子育ては、視覚情報に頼るシーンが多いもの。ミルクを調乳するとき、おむつを替えるとき、公園で遊ぶとき・・・なかでも幼児の間は、“見て判断”が子どもの健康や安全に直結することも。視覚障害のある人はどんな風に子育てしているのでしょうか。見えない・見えにくい親たちに、工夫や思いを聞きました。
大阪に暮らす、谷口真大(たにぐち・まさひろ)さん、32歳。生まれたときから弱視で、2歳で全盲となり、見えない世界を生きてきました。4年前、同じく全盲の妻・遥(はるか)さんと結婚。自分たちで料理や身の回りのことをこなし、ふたりでの暮らしを楽しんできました。
そんな谷口さんからうれしい知らせがNHK取材スタッフに届いたのは、2022年9月。「無事赤ちゃん生まれました!2728グラムで元気な女の子です」。長女のひなちゃんが誕生しました。それから谷口さんたちの、見えないなかでの子育てに奮闘する日々が始まりました。
谷口さんの長女・ひなちゃん
10月中旬。取材スタッフが谷口さんのお宅をたずねると、まだ首もすわらない生後1か月のひなちゃんを、懸命に世話する新米パパの姿がありました。
例えば、ミルクをあげるとき。谷口さんの場合、ひなちゃんがどの程度飲んだのか、ほにゅう瓶の目盛りを目で見て確認することはできません。
ほにゅう瓶でミルクをあげる 全盲の谷口さん
そこで谷口さんは、ガラス製よりも軽い、プラスチック製のほにゅう瓶を使うことにしました。手に伝わる重さで、飲み残しがあるかどうか確認することができるからです。
「ぐずぐず言って・・・あかんのか。おむつかな」
ミルクを飲ませたあと、泣き出したひなちゃん。今度は、おむつの交換です。一般的に、市販の紙おむつには尿にふれると色が変わるラインがついていて、交換するタイミングが目で見てわかるようになっています。谷口さんは、ラインが変わったことに気づけませんが、触ったときの感触と、交換してからの経過時間で判断していて、「替えどき」に困ったことはないといいます。
それより問題なのは、赤ちゃんのおしりに拭き残しがあってもわからないこと。そこで谷口さんが取り出したのは、霧吹きです。おむつをとった後、赤ちゃんのおしりにぬるま湯を吹きかけてから、汚れを拭き取るのです。
谷口さんは、他にもいろんな工夫を試しています。
<赤ちゃんのお世話に関する工夫>
*赤ちゃんをぶつけてしまわないよう、もく浴にはやわらかい素材のベビーバスを使う
*ミルクを作るときは、粉タイプではなく固形タイプを使うと正確な量で作れる
*お出かけ用ベビー服は、パーツを落とさないようフードからズボンまで繋がっているものを使う
*危ないものや小さいものは、ひなちゃんが入ってはいけない部屋に集める。また、机などの角にはクッションをつける。
*子育て情報は、視覚障害がある子育ての先輩の経験談が頼りに。スマホの音声読み上げ機能を使い、アプリやネット上の情報も収集する。
こうして、自分たちなりの子育ての仕方を見つけたいと考えています。
「両親が視覚障害であることでぶつかる課題というのはもちろん出てくるとは思うんですけど、その都度乗り越えていけるかなと思っているんですよね。ドキドキもしながらワクワクもしてる感じですね」
そんな谷口さんが、一番の壁に感じていることがあります。それは、まだ赤ちゃん自身が言葉で伝えられない顔色や肌、便の状態の異変にすぐ気づき、健康状態を確認できないということ。
子どもの成長の記録や健康管理に欠かせないもののひとつに、母子手帳があります。谷口さんは、点字版の母子手帳を、自治体から配布されました。大型の辞書ほどの厚みと大きさの一冊です。
そのなかで、赤ちゃんの健康状態を把握する目安として書かれていた一文を、谷口さんが読みあげてくれました。
「うんちの色に注意しましょう。明るいところで1番から7番までのカードの色と見比べてください」
谷口さんはカードも見ることも、色の違いを比べることもできません。母子手帳は、点字版だけでなく、音声で読み上げる「マルチメディアデイジー版」もありますが、谷口さんが暮らす自治体のものは、どちらも、見える人用の母子手帳に書かれた文章を元にしています。
また、乳幼児期には、自治体や病院で、イベントのチラシや予防接種手帳など点字版のない資料を手にする機会も多く、谷口さんは、見える人のサポートも欠かせないと感じています。
谷口さんがいま悩んでいるのが、ベビーカーの使い方です。谷口さんは外出するとき、白杖(はくじょう)を使って歩いています。そのため、一般的な方法でベビーカーを使おうとすると、白杖とベビーカーを両方手に持つことになります。実際にベビーカーを使うとどうなるか、試してもらいました。
「ベビーカーって、自分の前で押して歩くものじゃないですか。そうすると、自分よりも先にベビーカーというか、赤ちゃんが物にぶつかってしまうので、それは危ない」
白杖では、ベビーカーの片側しか探れず、反対側に障害物があっても気づけません。また、車や人、自転車の往来のあるところでは、安全を確保するのが難しく、怖いと感じるといいます。
それでも、ひなちゃんが3か月を迎えたころ、谷口さんはベビーカーを購入しました。目的は、飲食店などでひなちゃんが座ったり眠ったりできる場所を確保するためです。移動中は抱っこひもを使うので、持ち運びがしやすいよう、探した中では最も軽く、幅も小さいものを選びました。ですが、だんだんひなちゃんの体重が重くなってきたので、最近は夫婦ふたりでベビーカーの前に立ち両サイドから引く、ベビーカーの前と後ろで1人が引いて1人が押すなどの工夫をしながら、慣れている場所からベビーカーでのおでかけにも挑戦し始めています。
弱視の美保子さんと、娘のほのかちゃん
兵庫県に暮らす美保子(みほこ)さんは、1歳のほのかちゃんを育てています。美保子さんは弱視。わずかに見える視野を頼りに、ほのかちゃんの位置や動きを捉えています。
生後半年を過ぎた頃、美保子さんは離乳食を作ろうとして困ったことがありました。レシピや作り方の情報が得られないのです。離乳食に関する市販の料理本は多くが、文字が印刷されているなど、見える人向けにつくられています。インターネット記事やアプリの情報を、スマートフォンの音声読みあげ機能で聞いてみたこともありましたが、自分に合うものを見つけられずにいました。
そんなある日、美保子さんはあるものと出会いました。それは、幼い子どもを育てている女性タレントが配信するインターネット動画。子育ての日常やおすすめグッズなどを紹介する動画のなかに、離乳食をつくりながらレシピやコツについて話しているものがあったのです。
「全部、その場でしゃべってくれるから、わかりやすいんです」
動画では、食材や切り方のポイントが、文字表記ではなく、音声で伝わってきました。しかも、子どもの成長に合わせて、必要なタイミングに検索して再生できる。ネット動画は、見えにくい美保子さんにとって、離乳食づくりの心強い情報源となりました。
試行錯誤をして育児する美保子さんですが、悩みもありました。夫は平日の間はずっととなり町に滞在して働いており、休日しか帰宅しません。休みの日以外は育休中の美保子さんがひとりで、子どもの世話や家事をこなします。しかし、ほのかちゃんは会話でのコミュニケーションがまだ難しく、動くようになると危険も増えました。視野から外さないよう、そばを離れられない日々が続き、気持ちが沈むこともあったといいます。
「あれもせなあかんのに、これもせなあかんのにと思いながら、夕方おばあちゃんが来てくれるのを待ってて、もうそのころ家中ぐっちゃぐちゃでした」
「でも、私が育てることによって、ほのかの可能性をつぶしたらいけないなと思うようになって。私が母親なんで、ずっと一緒にいていっぱい教えてあげたい気持ちはあるんですけど、それができないのであれば、目が悪いからできないんだと自覚した上で、周りに助けてもらうなり工夫もしないとあかんなと思いました」
誰かの力を借りたいとき、視覚障害のある親が使える公的な福祉サービスがあります。移動するときの情報提供や外出のガイドなどをしてもらう「同行援護」と、自宅で入浴や食事、家事のサポートなどをしてもらう「居宅介護」です。厚生労働省は、この「居宅介護」に「育児支援」を含むとし、もく浴や授乳、保育所からの連絡の代読などをヘルパーに頼むことができるとしています。
一人で抱えこんできた美保子さんは、出産から1年たった頃に偶然ヘルパー制度のことを知り、利用し始めました。育て支援センターのイベントへの同行を頼んだり、料理をしている最中に子どもの相手をしてもらったりと、状況に応じて頼ることができました。
最近、育休を終えて職場に復帰し、平日はほのかちゃんを保育園に預けるようになったため利用回数は減りましたが、「もう少し早く知っていれば」という思いもぬぐえないといいます。障害のある親が、自治体で母子手帳を受け取る際に、利用できる福祉サービスについても案内される仕組みがあれば、もっと子育てがしやすくなるのではないかと、美保子さんは考えています。
全盲の菊地さんと、娘の凜花(りんか)ちゃん
菊地美由紀(きくち・みゆき)さんは、4歳の娘で、活動量や知的好奇心が一層高まってきた凜花(りんか)ちゃんと、一緒に遊ぶ時間を大切にしています。
菊地さんは全盲のため、文字で書かれた絵本は読むことができません。そんな菊地さんが愛用しているのが、点字つきの絵本です。
たとえば、『ぐりとぐら』(福音館書店)。2013年に発売された「てんじつき さわれるえほん」は、文章が点字になっているだけでなく、絵柄に凹凸がついており、目の見える人と見えない人が一緒に触って楽しめるようになっています。
一般に売られている点字つき絵本は、高価で種類も多くはありません。しかし、全国には「視覚障害者情報提供施設」として点字図書や録音図書の製作・貸出を行っている施設があるほか、公共図書館でも同様のサービスを提供する施設が増えつつあります。地域の視覚障害者情報提供施設では、視覚に障害のある方は電話やインターネットを通じて利用登録を行うことができ、無料で郵送での貸出サービスを利用することができます。
菊地さんも点字図書を借りたり、点訳ボランティアに読みたい絵本を点訳してもらって送ってもらったりと、活用しています。
絵本に加えて、子どもとの時間に必要になるのが、おもちゃです。おもちゃもまた、視覚障害のある親と子が遊びやすいものがあります。
共に遊ぶと書いて「共遊玩具」。障害があってもなくても遊べるよう配慮が施されたおもちゃのことで、複数のメーカーが製造し、一般社団法人日本玩具協会が審査・認定しています。
共遊玩具の内、視覚障害を考慮して作られたおもちゃは、種類の違いを触ってわかるように区別されていたり、色の違いを音で知ることができるよう工夫されていたりします。これらは、障害のある子どもが遊ぶことを想定され作られたものですが、おもちゃメーカーの開発者に取材すると「視覚障害のある親が、晴眼の子どもと遊ぶときに役に立ったという声が寄せられる」といいます。
そうした視覚障害への工夫が施された共遊玩具には、パッケージに「盲導犬マーク」が表示され、一般のおもちゃと同様に販売されています。おもちゃメーカーの中には、ホームページ上に、商品の特徴を音声で説明する動画を掲載しているところもあり、視覚障害のある親にぜひ利用してもらいたいと話していました。
菊地さんの娘・凜花ちゃんは、外遊びが大好きです。しかし、全盲の菊地さんにとって、子連れの外遊びはハードルが高いのが本音だといいます。
そこで、母子ふたりの公園遊びに同行させてもらいました。近所でよく立ち寄るという児童公園は、広々した砂地に、ブランコや鉄棒が点在しています。公園に着くなり、凜花ちゃんはあっという間に走り出してしまいました。
「どこ行くの。待って、ママと行かなきゃダメ!」
菊地さんは繰り返し大きな声で凛花ちゃんに呼びかけます。しかし、凜花ちゃんは縦横無尽に走りまわるため、一瞬、どこにいるかわからなくなってしまいました。
凜花ちゃんと一緒に行動しても、自分の位置がわからなくなったり、ベンチや切り株などの障害物につまずいてケガをしそうになったりすることも少なくありません。公園にいる間じゅう、菊地さんはずっと神経を張り詰めていなければならないといいます。
「こわいですね。一歩間違えると、本当にどこかへ行っちゃう。車道に飛び出していかないかなとか、危ないところでつまずいてないかなとか、心配です。いろんなことを考え始めるときりがないんですけど」
できるだけ安全を確保して楽しめるよう、菊地さんはさまざまな工夫をしています。
<公園遊びでの工夫>
*最初に遊具の位置や出入り口の場所を確認する
*一緒に歩くときは、バネで伸び縮みするチェーンで凜花ちゃんと自分を繋いでおく
*凜花ちゃんの鞄や服に鈴をつけ、離れてしまっても音で場所を把握できるようにする
*自分も動き回るときは、元いた位置に戻れるよう、音楽を流しながら荷物と一緒にベンチに置いておく
*音の出る遊具がある場合は、その音を頼りに方向や位置を確認する
音を頼りに距離感や位置関係を把握する工夫。しかしこれらは、公園で人が多かったりにぎやかだったりすると役に立ちません。視覚障害のない親族や友人、ヘルパーらに付き添ってもらうこともありますが、子どもは急に遊びたいと言い出すもの。親子だけでも、凛花ちゃんを思い切り遊ばせてあげたい。でも、現実的には難しい。菊地さんは、もどかしさを感じています。
近年、全国で障害の有無にかかわらず遊べる、「インクルーシブな遊び場」の整備が進んでいます。バリアフリーやユニバーサルデザインの考え方に基づいた大型複合遊具を導入したり、プレイワーカーと呼ばれる専門の運営スタッフを配置したりするなど、ハード面とソフト面の両方から障害のある人もない人も利用しやすい公園整備・運営が目指されています。
インクルーシブな遊び場に設置された、背もたれのついたブランコ
そうした遊び場に取り入れられている工夫のなかには、菊地さんたち視覚障害のある親にも役に立つ部分があります。たとえば、東京都立砧公園の「みんなのひろば」では、周囲がフェンスで囲まれ、子どもが急に車道へ飛び出す心配はありません。また、通路はアスファルト、遊具のエリアはゴム、と素材がわかれているため、足の裏の感触で、自分の位置を把握するヒントになります。
しかしこうした特別な環境が整備された「インクルーシブな遊び場」にも課題はあります。特別な遊具を設置する広場だと考えられているため、こうした遊び場が整備されているのは、全国でも一部の自治体に限られています。またどれだけ設備が整っても、視覚に障害があると、誰かのサポートがない場合、公園全体を把握しづらかったり、子ども同士がトラブルになっていても気づけなかったりと、カバーできない課題もあります。
砧公園を管理している東京都が作成した『「だれもが遊べる児童遊具広場」整備のガイドライン』には、「可能な限り人と人が関わりとふれあいを持って運営していく姿勢が必要」と書かれています。菊地さんにとっても、一番の安心材料は、他の利用者との声かけです。
「『ブランコ空いてます』とか、『ブランコこちらです』とか、そういう情報を言ってくださるだけで、位置関係もすぐわかるようになりますし、(子どもが遊具の)順番を奪い取ってしまうこともないですよね。あとは『今、子どもさん、〇〇してますよ』と、自分の子どもがしていることを実況中継してくださることもすごくありがたいです」
公園に限らず、同じ場所に居合わせた者同士、気軽に声をかけあい助け合うことができたなら。障害のある親と子をとりまく壁の多くが、壁でなくなるかもしれません。
また菊地さんは、当事者団体(かるがもの会)の代表を務めていて、視覚に障害のある親同士での情報交換や、互いの悩みを相談しあえる仲間づくりなども、子育てをする上での安心感につながっていると話していました。
どんな人でも、必要なつながりや情報を得て、安心して子育てができますように。この記事もまた、必要とする誰かの役に立つ一端となることを願います。
取材を終える頃の、谷口さんの娘・ひなちゃん。すくすく成長中!
執筆者:乾英理子・篠塚茉莉花(NHKディレクター)
※この記事は、「バリバラ 2022年12月8日・15日放送「見えないパパ・ママの子育て ~あるある編~」「同~もやもや編~」をもとに、追加の取材情報を加えて作成しました。記事の情報は、2023年3月時点のものです。