福祉の知識がイチから学べる「フクチッチ」。暮らしのいろいろな場面で見かける「点字」について、今回は日本最大規模の点字図書館にお邪魔し、点字本が作られる驚きのプロセスなど、舞台裏を紹介。また、「新しい形の点字」を生み出したデザイナーと、視覚に障害のある人とアートをつなぐ触図職人に密着し、それぞれの思いに迫ります。
点字本に加えて、本の朗読を吹き込んだ録音図書などを取り扱う点字図書館は、全国におよそ80か所あります。
東京・高田馬場にある点字図書館は日本最大規模で、1940年に創立されました。建物の中は普通の図書館と違い、本棚が並んでいません。本を借りるときはカウンターで希望を伝え、書庫から持ってくる仕組みです。
書庫には文学や哲学、科学など、約2万タイトル、8万冊の点字本を所蔵。最近話題になっている逢坂冬馬さんの「同志少女よ、敵を撃て」のような、ベストセラー小説も置いています。
💡指で安定して読むことができるように180度見開けるようになっている
点字本の製本はリングファイルになっています。机の上に置くと本が180度開くことができ、指で安定して読めるからです。
点字は指で触って読みやすいように、大きさが決められています。そのため、点字本のサイズは大きく、ページ数も多くなるのが一般的です。例えば、夏目漱石の代表作「吾輩は猫である」は、点字本にすると11冊にもなります。
💡点字図書はほとんどが自作 主にボランティアが担っている
点字本のほとんどは、図書館の中で作られています。昔は一文字一文字、点字盤で打っていましたが、今はパソコンで点訳できます。6つのキーを点字の6点に見立てて、パソコンで文字をタイピングするのと同じくらいの速さで入力していきます。
点訳作業は、単純に点字に変換するだけではありません。点字はすべてを「かな」で表すので、読みやすくするために文節の間は1マス空けるというルールがあります。
例えば「男の子」は「オトコノコ」ですが、「男の人」は「オトコノ ヒト」とするのが基本です。この違いについて、日本点字図書館の澤村潤一郎さんが解説します。
「『男の子』は、一つの言葉としてよく使われますが、『男の人』は、『男の』のあとにいろいろな言葉が続き得る。それだけ日本語の表現はいろいろだから、触って指で読みやすくするようにルールがあります」(澤村さん)
💡点訳されたデータは専用のプリンターで印刷される
データの入力が終わると、図書館内にある専用プリンターで点字を印刷し、点字本が完成します。
昔は、本を点字化する際に、作家へ許諾を求める必要がありました。点字図書館には、過去に文豪とやりとりした貴重な直筆の手紙も残されています。
💡来館しなくても電話などで注文可 全国に郵送される
さまざまな作業を経て作られた点字図書は、無料で貸し出されています。電話でも注文でき、開館当初から全国各地に郵送してきました。
特別な郵便物として認められているため送料もかからず、全国の視覚に障害のある人たちに読書の喜びを届けてきたのです。
さらに、点字図書館では、視覚に障害のある人のためのユニークな器具や用具なども販売しています。なかには触って分かる、突起が付いた立体パズルもあります。
12歳のときに失明した、全盲の弁護士の大胡田 誠さんも、点字図書館をよく利用しています。また、今は点字の専用端末もあり、とても便利だといいます。
弁護士 大胡田誠さん
「最近は点字の本ってデータで作るんですけども、マシンにダウンロードできるんです。この中にも、小説が20冊くらい入ってるんですよ。例えば満員電車とかで、この機械で小説を読んだりできて、すごく便利になりました」(大胡田さん)
私たちの身の回りで見かける機会が多くなってきた点字。しかし、日本で点字を使える人は意外にも減っているといいます。
「日本には視覚障害者が30万人くらいいて、その中で点字を使えるのは8%ほどだと言われています。弱視でまだ目が見えている人は点字を使わないですし、中途失明の人は点字を習得するのって結構ハードルが高いんですよ。
あと、最近はパソコンの読み上げ機能がすごく充実してきたんです。だから点字が読めなくても、いろんな情報を手に入れることができるようになった。それもあって、点字離れは進んでいます。でも、(点字は)気がついたときにパッとメモが取れる。メモをすぐに確認できる便利さもある。あとは(本を)自分のペースで読めるんです。例えば川端康成の『国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。夜の底が白くなった。』という有名な書き出しがありますけど、『夜の底が白くなった』で止まって想像する。そういう読み方ができるのは点字ならでは。音声だとどんどん先に行ってしまうので、味わい方がちょっと薄くなってしまう感じがありますね」(大胡田さん)
点字を活かして、見える人と見えない人をつなぐ人がいます。
東京・渋谷区役所のトイレの案内板には、高橋鴻介さんが生み出した新しいフォントが使われています。その名も「ブレイルノイエ」。ブレイルは英語で“点字”、ノイエはドイツ語で“新しい”を意味します。
高橋鴻介さん
点字と文字を融合させた、目でも指でも読むことができるまったく新しいタイプのフォントです。
高橋さんが点字に興味を持ったきっかけは、5年前に仕事で視覚に障害のある人と知り合ったことでした。
「実際に(点字を)読んでいるのを目の当たりにして、『そんなに速いんですね』とか、『そういう感じで読むんですね』『そもそも点字はそういう仕組みなんですね』と、結構びっくりしました。『高橋君も点字が読めると暗闇で本が読めるよ』と言われて、なるほど、これはすごく面白い、未来の文字だなと思ったんです」(高橋さん)
高橋さんは「まず、自分が読めるように」と、点と線をつないだデザインを考えましたが、当初は苦戦します。
そして試行錯誤を重ね、輪郭線のみで表したアウトラインフォントにたどり着き、点字と文字をうまく組み合わせることができたのです。
こうして誕生した「ブレイルノイエ」は施設や企業など、さまざまな場所で採用され、広がりをみせています。
「今まであまり点字に興味のなかった人とか、点字があるけど何が書いてあるか分からなかった人たちが、『こんなことが書いてあったんだ』『点字ってこういうことを伝えるために、ここに設置されていたんだ』とびっくりする方が結構います。見える人も見えない人も読めるということが、もしかしたら見える人と見えない人の出会いのきっかけになる。そういうところをこの書体を通して目指していきたい」(高橋さん)
小川真美子さんは、視覚に障害のある人が触って読む、触図(しょくず)製作のスペシャリストです。
小川真美子さん
触図を作るとき、小川さんは決して元の図面通りには作りません。例えばフロアマップを作る際には、元の図面よりも一つひとつを大きく離して配置し、形やサイズを大胆に変えています。
画像提供:(公財)アイヌ民族文化財団
「(図面のまま作ると)トイレとか階段、エレベーターがとてもコンパクトに収まって、点字が近すぎて読めない。フロアマップでは“何がどこにある”を伝えるのがとても重要なので、そちらを優先しました。触って分かりづらい、情報満載でごちゃごちゃして分かりにくいものは作りたくないですね」(小川さん)
かつて、視覚に障害がある人を支援する社会福祉法人で働いていた小川さん。「見えない人も見える人も楽しめるものを作れないか」と考え、触れるデザインのTシャツを制作したところ話題を呼び、あっという間に完売しました。
小川さんはいま、アート作品の触図に力を入れています。この日、制作していたのは鉛筆画の三橋精樹(みつはし・せいき)さんの作品。鉛筆で塗りこめられた黒い世界の中に、日常の風景が浮かび上がってくる作品です。小川さんは、絵の輪郭を線で浮き立たせて表現しました。
三橋精樹さんの作品と触図 画像提供:点図・触図工房BJ
「この絵をどう理解して、どの情報をチョイスして、どの情報を削除しようかと考えながら、線を書いたり消したりというのが2~3日続くんです。それが最も私にとっては苦しい時間ですね。これが触図として本当にゴールできるのかって毎回思います」(小川さん)
作った触図はまず、視覚に障害のある藤下直美さんに使ってもらい、意見を聞きながら修正を加えていきます。
触図を確認する藤下さん
「触図は細かいところから全体をイメージしていく。一つひとつがはっきり分からないと、全体像が捉えられない。せっかく森らしきものとして表現したけど、触図として私にはまったく伝わってこなくて、ちょっと分からなかったかな。ただ、このあいまいな部分も作品として伝えないといけないから、あまりはっきりさせちゃうのもいけないんだよね…」(藤下さん)
指摘を受け、小川さんは線を少し太くすることに決めました。
そして、滋賀県近江八幡市で開かれた展覧会。小川さんが作った触図も設置されています。見学に訪れた大橋博さんは左目が見えず、右目も弱視のためほとんど見えません。作品を楽しむには音声解説と触図が頼りです。
触図で絵画を楽しむ大橋さん
(音声解説):これは松原の海水浴のコンクリートの建物の左側。建物裏、松の木11本です。
学芸員:この作品に関する触図もありまして、いま目の前に出しています。奥の方に行くと…
大橋さん:屋根か?
学芸員:松の木、11本。
大橋さん:松の木?そうなんや!
大橋さんは他の作品も小川さんの触図で楽しみ、展覧会を十分に堪能できました。
大橋博さん
「(触図は)もう、驚きの連続。パッと触ったときの感覚と、どんどん(触図に)触れていくなかで、自分の感覚が変わっていく。(作品の解釈が)深くなっていきます」(大橋さん)
視覚に障害がある人たちが積極的に美術館を訪れ、アートをもっと楽しんでもらうことが小川さんの願いです。
「私の全盲の友人からも『美術館・博物館は僕たちにとっては縁遠い場所』と聞いていた。触図があるから行ってもいいかなとか、触ってみようかなと出かけるきっかけになれば、豊かになるんじゃないかと日々思っています。触って分かりやすいものを1点でも、それは点字の文章であれ、触図であれ、作っていけたらと思います」(小川さん)
大胡田さんもアート作品に触れることを望み、そこで得られる新たな気づきに期待しています。
「絵の詳しくない友達と美術館に行くと、『右から順番に、天使、天使、はりつけ、はりつけ、以上!』みたいな説明をされるんですよ(笑)。そうじゃなくて、僕は触って、彼は見て、同じ絵を味わうことできたらすごくいいなと思う。意外と、見えてる人って見てないというか、気づいてないことがたくさんあるんですよ。だから、もしかすると見える人も触ってみると意外な気づきがあったり、より深く心に迫るものってあると思うんですね。見る感覚と触る感覚が一致すると、一段深い感覚があるんじゃないかな」(大胡田さん)
点字で司法試験の勉強をしてきて合格し、弁護士として活躍する大胡田さん。最後に、点字にまつわる忘れられない思い出を話してくれました。
「大学生のころに授業で、点字盤で点字を打ってノートを取っていたら、先生が『君が点字を打つときの音がうるさいから、教室の端っこに移りなさい』と言ったんですよ。すごいショックで、思わず涙ぐんじゃったんです。そうしたら次の瞬間、学生が『先生おかしいよ。うるさいと思う人がいるならばその人が動けばいい。大胡田君はどこでも授業を受ける権利がある』と言ってくれたんです。そこから大討論会になって、結局みんなと理解しあって、僕は好きなところで授業を受けていいことになったんです」(大胡田さん)
こうした経験から、大胡田さんは点字の仕組みだけでなく、点字を使う人のことも知ってもらいたいと願っています。
「点字だけではなく、点字はどんな人が使っていて、その人たちはどんな思いを持って生きているのか、興味を持ってもらえると、いろんな人たちとの分かりあい、多様性に対する理解が進むと思うんです。だから、ぜひ点字に興味を持ってくれたきっかけで、視覚障害者、あるいはいろんな立場の人たちにも興味を持ってくださいね」(大胡田さん)
福祉の知識をイチから学ぶ“フクチッチ”
点字(1)読み方の基本と誕生の歴史
点字(2)点字図書館の舞台裏 ←今回の記事
※この記事はハートネットTV 2022年11月14日放送「フクチッチ 点字(後編)」を基に作成しました。情報は放送時点でのものです。