ハートネットメニューへ移動 メインコンテンツへ移動

精神障害者の監禁の歴史 精神科医 香山リカさんに聞く

記事公開日:2018年07月30日

かつては合法とされていた、精神障害者を自宅などで監禁する「私宅監置」。1950年に私宅監置が禁止されてから半世紀以上たった今も、完全には過去のものとはなっていません。私宅監置の歴史を振り返りながら、精神科医の香山リカさんにこの制度と精神障害者が置かれている現状について伺いました。

自宅で監禁する「私宅監置」の歴史的背景

精神障害者を自宅の一室や敷地内の小屋などに閉じ込め、監禁する「私宅監置」。1900年に施行された精神病者監護法によって、届け出をするなど一定の要件の下に合法的に認められ、多くの精神障害者が長年治療も受けず、不衛生で非人道的な環境に置かれていました。

画像

『精神病者監護法』国立公文書館所蔵

それから50年後の1950年。精神衛生法が施行され、「私宅監置」はようやく禁止されることになりました。しかし、近年も兵庫や大阪で精神障害者を家族が自宅で監禁する事件が発覚するなど、いまだ過去のものとはなっていないのが現状です。

立教大学教授で精神科医の香山リカさんに、この「私宅監置」について、制度の歴史的背景や精神障害者が現在置かれている状況を伺いました。

そもそも、1900年に私宅監置を認める精神病者監護法ができた背景には、どういったことがあるのでしょうか。

画像(立教大学教授・精神科医 香山リカさん)

「1つは当時、日本ではまだ精神医療の体制自体があまり整っていなかったので、そういう疾患の方を入院させようにも病院が整っていない、精神科医が不足しているという現実的な理由がありました。しかし一方で、心理的・文化的な理由もあります。例えば江戸時代は、こういった精神疾患は病気ではなく、きつねつきや先祖のたたりなどといった非科学的なことが信じられていたわけです。完全な偏見、誤解ですが、まだそのなごりが少しあり、そういった病気がでるのは家系の問題だと。身内からでたそういった疾患、病気の人は身内でなんとかしなければいけないという、この病気に対する無理解が1つ。それから日本独特の、身内のことは身内でなんとかすべき、外に出すのは恥ずかしいという意識ですね。家の恥として監禁するというのが、社会の中でもすんなりと受け入れられてしまった。あるいはその前から、そういうことが実は行われていた。座敷牢というところに閉じ込めておくという、前から行われていたことを、法律でも認めましょうとなったというのも大きな理由だと思います。
今は脳の中の問題が明らかになって来て、たたりとか呪いとかではなく、本当の病気ということが分かり治療も進んできましたが、当時はそれができませんでした。例えば、ある疾患で妄想を持って、ありえないようなことを口走ったりする人がいた場合、まったくその人を理解できなかったのでしょうね。理解できないから怖い、自分と違う人だから怖いというような、そういうイメージがあった。残念ながら、いまだに少なからずあるのではないかと思うこともあります。」

私宅監置の禁止後も「社会的入院」が問題に

法律のもと、精神障害者の自由を奪い、監禁した「私宅監置」。
実は、この「私宅監置」について調査を全国で行い、精神病者監護法や国家の無策を厳しく批判した人物がいます。日本の精神医学の父とも言われる、精神科医の呉秀三です。

今年でちょうど100年前にあたる1918年。その年に発表された報告書の中で「日本の精神障害者はこの病を受けたるの不幸の他に、この邦に生まれたるの不幸を重ぬるものというべし。」という、精神疾患を患うと同時に日本に生まれた患者たちの「二重の不幸」を指摘する言葉を残しています。

こうした、呉秀三による批判もあり、1950年、法律の改正で私宅監置は違法になりました。ところが、その後も問題がなくなったわけではありません。

病院が増え、入院できるようになったことで、閉じ込められていた精神疾患のある人々が、治療を受けられるようにはなりました。しかし、病気や症状が落ち着いてからも自宅や社会に戻れず、長期的に入院せざるをえない「社会的入院」という問題がでてきたのです。

「少し極端な言い方をすると、いる場所が座敷牢から病室になっただけで、社会復帰や家にきちんと帰ることができない患者さんが非常に増える事態になってしまった。私宅監置の禁止が患者さんにとって解放だったかというと、違うのです。」(香山さん)

「社会的入院」は、糖尿病やガンなどほかの疾患にはない、精神医療のみにある独特の言葉だと香山さんは言います。

「例えば心筋梗塞で病院に入院したら、心電図が少し落ち着いてきて、良くなったら家に帰る。胃癌で手術したら、傷が癒えて食べられるようになったら家に帰ります。ところが精神疾患の場合は、ある程度落ち着いて症状もおさまっているのに、仕事にはまだいたらない状態の方もいます。あるいは、入院前に自分たちには理解できない妄想などの言動があって、もう家では引き取れない、家では一緒に暮らせないなんていう家族もいる。そのために、もう退院していい状態なのに、受け入れ先がないとか、なかなか社会復帰にまでいたらないという社会的理由、医療以外の理由で入院を継続する方たちが非常に多かった。私が若い時に勤めていた病院でも、入院30年とか、戦後ずっと入院しているとか、一生の3分の2ぐらいを病院で過ごして、そのまま病院で亡くなるというような方も非常に多くいました。」

精神科病院のベッド廃止で障害者を地域に戻したイタリアの例

「私宅監置」が禁止となった今も、精神疾患のある人たちが病院という1つの場所にとどまることを余儀なくされる現状。

日本は精神科病院のベッド数も多く、「社会的入院」が生じやすい状況にあると言えますが、精神障害者を社会で支える仕組みを作っている国の例を、香山さんに紹介してもらいました。

画像(香山リカさん)

「欧米などでは、ある程度落ち着いたら、きちんと地域で暮らして普通の生活をしながら治療するのが一番回復にもつながるということが、いろんな調査や研究から分かってきて、いち早くそちらに舵を切っています。例えばよく紹介されるイタリアでは、法律により、今では長期入院するような精神科病院はまったくない状況にまでいっています。患者さんは基本は地域で暮らす。作業所のようなところに患者さんが通っている場合、症状が悪くなったりすると作業所に泊まってケアを受ける。でもそれも非常に短い間、1日とか2日。症状が落ち着いたら、また家で暮らすのが基本という考えで、イタリアはやっています。地域の人たちも、そういうものだと受け入れて、価値観を変えている。精神疾患の場合は、急性の1番ひどい状況が落ち着いたら、あとは家で暮らすものというふうに受け入れているので、それで上手くいっている。しかも、それも決めるのは患者さん本人。周りの人たちが無理やり強制入院をさせたり、ましてや入院して拘束というようなことは絶対にしない。患者さん自身が、『少し調子が悪いみたい、だから今日はここに泊まっていいかな』とか言って、ケアハウスのようなところに泊まる。そうすれば、ドクター、ナース、ソーシャルワーカー、いろんな人たちがチームで関わって、その急性期の時だけ上手くやり過ごせば、またきちんと地域で暮らせることが実証されているのです。」

日本で社会的入院が多く見られる背景には、精神医療そのものが病院に依存しているという状況のほかに、民間病院では、患者を入院させることで経営を成り立たせているという側面があると考えられます。そのため、日本でイタリアのような体制に近づけるには、かなり思い切った改革が必要になるのは想像に難くありません。

しかし、日本でも医療費の高騰が問題になっている現在。財政という面から今の精神医療制度に風穴を開けられるかもしれないと香山さんは言います。現にイタリアでは、医療費が高騰し、そうせざるをえない財政状況だったことが、この体制につながったのだというのです。

「イタリアでは民間の精神科病院がある限り、患者さんを入院させたいと思ってしまう。そのため民間のベッドを持っている精神科病院をなくすということを、法律で決めてしまったわけです。ただ人道主義的なことだけじゃなく、医療費がかかり過ぎて大変だということになって、そういうことをやらざるをえなくなった。日本も今、医療費がすごく財政を圧迫している。奥の手かもしれないけれど、価値観を変えて、高齢の方もいろんなハンデキャップのある人、外国人も受け入れたりして、みんなで一緒に協力してやっていくしかない。それがいいからというよりも、そうじゃないともう日本の社会がもたない、という意識を持たないといけないと思います。」

「私宅監置」という名の下で合法化されていた、精神疾患のある人たちの閉じ込め。そして、今も続く病院での隔離・収容や「社会的入院」。その背景には、自分たちとは違うものを排除しがちな日本の社会が大きく影響していると香山さんは指摘します。

国連は、今から30年近く前に、「障害者を閉め出す社会は、弱くてもろい社会」と決議しました。精神障害者を社会から隔離するのではなく、共に生きていくためにどうしたらよいのかが、今問われています。

この記事は、2018年7月29日放送の「視覚障害ナビ・ラジオ」を基に作成しました。情報は放送時点でのものです。

あわせて読みたい

新着記事