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視覚障害者の歩行や情報を支援するスマホアプリ「ナビレンス」を体験!

記事公開日:2023年03月31日

視覚に障害のある人の歩行を支援するスマートフォンのアプリがいくつか開発されています。そのなかで、とくに注目されているのが「ナビレンス」です。スマートフォンのカメラでタグをスキャンするだけで、読み取った情報を音声で得られます。メリットが多く、ニューヨークなど、世界各地の地下鉄やバスで導入され、当事者からも好評を得ています。その注目のシステムを日本で最初に正式導入した静岡県のヴァンジ彫刻庭園美術館を訪問し、全盲の当事者が素晴らしさを体験しました。

注目のアプリ「ナビレンス」とは?

視覚に障害のある人の歩行の支援や、美術作品の鑑賞をガイドできる、さまざまなスマホアプリが開発されています。そのなかで今、注目されているのが「ナビレンス(NaviLens)」です。

2017年にスペインのバルセロナで開発され、ニューヨークの地下鉄など、欧米を中心に10か国の交通機関で使われています。日本でも建物の中や展示物をガイドする取り組みが始まり、2022年4月から九州国立博物館でも正式に導入されました。

スマートフォンのカメラでナビレンス専用のタグをスキャンすることで、組み込まれた情報が音声で読み上げられます。

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ナビレンスのタグとスマートフォンの画面

利用者はナビレンスのアプリを立ち上げ、例えば右手に白杖を持っている場合は左手にスマートフォンを持ち、前方をカメラでかざしながら歩きます。カメラがタグを検知すると、スマートフォンが自動的に情報を読み上げてくれる仕組みです。

これまでもQRコードやバーコードを使った似たような仕組みはありましたが、ナビレンスはスマートフォンが斜めになっていたり、離れた場所からでも読み取ることができ、ピントを合わせる必要がないのも大きな利点の一つ。移動中に使うと“歩きスマホ”になる心配がありますが、音が聞こえてきたら一旦立ち止まって指示を聞き、聞き終わった後にまた移動すれば安全です。

現在、国内でナビレンスが導入されているのは、以下の場所です。

(関西)
・神戸アイセンター
・神戸市営地下鉄の三宮駅とみさき公園駅、ポートライナーの三宮駅と医療センター駅、JR三宮駅東改札口で実証実験

(九州)
・九州国立博物館

(東京)
・2023年3月まで、文京区役所が入っている複合施設、文京シビックセンターで実証実験

日本で初めて導入したヴァンジ彫刻庭園美術館

静岡県にあるヴァンジ彫刻庭園美術館では、日本で最初にナビレンスを正式採用しました。2020年から実証実験を始め、翌21年に正式導入。障害の有無にかかわらず、すべての人が楽しめるユニバーサルな美術館を目指したといいます。
※ヴァンジ彫刻庭園美術館は2022年12月26日以降、当分の間、休館となっています。

ヴァンジ彫刻庭園美術館という名前はイタリアの彫刻家のジュリアーノ・ヴァンジに由来していて、その名の通り、ヴァンジの彫刻作品を展示している美術館です。

中に入るとまず庭園が広がり、その先に展示室、そしてまた庭園という3つの構成になっています。

庭園と展示室、すべての場所にヴァンジの彫刻作品が点在し、庭園にある作品はすべて手で触れることが可能です。館内では学芸員の付き添いのもと、ブロンズや石の作品には手で触れて鑑賞することができます。

今回、全盲の藤川由里子さんが、ナビレンスのアプリを事前にダウンロードしてヴァンジ彫刻庭園美術館を訪れました。

三島駅から1時間に1本ある無料送迎バスに乗って美術館に着くと、早速タグがありました。

(ナビレンスの音声)

クレマチスの丘へようこそ。クレマチスの丘には彫刻や絵画の美術館、ショップ、レストランやカフェ、自然公園などがあります。方向をしめすナビレンスのタグはすべて床に貼ってあります。よい一日をお過ごしください。

出迎えた学芸員の渡川智子(わたりかわ・ともこ)さんが、美術館で行っている取り組みを説明します。

「当館の活動でいちばん力を入れているのがナビレンスです。カラータグという色のついた四角いシートが床に点在しており、ナビレンスのアプリを起動したスマートフォンを手に持って歩くことで、自動的にタグの情報を読み取ることができます。その場所がどこか、周辺にどんな作品があるか、次の順路はどこか、そして、タグとスマートフォンまでの距離を読み上げます。当館では園内をスムーズに歩いていただける誘導のツールとして、また、作品の解説用にもナビレンスを使っています」(渡川さん)

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学芸員の渡川智子さん(左)と藤川さん(右)

シールの大きさは、床面に貼られているものは20センチ角ほどで、作品解説のタグは10センチ角ほど。10メートルくらい先にあるタグでも、スマートフォンをかざすと読み取りが可能で、案内の音声スピードは利用者自身で変えられます。

美術館の入り口で早くもナビレンスの使い勝手に感動した藤川さんは、活用法を提案します。

「私は目が見えなくなった今でも、美術館に行くのが好きなんです。美術館にある音声ガイドなどで、好きな声優さんや俳優さんが話してくださっていると、楽しさ倍増です。作品に近寄らなくても解説が手元で聞けるというのは、実は見える人にも便利じゃないかと思います」(藤川さん)

実は視覚に障害のある人だけでなく、海外からの訪日客にもナビレンスは使われていました。

「ナビレンスの特徴のひとつに、使用しているスマートフォンの言語に自動翻訳する機能があります。例えばフランス語に設定したスマートフォンでかざすと、自動的にフランス語での解説が流れます。スタッフだけでは海外から来たお客さまの様々な外国語に対応しきれないので、作品解説や施設の案内もナビレンスを活用できると思っています」(渡川さん)

さらに、この美術館ではナビレンスだけでなく、ほかにも視覚に障害のある人へのサポートを行っています。

「当館ではナビレンスと合わせて、ほかにもいくつか誘導のためのツールを取り入れています。野外の庭園には芝生が広がっていて、歩道はコンクリートになっていますので、点字ブロックがなくても、芝生とコンクリートの境目を白杖で確かめることで歩いていただけます。そのほかにも、床に溝を掘って、白杖で確かめて進んでいただけるラインガイド、鉄のパイプを置いている箇所はレールガイドと呼ばれています。屋内の床面には、点字の誘導ブロックのシートも貼っています」(渡川さん)

画像(杖で触って館内を案内するレール・ガイド)

藤川さんはこうした美術館の取り組みをもっと広げてほしいと話します。

「すごいですねえ。頼もしいです。どこの美術館でもやってほしいです。例えば、家族や友だちと来たときに、いちいち説明していただいて、その方がゆっくりご覧になれなかったらとても残念じゃないですか。でも、みんなで(スマートフォンを)かざして、わいわい見られたらすごく楽しい。取り残されないのが嬉しいです」(藤川さん)

作品の魅力を引き出すナビレンス

美術館の中に入る前からナビレンスの仕組みに大興奮の藤川さんが、次は庭園にある彫刻作品を鑑賞します。作品にスマートフォンをかざすと、詳しい情報が音声で流れてきました。

(ナビレンスの音声)

1メートル先、『層になった木を眺める人物』(1994年)、木をながめる人物をあらわしたとても大きな作品です。全体の大きさは、幅5.5メートル、高さは最大6メートルあります。ナポレオンレッドという赤茶色の御影石を組み合わせて作られました。大きな作品のため、上部には触ることはできませんが、手を伸ばすと人物や作品の下部には触ることができます。

「これはとても素敵な大理石のような感じですね。御影石とおっしゃっていましたね。これをさわれるというのがいいですねえ」(藤川さん)

続いて館内に入り、小さな作品も鑑賞します。

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作品を触って鑑賞してみる藤川さん

(ナビレンスの音声)

36センチメートル先、ジュリアーノ・ヴァンジ、『立方体の中の男』、2006年製作、白大理石、31×35×27センチ、白い大理石で作られた立方体の作品です。台座に載っており、全体に触れることができます。立方体の中から一人の男性が外に出ようとしていますが、ふちに頭がぶつかって出られない状態です。

「ちょうど箱の天井に頭がつっかえて、出られない感じです。そして、このひんやりとした大理石の感触がとても寂しい、冷たい感じがします」(藤川さん)

ヴァンジ彫刻庭園美術館は彫刻だけでなく庭園も楽しめるユニバーサルな美術館。藤川さんはナビレンスで素晴らしい体験ができたと振り返ります。

「初めてのアプリを使うので、最初は戸惑いましたけれども、かざすとガイドが出てくる。それを音声で聞けるのは、とてもいい感じだったと思います。全盲の私にとっては、QRコードがそもそもどこにあるか分からないので、使うことを諦めている面もあるんですね。その点、ナビレンスはかざせば何かしら反応がある。その反応がすぐに分かるのがとても楽でした。五感をフルに活用させて園内を楽しめる。素晴らしいところでした」(藤川さん)

この日は番組コメンテーターの宇野和博さんも同行して、初めてナビレンスを使ってみました。
感想や課題を、このようにおっしゃっています。

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宇野和博さん

「とにかく反応がよいという印象です。スマホを前に向けて歩いていれば何かが反応する感じで、視覚障害者一人でも、かなり使いやすいと思いました。ただ、このような歩行支援システムが複数開発されていることは、切磋琢磨という視点ではありがたいことなんですが、ここではこのシステム、あそこではあのシステムとなると混乱は避けられません。国が音頭を取って実証実験を行うなどの取り組みがあってもいいのではと感じました。また、どこにどのようなシステムが導入されているかという情報を、いかに正確に伝えていくかも今後の課題かと思います。たくさんの当事者の方が実際に使って、声をあげていただくことが大切ですね。(宇野和博さん)

※この記事は、2022年11月27日(日)放送の「視覚障害ナビ・ラジオ」を基に作成しました。情報は放送時点でのものです。番組は放送から2年間、こちらの番組HPから丸ごとお聴きいただくことができます。ナビレンスによる実際のガイドの音や、藤川さんの弾んだお声もぜひお聴き下さい。

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