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精神疾患の親を持つ子ども 誰にも言えない苦しみ

記事公開日:2018年07月11日

今、うつ病や統合失調症など、精神疾患を患う人の数は300万人以上。その数は年々増えています。しかし、これまでそうした親を持つ“子ども”にはほとんど目が向けられてきませんでした。最近になってようやく体験を話す人たちが現れはじめ、明らかになってきたその実態。親が精神疾患だったという当事者たちの声に耳を傾けます。

親の病気は自分のせい・・・?相反する親への気持ちも

ここ数年、精神医療や福祉の現場で、精神疾患の親を持つ子どもの存在に、少しずつ光が当たるようになってきました。そこで明らかになってきたのは、当事者が抱える壮絶な生活の実態と生きづらさです。

「私の母はうつ病です。産んでくれたときに発症し、何度も再発を繰り返しています。母は病気を抱えながらも育児をできる範囲でしてくれていたそうです。ですが、私の記憶にあるのは、怒りながら殴ってくるお母さん、泣きながら壁に頭を打ち付けているお母さん、睡眠薬を大量に飲んで病院に運ばれていったお母さん…そんな記憶ばかりです。」(たゆさん・20代)

カキコミをくれたたゆさん。幼い頃は誰も病気のことを教えてくれず、母親の体調が悪いのは、自分のせいではないかと悩んでいました。

画像(たゆさん・仮名・20代)

「私がもっと学校の勉強頑張っていれば違ったんじゃないかとか。家のこと一生懸命私がやっていれば、お母さん元気だったかなとか、そんな風に思っていましたね。自分がつらいというよりも、お母さんの心配ばっかりしていました。本当はもっとギュッとしてほしかったし、もっと甘えたかった。でも母が寝込んでいたり、薬を大量に飲んだりしている姿を見ると、甘えられなかった。心配かけちゃいけないというのがあったので。」(たゆさん)

しかし、思春期になると母親に対する気持ちが不満や葛藤へと変わっていきました。友達を家に呼べなかったり、母親の代わりに父や祖父母が迎えに来たり、なぜ「自分の家は普通じゃないのか」と思うようになりました。

母親の気を引くため、わざと勉強せずに成績を落としたり、自分の体の見える場所を傷つけたりすることもありました。

いつも母親の顔色をうかがいながら生きてきた、たゆさん。大人になるにつれて生きづらさを感じるようになっていきました。

特に「自分の気持ち」「自分の意見」を人へ伝えることがとても苦手です。本当の自分の気持ちを伝えたら嫌われてしまうのではないか、と不安になるのです。たゆさんは「母に嫌われたらどうしようというのが根底にあるのかもしれない」と考えています。

「母のことが大好きで心配でしかたないっていう気持ちと、なんでこんなお母さんのところに生まれてきちゃったんだろうという気持ちと2つあって、それが苦しいんですよね。」(たゆさん)

子どもからのSOSは困難 周りが気付くことが必要

画像(精神科医 夏苅郁子さん)

たゆさんの「なぜうちは普通じゃないのか」という思いに非常に共感できるというのは、幼い頃に母親が統合失調症を発症した経験を持つ、精神科医の夏苅郁子さんです。
当時、自分は母親が病気だと認識することができず、放とうを繰り返す父親への当てつけだと思っていたと言います。

そして周りの人を頼ることもできなかったと、夏苅さんは自身の経験を振り返ります。

「親戚は見て見ぬふりと言うか、体の病気だったらいろんなことを介入してくれたんでしょうけど。家のドロドロしたことで家の恥というのかな。私も見せられなかったし、親戚もその夫婦のドロドロしたことということで、誰も入ってくれなかったですね。」(夏苅さん)

夏苅さんは5年前に自身の経験を公表。現在各地で講演などを行っています。公表直後、マスコミから取材を受けた際に、「なぜ助けを求めなかったのか」と問われ、「どこに助けを求めれば良かったのか」と逆に質問したと言います。

「私にはこの家しかないわけです。逃げていくところもなくて。助けてと言っても自分の家にいるしかないし、自分の親のことを悪く言うことはできません。それと、私をすごく大事にしてくれた親戚や大切な人たちが、あなたの人生のためにお母さんのことは公にしないほうがいいと善意の助言をしてくれたんです。それもすごく苦しかった。」(夏苅さん)

画像(評論家 荻上チキさん)

評論家の荻上チキさんは、「どんな問題でも、子どもは自分自身で社会にSOSを出せないもの。だからこそ、身近な大人や地域がそれに気付くことが大切」と指摘します。

「(子どもが)誰かに話したいと思っても、親戚や家族からは出さないでくれと。あるいは病気に関する知識が子ども自身もなかったりするので、SOSを出したらお母さんと離れ離れになっちゃうのではないかとか、母を否定するような感じになっちゃう、あるいはそれは言ってはいけないことなんだと思ってしまう、ということがあります。社会の偏見、リソースのなさ、あるいは知識が伝わってない、いろんなことでSOSにつながりにくい。これは改善していかなくてはいけないと思います。」(荻上さん)

大人になっても続く“生きづらさ”

精神疾患の親を持つ子どもが経験する苦しみ。実は、子どものときだけにとどまらず、大人になってからも“生きづらさ”を感じている人が多くいます。

「うまく感情表現ができない。必要以上に我慢してしまう。常に不安感がつきまとう。過度に自分を責める、健全な家庭で育ってきた人たちとは圧倒的に何かが違う、絶望感に苛まれることもあります。」(みーちゃん・三重県・20代)

夏苅さんが母親の病気に気付いたのは、医学部の学生だったとき。それまでは誰からもきちんと伝えられず、大学の講義で統合失調症の症状を聞いたときに、母親の症状に似ていると感じたのがきっかけでした。そのとき、なんとなく「悪い病気なんだ」という印象を持ってしまい、父親にも言えず、自身で抱え込んでしまったと言います。

大人になってからも生きることへの不安を拭えず、アルコールや宗教への依存、摂食障害・自殺未遂も経験したという夏苅さん。たとえ誰かに相談しても、まともな家庭で育っていない自分は嫌われるだろうと思い込み、人との関係を断っていました。

「子ども時代のほうが大変だろうと思う方がいると思うんですけど、大人になって自分が自由に動けるようになってからのほうが、私は精神的には苦しかったです。なぜなら、“まともな家庭で育ってない”というのがずっとあって、“だから自分はまともじゃない”って。私は努力して勉強して医師になった。だけど医師になっても自分のよって立つところが全然見えない。いつもいつも不安で、根を張れない感じがしました。」(夏苅さん)

思いを吐き出して きちんと伝えることも大事

子どもたちの苦しみを少しでも減らすために社会はどう向き合えばいいのでしょうか。
そのヒントになる活動をしている人たちがいます。

画像(絵本を読んでいるところ)

ホロ「お母さん、最近どうしちゃったの?」
お母さん「近所の人が悪口を言ってるわ。外へ出てはダメ。」
ホロ「えっ、そうなの? でもほんとうかな・・・。お母さん昼間なのにカーテン閉めてるし、壁に向かってなにかブツブツ言ってるの。」
(絵本より)

画像(絵本の主人公ホロ)

絵本の主人公は小学生の女の子・ホロ。母親が統合失調症を発症しましたが、周囲から何の説明もなく、戸惑いを感じています。

この絵本を制作したのは精神疾患の親と子どもの支援に取り組むNPO「ぷるすあるは」。
絵本の中では、周囲の大人の望ましい対応についても描いています。父親がホロに母親の病気のことを伝える場面です。

ホロの父親「お母さんは病気でよくなるように治療していたんだよ。ホロのせいじゃないんだよ。心配なこともお話ししていいんだよ。」(絵本より)

画像(医師 北野陽子さん)

NPO「ぷるすあるは」の細尾ちあきさん(看護師)と北野陽子さん(医師)は、苦しんでいる子どもの存在を知ったり、その気持ちを感じたりしてもらうという意味で、大人にこそ、この絵本を手にとってほしいと訴えます。

画像(看護師 細尾ちあきさん)

「この中で使えそうな言葉を選んだり、切り取って使ってもらったりして、その子が少しでも安心して生活が送れるための手助けの1つとして、必要なことを伝えられる範囲で伝えてほしいです。」(細尾さん)

統合失調症の母親との関係に苦しんだ夏苅さんは、この絵本を読んで、2歳から5歳のときまで自分を我が子のように育ててくれた親戚の伯母さんのことを思い出したそうです。専門家や支援者でもないごく普通の主婦だった伯母さんの関わりが、当時の自分にとっては大きな支えとなっていたと振り返ります。

こんなカキコミも寄せられました。

「母が双極性障害と診断されたのは私が10歳の頃でした。母が自殺未遂をした翌日も何事もなかったかのように学校に行き、元気に優等生を演じて必死に生きていました。ある日、担任に声をかけられました。『大丈夫?何かあったの?』初めて家族の秘密を打ち明けました。声をかけてくれた先生のおかげで、今、私は生きています。」(かたつむりさん・20代)

荻上さんは、この問題に限らず、社会全体が家族というシステムに頼りすぎているため、問題を抱えた家族や子どもに対して支援の手が入りにくい体制になっていると指摘。夏苅さんやかたつむりさんのように、親戚や学校の先生がセーフティネット、あるいは「感情のシェルター」(※)になれるのは、運やタイミングによるところが大きいため、第3の場所の必要性を強調します。
(※)「感情のシェルター」:問題の解決そのものはできなくても、共有することによって当事者のストレスを軽減したり、安心感を与えたりする役割。

「例えば、子ども食堂だったり、学童保育だったり、あるいは地域のボランティアだったりにつなげて、そこで子どもたちが少しだけ荷物を下ろせる。そうした場所を地域に増やしていくことと、そして病気に対する偏見をなくしていくこと。その2つを同時にしていかなくてはいけない。」(萩上さん)

また、夏苅さんは、周囲の大人が子どもに親の病気のことを話す際には、できること、できないことをきちんと伝えてほしいと訴えます。そして気休めに「軽い病気」や「すぐ直る」といったことは言わず、「長くかかるかもしれないけど、いろんな手だてはあるから一緒に頑張ろう」と、覚悟を持って明るく伝えてほしいと話します。

社会の精神疾患へのネガティブなイメージを払拭すると同時に、“子ども”の立場にある当事者が安心して自身の思いを打ち明けられるような支援のあり方が、求められています。

※この記事はハートネットTV 2017年4月6日(木曜)「WEB連動企画“チエノバ” 精神疾患の親を持つ子ども」を基に作成しました。情報は放送時点でのものです。

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