アートの力によって地域や病院、社会などがより良く変わっていく取り組みを紹介するシリーズ「あがるアート」。今回は、特別企画「あがるアートの旅」。映画監督の安藤桃子さんが香川県にある総合病院「四国こどもとおとなの医療センター」を訪問。さまざまな作品がある院内をホスピタルアート・ディレクターの森合音さんの案内で巡りました。今だからこそ病院で必要とされる「アートの役割」とは何か、森さんと安藤さんがじっくり語り合います。
映画監督の安藤桃子さんが、香川県善通寺市にある「四国こどもとおとなの医療センター」を訪れました。そこは、地域医療の中核を担う総合病院で、外観にはカラフルな木など、たくさんの絵が描かれているのが特徴です。
安藤さんを出迎えたのは、この病院のホスピタルアート・ディレクター、森合音(もり・あいね)さんです。
安藤さん:(この場所は)ふぅーっと、ふわーって、行きたくなる。病院?!みたいな。
森さん:うれしいです。最初にこの病院を建てるときに、子どもがたくさん来る病院だから、「怖くないよ」という外観にしてほしいというミッションがあったので、今の一言でホッとしました。ありがとうございます。
森さんが実践している「ホスピタルアート」。病院の中に入ると、さっそくエントランスには時計のオブジェが…
森さん:からくり時計なんです。1時間に1回、時計が音を出しながらクルーッと回って、どこへ止まるか分からないというものです。
安藤さん:かわいい!時計の中に入れるんですか?
森さん:入れます。
安藤さん:あ!絵本があります。いいですね、大人でも入りたくなる。子どものときって、こういうところがあったら、それだけで幸せです。
ほかにも、ホスピタルアートならではの特徴があります。
森さん:このレリーフは全部、子どもが描いた絵なんです。子どもの力を信じて引き出す、祈りを込めて作られている。1個1個の作品が物語を持って成立しています。
病院の奥に進むと、院内の表示にもアートによる工夫が施されていました。
森さん:スタッフから、患者さんがエレベーター(の場所)が分からなくて困るからと、アイデアを出し合って作ったものです。線路があれば方向も分かるということで。
緑の葉っぱのマークをたどると検査部門、花のマークをたどると放射線部門に着きます。
森さん:おじいちゃんおばあちゃんでも、「お花の方向へ行ってください」とか、「葉っぱの方向へ行ってください」と言うと、すぐに理解してくださる。ホスピタルアートの大事な役割になっています。
さらに、手術室へ向かう通路には職員とアーティストが共同で描いた壁画があふれ、患者の気持ちを和らげています。
ホスピタルアートは壁画だけではありません。フロアの壁には「ニッチ」と呼ばれる扉のついた棚が作られています。その扉を安藤さんが開けてみると中にはメッセージと共にプレゼントが置いてありました。
安藤さん:すご~い!「見つけてくれて、ありがとう」だって。なんてワクワクするんでしょうか。
森さん:何が入っているかは、分からないんですよ。全国に200人くらいメンバーさんがいて、コロナ以降、荷物をたくさん送って応援してくださっています。
安藤さん:すごいですね。私が(もらっても)いいんでしょうか?
森さん:もちろん、ご縁です。これを編んでくれた子も、もう10年以上ボランティアメンバーをしてくれています。
扉の仕掛けとプレゼントが生まれた背景には、ひとりの患者の思いがありました。
エリさんは13年前からボランティアとして参加し、毎月手作りのプレゼントを届けています。
幼い頃から入退院を繰り返していたエリさん。4歳で手術をしたとき、看護師から借りたぬいぐるみで不安が和らいだ経験がありました。手術は成功しましたが、目覚めるとぬいぐるみがなくなっていて、とても心細かったと言います。
そこで、「返さなくていいお友だちを作ってあげたい。手術のときに横に置いて、そのまま持って帰ってもらいたい」という思いを森さんに伝え、形にしたのがプレゼントを入れる扉の仕掛けでした。
「手術をしてもらったからすぐに元気になるとかじゃなくて、体が痛いとか、しんどいことが多くて、そういうことが昔はあったなと思い出した。あまり表立ってしたくなかったのと、『ありがとう』と言われるとプレッシャーになるので、そっとしてほしいなと思いました」(エリさん)
プレゼントには必ず添える言葉があります。「見つけてくれてありがとう」です。
「頑張っているのは当たり前なので、『頑張ってね』とか、絶対に書けなくて。自分が作ったものをわざわざ扉を開けて見つけてくれて、『本当にありがとう』という気持ちで書きました」(エリさん)
森さんが目指しているホスピタルアートとは何か。安藤さんがじっくりと話を聞きました。
安藤さん:病院って不安を持ってきたり、いろんな気持ちが自分の中に湧き上がってくる場所だと思うんです。(この病院は)その真逆で、とてもあたたかくて優しくて、これは来なかったら分からない。
森さん:ありがとうございます。試行錯誤というか、病院にアートがあっていいのだろうかとか、不謹慎に受け取られたりしないだろうかとか、いろんな不安がありながらスタートしたんです。実は私たちが目指した病院は、アーティスティックな病院でも何でもなくて、常に“より優しい病院”を目指してきた。
もともとみんなが持っている温かい命は個々にあるのではなくて、繋がっていると知った瞬間にすごく安心する。落ち込んでいる人にいくら光を当てても、自分が見ようとしなければ見えない。その人の内側にそれが満ちたときに、次のアクションが起こせる。医療が助けられる部分もあるけれど、自分も治っていこうとするタイミングがあうと、とてもいい感じで自然と命が回復していく。
安藤さん:直接的ではないけれども、自分の中にある。アートはアートにあるんじゃなくて、見る人のほうにアートがあるということ。そこが実は役に立っていけるのではないかなと思います。
森さんと安藤さん
森さんの目指す、思いやりのアート。その原点は、19年前に夫を亡くしたという悲しい出来事にありました。
森さん:実は人生の中でいちばんつらい体験をしまして、最愛の人を突然死で亡くしたんです。心筋梗塞でした。そのことが私の中でいちばん強い「痛み」。1分1秒生きていくのが痛い。心は瀕死の状態で、次の一瞬をどうやって生きていいのか分からない。そのときに私は、彼が遺したカメラで写真を撮り始めた。それをきっかけに、それまで自分の内側にあった、誰にも言えない痛みを吐き出してくれる場が表現。
文章を書いたり写真を撮ったり絵を描いたり、とにかく自分のありのままの感情を出す。それが、私が最初にアートに救済された、自分自身が救済されたフィールドでした。そこに医療現場のつらい人が繋がっていけば、どこかの物語に励ませられる可能性があるんじゃないかと思って。過去のことって二度と変わらないって思い込みがちなんですけど、実は今どう生きるかで過去は意味合いを変えてくるんですよね。
安藤さん:過去は未来で、未来は過去で。
森さん:本当にそう思います。私にとって19年前の夫の死は、そのときは地獄でしかなかった。でも今から思えば、あの経験がいろんな気づきをくれた。今あるのはそれがあったおかげだと思うと、そのことはもう嫌な思い出ではないんですね。彼がむしろギフトとして私に遺しくれた、愛情のひとつの形だと思うことができる。
森さんがホスピタルアートの活動を続けるなかで、仲間も増えました。地域ボランティアの3人が毎月テーマを決め、作品を持ち寄って飾り付けています。大切にしているのは季節感。この展示をきっかけに、患者や家族、職員などから声をかけられるなど、さまざまな交流が生まれるようになりました。
(左から)地域ボランティアの佐々木和子さん、藪内節子さん、古谷哲雄さん
安藤さん:超先輩から生まれたばかりの赤ちゃんまで、アートを介してコミュニケーションがある。ここって、ひとつの家族じゃないですけども、地域のみんなの温かい繋がりがずっと表れている。
森さん:応援団として最高なんです。それがうちの病院の宝のひとつだと、私はすごく思っています。
地域ボランティアが飾った作品
続いて2人が向かったのは病院の屋上。外に出てみると、そこには庭園が広がっています。
この庭園を任されているのは、管理課の山口智恵子さん。病院の職員であり、大事なアートメンバーです。趣味のガーデニングを活かして、仕事の合間や休日に少しずつ作り上げてきました。
庭園のテーマは「癒やし」。ただきれいなだけでなく、病院という場所だからこその心配りがあります。
「患者さんのそのときによって、見る花も違ってくると思うんです。元気に咲いている花を見て『元気をもらった』と言ってくれる患者さんもいる。枯れた花の姿を見て自分の人生と照らし合わせて自分を振り返ってみたり、病と闘うことを見つめ直すこともある。その人によっていろんな花が必要なんだなって」(山口さん)
そして、コロナ禍以降は庭園の役割の大きさをさらに実感しています。
山口智恵子さん
「家族との面会も制限されて、どこにも行けない。みんなにとっては屋上庭園だけが、外の空気を吸える唯一の場所になってくる。みんなに癒やされる庭を求められているのは、すごく感じました」(山口さん)
安藤さんが最後に案内されたのは、霊安室から駐車場に続く地下の通路です。そこは、大切な人を失った直後に通る場所。以前はコンクリート打ちっ放しで殺風景でしたが、職員やスタッフが総出で鎮魂の意味を込め、青い花を描きました。
森さん:開院して間もなく、看護部から「地下の通路がどうにかならないか」という相談がありました。医療現場は、死はどちらかというと触れないエリア。死ぬまでは病院の先生たちも看護師さんも懸命に治療という形で施す技術を持って構えるんですけれども、亡くなってしまうと、その先はなにもできないというお話を職員さんがされて・・・。じゃあ、医療職の皆さんができない先のことこそ、アートが引き受けるエリアなんじゃないかと。
安藤さん:お名前のイニシャルが書いてある。こうやって最後の道をこのお花を手向けるのは、まさにホスピタルアートじゃないとできない。
森さん:この絵が完成したあとに、副看護部長さんから電話がかかってきて。亡くなったお子さんを抱っこしたお母さんがここを歩いて、「イニシャルがたくさん書いてあるけど、誰かが描いてくださったんですか?」と話されて、「職員がみんな一人一人、心を込めて描いたんです」と言ったら、お母様が泣かれて、「この子、天国に行けます。ありがとう」と言われた。お見送りで「ありがとう」と言われるなんて想像もしていなかった、と。
安藤さん:天国への道という、お母さんが感じられた優しさ。本当の真心がここにあるから、天国って心そのものなんだなと思います。
森さん:そのときに、「私は職員さんの気持ちのこともちゃんと見ながら、患者さんと繋いでいかないといけない」と教えられたんです。病院のアートはすべて“痛み”のあるところにしか生まれていない。最初に痛みがあって、だからこそ必要な表現が生まれてくる。
安藤さん:地下だからこそ、駐車場から外に出る(部分に)お日様の光が差し込んでる。たったひとつの光の道がそこにあったんです。私たちはこうやってまた光に向かって明るいほうへ、苦しい中にも、触れた優しさが思い出されたりする。
森さん:本当に病気や痛みが教えてくれることって、たくさんあるんですよね。大切な人の死がたくさんのものを遺してくれることもあります。ですから、医療現場で死を忌み嫌うのではなく、死をも包摂(ほうせつ)した医療空間のあり方を大事に思っている方との連携が、とても大事になってくる。お互いがお互いを支え合って、より良い空間が生まれてくる可能性をすごく感じます。
安藤さん:今日、一貫して感じたのは、経験した人だから分かる心遣いと細やかさと、相手の気持ちを考える、相手の立場になって考えられることが、すごく大切だと分かりました。
本当に心から魂からの祈りが灯った場所には、そこに住む人も、そこから先に暮らしていく、生まれていく人たちにも同じ光が響いていくことなのかなって。それは見えないですよね。でも確実にある。アートも「祈り」そのものなんじゃないかなって、すごく思います。
森さん:私もそうだと思います。
今日も新しいアートがさまざまな人を迎えています。これからもたくさんの“祈り”が込められたホスピタルアートで、病院にいる人たちを応援し続けます。
“あがるアート”
(1)障害者と企業が生み出す新しい価値
(2)一発逆転のアート作品!
(3)アートが地域の風景を変えた!
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(5)全国で動き出したアイデア
(6)アートでいきいきと生きる
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(8)PICFA(ピクファ)のアートプロジェクト
(9)「ありのままに生きる」自然生クラブの日々
(10)あがるアートの会議2021 【前編】
(11)あがるアートの会議2021 【後編】
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(15)安藤桃子が訪ねる あがるアートの旅~ホスピタルアート~ ←今回の記事
※この記事はハートネットTV 2022年12月20日放送「あがるアートの旅 ホスピタルアートを訪ねて」を基に作成しました。情報は放送時点でのものです。