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ものを見ることが難しい眼球使用困難症とは? 症状・原因と必要な支援

記事公開日:2023年04月12日

2020年から厚生労働省が初めて実態調査に乗り出した「眼球使用困難症」。視力や視野には問題がないのに、まぶしさや目の痛みなどで、ものを見ることが難しいという疾患です。患者は働くことが難しくなるなど生活にさまざまな困難が生じていますが、今の法律では「障害」として認められず、公的な支援を受けることができません。どのような支援が必要なのか考えます。

知られざる「眼球使用困難症」の実態

日常生活や就労に著しい影響をもたらす「眼球使用困難症」。いったいどんな病気なのか、病名の「名付け親」でもある眼科医の若倉雅登さんに聞きました。

「視力と視野は良好で、眼球にも病気がない。しかし、まぶしくて見ていられないとか、目の痛みがあって目を開けられない。目を開けようとしても意思に反して開け続けられず、日常生活に困難が生じる。臨床の中でそういうケースが結構あると分かってきたため、私たちは総称して『眼球使用困難症』と命名したわけです。
眼球使用困難症は、一つの特定の病気を指しているのではなくて、脳の誤作動によって視覚の使用を妨げてしまう症状を総称して言います。その症状をもたらす病気でいちばん多いのが、「眼瞼(がんけん)けいれん」です。原因は、脳の底のほうにある視床を含む、脳の回路の誤作動だと考えられています。眼瞼けいれんというと、まぶたがピクピクするなど、疲れたら誰でもありそうなことに誤解されがちです。しかし、実は重症で、目を開けたくても意思に反して勝手に閉じてしまう、無理に我慢して開け続けると頭が痛い、目が痛い、まぶしさが強くなる、疲労感や倦怠感が出てくる。そして気分が悪くなって倒れてしまう人もいます。
さらに重症な人は閉瞼固守(へいけんこしゅ)といって、目をつぶったまま開かない。手で開けようとしても全然開かないケースや、微弱な光にさえも敏感になって、真っ暗な部屋から一歩も出られない深刻な状況におちいっている方もいます。」(若倉さん)

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若倉雅登さん

若倉さんは過去20年間に、眼瞼けいれんを含む眼球使用困難症の患者を、約2万人も診てきたといいます。全国に患者がどれくらいいるかという調査はされていませんが、「少なくとも自分が診てきた患者数の10倍はいるのではないか」と若倉さんは語ります。

患者の日常生活にはどのような影響があるのか、5年前に眼球使用困難症と診断された矢野康弘さん(48)が症状を語ります。

「明るいところ見ようとしたら、世の中がぐるぐる回り、頭が痛くなって目も痛くなるし、吐き気がします。小さい光、例えばお風呂の給湯器に表示されるような小さな光でも、見るとそういう状態が起きます。
僕の部屋は、外からの光を完全に遮光カーテンで遮断して、一切光が入ってこない真っ暗です。家電の表示灯などにも全部テープを貼って光らないようにする。なおかつ目隠しをした状況で過ごしています。妻がいますので、風呂場に連れて行ってもらったり、ごはんも暗闇の中に運んできてもらい、目が見えない状態で食べる感じです。たまに歯医者などで出掛けなくてはいけないのですが、アイマスクを二重、三重にしたり、パーカーのフードをかぶったりして出掛けます」(矢野さん)

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真っ暗な部屋で暮らす矢野さん

若倉さんによると、矢野さんは眼球使用困難症の中でも、かなりの重症例だそうです。ここまで症状が重くなる人は、患者の4~500人に1人くらいではないかといいます。それでも2020年度に行われた実態調査によると、多くの患者が困難を抱えていることが、数値的にも明らかになっています。

「視覚障害者の日常生活の活動評価をするLVADLというスコアがあります。これを使った調査によると、眼球使用困難症の方の平均点は51.7、視覚障害で手帳を持っている方が62.5です。大体80点以上ないと普通の生活ができないと言われていますけども、点数だけを見ると眼球使用困難症の日常生活への影響は、視覚障害者よりも大きいと言ってもいいと思います」(若倉さん)

矢野さんの外出時の様子。眼をアイマスクなどで何重にも覆い、光を遮断しています

医師のあいだでも理解が進まない現状

日常生活に大きな困難が伴う眼球使用困難症。医師のあいだでも理解が広がっていないため、発症から診断までに時間がかかることが課題のひとつです。矢野さんも症状をなかなか理解してもらえませんでした。

「(体に変化が起きたのは)2017年です。非常に体調が悪くなって、『あまり寝られない』『動悸がする』から始まり、皮膚がピリピリしたり、抵抗力、免疫が弱まった感じがありました。僕はそれまで健康でしたが、これまででいちばん具合が悪くて、なぜだろうと思っていたなかで、ドライアイ的な症状が出たんです。目に乾きを感じてゴロゴロして仕方ないから、いろんな目薬もらってさしましたが、治らなかったですね。
もうその頃は視界が危ないので、妻に運転してもらっていました。僕は助手席に座って、対向車が夜ライトをつけて、光を目でぱっと見たときに、頭がなんともいえないんです。言語化が難しいんですけど、『グワン』という、えも言われぬ不快感がありました」(矢野さん)

矢野さんはさまざまな医療機関を回り続け、眼球使用困難症と診断されたのは、ドライアイを感じてから半年以上もたってからでした。平均すると診断に4年以上かかるのが一般的で、症状を理解する医師が不足しているのが原因だと若倉さんは考えます。

画像(診断がつくまでに行った医療機関件数)

「目が乾いた感じがするから眼科に行くと、たんなるドライアイとして治療されてしまうことが多い。そして、目に異常がないので眼精疲労とか、光を入れないように目を細める人も多いので眼瞼下垂と処置される。あるいは、『異常ないよ、いろいろ言うほどのことはないよ』と言われてしまい、患者さんはしばしば心療内科などのメンタル関連の診療科に行ったりします。
眼科では眼球を中心に調べます。ですから、頭痛がするとか、倦怠感が強いとか、体の不調があるにしても、医師の目が及ばないことも多いのが問題なんです。私は“もの”を目でなくて脳で見るという立場です。物を考える神経眼科が専門ですから。少し視野を広くもって患者さんの状態を診れば、『これは目じゃなくて、もしかしたら脳の回路に不調があるんじゃないか』と気付く可能性があるんです。目と脳の両面から診る医者は少ないので、見つけにくいのでしょう」(若倉さん)

患者に支援が届かない問題

ようやく診断がついた矢野さんですが、その後も病状が進行していきます。

「最初は部屋のライトや車のヘッドライト、LEDなどの人工的な光を見ると具合が悪かったのですが、太陽の光だけは大丈夫でした。だから、最初は外出もできました。家でもカーテン開けて、外の光を入れていろいろ見えたりして、太陽の光だけでもあってよかったと思っていました。
ところが2021年の1月から2月ごろ、太陽光を見ても、具合の悪さが徐々に出るようになりました。そのときは恐怖でしたね。そこから1~2か月くらいで、太陽光を見ても具合が悪くなり、真っ暗な部屋で目隠しをするという状況に生活が一変してしまったんです」(矢野さん)

現在のところ、眼球使用困難症には有効な治療法が見つかっていません。眼を休めることで回復に向かう人もいますが、矢野さんの場合は次第に悪化してしまい、恐怖と不安にさいなまれたと言います。

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外出できていた頃の矢野さん

以前はミュージシャンとしてステージも上がっていた矢野さんですが、発症してからは活動ができなくなりました。5年間、仕事はできておらず、経済的な不安も募っています。

「医学界でも知られてない病気で、国からも認められていない。症状はとても重いわけですが、これでも理解されてないとなると、ほんとうに心細い生活です」(矢野さん)

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ミュージシャン活動をしていた頃の矢野さん

厚労省の実態調査によると、眼球使用困難症を発症した人の34.9%は仕事を辞めています。そして元の仕事を続けられているのは14.3%に過ぎません。収入が減った、あるいは無くなったという人は4割を超えているのです。

画像(仕事の状況)

ところが、現行法では視覚障害と認定されないため、公的な支援から漏れてしまっていると若倉さんは指摘します。

「(眼球使用困難症の患者さんは)一瞬、たしかに目は使えるけど、目を使う作業を継続すると具合が悪くなる、寝込んでしまうので、仕事ができないわけです。現行法では視覚障害を視力や視野だけで認定していて、「目は見えるけれど使えない」状態があることは想定していません。「障害」として認められないと、公的な支援を受けることは非常に難しくなります。今のルールは患者の実情に追いついていません。」(若倉さん)

支援を十分に受けられない状況のなか、本人だけではなく家族も追い詰められています。矢野さんの妻・久美子さんは働きながら夫をサポートしてきましたが、周囲の理解や支援が乏しく不安を感じています。

「うちは2人の家庭なので、もし私が病気で倒れたときとか、コロナで隔離が必要になったときに、どこにも頼れない状況があります。そのため、私はリモートで、家からなるべく出ない生活をここ2年くらいしています。大きな災害があったときには、避難所などに行くのが難しい。そういう場合はどうなるんだろうと、この病気になった皆さん、家族としては不安があるのかなと思います」(久美子さん)

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外出時の様子

一方で、病気のことが知られてないために誤解されやすく、周囲の支援を全く得られず一人で苦しんでいる患者もいると若倉さんは訴えます。

「一人住まいの人や、家族の協力がほとんど得られない生活をしている方もいらっしゃる。医者も理解していないのに、家族や周囲の方が理解するのはなかなか難しいし、ハードルが高い。どうやってサポートして、支援すればいいのか分からないのが現実だと思います。この病気について国だけじゃなく、一般社会も理解してほしい」(若倉さん)

動き出した実態調査への期待

患者が適切な支援を受けられないという現状。最近になって、国が眼球使用困難症の調査研究に乗り出しました。

「2年ほど前から、実態調査を厚労省が主導して行っています。2022年度は『見えづらさを来す様々な疾患の障害認定・支援の方法等の確立に向けた研究』というタイトルの研究が組まれました。これは、障害認定に必要な客観的な基準を見つける研究です。眼科と神経眼科、神経内科、精神神経科、社会学の専門家が加わって、領域横断的な研究班で取り組もうとしています。
この結果がすぐに出るわけではないですが、日本の場合は病名がないとなかなか支援につながらない傾向がありますので、まず(診断基準を見つけるために)医学的に研究を進めようということですね。そこをやったうえで、どう支援すればいいか、どう重症度を分類していけばいいかという話が出てくると期待しています」(若倉さん)

医学的な研究を進める一方で、たとえ医学的な結論が出ていなくても、患者の苦しみを救うための支援方法を、国は検討するべきだと若倉さんは指摘しています。

「診断基準を設定しなきゃいけないという国の考えは、ひとつは障害者を装って不正なサービスを受給する人が出てきては困るということなんでしょう。しかし欧米先進国では、医学的な診断がなくても、当事者が実生活でどんな不自由をしているのか、調査員が実地調査をして支援を導入することもやっています。医学の知識も利用するけど、医学だけで判断することはありません。国の調査で、実際に苦しんでいる人がいる、生活できない人がいることは分かってきましたから、仮にでもいいから支援なり障害認定なりをしないと、矢野さんのような方が救われない。不正にサービスを受給する人が出てくるかもしれないけれども、救うべき人が救われないほうが大問題だと思います」(若倉さん)

ようやく実態が明らかになってきた「眼球使用困難症」。まだまだ理解や支援が乏しい中で、目や体調の異変を感じているのに原因が分からない人、あるいは診断されずに困っている人ができることは何か、若倉さんに聞きました。

「目と脳と一緒に考えてくれる医師を探すことです。日本神経眼科学会のホームページに相談員が出ています。そういう方々は、この病気に対してもある程度、知っていると思います。
そして私が副理事長をやっているNPO法人『目と心の健康相談室』に、相談は有料なのですが、眼球使用困難症候群支援室ができました。というのは、(このNPO法人への)相談者の半数以上が眼球使用困難の問題を抱えている方々なんです。病気とうまく共存するためにも、まずは自分の症状を理解してくれるお医者さんを探す、あるいは私どものような相談室を利用することがひとつの方法だと思います」(若倉さん)

※この記事は、2023年2月19日(日)放送の「視覚障害ナビ・ラジオ」を基に作成しました。情報は放送時点でのものです。

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