NHKとNHK厚生文化事業団が主催する、「第6回認知症とともに生きるまち大賞」の受賞団体が決まりました。今回受賞したのは4つの団体。そのどれもが、認知症になっても豊かに暮らすための知恵と工夫が満載です。前編では愛知県豊田市の「おんぶにだっこ」と、北海道北見市の「希望をかなえるヘルプカード」を紹介します。
最初は愛知県豊田市の取り組み。認知症当事者が地域の人を「おんぶにだっこ」するまちづくりです。
午後6時30分。介護施設を手がける会社が運営する食堂に、続々と子どもたちがやってきます。
子ども食堂の様子
ここは、定期的に開かれる「子ども食堂」。メニューはシチューに、チキンライス、パスタグラタンなど、子どもたちが喜びそうな料理が並びます。
料理を作ったのは、50代から70代の認知症当事者のみなさん。介護施設の利用者や福祉サービスを受けている人たちが、子ども食堂ではシェフとして腕を振るっているのです。
認知症になると「危ない」という理由で家事を任されなくなり、家庭や社会での「役割」を奪われてしまう人が多くいます。しかし、まだまだできることはたくさんあり、みなさん手先が器用で料理も上手な人たちばかりです。
シェフの浅田みどりさん(78)もその一人。5年前からもの忘れの症状が現れるようになり、認知症と診断されましたが、料理教室の助手を務めていた経験があるので腕には自信があります。
(左)浅田みどりさん
「料理大好きだもん。楽しい。仕事と思ってやってない」(浅田さん)
この「子ども食堂」は、まちづくりの活動をするNPOが中心となって始めた「おんぶにだっこ」プロジェクトのひとつで、働く親を支援する目的で3年前にスタートしました。
プロジェクトでは若者が高齢者を支えるだけでなく、高齢者も若者を支えることで、活気のある町を作りたいと考えています。
「子ども食堂」の準備開始は、オープンの2時間前。この日のシェフは6人で、介護スタッフや家族などのボランティアがサポートします。
料理の進め方も工夫があり、ひと品ずつ作るのではなく、「切る」「炒める」など、作業ごとに区切って調理していきます。そうすることで、手順を覚えることが難しい人も無理なくできるのです。
スタッフと一緒に味付けを行いながら、最後の盛り付けまでシェフが責任を持って担当します。
「子ども食堂」の料金は1人500円(※未就学児は無料)で、おかわり自由です。シェフたちは料理をとり分けたり、配膳したり、接客したりと大忙し。同じ地域の人たちとさまざまな交流も生まれています。
「こういうのが時々ないと、命の洗濯ができないじゃん。これは命の洗濯だと思う。私自身によかったと思う」(浅田さん)
高齢者が地域の人たちを「おんぶにだっこ」するという、新しい形のまちづくり。運営する加藤香苗枝さんは、コロナ禍でも食堂を続けた意義を語ります。
「これを止めちゃうと、そこで終わってしまう気がした。あとは、一生懸命やってくださっている方の生きがいとか、楽しみを奪っちゃいけないと思った。(コロナ禍で)回数こそ少なかったですけれども、継続していくことができたと思っています」(加藤さん)
浅田みどりさんの娘の誉恵(やすえ)さんは、食堂と関わるようになってから、母親の変化を感じています。
「ふだん関わりのない人たちとお話ができる。食事しながらお話しするのも、すごく楽しそうにしてるので、いい場なんだなといつも感じてます。家に帰った後も『楽しかった』という言葉が聞ける。誘っていただいたときも、『やる?』と言ったら、いつも『やる』という返事ばかりで、『やらない』と言ったことは一度もないので、楽しいんだと思います」(誉恵さん)
認知症バリアフリーの専門家・永田久美子さんは、「おんぶにだっこ」の取り組みには社会を変える力があると評価します。
認知症介護研究・研修東京センター研究部長 永田久美子さん
「高齢社会というと、若者が高齢者を抱える図が広がっています。発想を変えれば、高齢者や認知症になってからだって、働く親や子どもたち、地域の人に、自分たちができる楽しいことをしながら、支え手側にもなれる。全国どこでもこういう場所ができてほしい、広がってほしいと思います」(永田さん)
認知症当事者による相談窓口「おれんじドア」代表で、若年性アルツハイマーの当事者として講演活動を続ける丹野智文さんは、食堂が当事者の可能性を広げているといいます。
おれんじドア 代表 丹野智文さん
「今までは、認知症の人は守らなきゃいけない存在だった。こうして役割を持つことで、やる気にもなるし、できることはいっぱいある。人の役に立つことがすごく大切だと思っています」(丹野さん)
福祉ジャーナリストの町永俊雄さんは、地域だからこそできた、可能性を秘めた取り組みだと強調します。
福祉ジャーナリスト 町永俊雄さん
「ここにあるのは、豊かさです。誰が豊かさをもたらすかというと、人生の、暮らしの達人であるお年寄り。当然そこに認知症の人がいるんです。『認知症の人ですよ』なんて言わなくていいんです。どこかで(認知症と)気付くかもしれない。そういう認知症との出会いの場でもある。これは、いろんな可能性があり、福祉的な発想や政策では絶対にできない“地域の力”だと思います」(町永さん)
多くの人たちに喜びと幸せを与えている「子ども食堂」。浅田さんにとって、この活動を続けていくことが生きがいになっています。
「自分がものを作っとるとこが楽しいんじゃなくて、みんなが喜んで食べてくれるときがうれしいです。こういう目的があれば、私、長生きできそうです!」(浅田さん)
続いて、北海道北見市での取り組みです。ここでは、安心して外出できるアイテムの利用が進められています。
ショッピングが大好きだという85歳の稲垣美智子さん。介護スタッフとスーパーのお菓子売り場へ行き、あめやチョコなど、食べたいお菓子を次々と選びます。
稲垣美智子さん
「自分で選んで味みて、おいしかったらみんなに配るの。買い物に出歩くのが私の趣味なの」(稲垣さん)
4年前からもの忘れの症状が現れるようになり、一人での買い物に不安があるという稲垣さん。とくに会計が心配だといいますが、問題なくスムーズに支払いできました。
その秘密は、稲垣さんが会計前に店員に提示した「希望をかなえるヘルプカード」。認知症当事者が周囲の人に知ってほしいことや、助けてほしいことを伝えるためのものです。
「希望をかなえるヘルプカード」
稲垣さんは、カードに「おやつを購入したい。支払いのときのお手伝いをお願いします」と記していました。カードがあることで、言葉にしなくても本人の望む「買い物」をすることができるのです。
店員にとってもこのカードがあることで、スムーズに接客できるといいます。
「何をしてほしいかを明確にしていただければ、こちらもお客さまに迷惑をかけない接客ができます。カードがあることは、とてもありがたいことだと思います」(店員)
このカードはいま、認知症当事者に限らず、幅広い世代の人たちに広がってきました。
買い物だけでなく、交通機関を利用するときに「膝が悪いので席に座らせてください」と記す人や、かかりつけの病院の名前を忘れないように書く人など、外出に役立っています。
カードを推進しているのは、当事者家族や介護職員などの有志の団体「翼をくださいプロジェクト委員会」です。副委員長を務める吉田哲さんが普及への思いを語ります。
吉田哲さん
「認知症の方って、『迷惑かける』というのが頭に浮かんでしまう。そうではなくて、ふつうに暮らしていいんですよ。周りの人は迷惑とは思っていなくて、サポートしてくれる。我慢することなく自分のやりたいことをやり、自分の判断で行動できる社会を作っていきたいので、このカード(の普及)を進めたいと思ってます」(吉田さん)
団体ではカードの利用できる場所を増やそうと、地域の人に主旨を説明する勉強会を定期的に開き、連携の輪を広げようとしています。今後は市も加わり、周知・啓発活動を進めていく予定です。
「希望をかなえるヘルプカード」のアイデアを取り入れた企業も出てきました。
北見市内の銀行では、支援が必要なお年寄りや障害のある人に向け、本人の意思を示すカードを設置。代筆や押印代行の他、配慮してほしいことなど、目に見える形で確実に伝えることができます。
「お金にまつわることなので、ご自身の意思をいちばん尊重したい確認すべき点。『こういう手続きをしたい』と表明をしていただくと、私たちも『こういう手続きが必要で、数字についてはこういった形で』と、説明しやすいのでメリットがあります」(渉外課 辻大樹さん)
当事者にとっても、やりたいことを正確に伝えられる環境は大きな安心につながり、誰にとっても暮らしやすいまちづくりの輪が広がっています。
「希望をかなえるヘルプカード」は、2021年度から厚生労働省の研究事業として、全国的な普及を目指しています。
カードは自分で作成してもよく、丹野さんも通勤で利用するバスと電車の情報を記入して携帯しています。
丹野さんが携帯しているカード
「(バスと電車)3つを乗り継いで会社に行かなきゃいけないんです。でも、私は今どこにいるかが分からなくなって、困ってしまうことがある。これを使うのは、最初は勇気がいるんですよね。大丈夫かなって。当事者の人たちも、一歩踏み出すのは大変かもしれない。でも使って、稲垣さんのようにお菓子を買って人に配れるという楽しみができると、一歩踏み出してみようと。今度はお菓子を買うためじゃなくて、一人で出かけるため、今度はバスに乗るためと、いろいろなことを考えて前向きになると思います」(丹野さん)
翼をくださいプロジェクト委員会の青山由美子さんは、当事者の望みがかなうことで、さまざまな効果が表れていると実感しています。
「表情が違いますし、認知症になってもきちんと話を受けとることもできます。そして、自分の希望がかなったときには本当に表情が明るく、満足感と達成感がわいてきて、明日への意欲につながると思います。行動面も違います。食欲が出るなど、現場ではそういったことが実際にあります」(青山さん)
それぞれの専門家が、「希望をかなえるヘルプカード」の可能性について語ります。
「『迷惑をかけちゃいけない』と言って、どんどん閉じていく人生を、自分の希望によって開いていくことができる。これはとても大きいんです。実はそのことが地域を変えていくんですよ。認知症の人の希望をかなえる地域になっていく。まちを変えていくんです」(町永さん)
「やってみることで、次の扉が開けてくる。可能性を実感して、また次に行こうという、次に進む力をみんなで生み出している。それぞれの思いと力が一つの流れになっているところが、こちらも勇気づけられました」(永田さん)
「当事者の話をきちんと聞いて、その人が笑顔になることを応援する人たちが増えてくると、それが連鎖のように広がっていく。みんなが住みやすい、認知症と共に生きられるまちを作れるんじゃないかなと、実感する内容でした」(丹野さん)
カードを使うようになって暮らしが充実してきた稲垣さんが、これからの目標を教えてくれました。
「今まで苦労した思いが、少し軽やかになって、うれしいです。今まで遠慮していましたけど、これからは遠慮しないで、自分の望みを発信していきたいと思っております!」(稲垣さん)
バリフリ・タウン
(1)認知症の人が生き生きできる“場所”
(2)認知症の人との外出
(3)認知症の人でも楽しく働ける! 京都のSitteプロジェクト
(4)認知症の人が地域を元気にする!
(5)認知症当事者の声から始まるバリアフリーなまちづくり
(6)認知症の仲間とつくる、仕事と働く場所
(7)チーム上京!地域の力でウインドサーフィンに挑戦
(8)認知症当事者と家族が幸せに暮らす取り組み
(9)認知症バリアフリーのまち大集合!2023 前編 ←今回の記事
(10)認知症バリアフリーのまち大集合!2023 後編
※この記事はハートネットTV 2023年1月24日(火)放送「認知症バリアフリーのまち大集合!2023 前編」を基に作成しました。情報は放送時点でのものです。