていた地域もありました。支給決定通知が届いた後は、おおむね50日程度で初回入金となります。いずれにしても審査決定、入金まで時間がかかりすぎていると言わざるを得ません。国には早急な改善をお願いしたいところです。(高橋さん)

「年金を受給すると偏見を受ける」という理由で主治医が申請に反対していました。まずは主治医を説得するのに時間がかかりました。(藍子・30代女性・神奈川県)

受給中の年金の更新時期に、かかりつけの医師に診断書を頼んだら、『あなたは就職しているから年金は下りないかも』と言われ、手続きできなかった。(みさたん・40代女性・福岡県)

医師にも様々な考え方がありますが、障害年金が必要な理由をしっかりと伝えることで、多くの医師は診断書の作成をしてくださいます。その一方で、障害年金請求へのご理解を頂けない医師も少なからずいるのが現実です。その場合には、最後の手段として主治医の変更や通院先医療機関の変更ということもあります。とはいうものの、病気やケガの治療が最優先ですから、障害年金のことだけを考えて安易な行動を起こさないよう気を付けてください。(高橋さん)

画像(スタジオの様子)

認定審査の変更が発端となり、混乱を招いている障害基礎年金。しかし、番組に届いた当事者のみなさんの声からは、障害基礎年金が抱えている課題が他にも数多くあることが改めて浮き彫りとなりました。

障害基礎年金は、障害者だけの問題ではありません。希望する人が1人でも多く受給できる制度にするために、障害基礎年金をどのような制度にしていけばいいのか、国全体で考えていく必要があります。

※この記事はハートネットTV 2018年7月17日放送「HEART-NET TIMES 7月『障害基礎年金 支給停止をめぐり混乱』」を基に作成しました。情報は放送時点でのものです。

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