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急増する難民申請者 収容所の長期拘束問題も

記事公開日:2018年07月13日

この10年で、日本で難民の申請をする外国人が10倍以上に増えています。しかし、難民として認定されるのはわずか0.2%。なかには不法滞在などを理由に、収容所に長期間拘束される人もいます。トルコで迫害を受けて来日したというクルド民族の家族を通して、困難な難民認定、収容所の現状などの問題を考えます。

救いを求めた日本でも苦しめられる難民

祖国の紛争や迫害を逃れてきた「難民」。日本で難民の申請をする人が、この10年で10倍以上に増えています。日本は国連が定めた難民条約に1981年に加入している、難民の受け入れ国です。

しかし、日本で難民として認定される割合はわずか0.2%(※1)。難民認定を受けられなかった人のなかには、不法滞在などを理由に収容所に拘束される人もいます。長期間にわたって社会や家族から隔離されるケースも少なくありません。クルド民族のバリバイ一家もそんな家族です。

※1 2017年の難民認定処理数は、11,361人。うち認定数は20人
20/11361=0.0017 0.17%
法務省報道発表資料「平成29年における難民認定者数等について」より算出

画像(強制送還の対象となった外国人の収容所)

トルコ南東部で暮らしていたヌリエ・バリバイさんは、2007年に夫と5人の子どもと一緒に日本にやってきました。90年代、トルコでは、軍や政府がクルド民族への抑圧を強めていました。そんななか、家族によると、バリバイ一家も迫害を受け、夫のムスタファさんは反政府組織への関与を疑われて拷問され、ヌリエさんも連行されたと言います。

一家が救いを求めた先は、日本。トルコと友好関係にあり、多くのクルド民族が住んでいたからです。川口市に暮らしていた知り合いを頼り、着の身着のまま来日。すぐに難民の申請をしましたが、11年たったいまも認定されず、申請を繰り返しています。家族のほとんどが在留資格を持っていません。働くことも、保険に入ることもできず、不安定な暮らしが続いています。いまは、日本人と結婚し、正規の在留資格を得た次男の収入だけが頼りです。

故郷では、一家は庭先でカトマジャ(郷土のパン)を焼き、牧場で家畜を飼って、自然とともに暮らしていました。三女のスザンさんは当時の暮らしの思い出を語ります。

画像(来日する前のバリバイさん一家。2005年ごろ)

「牛から牛乳をいっぱい出して、自分でヨーグルトを作ってそれを売ってという仕事。トマトやキュウリとかも自分で作って、都会に売って。私はトルコに行きたいのですが、自分の国で戦争があるから、行ったらここに戻れない。つかまっちゃうので難しい。」(スザンさん)

平和な暮らしを一変させた故郷の政治情勢。懸命に逃れてきた日本でも難民として認定されず、困難な生活が続いています。

精神的に追い込まれる長期の収容所生活

不安な日々を過ごすヌリエさんは、日本に来て以来、最も大きな困難に直面しています。息子の1人と長く会えない状態が続いているのです。

画像(四男・ウェラットさんの写真を持つヌリエさん)

四男のウェラットさんは日本に来たとき、12歳でした。明るく優しい性格で、家族のムードメーカー的な存在です。そんなウェラットさんは、入国管理局の施設に収容されています。きっかけは、21歳になった一昨年、住んでいた埼玉から東京へ出かけたこと。

ウェラットさんのように在留資格のない人は、県外に出る際に「外出許可」をとることが義務づけられています。しかし、ウェラットさんはそれを忘れてしまいました。

日本では、法令違反をした外国人は国外への退去が命じられます。そして送還されるまでの間、入国管理局の収容所に拘束されます。ウェラットさんが収容されたのは2016年5月。以来、一時的に拘束を解かれる「仮放免」という制度を度々申し込んでいますが、すべて不許可。なぜ出られないのか。収容はいつまで続くのか。入国管理局は本人にも家族にも明らかにしていません。

収容中のウェラットさんは、毎日ヌリエさんに電話をかけ、置かれている状況を訴えます。

「ここにいつまでいるかわからないから、ひとつ方法というか、死ぬこともたまに考えるようになったんですね。最後の力で一生懸命、頑張っているけど。弟とか母親とか外にいるから、自分に頑張って、頑張ってと言い聞かせているけど、ここの中でいつまでできるかね。」(ウェラットさん)

息子が死を考えている。ヌリエさんは、電話口のウェラットさんの様子に異変を感じ始めました。

実は3年前、ヌリエさんは25年間連れ添った夫のムスタファさんを亡くしています。ムスタファさんはトルコで受けたという拷問の後遺症で、精神疾患を抱えていました。しかし、二度にわたる長期間の収容によって、十分な治療が受けられず、症状が悪化して自殺をしてしまいます。

「いっそ、トルコで死んでしまった方がよかった。ここに来なければよかった。」(ヌリエさん)

収容所で月に2回カウンセラーとして勤務している鵜川晃さん。いつ終わるともしれない長期の収容所生活は、精神疾患の発症リスクが高いと言います。

画像(東日本入国管理センター 非常勤カウンセラー 鵜川晃さん)

「『拘禁性のうつ病』と言っていますが、うつ病と病理は一緒なんです。これは反応性のもので、拘禁が長くなればなるほど精神的な不調をきたすというものなんですが、そういったものが増えているように思います。無力感というものをずっと抱えるなかで、人格が崩壊してしまう、投げやりになってしまう人たちも増えてくる。そこが心配です。」(鵜川さん)

実際、今年4月に収容所のなかで30代のインド人が自殺したことが明らかになりました。以降も、自殺未遂が相次いでいます。

故郷を追われて11年になるヌリエさん一家。先の見えない不安を抱えながら、今日もこの国で生きています。

難民として認定されにくい現状の制度

なぜ日本では難民として認定されないのか。難民の人権問題を研究している明治学院大学教授の阿部浩己さんは、その理由を次のように説明します。

画像(明治学院大学 教授 阿部浩己さん)

「どのような人を『難民』というのかは、難民条約に定められています。しかし、それがものすごく狭く解釈される傾向にあります。その結果として、狙われていることがはっきりしているような、政治的指導者でないと難民として認定されないというような事態が生み出されています。」(阿部さん)

一般の市民は認定されにくいという現状の制度。さらに、認定が厳しい理由が、難民であるという証拠を示すのが難しいという点です。

ヌリエさんの家族と10年以上関わっている弁護士の大橋毅さん。この家族は裁判で「拷問を受けた証拠がない」などとして、認定されませんでした。

画像(弁護士の大橋毅さん)

「拷問を受けた証拠って難しいんですけどね。軍隊が村を包囲して、村人に暴行しているのを誰かがカメラで撮っていたとして、それを軍人が『撮影してもいいよ。それはあとで日本へ持っていってもいいよ』なんて言わないですから。そういう難民の立証の特殊性を考えて、他の先進諸国あるいは国連の基準、推奨するやり方っていうのは、あまり厳格な判断の基準を当てはめるべきではないと考えられているのが普通なんです。でも日本はそういう風にはどうにもしてくれないですね。」(大橋さん)

法務省が入国管理の対策を厳しくしている背景にあるのは、2020年東京オリンピックパラリンピックです。来日外国人が増えるなか、不法滞在者の取り締まりや、強制送還を拒む人への対応を強化しています。法務省としての見解を、入国管理局 警備課 課長の君塚宏さんが説明します。

「すでに日本から退去することが確定しているにもかかわらず、難民申請を繰り返すとか、日本で不法に働くことを意図しているとか、あるいは刑事犯罪で服役したあと入管に引き渡される。こうした人たちについては、やはり送還を優先せざるを得ない。ということで私どもとしては説得をすると。『早くお帰りください』と。しかしそれにもかかわらず『帰りたくない』という人たちは、結果として収容したままになってしまう。望ましいことでないと思っているのですが、長期に収容するという結果になっています。だからといって、『じゃあもうみんな仮放免だ』と、一定期間過ぎたら『われわれ諦めます』となると、治安の問題や社会保障の問題など、さまざまな影響がでてきます。『ルールを守っていただける人と守っていただけない方が、結局一緒じゃないか』というような状況は、日本の今後の国際交流の拡大、外国人のさまざまな受け入れという点で、決して望ましいことではないと思っています。」(君塚さん)

これに対して、阿部さんは矛盾を指摘します。

「収容しているのは、送還をするためなんですね。でもさまざまな事情から、送還できない、帰ることができない。そうなると、何のために収容しているのかという制度的な矛盾を感じます。」(阿部さん)

収容生活は長期化しています。収容されている人は全国におよそ1,400人。その内、3割の人は6か月以上になります。なかには3年以上も収容されている人がいます。

ウェラットさんも収容されて2年。逃亡を防ぐため、収容所内では生活が厳しく管理されます。6畳一間に3人で寝泊まりし、部屋を出られる時間は制限され、室内から外の様子をうかがうことはできません。いつ終わるのかわからない生活が続くなか、不安な日々を過ごしています。

必要なのは社会全体の意識を変えること

法務省は、日本で難民認定率が低い背景には、就労目的で難民申請している人が増えていることもあると説明しています。しかし、難民認定のプロセスにも関わっている阿部さんは、国の政策に問題があると考えます。

「就労目的と難民としての保護を求めるということは二律背反ではない。働きたい、難民として保護されたい、これは両立する場合があるんです。仮に、就労目的の方が大きかった場合、その人が日本に来たら難民として認定されないかもしれません。でも、働くために日本にやってくるということ、それはそんなに悪いことでしょうか? 家族のために、子どものために、よりよい教育、よりよい生活を保障したいということで日本にやってくるわけですね。そして、日本にはそうした人が働く場が設けられているわけです。そうなると問題は、そうした人を受け入れる入管政策、出入国管理政策、そこが問題なのであって、そうした人たちを偽装難民であるとか、難民手続きを乱用しているとか、いくら非難しても問題は解決されないと思いますね。」(阿部さん)

難民問題は入国管理局だけでなく、もっと包括的に取り組むべき課題であるという主張です。

幼いころイランから日本に来たタレントのサヘル・ローズさんは、「ひとりの人として見ることが大切」と語ります。

画像(タレントのサヘル・ローズさん)

「自分の国にも居場所がない方々が、助けを求めにきた日本にも居場所がないという、こういう声が消されてしまっているのがあまりにも見ていて心が苦しいです。地域社会で一緒に共同で生活している私たちも、難民といわれる方々を色眼鏡で見ないことだと思います。彼らは難民になろうと思ってなっているわけではなくて、国を追われてしまっている。どういう背景があって、どういう条件があったのかっていうことを、1人の人間として見てあげることが大切ですよね。同じ人間だということを忘れたくないです。」(サヘルさん)

難民問題は他国だけではなく、日本に住んでいる私たちも関わっていく問題です。本当に助けを求めている人たちが救われる社会を、みんなで考え続けていく必要があります。

※この記事はハートネットTV 2018年7月4日放送「外国人とニッポン 第2回『故郷を追われて 難民はいま』」を基に作成しました。情報は放送時点でのものです。
※ウェラットさんは番組放送後の7月9日、仮放免の許可が下りました。

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