ハートネットメニューへ移動 メインコンテンツへ移動

公道走行が可能に!視覚障害がある人も楽しめるタンデム自転車

記事公開日:2023年11月01日

2人で乗れるタンデム自転車をご存じでしょうか? 前席に見える人が、後ろに視覚に障害のある人が乗車して、サイクリングを楽しめることで人気が高まっています。今年7月からはすべての都道府県で走行が可能になりました。タンデム自転車によって世界が広がった人たちを紹介し、安全に乗車するためのポイントもお伝えします。

タンデム自転車で広がる新たな世界

2人で乗ることのできる自転車、タンデム自転車は2人でペダルをこいで進むため、視覚に障害のある人と見える人が一緒に楽しむことができます。

日本パラサイクリング連盟大阪支部代表の小山結美さんは、障害福祉サービスの仕事をしながら10年前からタンデム自転車の普及に取り組んでいます。

「タンデム自転車は2人で乗るので、後ろに視覚障害の方や、知的障害や発達障害の方など1人で自転車に乗るのが難しい場合でも、前に健常者が乗ることで自転車に乗れるのが大きな特徴です」(小山さん)

小山さん自身は視覚に障害はありませんが、偶然をきっかけにタンデム自転車が持つ可能性を知りました。

「10年くらい前に、視覚障害のある方から『タンデム自転車に乗りたいので前に乗ってほしい』と言われました。そのときはタンデム自転車ってなんやろう、一緒に乗るってどうなのかなと思いながら、タンデム自転車を借りられる場所に連れて行っていただいた。そうして私が前に乗って、その方が後ろに乗ったのが最初だったんです。(視覚障害の方が)『タンデムできるのはいいな』とおっしゃって、こういった喜びもあるのだなと。そもそも目が見えない方でも自転車に乗りたいと思うんだというのが、そのときの正直な感想でした」(小山さん)

タンデム自転車が走れる公道は、唯一制限していた東京都で今年7月から解禁になり、すべての都道府県で走行が可能になりました。小山さんは歓迎する一方で、普及に向けたスタートラインにようやく立てたと考えています。

「よかったと思う気持ちと、ようやくここからだなという印象を持っています。理由としては、公道で乗れるというのは、ふつうの自転車とおおむね同じ形で乗れるので、目的地までの移動とかサイクリングや買い物といった利用ができる。ようやくここからスタートだなという印象を持っています」(小山さん)

家族の会話も弾むタンデム自転車

タンデム自転車を購入して、日常的に楽しんでいる家族がいます。

埼玉県に住む南雲祐二郎さんはもともと自転車が大好きで、3人の子どもを連れてよくサイクリングに出かけていました。しかし、妻の真輝さんは網膜色素変性症でほとんど見えないため、いつも1人だけ留守番でした。

しかし7年ほど前に真輝さんがレンタサイクルでタンデム自転車を体験し、自転車の楽しさに触れたといいます。

「初めて乗ったのが昭和記念公園ですごく楽しかったですね。感動というか、これだったら私も一緒に乗れるんだみたいな。家族みんなで乗れるのはいいなと思って」(真輝さん)

諦めていた自転車ですが、タンデム自転車があれば楽しさを共有できると感じた真輝さん。夫の祐二郎さんは2年前、地元の埼玉県の公道でタンデム自転車の走行が解禁されたことをきっかけに、真輝さんの誕生日にタンデム自転車をプレゼントしました。

それ以来、夫婦で買い物やサイクリングを楽しんでいます。

「車に乗っているよりも、周りの音や雰囲気を近く感じる。春の時期だと花の匂いがする。『花が咲いているね』とか、『小学校でいま何かやってる?』と言うと『体育の時間だね』とか、そういう会話が楽しいですね」(真輝さん)

「うちはわりとよくしゃべる夫婦なんです。自転車に乗っていると景色がいろいろ変わるので、『ほら、ここにあれがあるよ』とか、花が咲いてるから止まって(真輝さんに)触らせたりとか、いろいろあって楽しいですよね。会話も弾みます」(祐二郎さん)

画像(タンデム自転車に乗る真輝さん&祐二郎さん)

真輝さんがタンデム自転車に乗り始めて、夫婦の行動範囲も変わりました。

「もともと僕よりも出かけたがりなんですよ。それがより行きやすくなった感じですね。隣の駅においしいパン屋さんがあるんですけど、ちょっとそこまでお昼ご飯のパンを買いに行こうとか、自転車だとそういうことができますね」(祐二郎さん)

「自転車でおいしいものを食べられる場所を探すのが楽しい。車だと行きづらいカフェとか、そういうのを探して寄り道したり」(真輝さん)

最近では、長男で中学3年生の理音(りお)さんもタンデム自転車の前に乗っています。

真輝さん:自転車はやっぱいいね。風が生温かい。(道端でゴロゴロという音)今のなに?キャリーケースを引いてる人?

理音さん:そうだね、日傘をさしながらキャリーケースを持ってる。

真輝さん:そっか。かき氷に行きたいね。

理音さん:いや、分かるけど、夏は嫌なんだよな。

真輝さん:えっ?なんで?

理音さん:虫が多い。

真輝さん:え?でも、走ってて虫いる?

理音さん:いる。嫌だ、耳に来るんだもん。

真輝さん:ホント? 全然感じないんだけど。あ、そっか、私は後ろにいるからだ。

理音さん:ここ左に曲がっちゃう? 曲がりまーす。

真輝さん:はーい。

画像(タンデム自転車と真輝さん&理音さん)

タンデム自転車に乗って出かけるようになって、親子の会話も増えているそうです。

「今まではお父さんと僕と姉と弟で(自転車に)乗っていたのが多かったので、(お母さんも一緒に出かけられるようになって)うれしい部分はとてもあります。家族みんなでワーイみたいな感じ。普段だったら一緒に行けない、お母さんの声が後ろから聞こえる。一緒に会話できるのが楽しい。それがいちばん大きいと思います。(タンデム自転車は)顔が見えないのに、こんなにうれしい気持ちになれるのが、率直な感想」(理音さん)

普及のためのプロジェクトを実施

タンデム自転車の魅力を少しでも知ってほしいと、小山さんはプロジェクトを企画しました。視覚や聴覚に障害のある人と一緒に、千葉から和歌山までおよそ1100キロの太平洋岸自転車道を9日間かけて、タンデム自転車で走り切るという挑戦です。

「タンデム自転車は安全だし、長い距離も楽しく走れるというのが私の実感ですが、そういう話をすると『そんな危ないことして!』みたいなことをよく言われたんです。でも1年前に、知人が太平洋岸自転車道をロードバイクで9日間かけて全走行した。ロードバイクが走れるのであれば、タンデム自転車でも走れるというのが私の実感です。これを無事故でやり遂げることができたら、タンデム自転車が安全だと自信を持って言える。そこから企画をやることになりました」(小山さん)

タンデム自転車は安全だということを示すため、安全面の確保には万全を期しました。

「自転車は1台2台で走るより、たくさんの台数で走った方が車や歩行者から見つけてもらいやすい。この企画をするとなったときに、メインで参加されるタンデム自転車に乗る方以外で、ロードバイクで走ってもらえる地域の方を募りました。各地域でご協力していただける方に一緒に走ってもらって、タンデム自転車の前をロードバイクで道案内をしてもらう。あるときはタンデム自転車の後ろを走ってもらって、安全確認や後ろから車がきたという声掛けをしてもらいました。皆さんの協力でより安全に走れるように工夫できました。今回のような長い距離を走ることで、急な体調不良や機材のトラブルも起こる確率が上がってきます。そのようなときにも対応できるように、サポートカーが常に1台一緒に走って安全確保しました」(小山さん)

プロジェクトでは最終的に6人の視覚障害のある人、1人の聴覚障害のある人、合わせて7人が3台のタンデム自転車に乗車して参加しました。

そのなかの1人、千葉県に住む野村耕一さん(50歳)は38歳のときに網膜色素変性症と診断され、現在は弱視です。野村さんは見えなくなっていくなかでも自転車に乗れる楽しさを感じています。

「タンデム自転車に関する集まりに小山さんも参加していて、次の日にSNSを通じて、太平洋岸自転車道をタンデム自転車でつなぐので参加しませんかと言われて、ワクワクするので参加しますと返事したのを覚えています。(タンデム自転車は)8年ぐらい前に千葉競輪場でタンデム自転車体験会に参加して、その頃からです。歩いてるだけでは感じられない、風の匂いとかそういったものを感じるのがいちばん大きいですね」(野村さん)

画像

司会の中野(左)、野村耕一さん、小山結美さん

野村さんはプロジェクトの初日と2日目、合わせておよそ190キロを走り切りました。とくに印象に残ったのは、すれ違う人々との触れ合いです。

「前に乗っているパイロットの方に『畑にいたおばあちゃんが目をまん丸くしてタンデム自転車を見てたよ』と言われて、それが面白かったですね。あとは高校生が、タンデム自転車が2~3台連なっているのを見て『すげぇ!』と叫んでいたので、そういうちょっとした人との触れ合いがタンデム自転車の楽しさのひとつです」(野村さん)

さらに、景色をめぐってパイロットと交わす会話も新たな発見だったといいます。

「私は神奈川周辺のことが分かっているので、神奈川を走っていたときに、(パイロットに)『周りに畑がいっぱいある』と言われて、『この辺はキャベツとか大根が有名なんです』と会話したりして、そういう会話ができるのもタンデムならではですね」(野村さん)

小山さんも、野村さんと一緒に走ったときに景色の描写で驚いたことがありました。

「神奈川エリアを野村さんと一緒に乗ったとき、私より野村さんの方が詳しいんですよ。海沿いエリアで『砂浜にお店が出て人が集まってる』と野村さんにお伝えしたら、『もうちょっとしたら島が見えてくる』と教えてもらったりして、どちらがガイドかと…(笑)。いろいろ教えてもらうと、一緒に走っている実感はありますよね」(小山さん)

野村さんも一緒に走っていることをペダルから感じています。

「今回だと三浦半島は結構アップダウンがあるんです。上り坂はペダルにすごく力を感じますし、一緒に走っている感じはありますね。あと、曲がるとき、体重移動が一緒になっている感覚がタンデム自転車にあるんですよ」(野村さん)

こうして小山さんたちは5月7日、太平洋岸自転車道の終点モニュメントがある和歌山市の加太にゴールしました。

タンデム自転車に乗る喜びを感じてほしい

多くの魅力があるタンデム自転車。今年7月から全国の公道で乗れるようになりましたが、大切なのは安全に走ることです。

「タンデム自転車も操作自体は変わらないんですけれど、ふつうの自転車より最初のふらつきなど、特徴があります。タンデム自転車の運転に慣れてから公道を走ることが大切だと思います」(小山さん)

野村さんは、タンデム自転車を安全に乗るためにはコミュニケーションが大事だと考えます。

「後ろに乗る人はストーカーと言いますが、パイロットとストーカーとのコミュニケーションですね。前後のペダルが連動している場合は、まず『こぎ出しますよ』と言って、止まるちょっと前から『足を止めます』とか『少し回転を緩めます』と言っていただかないと、ふくらはぎにペダルが当たる。あと、靴ひもがほどけてペダルに絡まったときに、うまくコミュニケーションを取れないと大事故につながる可能性もあります」(野村さん)

小山さんも声掛けが大切だと考え、とくにこぎ出しのときは注意すべきだと語ります。

「最初に、タンデム自転車の構造を説明して、乗るときは先にパイロットが乗って、そのあと後ろに乗るようにしてくださいとパイロットの方にお伝えしています。最初のこぎ出しのとき、後ろの方と一緒にこぐので『誰々さん、行きますよ、せーの』と、慣れないうちは長い声掛けをしていただく。2人の息が合ってきたら『せーの』とかでもこぎ出せるんですけど、最初のこぎ出しの声かけをしっかりしていただくことが大事。タンデム自転車は、自転車自体の重さがありますし、乗っている人が2人で重量がありますので、こぎ出しの最初だけは、ハンドルの荷重が1人乗りの自転車よりもふらつきがあります。しっかりふらつかないようにハンドルを支えるのが必要です」(小山さん)

安全のためにも、初めてタンデム自転車に乗る人は、まずは体験会に参加するのがおすすめです。

「タンデム自転車が身近でないのは、機材がないからだと思うんです。ただ、今は借りられるところも増えていて、機材は確保していただける。次に、視覚障害の方でしたら“前に乗る人”の問題があります。できれば身近なご家族やお友だちで見つけるのが早いと思います。全国的にも、今まで乗ったことがない視覚障害のある方を主体にした体験会で安全に体験できます。団体に問い合わせることは可能なので、興味を持った方は見てもらえたらありがたい」(小山さん)

最後に、小山さんと野村さんが考える、タンデム自転車の未来について語ってもらいました。

「タンデム自転車はいいところがたくさんあるので、自転車のもうひとつの選択肢になってほしい。より一般的に乗られるようになることで、日本の自転車の文化が1人で乗る移動手段としてだけではなく、共に楽しむ豊かな自転車文化に変化していくと思っています。タンデム自転車はこれから多くの方に役割を感じていただけると思っていますし、私もその一端になれたらいい」(小山さん)

「怖がらずにまずはゆっくり乗ってみていただければ、世界が広がると思います。タンデム自転車は特別なものではない。視覚障害者も含めて、1人では自転車に乗りづらい方、体力に自信のない方、タンデム自転車でそういう人と一緒に乗るのが当たり前に見られる光景、そういう社会が来るのが理想だと思っています」(野村さん)

※この記事は、2023年8月13日(日)放送の「視覚障害ナビ・ラジオ」を基に作成しました。情報は放送時点でのものです。

あわせて読みたい

新着記事