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わたしの隣の、クマさんを思う ―ドラマ『やさしい猫』対談 中島京子 × 小林エリカ―

記事公開日:2023年07月24日

家族になりたいスリランカ人の男性と日本人の母子が、日本の入管制度のはざまで翻弄される物語『やさしい猫』。直木賞作家の中島京子さんの小説が、2023年6月にNHK総合でドラマ化されました。中島さん自身も当初は知らなかったという日本にいる外国人の暮らしや収容施設の実態。縁遠く感じられるテーマについて、物語だからこそ伝えられることはなにか。“やさしさ”の問題としてではなく、誰もが人間らしく生きる“権利”をどう守っていけるのか。同じく作家で、戦争などをテーマに埋もれた声を作品にしてきた小林エリカさんと対談しました。

画像(やさしい猫)

土曜ドラマ『やさしい猫』
保育士でシングルマザーのミユキが、スリランカ人の「クマさん」ことクマラと出会い、ミユキの娘・マヤと3人で家族を築いていく物語。番組の詳しい内容はこちら

画像(中島京子)中島 京子
1964年東京生まれ。出版社勤務、フリーライターを経て、2003年に『FUTON』でデビュー。2010年に『小さいおうち』で直木賞、2014年に『妻が椎茸だったころ』で泉鏡花文学賞、2015年に『長いお別れ』で中央公論文芸賞、2022年『やさしい猫』で吉川英治文学賞を受賞するなど著書多数。



画像(中島京子)小林 エリカ
1978年東京生まれ。小説や漫画、インタスタレーションなど幅広い表現活動を行う。『トリニティ、トリニティ、トリニティ』で第7回鉄犬ヘテロトピア文学賞受賞。アンネ・フランクと実父の日記をモチーフにした『親愛なるキティーたちへ』など著書多数。

クマさんがいるみたい 物語は“自分ごと”にしてくれる

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【ドラマより】クマさんは、ミユキたちのアパートで暮らし始める

小林:『やさしい猫』、刊行されてすぐに読んで大好きだったんです。ドラマ化されて、こういうふうに人物が描かれるんだというのもおもしろくて。ご本人としてはどうですか。

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小林エリカさん

中島:原作者だということを忘れて引き込まれて見ています。クマさんなんて本人としか思えなくて、「クマさぁーん」みたいな(笑)。

小林:小説のときも感情移入して見ていたんですけど、実際にスリランカのカレーとか、ミユキさんの実家の芋煮のシーンとか、具体的なビジュアルが挟まれると一緒に食べているような気持ちになって。

中島:そうそう。どれもおいしそう。

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『やさしい猫』原作者の中島京子さん

小林:クマさんがミユキさんに公園で甘いミルクティーを作っている素敵なシーンは、本当にそこに私も居あわせているみたいで、キュンとしてしまったり。

中島:ねえ。東京のどこかに、この一家が住んでいるような感じが本当に具体的に立ち上がっていて、とても楽しいです。

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【ドラマより】公園でミユキにミルクティーをふるまうクマさん

小林:実は『やさしい猫』の小説を読むまで、私は知らないことばかりだったんです。両親がクルド人のハヤト(※)のような子どもは、健康保険に加入できないから歯の治療が難しいとか、将来働きたいと思っても働くことができないとか。ドラマでも、ハヤトの姿をまざまざと見せつけられたときに、「え?埼玉で生まれて、日本語を母語として育ってきた子どもに対して、わたしたちの国は本当にこんなことを?!」って、びっくりしたんです。

中島:在留資格によってできることが制限されるから、クマさんだったら自動車整備の仕事しかできないなんてことも、知らなかったでしょう?

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【ドラマより】入管施設を訪れたマヤは、ハヤト(右)と出会い、親しくなっていく

※ ハヤトは、両親とともに、仮放免(かりほうめん)という立場に置かれている設定です。
仮放免とは、日本での在留資格を失い退去強制を命じられながらも、一時的に収容を解かれている状態。働くことや健康保険に入ること、また居住地域から許可なく移動することが禁じられています。
日本で生まれ育った子どもでも、ハヤトのように在留資格がない仮放免の人は少なくありません。

中島:外国籍の人は身近に増えていますよね。コンビニとかレストランとか建設現場とか。特別な、見えないところにいる人たちではない。

小林:そのとき、「クマさん」みたいに一人の存在として、その名前や人生のディテールを伴って浮かび上がってくると、見え方がすごく変わるなって。ドラマのなかで、「だまされているんじゃないの?」と周りが言っちゃったり、「悪い外国人はちょっと困る」みたいに言っちゃったりする人たちもいます。それに対して、ミユキさんが「クマさんはしっかり仕事もしていて英語もしゃべれて」と懸命にそれを否定しようとするのだけれど、そこで自分自身にも差別の気持ちがあったんだと気づくシーンがありましたよね。ミユキさんと一緒に歩みを進めながら、揺れる気持ちも含めて理解できたのがすごく大切だったなと思っていて。

中島:それはすごくうれしいことというか、自分自身も気づくことがあって。差別というのは厳しい感じの言葉ですし、いけないことだとわかっているんだけど、そういう感情は何から出てくるかというと、やっぱり知らないものって人は怖いと思うんですよね。
ドラマがすごく上手に描いているなと思ったのは、アパートのおばさん。最初は外国人が来たというので不審な目を向けているんだけど、だんだん、クマさんと近所で暮らしているうちに仲よくなって。(第2回で)みかんを一緒に食べていたのが、すごくいいシーンだなと思って。

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【ドラマより】アパートの大家・水上(左)は、やがてミユキたち家族を応援するようになる

中島:知らないものは怖いし、怖いと警戒心が湧くけど、知れば「なんだ、クマさんってこういう人なんだ」となるのは、すごく普通の心の動きですよね。だから、知らないから怖いって思うことも認めて知っていくことが、人には必要なのかなという気がします。

「わかりたい」から書く 入管収容が奪えない人間性

中島さん自身も、『やさしい猫』を執筆するまで外国人の暮らしや入管施設の実態を知りませんでした。きっかけは、知人のSNS投稿で、入管施設に収容されていた人が亡くなったことを知ったことだといいます。

画像(中島京子さん)

中島:国の施設でそんなことが起こっているのかとびっくりして。それで友達の弁護士に教えてもらって知るようになったんですね。でも、小説になるかっていうと、違うじゃないですか。小説として書くことはどうなのかなって揺れている時期が結構、長かったんです。

小林:『小さいおうち』や『夢見る帝国図書館』など中島さんは他の作品でも歴史などを丁寧にリサーチされて、かつ、遠いと思えてしまうような過去や存在を身近なものにつながる物語として提示するというスタイルが本当に素晴らしい。書きたいものに出会ってから作品を作り上げるまで、どうされているんですか。

中島:今回は弁護士や行政書士、かつて入管職員だった人などに具体的な話をすごくたくさん聞いて、入管にも取材に行きました。かつて収容されていた方には、どんな部屋に何人いるのかなど細かく教えていただいたんですけど、施設のなかでも(収容された人同士で)お誕生日をお祝いしたり、自分たちで簡単な料理を作ったりしていたんですね。

小林:ドラマでも、ポットを使って仲間に料理をふるまうイラン人の方の話が出てきましたね。

中島:そうなんです。ほかにも仲間が倒れてしまったときに、弁護士に電話して救急車を呼ぶようにお願いしたり。そういうことが、とても人間らしいというか。入管施設は、人間らしさを奪おう、奪おうとする空間のように見えていたんですけど、話を聞いてみると、なかの人たちからは、「どんなに奪おうとしても奪えない人間性」を感じたんです。

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【ドラマより】入管施設に収容されたクマさんと面会に来たミユキたち

中島:小説家というのは「ここに社会問題がある。これをわかりやすく物語にしてみんなに届けよう」という発想の人たちではないんです。この小説に限らずどんな小説でもそうなんですけど、書くことで自分自身がわかるというか、書くことで「わかりたい」。そういう願望があるんですね。私がすべてよくわかっていて、この問題は大切だからみんなに広めるために書こうというよりは、「私はもう少しわからなければならない、知りたい」という感じで書いてるんです。そうすることで、読者の方も一緒に、私がわかるプロセスをたどってもらうような…。

画像(対談する中島京子さんと小林エリカさん)

小林:わかります。なんかすごく、胸打たれました。あと、私は「こんな声を聞いてしまった」ということがよくあって。今、戦時中に学徒動員された女学生の『風船爆弾フォリーズ』という小説を書いているんです。当時をリサーチしていくと、例えば、女学校に入って憧れの制服を着たかったけど、国民服に変わってしまって制服を着ないまま卒業してしまったとか、大きな歴史書には書かれないような小さな声に出会うんです。もしかしてこの声が書き留められていないのではと思ったら…。

中島:「お前でいいから書け」と言われているような感じがするんですよね。

小林:そう、そこにあらがえなくて。「書かないと、この声がなかったことになっちゃう」って。中島さんも、聞かれてこなかった声や、見たつもりになっていたけど見えていなかったことに出会われて、それをきちんとこちらに手渡そうと小説を書かれているのかもしれない、と私は勝手に想像していました。

“隙がある”ように見えるクマさん 外国人が抱える事情を知る

小林さんには、『やさしい猫』のストーリーで気になっていたことがありました。それは、クマさんのキャラクターです。ミユキと結婚を約束したクマさんですが、勤め先が倒産したことで失業。結婚する前に新しい仕事を見つけて安心させたいと、失業したことを黙って結婚を延期します。ところが、家族に相談せず一人で仕事を探している間に、在留資格で定められていた在留期間の期限は迫り、結婚のための書類を待っている間にとうとう切れてしまいます。

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【ドラマより】働いていた自動車整備工場が倒産し、失業したことを打ち明けるクマさん

小林:在留期限が切れちゃうところは、私はテレビを見ながらも思わずもどかしくなってしまって。

中島:そうですよね。視聴者にはクマさんに“隙がある”ように見えるかもしれません。難民で本当に大変な思いをしてきた人に設定すれば、同情されやすいでしょう。クマさんの場合はそうではありません。でもね、在留資格というのは思いもかけないところでなくしちゃうことがあるんですよね。結婚相手の日本人が亡くなったとか、離婚したとか。在籍していた日本語学校がつぶれちゃったとか。コンビニで毎日お世話になっているカタカナの名前の名札をつけた方も、何かですぐ資格を失うことがある。個々の事情もわからず「帰れ」と言えるか、考えたいと思ったんです。

画像(小林エリカさん)

小林:そうか。あえて書いたんですね。その設定、すごく説得力がありました。私自身は『アンネの日記』のアンネ・フランクにずっと関心があるのですが、アンネの父親が当時、アメリカやキューバにビザを申請して国外へ移住しようとしていたことがあるということを知りました。多くの読者は『アンネの日記』を読んでその境遇からアンネを助けたい、と考えると思うんです。けれど、もし、アンネが今の日本に移住して来たと想像して、父親がたまたま失業してしまい、在留期限が切れたとしたら…。

中島:そうですよね。今だってどこかにアンネがいる。アンネと父親のような人が逃れてくる可能性はあるわけですよね。

小林:「移民」「難民」「外国人」という言葉も、一人ひとり名前がある、たとえば「クマさん」みたいな存在として見えてくると、もっと自分自身と地続きにある隣人として想像できるようになるんだろうなと。それは、私と関係ない存在ではなく、私とつながるひとりの人だというその道筋が見えた瞬間に、ハッとなることがある。そんな気づきをもたらしてくれるものとしてドラマや本があるのかも。そんなものが、たくさんあればあるほど、多くのつながりに気づけるんじゃないかなって思います。

“やさしさ”ではなく 人間らしく生きる“権利”を

クマさんのような他者と、自分をつなげてくれる『やさしい猫』。ただ、そのタイトルとは対照的に、中島さんは「やさしさの物語」ではないといいます。

画像(【ドラマより】買い物の荷物を自転車で運んでくれるクマさんと、その自転車を押すミユキ)

中島:『やさしい猫』を、やさしさとか思いやりの話だと思って読まれる方、結構いらっしゃるんです。でも、「かわいそうな外国人には親切にしてあげよう」「この人はいい人だから助けよう」ということではないですよね、人権というのは。みんな同じように持っているものです。人権という言葉がわかりにくいから、「人間として扱われる権利」とか「人間らしく生きる権利」とか、そう言ったらもっとわかりやすいかもしれません。
体調不良を訴えていたウィシュマ・サンダマリさん(2021年3月に名古屋入管で死去)を病院に連れて行かないのは、人間扱いしていない行為じゃないですか。あと、愛し合っているカップルや、一緒に暮らしたいと思っている人たちを引き裂いて、「帰れ」と言う。そういうことをするのは人間らしく生きる権利の侵害と言うと、もう少しわかりやすいのかなと思って。

小林:人権って、言葉としてわかった気になってしまうけど、「人間として扱われる権利」というふうに、これから積極的に言い換えていきたいです。

中島:そう、言い換えていこう。入管法の改正でも、人権についてすごく考えさせられて。「この人たちは人間扱いしなくていい」といったん許してしまうと、それがどこまで広がるかわからない。いつ私が「お前を人間扱いしない」と言われるかわからない怖さをすごく感じました。 いろんなことが違う人たちが共存していくって難しいところもたくさんあるんじゃないかと思うんです。移民や難民を受け入れている先進国でも、排外主義は近年になって強くなったりしていますよね。でも、だからこそやっぱり、「人間は人間扱いされなければいけない」ということを死守しなければいけない感覚は、みんなで持ちたいものだとすごく思います。

小林:「人間として扱う」ということの欠如が、入管だけでなく、同性婚が認められないとか、女性差別の問題など、多くの物事の根底にもあるように、私は思います。

中島:私が小さな希望を感じるのは、大学などで講演すると若い人の反応がすごくいいんです。どうしてだろうと考えると、今の若い人にとっては、隣に座っているクラスメートが外国につながりがあったりするんだなって。「なんでその子を収容したりするんですか」みたいな怒りが、もっと具体的にあるんだろうなって。

小林:これまで私は「やさしさ」とか「思いやり」みたいなことを学校でも教えられてきたし、そこで頑張ろうと努力してきたように思います。でも、「やさしさ」や「思いやり」ってすごく漠然としていて定義が難しいし具体的にはよくわからない。けれど、「人権」というのは、学ぶことができる。だれもが学んで明日にでも実行できることでもあると思うと、私はそこにすごく希望を感じます。
私の祖母は女性に参政権がない時代に生まれているし、私の母だって女性が働くのが当たり前じゃなかった。けれど、今、私には、参政権があるし、私はこうして、働くことができている。女性のことだけを考えても、私たちのこの社会は、この何年かを見渡すだけでも、すごく変わることができたと、私は思うし、私たちは変われると思います。

中島:クマさんのような世界も、「昔はひどかったね」って言われながら読まれるようになったらいいなって希望を持っているんです。

小林:それぞれが話し合ったり、行動したり。このドラマを見たことを友達同士で話すことからはじめるのもいいかもしれない。そういう小さなことの積み重ねで、クマさんがあたりまえに幸せになれるような世界を作っていきたいですね。

画像(中島京子さんと小林エリカさん)

撮影(対談):渡辺 悠斗

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