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86歳 トキメキはやまず 田村セツコさん

記事公開日:2024年02月09日

1960年代、愛くるしいイラストで少女雑誌の表紙を飾るなど、一世を風靡したイラストレーターの田村セツコさん。創作活動の傍ら、家族の「ダブル介護」も経験。周囲の反対を押し切り、6年間にわたり母とパーキンソン病の妹を自宅で介護しました。86歳の今も現役のイラストレーターとして活躍。仕事だけでなくあらゆることに好奇心を持ち続けながら独り暮らしを続けている田村さんに、人生終盤の日々を輝かせる極意を伺います。聞き手は、脳出血から復帰した俳優の塩見三省さんです。

“好奇心”が止まらない

86歳の今も現役のイラストレーターとして活躍を続けている田村セツコさん。田村さんの自宅兼アトリエは、若者文化の中心地・原宿にあります。田村さんの日常は創作活動にとどまらず、その隅々までワクワクとトキメキに満ちています。

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田村セツコさん

母が亡くなって、紙おむつがあまってたんですよ。
市から支給されたものが。

サイズがちょっと大きかったんですけど、
ある冬のすごく寒い日に、
「そうだ、あれちょっと試してみようかな」って思って、
身につけて出かけたら、
軽くてふんわりしてあったかくて。
あらま。びっくり。
(『85歳のひとり暮らし』田村セツコ著)

何事にも好奇心旺盛な田村さんの姿勢は、子どもの頃からでした。高校生の時、大胆にも大ファンだったという挿絵画家の松本かつぢ(※)に、自身のイラストを送付。弟子入りを認められます。

※松本かつぢ(1904~1986) 昭和を代表する挿絵画家

卒業後、一度は銀行へ就職しますが、夢をあきらめられず退職。本格的に挿絵画家の道を志しました。その後、急病になった画家の代役で描いたイラストが評判となり、さまざまな仕事が舞い込むように。

一躍、人気イラストレーターの仲間入りを果たし、日本が誇る「カワイイ文化の元祖」と呼ばれるまでになりました。

誰にとっても、年をとることは初めてで、
未知の世界なんですよね。
楽しみっていうか、興味があるっていうか、
「年をとると、どうなっちゃうのかしら?」

若いときにわからなかったことが、
いろいろわかるようになって
おもしろいんじゃないかって思うの。
(『85歳のひとり暮らし』田村セツコ著)

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田村セツコさんと塩見三省さん

田村:自分では考えたことないんですけど、やっぱり珍しいものは試してみたくなりますよね。あと、道でいろんなものを探してるっていうことがありますね。お友だちにも笑われるんですけど、歩きながら、立ち話とかしながら、目が勝手に探してるんですよ。何かのジュースの缶が車にひかれてぺっちゃんこになって「すごく良い形」なんて思ったり、リボンを結んだものが落っこちていたら、「ああもったいない。これは女性のイラストの毛皮のコートみたい」とかひらめきますから、平メキ二朗って言われているの(笑)。

仕事でも介護でも、好奇心を忘れない田村さん。そのルーツを感じさせるエピソードがあります。

田村:銀行員だった時に、お昼休みに屋上から外を見ていたんですよ。そうしたら素晴らしいビジネスマンがみんな歩いている時に、ゴミ箱からゴミを探してるおじさんがいたんですよね。周りと全然違うタイプの方が何か探して、後ろに背負った入れ物に入れているのを屋上からずっと見てた。そして「あの人はほかの人と全然違う。あれでも自由に生きてるのね」と思いました。周りのビジネスマンとテンポも全然違いますよね。その時に「自由って何だろう。こんなところにもあるんじゃないか」と思った覚えはあるんですね。

塩見:ちょっと固くなりますけど、田村さんは戦争を体験して、いろんな時代をお過ごしになってきて、それでも周りのいろんなものに絡め取らないで、ぐっと自分の好奇心、好き、推しみたいなものを貫いてこられた。僕はもう本当に敬意というか。本当に素晴らしいと思います。本当にもっともっとお話を聞きたいですね。

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塩見三省さん

“ダブル介護”も楽し

「介護はつらいものだ」ってみんな言うでしょ。
「家で看るなんてとんでもない!」って。

母や妹がそれを望んだ、というのも大きな理由の一つだけれど、
みんながつらいつらい、と言うから、
逆に私は介護に興味をもったんですね。
やってみたい、って。
(『おちゃめな老後』田村セツコ著)

それは、田村さんが70歳の節目にさしかかろうとしていた頃のことでした。

91歳の母親が大腿骨を骨折し、入院。同じ頃、妹がパーキンソン病と診断されました。田村さんは、周囲の反対を押し切り、2人を実家で介護をすることを決めました。

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田村さんの母・キヨさん

田村:母がものすごく正直な人で。父が6年くらい入院して、病院で亡くなったんです。母はその様子を見ていて、「絶対、私は最期は自宅」とはっきり言ってました。だから、生前にはっきりさせるって大事ですよね。そういうふうにはっきり言ってましたから「OK、大丈夫よ」っていうことで、家で世話するようにしたんです。
皆さんが口を揃えて「老老介護は共倒れになるわよ」。言葉が同じなんですよ。「なりますよ」って親切に言ってくださる。大合唱ですね。そんなに大変なんだったら、ちょっとやってみたい、試してみたい。もし耐え難くなったらその時に考える、と思いました。スタートしてみたら、ヘルパーさんも頼んで週に何回か2時間ぐらい来てくださるんですけど、みんないい方ばかりで、その方たちの働きぶりもすごく参考になって。母がベッドの中でごちゃごちゃ言うと、手でお仕事しながら顔を寄せて、「そうですよね。本当に。はい、そうですね。わかります」とか、もう皆さん聞き上手で。だから喋ってるほうもすごく幸せな顔をしてましたし、その手際も参考になりました。

2人の介護をしやすいように、右の部屋には母、左の部屋には妹、真ん中に私が寝るようにベッドを置きました。

妹は神経の病だったから、とにかく四六時中私のことを呼ぶのです。
「枕が合わないから5センチずらして」とか、「腕の位置をずらして」とか。
決してわがままで言っているのではないんです、本当に痛くてつらいの。

同様に、母からもトイレや身体の痛みなどを訴える声がかかるので、夜もぐっすりは眠れず、いつも睡眠は2時間くらいでストップ。
(『おちゃめな老後』田村セツコ著)

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田村さんの妹・弘子さん

こうした介護を続けながら、実家がある東京郊外の町田市と仕事場の原宿を往復する毎日。それでも田村さんは、楽しむことを忘れませんでした。

うんちもおしっこも、出たばかりはホカホカと温かくて、
「すごいなあ、生きてるってこういうことなんだ」と感動。

「お母さん、ほらこんなに出たよ」と見せては、
「イヤー!」なんて2人で大笑いして。
(『婦人公論.jp』2023年9月25日)

さらに田村さんには、上手に気分転換する方法もありました。

気分転換は、「たっぷりまとめて」ではなく、小刻みがいいんです。

夜食を作りながらのほんのちょびっとのワインだったり、
ちょっと用事を済ませるために電車やバスに乗ること。
そんなひと時がすばらしいの。

風景が次々と変わっていくのがまるで楽園みたいだと思って、
気持ちよかったんです。

家までの帰り道、木の枝の間に夜空の星が見えて、
まるで木に星が咲いているみたい。

覚えたての歌を口ずさんで帰れば、
それだけですっかり元気になれました。
(『おちゃめな老後』田村セツコ著)

画像(田村セツコさん)

田村:皆さまが心配するほど大変じゃなかったですね。仕事場で仕事をして、家でもしましたけど、「私の帰りを待ってる母が、妹がいる」っていうことで急いで帰ります。リュックを背負ってね。すごく張り合いになって、ワクワクするっておかしいんですけど、「急いで世話するからね」と言って帰ってきて、その日々はね、とても充実してたんです。あの時はもう本当に急いで、スキップしながら帰るくらいで。
母は正直な人なので、「よその人にお下のお世話をされるのがすごく嫌だ。恥ずかしい。そんなに長生きしたくなかった」って言うんですよね。頭がはっきりしてるので。そしたら私も苦肉の策で、「お母さんねぇ、大丈夫。ベルサイユ宮殿のお姫様はね、そんなことみんな召し使いにやらせてね、へっちゃらけなのよ。よきにはからえって言ってね。すましてるの」と言ったら喜んで。しばらく納得してたんですよ。でもやっぱり身体は弱ったけど頭がはっきりしてるんで。3~4日、1週間以内くらいに「やっぱり嫌だわ」って言いました。「こんなことしていただくほど、年を取りたくなかった」とまた言うので、「お母さん、ベルサイユ宮殿のお姫様は…」って言ったら、「あの人たちは子どものときから慣れてるでしょ。私は違う」とか言って。そうしたら「お母さん、どうしてそこに気が付いたの? すごい、鋭い。さすが」って言ったんですよ。
ある方が「年を取った親はね、褒めることよ」って忠告してくれたんですね。「褒めて褒めて褒めまくるのよ」って。子どもは親に褒められて育ちましたけど、親は子どもになかなか褒められないんですね。だから褒めるって大事なのかなと思っています。本当に嬉しそうにね。目がキラキラして、耳もね、ポーッと赤くなるんですよ。「さすが」って言うとね。それはね、保証します。点滴より効きます、褒め言葉。大変っちゃ大変なんですけど、楽しいと思えば楽しい。介護はね。

画像(田村セツコさんと塩見三省さん)

塩見:僕は介護をされる側でしたから、無責任なことは言えませんが、田村さんのお話はすごい経験というか、これからの世の中、世界、日本、みんな老いていくんですけど、この話は「みんな聞けよ」っていうの? 何かこう、ぐっときましたね。

田村:男の人は「自分のおふくろはそんなこと言わなくても十分わかってるからいいんだ」なんて言いますけど、そんなことはなくて、たまにね、「おふくろ、さすがだよ」とか言ったら、お母さんすごく嬉しいですよ。母はジョークを笑うことが多かったです。母は私が出かけることをすごく嫌がるんです。でも出かけなきゃならない。「お母さん、ちょっと郵便局に速達を出しに行ってきます」って言うと「ふーん」なんて言って。そうして打ち合わせなんかで夜遅くなって、そうっと母の部屋のそばを通ると「随分遠いところに郵便局があるのね」って(笑)。「そこか」っていう感じでね、もう笑っちゃうんです。そのときは「そうなのよ。困っちゃう」って言って反対しないんですよね。

塩見:優しいですよね。温かくて今一番欠けてるものだと思うんですけど、素晴らしいです。

田村:介護は、されてる、してあげるってことがなくて、両方とも幸せだと思います。してあげる人もすごく幸せですから。(塩見さんの)奥さまもお幸せですね。大変だけど、ちゃんと通い合う。それが素敵ですね。

“老い”は人生の大冒険、孤独は生きている証拠

母と妹を看取ってから10年あまり。その後も、親しい人との別れを何度も経験してきました。そんな田村さんには、日課にしていることがあります。

わたしのキッチンには、
亡くなった家族や仲良しだったお友達の名前が飾ってあります。
たぶん30人くらいはいます。

その名前に向かって、
毎朝「おはようございます」って挨拶をしているんです。
(『孤独をたのしむ本』田村セツコ著)

名前を呼ぶとその人の顔が浮かんで、心がポカポカします。
「私もそのうち行くからよろしくね」って。
(『婦人公論.jp』 2023年9月25日)

田村:いつの間にか習慣になったんですけど、最初は写真なんか貼ってたんですよね。だけど場所を取るから、お名前をキッチンのお料理するところに立てかけてあるんです。毎日お湯を沸かしたり、お茶入れたりしている場所ですから、毎日会うわけですよね。そこでお父さん、お母さん、弘子、誰々って言って「おはようございます」って言うようにしたら、そっちでも答えてくれるみたいな。あれ?っと思って。ちょっとおすすめです。

画像(亡くなった家族や友人の名前)

世間で関心が高まっている「終活」も、今はまだ考えられないといいます。

部屋は相変わらずごちゃごちゃだし、
お金や書類関係の整理もできていないから、
残された人は大変だと思う。

でもそのとき私はこの世にいないから関係ナシ!(笑)

お葬式だっていらないわ。
死んだら自分では見られないもの。

そんなことを心配するより、
今日を楽しく生きるほうが大事。
(『婦人公論.jp』 2023年9月25日)

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田村さんのアトリエ

田村:のんきっていうか、死ぬことも深刻に前もって考えたら、やりきれないですよね。だけど、今すごく、いつも忙しい。小学生の時から忙しいんですよね。だから死んだらゆっくり眠れるからいいやと思って(笑)。ハンモックみたいなところで揺れながら眠るのが楽しみですし、それから寂しいっていうのは当たり前で、生きている証拠だと思います。お母さんから生まれた時にね、へその緒を切られて、スッポンポンで出てきて、「さぁ、一人で生きてくんですよ」って言われたようなもんでしょ、人間は。そのときから一人ぼっちが始まったと思うんですね。だからみんな助け合って生きてらっしゃるわけなんだけど、基本的には寂しいとか孤独は、生きている証拠だなとは思いますよ。
10代の頃、フランスの雑誌なんか見ていると作家の人はみんな「作品のテーマは何ですか」と聞いたらサガンとか売れっ子の小説家の人はね、「孤独」って。女優さんも「生きるテーマは、お仕事のテーマなんですか」と聞いたら「それは孤独です」って。なんで、みんな大人は孤独孤独って言うのか。でもちょっとおしゃれだなと思った覚えはあります。

それでも、“孤独”や“寂しさ”を耐えられない、という人たちのために、田村さんがオススメしたいものがあると言います。

田村:一人暮らしの方には、ぬいぐるみをおすすめしたいんですよね。こういうのがいたら、すごくかわいいの。お部屋が賑やかになりますし、なかなか捨てたもんじゃないです。餌をやらなくてもすむし(笑い)。

塩見:僕は無骨な男だから、かわいいとか、そういう言葉に対してどうなのかと思っていたんですけど、今日すごくその人生観も胸に落ちました。それで、田村さんにかわいいっていう感覚を聞きたいんです。僕、うちで猫ちゃんを飼ってるんですけど。

田村:わー、いいですね。お名前は?

塩見:うずらです。

田村:わー、カワイイ!!

塩見:その田村さんの言う“カワイイ”、好きっていう感覚は、僕がうちの猫にかわいい、いいねって言うのと同じことですか?

田村:もちろんですよ。私が猫の本物を飼っている時は毎日ね、顔を近づけて、「どうしてそんなカワイイ顔なの」って。

塩見:そうなんですよ。

画像(塩見三省さん)

田村:耳も触ってね。「どうしてこんなカワイイ顔できたの」って言うんですよ。本人はね、よくわからないけど、うすうすわかるらしくて、フワーってあくびします。

塩見:そうです、そうです。そのかわいいっていうのは、ずっと田村さんが貫いてこられた「かわいい、推し、好き」っていうのと一緒ですか?

田村:一緒ですよ。もちろんですよ。

塩見:そうですか。じゃあ、すごく嬉しいです。

田村:あはは、ほんと?私もうれしいです。

画像(田村セツコさん)

塩見:僕は田村さんに話を合わせられるのだろうかと思っていましたが、田村さんに会いたいっていうのがありましたから、やっぱり冒険というか。今日、田村さんにお会いできたことが、私の喜びであり、冒険ですよね。

田村:冒険、そうです。やっぱり、おばあさんになるのは生まれて初めてなので、年取った人の感じ方も、何でも味わっていきたいと思いますね。本当に初体験ですよね。毎日毎日ね。本当に。

※この記事はハートネットTV 2023年12月25日放送「85歳 トキメキはやまず 田村セツコ」を基に作成しました。情報は放送時点でのものです。

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