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能登半島地震 障害のある人たちの状況は

記事公開日:2024年02月09日

1月1日に発生した能登半島地震。「ハートネットTV」では、障害のある人たちの被災状況や必要な支援について取材しています。この記事では、地震からおよそ1か月間の、障害のある人たちの状況についてお伝えしています。

【2月9日】外部の支援いかし立ち上げた福祉避難所 ~能登町と長野県社協の新たな試み~(能登町)

能登半島地震の被災地では、配慮が必要な障害者や高齢者らを受け入れる「福祉避難所」の立ち上げが難航しています。奥能登の4市町(輪島市・珠洲市・穴水町・能登町)では、地震の前に全部で41カ所の福祉避難所が指定されていましたが、そのうち、実際に開設できたのは9カ所にとどまりました。建物が地震で損壊したり、職員が被災して勤務できなくなったりしたことが主な理由です。そのため、障害や高齢のために支援が必要であっても、一般の避難所や自宅で生活を続けている人も多く、地震発生から1か月以上が経ったいま、症状の悪化や孤立などが懸念されています。
そんな中、能登町では外部の支援者と協力して、1月19日から新たな福祉避難所が開設されました。

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2月8日現在、11名が避難生活を送っている「福祉避難所」

能登町からの依頼を受け、この福祉避難所の運営を任されたのは長野県社会福祉協議会の「長野県ふくしチーム」です。長野県の社協や福祉関連団体の職員、介護福祉士などの専門職合わせて186人ほどが登録し、2019年の台風19号の被災時から活動を行っています。今回の能登半島地震では1月5日から支援に向けた動きをはじめ、1月8日に先遣隊が能登町に入りました。

そのころ能登町では、もともと指定されていた5か所の福祉避難所が、施設が被災して使えない、職員が被災して人手を確保できないなどから稼働できていませんでした。そのため、一般の避難所に支援が必要な高齢者が多く避難してきていました。ある避難所では、金沢市から正月休みのため帰省して被災した介護福祉士の女性が、「見過ごせない」とボランティアで要支援者の介護をしていました。たったひとりで数十名の要支援者のケアを1週間以上担っていたのです。そんな状況に対して、能登町は「長野県ふくしチーム」に支援を要請。チームのコーディネーター・橋本昌之さんも、「このままでは支援している女性が倒れてしまう」「そうなったら支援が必要な高齢者も、その家族も暮らしていけない」という危機感を感じ、新たな福祉避難所の開設を提案、能登町と一緒に動き出しました。

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テントの中には断熱シートをひくなど、工夫をしている

まずは、設置可能な建物から探し始め、支援が必要な高齢者や障害者の調査、物資の調達などに奔走。わずか1週間ほどで開設にこぎつけました。急ごしらえのため、いまあるもので工夫し、なるべく快適に過ごしてもらえるよう配慮されています。町や長野県社協が持っていたテントを活用してプライベートスペースを作り、通路の幅をゆったりとって、歩きやすいようにしたりしています。長野県社協の災害福祉支援本部の長峰夏樹さんは「2019年の台風19号被害の時、なにもないところから避難所を立ち上げた。その経験を生かすことができて良かった。全国の皆さんに助けていただいた恩返しだと思って尽力したい。」といいます。

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24時間体制で被災者をサポート

長野県と能登町の社協職員8人ほどがチームを組み、交代で、24時間避難者をケアしています。

「1.5次避難に行った方が良いのか?」「仮設住宅を申し込んだ方が良いのか?」など、これからの生活に対する不安の声も多いなか、ひとりひとりに合った避難生活の選択ができるよう、スタッフが相談にも乗っています。「よろず屋だと思っています。『り災証明書の発行はどこに行けばいいのか?』などちょっとしたことでも相談に乗ってもらえれば必要なところにつなぎます。いま、ここに残っている人たちは地元で暮らしていきたいと思っている人も多い。この地域は必ず復興する。ここで暮らす人たちが普通の暮らしをできるよう復興するまで支えていきたい。」(橋本昌行さん)

能登町の担当者も「これだけ大きな被災状況の中、役場の職員も町内の介護支援者も福祉避難所に人員を出す余裕がなく、運営を一手に引き受けてくれてとても助かっている。避難した高齢者も安心しているようで、とても感謝しています。」と話します。

大きな役割を果たしている外部支援による福祉避難所の開設。しかし、橋本さんはもっと早い段階で福祉の支援者が入れれば良かったと語ります。「支援が必要な人は、被災後、環境の変化や精神的な不安の影響を受けやすい。なるべく早く支援者が入ることによって心身の機能の維持、家族や周囲のストレスの軽減につながる。まだまだ医療に比べて福祉の必要性の認識は低い。次に起きる災害に備えて、早期に福祉の手が入る仕組みを構築して欲しいなと思っています。」

【2月1日】1か月ぶりの入浴 障害者施設の入浴支援(穴水町)

能登半島地震から1か月。被災地にある福祉施設の中には、断水や建物の損傷などのため、未だに利用者が入浴できていないところもあります。一般の入浴支援などでは車いすユーザーは入浴できないなどの制限もあり、衛生面からも課題となっていました。そんな中、穴水町の施設では外部の援助を受け、久しぶりの入浴を楽しむことができました。

穴水町にある「青山彩光苑穴水ライフサポートセンター」では、被災前から身体障害や知的障害などがある利用者が50名ほど生活しています。今回の地震で建物の一部が壊れたものの、少しずつ修繕しながら何とか生活できていたといいます。しかし、断水に加えて配管設備も壊れて使えなくなったため、入浴だけは実現できずにいました。

実は、これまでにも自衛隊など入浴支援の申し出はいくつかありましたが、「入浴支援の指定場所まで遠くて行くことができない」「車いすの人は入浴できないという制限がある」「一般の設備だとバリアフリー機能はなく、介助しながらの入浴には適さない」などの理由から、断ってきました。

部長の大林尚美さんは、何とか入浴できないかと下見にも行きましたが、脱衣所に行くまでにも階段があって車いすが入れなかったり、浴槽が深くて介助をしながら入浴させるのはリスクがあったりしたため、無理だと判断したといいます。

このままでは、衛生的にも厳しいと不安になっていた矢先、嬉しい申し出がありました。白山市の社会福祉協議会から、所有している訪問入浴支援用の入浴車両を1台借りられることになったです。この入浴車両であれば、車の中で沸かしたお湯を施設内の浴槽にいれるため「移動の負担」も「介助のリスク」もありません。安心して入浴ができると、スタッフ全員、喜んだといいます。

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外に置かれた車両からお湯を送り、施設内に設けられた浴槽で入浴する

そして1月31日、3名の利用者が1か月ぶりのお風呂を楽しみました。
これから毎日、3~5人の利用者を順次入れていく予定です。

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入浴後、さっぱりしたと笑顔の利用者

「入浴した利用者はみんな、笑顔で『温まりました』『さっぱりした』と喜んでいました。大変なことも多いけれど、入浴できたことで希望が見えてきた気がします。本当に感謝しています。まだまだ入浴できない施設はたくさんありますが、こういった取り組みが広がってほしいと思います。」(大林尚美さん)

【1月26日】訪問看護師が見た精神障害者たちの被災状況(七尾市・穴水町)

被災した精神障害のある人たちは、地震のショックや避難による生活環境の変化から、体調が不安定になる人も少なくありません。七尾市を拠点に活動する「らいず訪問看護ステーション」では、精神科の看護師が被災した利用者を訪ね、地震後の悩みや不安を聞き取ったり、薬の服用についてアドバイスをしたりしています。

1月中旬、らいず訪問看護ステーションの看護師が、被災後はじめて能登半島北部・穴水町の利用者を訪ねてまわりました。そのひとりが、夫と2人で暮らす80代の女性。妄想性障害があり、4年前から訪問看護を利用しています。地震によって自宅の天井の一部が落ちたり、支柱が折れたり、壁がはがれたりするなどの被害が出ましたが、避難所には行かず自宅で暮らしています。

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被害を受けた利用者の女性の自宅

看護師の岡浦真心子さんが「いまは何が心配ですか?」と質問すると、女性は「地震が何度も来るから眠れない。(揺れの影響で)身体がふわふわしている感じがする」と訴えていました。岡浦さんは、悩みごとに耳を傾けた後、たまっていた薬をわかりやすいように日付ごとに整理したり、血圧を測ったり、今後の精神科への通院予定を確認したりしていました。

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利用者の女性と看護師の岡浦さん

穴水町で妻と2人で暮らす70代の男性は、自宅が地震の被害を受け、地域の避難所に避難していました。数年前から妄想性障害と認知症のため、2週間に1回ほど訪問看護を利用してきました。地震の前は冗談を言うなど積極的に話していましたが、避難所では表情が乏しく、声かけへの反応もわずかでした。岡浦さんたち看護師も、その変わりぶりに驚きを隠せない様子。「地震によってショックを受けた影響かもしれない」と言います。男性は、通っていた通所介護の施設も被災し、日中通う場所もなくなっていました。妻は「(避難所にいると)動かない。着替えたり歩いたりするリズムや、刺激がなくなったことが心配」と話していました。看護師で訪問看護ステーションの統括責任者・宮本満寛さんは、「顔が見られてよかった。今大変やけどね、元気出して。よく食べて寝てくださいよ」と男性に声をかけていました。

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利用者の男性と看護師の宮本さんが握手

宮本さんは「地域に住みつづけたい人のことを応援するのが私たちの役割と思っている。これまで通りの訪問看護の継続に加えて、本人からの相談によってはほかの専門機関につなぐなど、支援できることを探していきたい」と話していました。

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訪問看護ステーションの統括責任者・看護師の宮本さん

【1月22日】孤立する在宅の障害者(志賀町)

障害があるため普段と異なる環境で過ごすことが難しく、避難所に行けない人たちの中には、支援の手が届きにくく、孤立している人がいることがわかってきました。
また、たとえ避難所に行っても、障害への理解や支援が得られず、困難な状況に置かれている現実もあります。

最大震度7を観測した志賀町で、障害者の相談支援専門員として活動する女性は、週に2回自宅にとどまる障害のある人の家を巡回し、心身の健康状態や生活状況を確認するなどケアにあたっています。

このうち、志賀町でも特に被害の大きかった富来地区で、祖母、両親と4人で暮らす知的障害で自閉傾向のある30代の男性は、屋根の一部の瓦が崩れブルーシートで補修している状態の家で今も暮らしています。この家族は、被災して一時電気も水道も通じない状態だったにもかかわらず、男性が車中泊中に不安定になったことから、避難所での生活に不安を感じ避難しませんでした。そのため相談支援専門員の女性が他の町のグループホームに家族で避難できるよう調整しましたが、慣れない場所での生活の不安が強く、停電も解消したことから、自宅にとどまることを決めました。そして断水が続く中、家では風呂にも入れない生活を今も続けています。幸い体調を崩していないということですが、16日に女性が直接自宅を訪問するまで被災から2週間あまり、一度もケアに訪れた人はいなかったといいます。女性は、この家族にとって、家で安全に暮らせるのであれば環境を変えずこのまま過ごし続けるのがよいと考えていて、今後も見回りを続けていくことにしています。

志賀町では、区長や民生委員を通じて避難所に避難できていない障害のある人とその家族の安否や生活状況の把握を進めています。稲岡健太郎町長はNHKの取材に対し「災害関連死につなげないためにも、声を上げられていない人も含めて誰1人として取り残さないように全力で取り組みたい」とコメントしています。

一方、避難所で過ごす障害者の中にも、孤立している人がいます。相談支援専門員の女性は、避難所から「紙おむつを替えようとしない避難者がいて、困っている」と連絡を受けました。精神障害などがある高齢の男性で、女性が以前、ケアに当たったことがある人でした。避難所を訪ね根気強く話を聞くと、男性は支援物資の紙おむつが有料だと勘違いしていたことがわかりました。女性は、避難所に避難したとしても、コミュニケーションの苦手な人の意思やニーズをくみ取りきれておらず、課題があると感じたと話しています。

災害時に避難が難しかったり、意思のやりとりの難しかったりする障害のある人をどう支援するか、あらかじめ体制作りをしておくことが必要だったと、相談支援専門員の女性は、悔やしそうな表情で話していました。

【1月22日】重度の障害者など2次避難が難しい人も

重度の障害者など、生活するうえでさまざまな配慮を必要とする人たちの中には、住み慣れた場所を離れる2次避難が難しい人も少なくありません。
今回の地震で大きな被害が出た石川県の輪島市と能登町、穴水町には、障害者の入所施設があわせて4か所ありますが、各施設によりますといずれも2次避難は行わない方針だということです。
 詳細はこちら→https://www3.nhk.or.jp/lnews/kanazawa/20240122/3020018398.html

【1月20日】被災地「医療的ケア児」の現状と必要な支援とは(解説動画)

地震で大きな被害が出た石川県の能登地域では、たんの吸引や人工呼吸器が必要な「医療的ケア児」が23人いて、個々の状況に応じた支援が求められています。「いしかわ医療的ケア児支援センターこのこの」のセンター長で、ソーシャルワーカーの中本富美さんに被災の状況と必要な支援などを聞きました。
 詳細はこちら→https://www3.nhk.or.jp/news/html/20240120/k10014328441000.html

【1月19日】能登の障害者に届け!~動き始めた福祉器具・介護用品の支援~

能登半島地震の被災地で、個別の支援が必要となる障害者や高齢者に必要な物資を届ける活動が始まっています。

「いってらっしゃ~い!」毎日、元気なかけ声とともに送り出されるのは、介護用のおむつや口腔ケアスポンジなどの支援物資を乗せたトラック。多いときは5tもの物資が被災地の施設向けて送り出されています。

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スタッフ総出で配送の準備

ハブとなっているのは、金沢市内にある「石川バリアフリーツアーセンター」。障害者や高齢者のためのバリアフリー情報を発信するとともに、石川県内を旅行する際の支援などを行うNPOです。

地震発生後、日頃関わりのある障害者や高齢者に何か支援ができないかと思っていたところ、施設などに必要な支援物資が届いていないことがわかり、力になりたいと動き出しました。1月3日には輪島市、珠洲市、能登町など各市町村の福祉担当職員に連絡、送ってもらった施設の一覧を基にスタッフが1軒1軒聞き取り調査を行い、必要な物資50品目をまとめました。

現地の要望で多かったのは、日常的に使用する「口腔ケアスポンジ」や「介護用のおむつ」、「補聴器の電池」などのほか、断水が長引いている地域では「使い捨ての食器」など。また、被災地で調達するのが難しい携帯用の筆談ボードなど福祉機器が欲しいという声も少なくありませんでした。

障害者や高齢者の口の中は粘膜が弱っていたり、傷みやすくなっていたりすることがあります。そのため、普通の歯ブラシではなく優しく口腔ケアできるスポンジブラシが必要なのです。しかし、一般的な支援物資には、そういった障害者や高齢者の方が必要とする福祉用品や消耗品などはあまり入っていません。

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口腔ケアに使うスポンジブラシ

その支援物資を集めるため、東京の一般社団法人に依頼し、一般の人から物資の寄付を募る支援サイトを、今月10日に立ち上げました。
サイトでは、どんな地域で何が必要とされているか、具体的な商品名が個数とともに掲載されています。支援を希望する人は、通販サイトを通じて商品がセンターに届くように設定して購入する仕組みです。開設から10日ほどで、1万6000個を超える支援物資が寄せられました。

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物資の寄付を募る支援サイト

届いた物資は、スタッフが中身を確認後、分類して必要数を避難所や施設などに配送します。
配送するトラックやドライバーは通常の運送会社には頼めないため、知り合いに声をかけたところ「1週間だけなら」「この日なら」と協力可能な範囲で協力してくれている人が集まってきてくれました。

そして準備が整った1月13日には配送がスタート、まずは輪島市、珠洲市、能登町、志賀町の施設へ物資が運び込まれました。NPOの理事長・坂井さゆりさんは、配送先でかけられる言葉に力をもらっているといいます。「物資を持っていくと「ありがとう」「助かりました」と喜んでくれる。大変だけど頑張らなければと思っている。」

一方で配送を始めて実感したのが、「支援物資の偏り」でした。連絡すると「物資は十分足りているので大丈夫」だという施設と、「何もないので本当に助かる」という施設と二分しているというのです。ある施設では「物資が届いたのは初めて。本当に助かります。ありがとう」と利用者のみんなが玄関まで挨拶に来てくれたといいます。「もともと行政とつながりが密だったところや、被災してすぐに行政にSOSを伝えたところは早い段階で支援が入っているようだった。行政とのつながりも薄く、声を上げられない小さな施設は自力でなんとか踏ん張っていたというところが多いと感じた。」と坂井さんは話します。

坂井さんたちは、まだまだ困っている人は多いのではないかと、さらに掘り起こしをしたいと考えています。しかし現状では個別のニーズをすくい上げる仕組みがなく、一人ひとりの自宅に物資を届けるのも難しいのが実情です。それでも坂井さんは「行政や企業、地域の自治会などとも連携して、障害のある人や高齢者に必要な物資を、隅々まで届ける方法を探っていきたい」と語っています。

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被災者のもとへ届けられている支援物資

【1月18日】眼科健診 1.5次避難所で[無料](金沢市)

石川県眼科医会会長 牛村 繁さんによると、1月20日、21日、眼科医療支援車両「ビジョンバン」を使って、1.5次避難所での、眼科医による無料眼科健診を実施する予定です。お気軽にご相談くださいとのことです。
活動の日程は以下のとおりです。

1月20日(土)午後2時~4時
額谷ふれあい体育館(金沢市額谷町)

1月21日(日)午前10時~12時、午後2時~4時
いしかわ総合スポーツセンター(金沢市稚日野町北)

【1月16日】「広域避難」か「応援職員」か…、揺れる事業所の思い(羽咋市)

いま、被災地の福祉事業所を支えるため、1.5次避難所や2次避難所への広域避難や、専門的な知識を持った人材を現地へ送り込む応援職員の派遣などが始まっています。しかし被災した事業所の中には、どうするのがベストなのか、決めかねている現実もあるといいます。

羽咋市にある法人が経営する3つのグループホーム。ここでは地震発生直後から3か所とも断水となり、日常生活を送ることができなくなりました。16人いた入所者のうち、11人は自宅に避難。しかし5人は身寄りがないため、帰れる場所がありません。重度の自閉症や高次脳機能障害などがあり、24時間介護が必要なため、一般の避難所に行くことも困難でした。
唯一、法人が経営する通所施設の一つに水道が通っていることが分かり、そこで生活することにしました。ところがそこは、大きな部屋がひとつしかありません。「食事の場所」「くつろぎの場所」など大雑把に仕切りをして、夜は介助のスタッフと一緒に雑魚寝。プライベートが保たれない生活が2週間以上続き、入所者もスタッフもストレスが溜まってきています。

救いは地域の人たちとの交流です。地域の中で水道が通っている場所は数少なく、法人では震災直後から、シャワーを浴びたり、洗濯したりする場所として、地域の人たちにもこの施設を解放してきたのです。

立ち寄った近所の人と一緒に散歩に行ったり、コーヒーを飲んだりしながら過ごす、つかの間の休息は、辛い日々の中で唯一の安らぎ。「一緒に頑張ろうね」と話しているといいます。

グループホームの断水は長引き、再開の目途が立たない中、最近になって石川県から支援の打診がありました。住まいを失った5人を、金沢市内のホテルへ「広域避難」させてはどうか、というのです。 しかし、受け入れ先に介助者はいません。スタッフが同行する必要がありますが、自らも被災したスタッフが家族を置いて同行することは難しく、金沢市まで通うのも大変です。
それでも当事者に意思を確認したところ、全員からは「慣れない場所に行くのは不安、ここで頑張れたら…」という返事でした。法人では、今すぐ広域避難に踏み切るのは難しいと考えています。

一方、県からは、福祉の専門職を外部から派遣する「人的支援」の打診もありました。しかし、入居者は重度の自閉症や高次脳機能障害といったケアが難しい障害があるため、どんな人に来てもらえるのかわからない状況だと、なかなか依頼することができません。また、障害の特性から、支援者が変わることで精神的に不安定になる可能性もあるため、短期間で次々と支援者が変わるのは避けたいという思いもあります。施設長は「スタッフの疲労がピークに達する中、人的支援は喉から手が出るほど欲しいと感じているが、どうすれば良いのか、スタッフ間で話し合う必要がある」と言います。

本格的に雪が降りだした被災地。不安は尽きませんが、希望はあるといいます。
15日には、近所の整骨院でマッサージを受け、緊張で凝り固まった体をほぐしてもらった入居者たち。来週は、ひとりの入居者の誕生日を祝うため、地域の人たちが誕生日会を開いてくれると楽しみにしています。寒さをしのぐためのこたつも、地域の人から提供してもらいました。足りない物資やサービスをお互いに交換し合い、支えあっています。
施設長は「普段から地域の人たちとのつながりを大切にしてきたので、助け合って何とか生活ができている。本当にありがたい。これからもこの絆を大切にし、ここで頑張っていきたい」と話していました。

【1月15日】石川 高齢者施設の利用者 約600人移送完了 14施設から 厚労省

今回の能登半島地震で、停電や断水などで被害を受けた高齢者施設で生活を続けている利用者について、厚生労働省は、別の施設への移送の依頼があった石川県の14の施設からおよそ600人の移送を完了したと発表しました。
このほか、障害者施設でも、2つの施設の17人が別の施設へ移ることを希望しているということで、受け入れ先の施設が決まり次第、移送をしたいとしています。
 詳細はこちら→https://www3.nhk.or.jp/news/html/20240115/k10014322091000.html

【1月14日】輪島市の障害者施設「1.5次避難所」へ 不安感から泣き出す人も

能登半島地震で被災し断水が続いている石川県輪島市の障害者施設では、利用者やその家族30人余りを一時的な受け入れ先となる羽咋市の「1.5次避難所」に移しました。
一方で、環境の変化を受け止めるのが難しい障害者に配慮した避難先の確保が課題になっています。

輪島市の障害者施設「一互一笑」では通常、通所での就労支援などを行っていますが、地震の発生直後から「福祉避難所」として、同じ法人のグループホームや地域の障害者、それに高齢者なども受け入れています。

しかし、断水が続く中でトイレを流すことができないなど衛生面の環境が悪化し、感染症が拡大するおそれがあることなどから13日、一時的な受け入れ先となる「1.5次避難所」への移送が行われました。

知的障害や精神障害のある利用者やその家族など34人は6台の車に分乗し、石川県などが確保した羽咋市の「国立能登青少年交流の家」へ移りました。

利用者らはそれぞれの荷物をまとめて車に積み込むなどしていましたが、環境の変化を受け止められず不安感から泣き出してしまう人もいて、職員が「みんなで行くから大丈夫だよ。落ち着いたらまた帰ってこられるよ」などと声をかけていました。

このあと利用者らはおよそ3時間かけて羽咋市の「1.5次避難所」の「国立能登青少年交流の家」に移り、今後、2次避難先の障害者施設などが決まるまで、この避難所で暮らすということです。

避難した75歳の男性は「避難先で医療機関にかかれるのかや、この先の生活がどうなっていくのか不安です」と話していました。

避難先の確保に課題も
施設を運営する社会福祉法人によりますと、障害者の中には環境の変化を受け止めるのが難しい人も多いため、個室の確保や同じスタッフによるケアの継続が重要になりますが、そうした環境が整った避難先がなかなか見つからないという課題があるということです。

この施設では14日も残った家族を移すほか、2次避難所の確保に向けて他の県の福祉施設と直接交渉しているということです。

社会福祉法人弘和会の畝和弘理事長は「1.5次避難所に長い期間とどまりたくないが、現実には集団で避難できるような2次避難のための大きい施設がなかなか無いため、行政の力を借りながら探していきたい」と話しています。
 NEWS WEB記事はこちら→https://www3.nhk.or.jp/news/html/20240114/k10014320321000.html

【1月14日】厚労省 被災地の高齢者施設に応援の介護職員を派遣へ

能登半島地震では、高齢者施設や障害者施設で働く職員が、みずからも被災しながら限られた人員で介護や支援を続けていて、厚生労働省は被災地の施設に応援に入れる介護職員や生活支援員などを募集していましたが、13日までに970人が登録したということです。
 詳細はこちら→https://www3.nhk.or.jp/news/html/20240114/k10014320801000.html

【1月12日】能登半島の高齢者施設 人手不足でケア行き届かず 現場は疲弊

NHKが1月5日から12日にかけて、石川県の能登半島にあるおよそ60の高齢者施設に取材したところ、ほとんどの施設で断水が続き、高齢者へのケアが行き届かない状態が長期化しているほか、施設の職員も被災する中で深刻な人手不足で現場が疲弊しつつあることがわかりました。このままでは高齢者の体調悪化が懸念されるとして、他の施設に移すなど早期の対応を求める声が上がっています。
 詳細はこちら→https://www3.nhk.or.jp/news/html/20240112/k10014318421000.html

【1月11日】<被災者の声>珠洲市の宿で被災した林由美子さん(視覚障害)

金沢市で鍼灸マッサージ師として暮らす林由美子さんは、強度の弱視があり、ものの形がぼんやりとわかる程度の視力です。
毎年お正月は、珠洲市の宿に親しい友人と集まって過ごすことを、楽しみにしていました。

今年も友人たちと一緒にくつろいでいたとき、震度6強の揺れに襲われました。「とんでもなく強くて、長い揺れだった」といいます。
ストーブが倒れ、目の見える友人たちが慌てて火を消しました。すぐに津波警報が出され、林さんは手を引かれて車に乗り込み、高台にある消防署の駐車場で一晩を明かしました。

翌日、ひとまず避難所の小学校で過ごすことになった林さん。避難所の係員に白杖を見せて、「視覚障害があるのでトイレまでの動線やものの配置を教えて欲しい」と伝えると、丁寧に案内してくれたそうです。1つの教室で、20人ほどが過ごすことになりましたが、その時も「自分には視覚障害があるので、見えなくても移動できる通路を作っていただけますか」とお願いすると、快く応じてくれました。

しかし、トイレだけはとても大変だったといいます。断水で流せないため、どうしても衛生環境は悪くなります。使用したトイレットペーパーなどは袋に捨てる決まりでしたが、その袋が見えません。消毒液はありましたが、手を流すこともできないため、できるだけ汚れないように細心の注意を払いました。なるべくトイレに行かずにすむように、水分補給も最小限に控えていたといいます。

その翌日、友人の車に乗せてもらい、通れる道を探りながら8時間かけて金沢にたどり着きました。戻ってきて感じたのは、自分の無力さだったといいます。「もし自分の目が見えていたら、避難所にとどまって、みんなを助けるボランティアをやりたかった。でも自分にできることは何もなかった。早く現地を離れることが、自分がやるべきことだと感じたんです…」

それから10日後。林さんは、こんどはボランティアとして能登に入ることを決めました。地元の鍼灸マッサージ師協会が、DMATなどの医療関係者をマッサージするボランティアを募集していたのです。これこそ自分がやるべきことだと、林さんは真っ先に応募しました。被災地を支える人を、自分の手で少しでも癒やし、支えたいと考えています。

最後に、林さんに、被災した視覚障害者に伝えたいことをうかがいました。
「視覚障害者は諦めるのが上手です。できないことは頼まない、周りの手を煩わせたくないと思って、我慢してしまいます。けれど、本当に困ったときは、声を上げてください。視覚障害者のための支援チームも結成されて、能登に入ります。いま助かれば、あなたの力を活かせるときも、きっとやってきます。」
(1月11日に電話で話をうかがいました)

■視覚障害者の相談窓口
・石川県視覚障害者協会 076-222-8781(午前9時~午後5時)
・日本盲人福祉委員会 03-5291-7885 メール:saigai@ncwbj.or.jp

【1月10日】被災の施設職員が帰宅できず勤務 厳しい状況続く

今回の地震では高齢者施設や障害者施設も被災していますが、現地で支援に当たるNPOなどの調査で、みずからも被災した施設の職員が帰宅できないまま勤務するなど、厳しい状況で支援を続けていることがわかりました。
 詳細はこちら→https://www3.nhk.or.jp/news/html/20240110/k10014315971000.html

【1月10日】能登半島地震 全国から応援の介護職員など募集し派遣へ 厚労省

今回の地震では多くの高齢者施設や障害者施設も被災していて、施設への人的な支援が課題となる中、厚生労働省は全国の福祉施設から応援の介護職員などを募集し、被災した施設に派遣することになりました。
 詳細はこちら→https://www3.nhk.or.jp/news/html/20240110/k10014316481000.html

【1月10日】視覚障害のある人たちへの医療関連情報

石川県眼科医会会長 牛村 繁さんによると、1月14日よりJMAT(日本医師会災害医療チーム)と一緒に眼科医を派遣し避難所での眼科診療に当たる予定です。眼科医は、眼科検査機器、眼鏡、コンタクトレンズ、点眼水などを持参して診察にあたります。

避難所での眼に関する注意点として、家の後片付けなどで目に異物やほこりが入ったりして、感染性の結膜炎になりやすいことがあるため、もし目に異物が入ったら、紙コップを頬部にあててペットボトルの水で目を洗うのも一つの方法とのこと。ただ異物はなかなか取れないことが多く、その場合は眼科を受診することが必要です。震災前に緑内障などの眼科慢性疾患で点眼をされていた方は、点眼の継続が必要ですので、これまで通院されていた眼科へ連絡するか、できなければJMATが行かれた際に処方してもらうことが必要です。また、目の外傷や、急に見にくくなったという症状があれば緊急の治療が必要なので、救急への連絡をしてください。

また石川県眼科医会ホームページのトップページに、被災された方々専用の眼科相談窓口がありますので、ぜひご利用くださいとのことです。

 石川県眼科医会 ホームページはこちら ※NHKサイトを離れます

【1月10日】ストレス募る在宅の障害者 「半日開所」で支える(石川県 七尾市)

地震の発生から1週間以上がたち、精神障害や知的障害のある人たちの中には、避難生活になじめず精神的に不安定になる人もいます。ストレスを募らせる障害のある人たちとその家族を支えようと、通所施設が「半日開所」を始めました。

七尾市の障害者就労支援事業所「ゆうの丘」は、10代~70代のさまざまな障害のある人29人が通い、農業や廃品回収、クッキーの製造販売などで働いていました。仕事を通じて自信をつけ、1人暮らしを始めた人もいます。

地震が起きてからは強い不安に襲われ、家に閉じこもって職員に電話をかけ続ける人もいました。避難所に行っても周りの人とコミュニケーションができず、多くの人は自宅に戻ったと言います。
「ゆうの丘」は1月5日から開所する予定でしたが、地震で中止になりました。行き場を失い、先の見通しも立たず、家の中で不安と闘う日々を、理事長の本田雄志さんは「精神的に拘束されたような状態だったと思う」と語っています。

状態の悪化を防ぐために、本田さんは動ける職員とともに、障害のある利用者の安否確認や心理的なケア、物資の輸送などに駆け回りました。誰もが顔を合わせると「早くみんなで集まりたい」「仲間の顔が見たい」と訴えてきたと言います。そして家族からも、「目が離せないので家の片付けもできない」「いつから開所するのか」という問い合わせも相次ぎました。

本田さんは通れる道路を確認し、避難した職員にも声をかけて、1月10日に半日だけ開所することを決めました。当日は18人の利用者が集まり、支援物資で一緒に昼食を取りました。

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いただいた支援物資で、みんなで昼食

集まった利用者の最初のひと言は「怖かった」。ようやく言えたひと言でした。仲間や職員と過ごす中で笑顔も出てきた様子を見て、「障害のある人にとって福祉事業所は命綱」であることを実感したと、本田さんは言います。職員の中には自宅の片付けに手をつけられていない人もいますが、当分は「半日開所」をつづけながら、障害のある人とその家族を支えていきたいと考えています。とりあえず次の日は、みんなでお風呂に入りにいきたい、と話していました。

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いつもの作業にも熱心に取り組みました

【1月9日】高齢者や障害者のための福祉避難所開設受け入れ開始(石川県 輪島市)

今回の地震で多くの人が避難生活を送るなか、石川県輪島市に高齢者や障害者など介護が必要な人のための福祉避難所が開設され、受け入れが始まりました。
 詳細はこちら→https://www3.nhk.or.jp/lnews/kanazawa/20240109/3020017957.html

【1月9日】被災地の福祉施設 “暖房使えず職員も疲弊 全国で受け入れを”

今回の能登半島地震で各地から派遣された医療チームの指揮をとる医師は、被災地の130を超える福祉施設の多くで十分に暖房が使えず職員も疲弊しているとして、全国の医療機関や福祉施設で受け入れが必要だと訴えています。
 詳細はこちら→https://www3.nhk.or.jp/news/html/20240109/k10014315001000.html

【1月9日】障害者施設 居住スペースに被害 体育館で共同生活(石川県 穴水町)

石川県穴水町にある知的障害者などが暮らす施設では地震で利用者の居住スペースが大きな被害を受けたことから、体育館での生活を余儀なくされています。
 詳細はこちら→https://www3.nhk.or.jp/news/html/20240109/k10014314801000.html

【1月8日】高齢者など「要配慮者」受け入れの福祉避難所 不足続く(石川県 輪島市)

輪島市は、特別養護老人ホームや障害者支援施設など25施設と、通常の避難所では健康管理が難しいいわゆる“災害弱者”を受け入れる福祉避難所を開設する協定を結んでいました。
しかし、施設の建物が壊れたり断水や停電が続いたりしているうえ、職員も被災して人手が足りないことなどから、実際に開設できた福祉避難所は3か所にとどまっています。
 詳細はこちら→https://www3.nhk.or.jp/news/html/20240108/k10014314161000.html


【1月5日】視覚障害のある人たちの状況は?(石川県)

石川県視覚障害者協会によると、5日に石川県北部の4市5町(羽咋市、輪島市、七尾市、珠洲市、志賀町、宝達志水町、中能登町、穴水町、能登町)で協会に登録しているメンバー144人に連絡を入れました。その結果144人中、49人とは連絡がつかず、95人に聞き取りを行いました。15人が避難所に避難、左記を含む32人が自宅を出て金沢に住む家族、友人知人宅に避難している状態でした。また住居が全壊という連絡は2棟、半壊、一部損壊は37棟でした(ただし、市町の判定を受けたものではありません)

必要な支援としては、一番多いのは断水の影響による飲料水。続いて食料の希望が多く、目薬、かぜ薬、音声時計などが欲しいとの依頼があったそうです。
協会ではホームページを通して、被災され支援が必要な視覚に障害がある方の情報を集めています。
 石川県視覚障害者協会 ホームページはこちら ※NHKサイトを離れます


【1月5日】福祉避難所を開設 しかし人手不足が深刻(石川県 輪島市)

輪島市の障害者支援事業所では、市との協定に基づき福祉避難所を開設しました。しかし、予想以上に多くの人が訪れ、職員も被災する中、人手不足に陥っています。

さまざまな障害のある人の支援を行う「多機能型ライフサポート一互一笑(いちごいちえ)」は、60人ほどの利用者が登録し、障害者の働くカフェや障害のある子どもたちの遊び場などを提供しています。

地震が起きた直後から、2階建ての施設の1階に福祉避難所を開設しました。
一般の避難所での生活が難しい人を受け入れることを想定していましたが、施設周辺の住宅の被害が大きく、自宅が被災するなどした施設周辺の人たちも20人ほど避難しています。

一方、普段施設を利用している自閉症の人や知的障害のある人などは環境になじめず、被災した自宅で生活したり、車中泊を続けたりしている人もいるということです。

こうした中、人手不足に悩まされています。
職員25人のうち、現在働くことができるのはわずかに6人。それぞれ自宅が被災し、避難所から施設に通っている人もいます。地域の人たちの助けも借りながら福祉避難所を運営していますが、通常よりも人手が少ないなかで、利用者のケアや安否確認、自宅などで避難を続ける利用者への物資の配送などを担っている状態で、職員には疲れが見え始めているといいます。施設を管理する藤沢美春さんは「県に対して専門的知識を持つ人たちの派遣を要請していますが、対応してもらえるのかどうかわからない状態です。障害者や高齢者らについては今後、ベッドや薬など環境が整っている石川県内の別の施設に移動してもらうことも含めて検討せざるを得ない」と話していました。

さらに、トイレの衛生環境も深刻です。
3日から給水が始まりましたが、食事や飲用、身体を拭くなどに優先的に使うため、トイレで使用する分まではまわらないといいます。簡易トイレや、ウエットティッシュなど衛生環境を保つための使い捨て可能な物資を確保するため、関係機関や系列の施設にお願いしている状況とのことでした。


【1月4日】障害者入所施設で 断水による水不足と衛生用品不足(石川県 穴水町)

石川県鳳珠郡穴水町にある複数の障害者入所施設に話を聞くと、地震の後から断水が続き、給水車も来ていない状況で、生活に大きな影響が出ていました。

身体障害のある人など50名ほどが入所している「青山彩光苑穴水ライフサポートセンター」では、土砂崩れの影響で施設に面している道路が塞がれて、通りづらくなっています。施設では飲料用の水だけでなく、排せつで汚れたものを洗う際などに多くの水を必要としますが、給水車は入ってきていません。支援団体が少しずつ水を届けていますが、依然として十分ではないといいます。施設部長の大林さんは「今は水が一番不足している。給水車に来てもらえたら」と話していました。

知的障害のある方など115名が入所している「石川県精育園」でも、飲み水や生活用水が不足しています。排せつの際に汚れてもシャワーは使えず、雨水や雪を溶かした水で対応しているとのことです。町の保健センターでは水やパンを受け取ることができますが、往復4時間以上かかるため、通うのは簡単ではないといいます。トイレが使用できないため、利用者も職員も、ゴミ袋やポータブルトイレ、紙おむつを使用していますが、紙おむつなどの衛生用品も不足しています。石川県精育園の統括責任者・田中こず恵さんは「施設の衛生面が心配です」と話していました。


【1月4日】障害者通所施設 ライフライン絶たれ利用者の受け入れできない(石川県 珠洲市)

珠洲市にある障害者福祉施設の固定電話は多くが不通でしたが、身体障害や知的障害のある人など10人が通っている「障害福祉サービス多機能型事業所 さざなみ」の施設長・酒井千鶴子さんの携帯電話には電話がつながり、お話を聞くことができました。

施設では電気と水道が止まっていて使えず、利用者の受け入れができない状況です。利用者と職員の無事は確認できたものの、多くの人の自宅が被害を受けていて、職員の中には家族を亡くした人もいるそうです。利用者の多くが、現在は避難所にいるのか自宅にいるのか、どのように生活しているのか、詳しい状況がわからず心配とのことでした。状況が確認できた利用者の中には、道路が寸断され、孤立している状態の人もいるとのことです。

酒井さんは「利用者の中には、障害の特性上、避難所で共同生活を送るのが難しいと感じる人もいる。施設で受け入れて少しでも安心できる環境を作りたいが、暖房器具もトイレも使えないので、せめて水や電気だけでも復旧してくれたら」と話していました。


【1月4日】建物が破損 住めなくなったグループホーム(石川県 七尾市)

知的障害のある人など12人が暮らす七尾市のグループホームは、人的な被害はなかったものの、地震の揺れで屋根が破損するなどの被害を受けました。雨漏りがひどく、住み続けることが困難だったため、利用者には一次的に離れてもらわざるを得なかったと言います。

12人中4人は家族の元へ、8人は他のグループホームや避難所に移りました。環境の変化で不安を感じている利用者もいますが、出勤可能なスタッフが巡回して、物資の配達や心身のケアを行っています。

グループホームを運営する法人では、できるだけ早く建物を修理して、利用者に戻ってもらいたいと考えていますが、いつになるかのめどは立っていません。代表の男性は「行き場がない障害者にとって、グループホームは大切な居場所。できるだけ早く再開できるよう、いろんな手だてを探っていきたい」と語っています。


【1月4日】グループホームが損傷 認知症高齢者が厳しい避難生活(石川県 能登町)

能登町の社会福祉法人・礎会は、障害のある人の就労支援事業所とグループホーム、そして認知症の高齢者のグループホームを運営しています。

地震により高齢者のグループホームが損傷しましたが、一般の避難所では生活が難しいため、ふだんは住まいとして活用していない、就労支援事業所に避難しています。しかし暖房のための灯油が不足し、断水が続いて衛生面でも問題が生じているため、厳しい生活が続いています。また、嚥下機能が落ちている人も多いので、食事作りも大変だといいます。

さらに、在宅の人たちが通う就労支援事業所も再開の見通しが立たず、通っていた27人のうち2人はまだ連絡がつかない状況です。職員も被災していて、在宅の利用者の支援まではなかなか手が回らないといいます。管理者の橋本克治さんは、「職員の頑張りでなんとか保っているが、食料や物資も乏しく、先の見通しがなかなか立たない。できるだけ早くライフラインや道路が復旧して欲しい」と語っています。

※『災害時 障害者のためのサイト』はこちら

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