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『優しい認知症ケア ユマニチュード』前編 ユマニチュードって何だろう?

記事公開日:2018年08月15日

厚生労働省の推計によると、2025年には認知症の人は700万人に増え「高齢者の5人に1人」が認知症になると言われています。そうしたなか、誰もが学びやすく、実践しやすい認知症ケアの1つとして注目されているのがユマニチュードです。介護に悩む家族がユマニチュードを初めて学ぶ姿を通して、ユマニチュードの考え方と基本の技術を分かりやすく伝えています。

ユマニチュードは「ポジティブな人間関係」を構築するケアの哲学

認知症とは「一旦正常に発達して知識知能が持続的に低下している」「複数の認知障害があるため、日常生活や社会生活に支障を来すようになった状態」を言います。
認知症の原因はいくつかあり、脳の血管に何か問題があることによるもの(血管性の認知症)、脳細胞が直接変わってしまうもの(変成疾患による認知症)、またほかの病気の二次的な状況によって認知症が起きるというようなものに分かれています。

家庭や地域で、認知症の人とどう関わり、支えていったらいいのかを考えるうえで、認知症ケアの1つとして注目されているのがユマニチュードです。

画像(ユマニチュードの説明)

考案者はイヴ・ジネストさん。ユマニチュードは、体育学を専門とするイヴさんがロゼット・マレスコッティさんとともに1979年から医療や介護の現場で3万人あまりの患者と向き合い、作り上げた独自のケア技法です。

画像(ユマニチュード考案者 イヴ・ジネストさん)

ユマニチュードとは「人間らしさを取り戻す」という意味のフランス語です。ユマニチュードはケア技法であると同時に、「ポジティブな人間関係」を構築するための“ケアの哲学”でもあります。

ユマニチュードは人と人との関係性に着目したケア技法で、「見る」「話す」「触れる」「立つ」の4つの柱からなります。

イヴさんたちは40年前からさまざまな病院を訪ね、看護師を叩く人やケアを拒否する人などといった最もケアが困難な患者さんたちと向き合い、現場で試行錯誤を重ねてきました。しかし、ユマニチュードを用いて接することによって、こうした患者さんにもうまく対応できるようになったとイヴさんは言います。

「(最もケアが困難な患者さんたちでも)私たちのケアを受けるとなんとキスをしてくれるようになるんです。患者さんに『私はあなたのことを愛してる』と伝える技術を開発したからです。」(イヴさん)

現在、日本におけるユマニチュードは、「老年医学」を専門とする東京医療センター総合内科医長の本田美和子さんを中心に普及・研究がすすめられています。
仕事を通じて、認知の機能が落ちてしまった患者さんとのコミュニケーションに困難を感じていたという本田さんは、ユマニチュードとの出会いについて次のように語っています。

「認知の機能が落ちていらっしゃる方の、私たちにとってちょっと困ったような状況というのは、日本もフランスもほとんど同じなんですね。でも、そこにイヴ先生らが開発なさったコミュニケーションの技法を使うことによって、とてもよい関係を結ぶことができることを目の当たりにしたときには、『是非、私も学びたい』と思ったんです。」(本田さん)

画像(東京医療センター 総合内科医長 本田美和子さん)

認知症の方にとって、なぜユマニチュードが有効なのでしょうか。まずは身内が認知症になり困難を抱えている家族が、ユマニチュードの基本の考え方や技術を学ぶことでどのように変化していったのか見ていきましょう。

家族が認知症になったとき

介護に悩む家族を取材しました。この家の主婦・みち子さん(80)は数年前から物忘れがひどくなり、医師から認知症「アルツハイマー型認知症」との診断を受けています。

みち子さんは、同い年の夫・和夫さん、娘のひろみさんと一緒に暮らしています。
みち子さんは、取材班を出迎えてくれるなど一見普通に会話が成り立つように見えますが、新しい出来事を覚えることができず、古い記憶にも曖昧な点が増えています。

画像(みち子さん、和夫さん、ひろみさん)

みち子さんが認知症を発症してから、和夫さんが代わりに家事を行うようになりました。しかし、病気が進むにつれ、夫婦ふたりの生活に限界を感じるようになります。そこで、離れて暮らしていた娘に助けを求めました。半年前に実家へと戻ってきたひろみさんは、初めて母親の病状を目の当たりにします。

「う~ん。すごい大変だったねって本当に思ったし・・・。」(ひろみさん)

4人の子どもを育て上げ、主婦として家を守ってきたみち子さんは、もともと朗らかで“しっかり者”でした。しかし、認知症になってからみち子さんは何度も同じことを尋ねたり、怒りっぽくなることが増えました。みち子さんの変化に、家族は戸惑い、悩む日々が続いています。

「1日に同じことを何十回も聞いてくるんですよ。『今日何曜日?』『いま何月なの?』。そういう何でもないことで腹が立っちゃう。」(和夫さん)

「母が、父は自分のペースで家の仕事もしているということを理解できないんですね。『ばか野郎』とか『この野郎』とか言ってしまうことがあって。やっぱり後悔することもあるみたいですね。」(ひろみさん)

ひろみさん自身も、みち子さんに「言わなくてもいいことを言ってしまう」ことがあると言います。

「病気なんだからしょうがないと思えなくて、『やらなくていいと言ったでしょ!』と言ってしまうんですよね。言わなくてもいいことを言ってしまうと。母もすごくそれを感じて『自分は邪魔者なんじゃないか』って思うんですよね。そこから雰囲気が悪くなって。結構そういうことは覚えてて機嫌が悪くなるんですね。」(ひろみさん)

どうすれば、認知症の本人とその家族が穏やかに暮らすことができるのでしょうか。認知症のみち子さんに家族が普段どのように接しているのか、日常生活を「定点カメラ」で撮影させてもらいました。

みち子さんは午後3時過ぎになると台所で夕飯の支度を始めます。炊飯器のご飯が炊けているかを確認しますが、10分後にはそのことを忘れてしまいます。その後、何度も炊飯器のなかを確認します。また、何をどう作ればよいのかが分からないようで、何度も冷蔵庫を空け、食材をテーブルに並べていきます。みち子さんの映像を見たイヴさんは次のように指摘しました。

「お母さんは自分に不安を感じてどうしていいか分からなくて、安心するために『繰り返しの行動』に入ります。『何かをしなければいけない』ということは本人は知っているんですが『何をしたらいいのか分からない』『どういう風にしたらいいのか分からない』。ここは助けを必要としているところですね。」(イヴさん)

1時間以上かけてみち子さんが何とかみそ汁を作り上げたころ、ひろみさんが仕事から帰ってきました。

ひろみさん「ただいま。」
みち子さん「(ほっとした表情で)あ~、来てくれた。ひろみ~、待ってた~!」
ひろみさん「(冷凍庫のプラスチックケースがなくなってしまっているのに気付いて)あれ~!何もなくなっちゃった。ケース洗ったの?どこにやったの?」
仕事で疲れ切っていたひろみさんは、つい母親を非難するような口調になってしまいます。
みち子さん「(困った顔で)ごめんな。分かんなくなっちゃったよ。」

この場面について、イヴさんは次のように指摘しました。

「まだ、一度も体を触れていないし目をあわせていません。すべて『言葉』での会話ですね。娘さんが戻ってくるとお母さんはすごくよい状態で迎え入れます。ですが、そこでポジティブな感情の意味での“ポジティブなリアクション”というのが本当の意味ではできてはいません。」(イヴさん)

イヴさんは、「お母さん一緒にまた会えて嬉しい」ということが伝わるような、本当の意味で“ポジティブな感情的なリアクション”、があった場合には、みち子さんの不安感を減らすことができるのだと言います。

「本人が『自分がやった』という記憶すらないようなことについて、それをたしなめることは本人にとっては意味がないことなんです。なのでコミュニケーションの仕方を変えることで、状況は改善するでしょう。」(イヴさん)

画像(みち子さんの日常生活を見て、アドバイスを送るイヴさん)

ひろみさんが両親と同居を始めて半年あまり。いまだに認知症の母親とどう接してよいのか分からないままです。

“感情記憶”は心のダイヤモンド

イヴさんは認知症の家族を介護している家族の困難について次のように語ります。

「介護しているご家族は、認知症の人の行動によってイライラしたり、対応に追われて、疲れ果ててしまいます。『ご家族は疲れ切っている』ということをまず理解しなければなりません。」(イヴさん)

みち子さんは「中期程度」の認知症と診断されていますが、この「中期程度」で悩んでいる家族が非常に多いと本田さんは言います。

「例えばみち子さんの場合ですとおみそ汁の作り方が分からなくなっていたというのが、分かりやすい例かもしれません。そうなると、ご家族の方はすごくびっくりするんですよね。『いままでできていたのにどうしちゃったのかしら』『ちゃんとしてよ』と叱っちゃったりする。ご本人はますますそれが不安になるんですよね。」(本田さん)

こうした「中期程度」の認知症患者を介護するうえで理解しておきたい2つのポイントがあります。

「1つは『中核症状』というもので、これは記憶障害や判断力の低下、時間・場所が分からない、言葉が理解できないと言った症状のこと。そしてもう1つが『行動・心理症状』というもので、これは不眠や暴言・暴力、不安・幻覚のほか、意欲がなくなる、歩き回ると言った症状を指します。中核症状は『脳の細胞が壊れてしまうということ』に起因するため、中核症状そのものを治すことは難しいと言えます。中核症状が起こると、本人は日常的な生活をうまく自分でマネージメントできなくなります。日常生活が自分でうまくこなせなくなると、家族から心配・叱責されたり、自分自身の不安感へとつながり、これらが引き金となって『行動・心理症状』が起きるのです。一方、行動・心理症状は周りからの影響も原因となって起きるぶん、裏を返せば周りからの働き掛けが大きな助けにもなるという特徴を持っています。つまり、行動・心理症状は改善が可能だということなのです。」(本田さん)

画像(中核症状と行動・心理症状)

2017年10月。イヴさんと本田さん、そしてユマニチュードのチームが介護に悩む家族の下を訪ねました。ユマニチュードの基本の考え方や技術を学んでもらう“特別講義”を行うためです。

お客さんのもてなしは、主婦のみち子さんの役目です。

みち子さん「どうぞよろしかったら、我が家の柿です。プリ―ズ。」

イヴさん「すごく美味しいです。」

イヴさんのレクチャーが始まります。イヴさんはユマニチュードの『技術』を伝える前に、家族に理解してほしいことがありました。それは、認知症の人の“記憶の特徴”についてです。イヴさんは石田さん一家に次のように語りかけます。

「こちらにお邪魔することになったのは、『アルツハイマー病』という病気についてお話をするためです。僕の母もそうでした。さて、この病気はその人そのものを変えたりはしません。“素敵な人”はずっと素敵なまま。『アルツハイマー』という病気は“記憶”に関わっています。この記憶を養うのにいちばん大事なのは私たちの五感、目、耳、味覚、触覚などの『感覚』です。例えば、柿の味を覚えていられるのは、味覚があるからです。
記憶には『短期記憶』と『長期記憶』があります。『短期記憶』は、五感を通じて私たちのなかに入ってきた情報が最初に入る“倉庫”のようなものと捉えることができます。例えばいま、『1、2、3』という3つの数字を言うと、情報はまず、脳内に『短期記憶』として保管されるのですが、『短期記憶』の特徴は長くは持たないということです。それでも我々にとってはしばらく残っているとしても、アルツハイマー病の人の場合はすぐに忘れてしまうのです。こうした特徴によって、アルツハイマー病の方は何度も同じことを尋ねたりするのです。」(イヴさん)

続いて、イヴさんは長期記憶について話を続けます。

「『長期記憶』には、『短期記憶』の倉庫の中から自分の脳が『もっと長く覚えておきたい』と選択した情報が入っていきます。この『長期記憶』はさらに4種類に分けられます。『意味記憶』『エピソード記憶』『手続記憶』『感情記憶』です。『意味記憶』は学校で習ってきた知識のようなもの、『エピソード記憶』は初めてデートしたときにどこに行ったかといった出来事に関する記憶です。そして“動作の記憶”とも言えるのが『手続記憶』で、これは例えばお箸を使ってご飯を食べるといったことが当てはまります。『感情記憶』というのは『この人が好きだ』とか『辛かった』といったものです。

画像(記憶の機能について。短期記憶と長期記憶)

※出典 ジネスト・マレスコッティ研究所

認知の機能が落ちてくるときに、いちばんはじめに失われるのが『意味記憶』すなわち認知能力、そして『エピソード記憶』、つまり思い出です。『エピソード記憶』のなかでも新しいものから徐々に失われていきます。これに対し、『手続記憶』や『感情記憶』は最後まで残りやすいと言います。色々なことを忘れても料理や着替えが支障なくできるのは『手続記憶』が残っているためです。また、『感情記憶』は人生の最後の日まで機能し続けます。僕の母はもう僕のことを思い出せなくなっていました。でも、『息子のイヴですよ』というと、『可愛い息子よ!』と抱きしめてくれました。感情の記憶は確かに母の頭のなかに生きていて、それは、脳のなかでも最も大切なダイヤモンドなんです。」(イヴさん)

最後まで残りやすい「手続記憶」や「感情記憶」にアプローチしながらコミュニケーションをとることは、認知症の「行動・心理症状」を落ち着かせるのにつながるのです。

ユマニチュードの体験

みち子さんの家族にもユマニチュードの技術を体験してもらうことにしました。

ひろみさんが体験したのは、できる限り近い距離で「相手を真正面から見つめる」という最も基本の技術です。イヴさんと見つめ合ううちに、ひろみさんの目には自然と涙があふれてきました。

画像(イヴさんと見つめ合うひろみさん)

スキンシップや愛情表現に慣れていない日本人でも、これは“魔法の言葉”なんだ“技術”なんだと思うことで、言えるようになる。イヴさんはひろみさんに次のように提案しました。

「お母さんをなでてあげることに慣れるといいんじゃないでしょうか。それはとても大事なことだから。そうしながら“魔法の言葉”を言うといいんだ。」(イヴさん)

病気にいちばん効くのは「視線を向けてあげること」だとイヴさんは言います。

「『あなたの存在自体』がお薬だと思ってみて。こうやってお母さんの方を見てあげるだけで、気分がよくなるようなお薬なんです。休むことなく、そうしてあげて。『あぁ、もう無理かな〜』と思ったときほど『おかあさーん!』と抱きしめる。」(イヴさん)

母親が穏やかになる『技術』を知って、ひろみさんは少し安心したようです。

画像(母親の肩に触れるひろみさん)

続いて、イヴさんは和夫さんにレクチャーを始めました。

「ちょっとイライラしそうとかちょっと大変だと感じたら、スイッチを入れて。愛の方のスイッチに切り替えます。そこでひと言だけ言ってみて下さい。『好きだよ』って。」(イヴさん)

とっさには出てこないので、みち子さんが不安なときにかける優しい言葉をあらかじめ考え、書き留めていきます。

ひろみさんが「みち子さんの役」を演じて、何度も練習してみるものの、口下手な和夫さんは、普段「言い慣れないセリフ」を切り出すことができません。イヴさんは“新たな技術”を提案することにしました。

「みち子さんと旅行したときとか、子どもさんの運動会とか楽しかったときのお写真をちょっと見せていただくことができますか? 困ったときに“思い出の力”を借りるんです。」(本田さん)

思い出の力が、イライラさせるという状況を落ち着かせる薬になるのです。アルバムをめくって、若いころのみち子さんが建物の前でポーズをとっている思い出の1枚を選び出しました。

画像(若いころのみち子さんの写真)

名付けて『思い出作戦』です。写真を胸ポケットへしまった和夫さんがみち子さんの手をとって話しかけると、みち子さんは笑顔で返しました。

イヴさんは「愛を伝える技術」の重要性について次のように説明します。

「家族が認知症の方との接し方について学ぶことはとても重要です。家族の“自然な愛情”では十分じゃないんです。『愛を伝えるための技術』を学ぶ必要があります。」(イヴさん)

さらに、愛を伝える技術を体験したひろみさんが涙したことなどに触れ、こう続けました。

「認知症は“悲劇”ではなく、“その反対”なんです。さまざまな困難もありますけど、“素敵な贈り物”もあります。ユマニチュードは『ポジティブな人間関係』を作るための技術です。そして、認知症の方たちを支えるための素晴らしい道具だと思います。」(イヴさん)

※この記事は福祉ビデオシリーズ『優しい認知症ケア ユマニチュード』(NHK厚生文化事業団・制作)第1巻「ユマニチュードって何だろう 入門編」基に作成しました。情報は作成時点でのものです。

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