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『優しい認知症ケア ユマニチュード』後編 ユマニチュードの哲学と技法

記事公開日:2018年08月15日

2025年には、認知症の人が700万人に増え「高齢者の5人に1人」が認知症になると言われるいま。誰もが学びやすく実践しやすい認知症ケアの1つとして注目されているのがユマニチュードです。後編では、ユマニチュードの哲学と4つの柱と実践している病院の取り組みから、その効果を考えます。

ユマニチュードの哲学と4つの柱

「見る」「話す」「触れる」「立つ」の4つを基本の柱として成り立っているユマニチュードには40年もの歴史があり、現在では400近い技術があります。

画像(ユマニチュードの基本)

イラスト 萩原亜紀子  出典 医学書院

このユマニチュードが生まれた背景には、考案者イヴ・ジネストさんの経験がありました。
もともと高校で体育の教師をしていたイヴさんは、あるとき、同志であるロゼット・マレスコッティとともに教師を辞め、看護師を対象に、患者を動かす際に腰痛にならないで済む方法を教えはじめました。

画像(ユマニチュード考案者 イヴ・ジネストさん)

「私たちは15年もの間、最も手のかかる大変な患者さんたちと徹底的に向き合ってきました。例えば、まったくご飯を食べてくれない、ひん死の赤ちゃんや看護師に暴力をふるう認知症のお年寄りなどです。」(イヴさん)

患者さんとの向き合い方は、最初は看護師のケアを真似ていましたが、「理屈に合わない」と疑問を感じることも多く、イヴさんたちは経験を重ねるなかでいくつかの効果的なケアの方法を見つけていきました。

ユマニチュードが大切にしている哲学があります。それは、『人間とは何か』ということです。2人の人間が出会うことによって生まれる「ケア」においては、人間の人間としての側面を見ることが大切だと語りました。

「人間は『哺乳類』です。我々も動物の一種ですよね。人間の動物としての側面を診るなら、獣医さんでもいいはずです。そこで、ユマニチュードは人間の特徴は何なのかを考えました。人にはそれぞれ、好きな味や好みがあるでしょう。2本足で立つこともできます。このように人間らしい特徴があります。こうした特徴を考えながらケアをするのが、『ケアをする人』です。」(イヴさん)

イヴさんは、誕生には母親の体から生まれてくるという「第1の誕生」と自分の種へと迎え入れてもらう「第2の誕生」の2種類があると言います。

「人間にも『第2の誕生』があります。人間は、羊などとは違い赤ちゃんを舐めません。でも、無意識に行っていることがあります。日本でも、フランスでも、アメリカでも世界中でやっています。赤ちゃんを特別な方法で見る。特別な方法で話しかける。特別な方法で触れる。そして、1年ほどしてから立つための手ほどきをします。2本足で立つためです。これが『第2の誕生』です。」(イヴさん)

イヴさんはユマニチュードとは技術を使って『第3の誕生』へと導くものなのだと言います。

「高齢者の人を見てみましょう。言葉を発することができず、“寝たきり”になってしまったような人たち。『人間の世界』から離れてしまっています。誰からも話しかけてもらえない。見てもらえない。触れてもらえない。『人間らしい』と感じることのできるものすべて失ってしまっている。ですから、『第3の誕生』をさせようとしているのです。つまり、お年寄りたちに『私たちの世界に戻ってきて下さい』『人間の世界に戻ってきて下さい』と技術を使って語りかけてゆくのです」(イヴさん)

ユマニチュードの4本の柱である、「見る」「話す」「触れる」「立つ」。まずは、これらのうちの「見る」「話す」「触れる」について、順番に見ていきましょう。

画像(ユマニチュードの基本 見る)

「赤ちゃんを見るとき、どんな風に見ますか? “愛情”や“優しさ”を持って見ます。それを伝えるための技術があります。とても間近で見つめます。赤ちゃんを見るときには腕に抱きますよね。息がかかるぐらいの近さで見つめます。お互いの目と目がとても近い。そして、赤ちゃんはだんだん自分で体を起こすことができるようになります。すると、視線は水平になります。これがユマニチュードの『見る技術』です。」(イヴさん)

2つ目は「話す」。

「赤ちゃんに、どんな風に話しかけますか。近づいて低い声で『可愛い赤ちゃんだね』なんて話しかけます。声は歌うように、詩を唱えるような感じです。そんな風に話しかけながら見つめると、赤ちゃんはにっこりしてくれます。赤ちゃんは、愛情のこもった眼差しや抑揚のある声の調子から“愛の言葉”を学ぶのです。」(イヴさん)

ユマニチュードの4本の柱の3つ目は「触れる」。

イヴさんは手の持ち方を少し変えただけでも脳に伝わる「触れ方の印象」がまったく変わってくることを説明します。例えば手首をつかんだ場合には、「強制的」な感じが伝わると言います。

画像(内藤裕子アナウンサーの手首をつかむイヴさん)

内藤裕子アナウンサー(左)

「介護で体を洗うために腕を取る場合、100%こうしていますよね。認知症の人にこんなことをしたら、『この人は敵だ』と思われてしまいます。では、赤ちゃんに触るときは、どうしますか? 広く、大きな面積で、優しく、ゆっくり触れています。こうして触れると、赤ちゃんには『可愛いね』『愛しているよ』と伝わります。ですから、優しさを伝えるための触り方を学ぶ必要があります。介護を行うために触れる際に、愛情が伝わるようにするのです。」(イヴさん)

イヴさんは「愛情」が伝わる触れ方について、次のように説明します。

「まずは、飛行機が着陸するように手を置きます。手を離すときは離陸するように離します。指を開きます。指を閉じていると拒否しているというメッセージが伝わってしまいます。着陸するときには、指は開いています。腕を持ち上げるときは、下から支えます。広い面積で、ゆっくりと動かし、同時に目を見つめます。日本人は率直に愛情を表現することが苦手ですから、ユマニチュードを実践するとさらに効果があります。ユマニチュードの哲学は、そういう意味では日本の社会に合っていると私は思います。」(イヴさん)

画像(指を開いて内藤アナウンサーの肩に触れるイヴさん)

「立つ」ことで人間らしさを取り戻す

ユマニチュードの4本の柱、4つ目は「立つ」。
4年前からユマニチュードを学び、認知症の人にできる限り立って歩くことを実践している病院があります。

福島県郡山市にある郡山市医療介護病院は、病気の治療やリハビリが必要な高齢者が入院する療養型施設です。患者の平均年齢は85歳。認知症の人が全体の6割を占めています。

この病院では、4年前から全職員がユマニチュードを学び、日々のケアに取り入れてきました。ケアを行うときには、必ず患者の目を見つめて話しかけ、体にも優しく触れています。認知症の人も穏やかにケアを受け入れてくれるようになりました。

画像(患者の目を見つめて話しかける看護師)

この病院が最近、特に力を入れていることがあります。それは、認知症の人に「立って歩いてもらう訓練」です。

きっかけは、2014年秋にイヴさんが初めて病院を訪問したときの出来事でした。

骨折をきっかけに歩けなくなり車イスの生活が続いていた、女性患者がいました。重い認知症のあったこの女性に、イヴさんはまず女性の目を見て話しかけました。

「今日は一緒に散歩でも致しませんか? 奥さま、靴を履いていただきますよ。」(イヴさん)

そして、「歩く」という感覚を思い出してもらうために女性に靴を見せました。すると、介助を受けながら、女性はゆっくりと立ち上がりました。

歩く訓練を始めてから15分後、女性は“自分の力”でつかまり立ちができるようになっていました。

画像(宗形初枝 看護部長)

福島県郡山市医療介護病院看護部長の宗形初枝さんは、そのときのことを振り返ります。

「“表情の変化”なんですよね。寝ている人と起きている人が本当に表情が変わってくるんですよ。それが驚きだし、印象に残っています。この人は、もっともっと力を持っているのに、自分たちがケアを行うことをしてなかったから、力を全然出すことができなかったんじゃないかって。」(宗形さん)

イヴさんは当時を振り返り、次のように話しました。

「たくさんの人が“寝たきりの状態”にされていることに驚きました。人は1日20分間立つことができれば“寝たきり”にはなりません。人生の最後の日まで立って生活することができるのです。立つことを支える支援によって患者の健康状態を改善していくことができます。」(イヴさん)

「立つ」ことによる大きな変化を目の当たりした職員たちは、イヴさんの指導を受け、患者に「立って歩いてもらう」ための技術を一から学び直し、以来こうしたケアを積極的に取り入れるようになりました。

こうした取り組みの結果、認知症の人たちに変化が現れはじめました。

すでに歩くことができなくなっていた幸雄さん(89)は、認知症も悪化し、ほとんど会話が通じませんでした。

再び歩けるようになってほしい。そう願った職員たちは、幸雄さんの回復の兆しを見逃しませんでした。

ベッドの柵につかまり、上半身を起こしていると職員が気付いたことをきっかけに、幸雄さんが「立ち上がりそうだ」と判断。入院から1か月が経ち幸雄さんの状態が落ち着いたころ、立って歩いてもらうことを試みはじめました。そうして幸雄さんは、2か月ぶりに自分の足で歩くことができたのです。

「『立たせる』ということが、いままで天井しか見ていない視野がずっと広がることで、人としてのコミュニケーションが取れるようになって。まさにそれは人としての尊厳というイヴ先生がおっしゃる、『人として誕生する』こと。『立つ支援』がすごく大事だというところに気付いてきました。」(宗形さん)

画像(介助を受けて歩く幸雄さん)

歩くことで表情も明るくなって、言葉も出てきた幸雄さん。東京医療センター総合内科医長の本田美和子さんは、立つことの意味と効果について次のように話します。

画像(東京医療センター 総合内科医長 本田美和子さん)

「立つことは体にとってもいいというのは医学的にもたくさんあって、例えば立つことで肺の容積を広げることができる、肺がより広がるというのがあります。それから、歩くことによって筋肉が動きますので体の血の巡りがとてもよくなるということもあります。さらに自分の体の重みが骨にかかるので、骨粗鬆症の予防になるというように、さまざまな体の変化が立つことによって生まれてくるんですね。」(本田さん)

歩く訓練を始めてから3か月目になるころには、幸雄さんは大好きな写真を撮れるまでに回復しました。

画像(息子の写真を撮る幸雄さん)

これは幸雄さんにとって『第3の誕生』となったとイヴさんは言います。

「幸雄さんは、『立つ』ことで脳が刺激を受け写真を撮ることができるようになりました。脳が目覚めたのです。歩くことによって、言葉を発すことができるようになり、人間としての尊厳を取り戻しました。そして、息子の写真を撮るまでに回復します。これが『第3の誕生』です。再び人間のグループに迎え入れられたのです。」(イヴさん)

厚生労働省の推計では、2025年には70万人に増えると言われる認知症。家庭や地域で認知症の人とどう関わり支えていけばいいのか。ユマニチュードは認知症の初期の方から寝たきりの状態の方まで、その人の人間らしさを取り戻すための大切なケア技法です。家族の介護に悩む方や認知症が進む当事者にとって、新たな関係を築く第一歩になるはずです。

※この記事は福祉ビデオシリーズ『優しい認知症ケア ユマニチュード』(NHK厚生文化事業団・制作)第1巻「ユマニチュードって何だろう 入門編」を基に作成しました。情報は作成時点でのものです。

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