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2022年の福祉を振り返って~藤井克徳さんに聞く、障害者福祉の課題と展望

記事公開日:2022年12月25日

2022年も障害者をめぐるさまざまな出来事がありました。いま日本にある課題、そして来年に注目していくべきことを、国連の障害者権利委員会が出した総括所見や旧優生保護法の問題を中心に、注目のトピックスを日本障害者協議会代表の藤井克徳さんが振り返ります。

画像(藤井克徳さん)藤井克徳さん
日本障害者協議会代表。障害の種別を横断して、権利擁護に長年取り組んできた。自身は視覚に障害がある。

国連から指摘された日本の人権意識

――2022年9月、国連障害者権利委員会から日本政府へ、総括所見が出されました。藤井さんはどの部分に注目されましたか?

藤井:初めての国際評価で、日本政府が障害者権利委員会から審査を受けました。結果として出されたのが、総括所見という日本政府への勧告文です。さまざまな分野にわたっているので絞るのが難しいのですが、4点あげたいと思います。1つめは日本の政策の基調が「父権主義」、これは家父長制度での「父」のように上から目線で、とにかく自分について来いというトップダウンの考え方で、「障害者は,保護・福祉の対象ではなく,人権の主体である」という障害の人権モデルとは不調和であるという指摘。2つめは、相模原障害者殺傷事件の問題の真相究明がまだ終わってないと示したうえで、日本は優生思想、あるいは健常者優先順位がベースになっているという指摘。3つめは、分離処遇と言って、障害のある人とない人が暮らしの場であったり、学校教育であったり、働く場で分離されているという指摘。4つめは、精神科医療の非人道性を指摘し、これにはかなりのボリュームを取っているのが特徴です。

――1つめの父権主義について、総括所見には「障害者に対する父権主義的アプローチを伴うことにより、障害関連の国内法及び政策が条約に含まれる障害の人権モデルと調和していない」と書かれています。

藤井:これは簡単に言いますと、行政主導と本人不在に尽きると思います。行政はよかれと思ってやっているけれど政策が的外れ。当事者からすると、自分たちの希望とはまったく合ってない。さらに言うならば、障害者は保護の対象で、権利の主体とは考えていない。なぜ「父」という言葉を使うかというと、父親が「黙ってついて来い」という考え方が日本の政策の底流に続いていると。このようなことを国連がはっきりと言ったわけです。

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会場に参加する藤井さん

――それが人権モデルとは調和していないということなんですね。

藤井:国連では「社会モデル」をさらに発展させて、「人権」をベースに考えています。誰もが権利の主体であるという考えをさらに強めていくことが人権モデルの基本ですが、日本はこれと一致していないと。「障害者は保護の対象」という日本での捉え方そのものが人権モデルとは相いれないわけです。

世界でも異質な日本の精神科医療

――国連の総括所見では、日本の精神科医療の非人道性について、かなりの分量を割かれていたということですが、日本では精神科病院の入院期間がほかの国に比べても突出して長い。さらに、病床数が多いという問題や、本人が望まない医療保護入院のあり方は以前から問題になっていました。

藤井:いちばん新しい政府データによりますと、精神科病院の平均入院日数は約280日です。海外は、ほとんどの国が30日を切っています。例えば、ベルギーは9日程度、アメリカは10日程度。割と長いドイツでも26日程度です。また、日本は精神科病床がとても多い。38か国で構成するOECD加盟国の精神科病床数は合計87万ベッドですが、このうち日本に37%が集中している。異常に多いことが分かります。

画像(OECD全加盟国(38か国)のデータをもとに、日本障害者協議会代表の藤井さんらが作成)

――日本の精神科病院はほとんどが私立で、国連の勧告を忠実に守ると経営が悪化しないかどうか、という不安も出てきそうです。

藤井:はい。日本の場合は、精神科病院のほとんどが私立です。この問題を解決しないと、簡単には退院促進はできません。ひとつは、医者と看護師の配置基準が、医者は一般診療の3分の1、看護師は4分の3でいいとされています。このような規定をどう変えていくのか。
もう少し踏み込むと、通院医療中心でも経営が成り立つ医療政策を講じないといけません。さまざまなことを同時にやらないと、退院促進や身体拘束をなくすことは難しいかと思います。
そして、病院の経営問題に加えて、もっと大きいのは家族の負担をいかに軽くするかという問題。あるいは、本人の経済的自立という観点から、所得保障の問題をどうするのか。仕事や住まいをどうするのか。これらをまさに連立方程式のように、同時にやっていかないといけない。それでもチャレンジをしてほしいというのが、今度の総括所見のポイントだと思います。

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国連ジュネーブ事務局の正面玄関前にて

――2022年12月10日には精神保健福祉法も改正されました。これについて、藤井さんはどのように感じていらっしゃいますか?

藤井:入院中心の状況や身体拘束、虐待が後を絶たないのですが、こういったものに今回の改正は残念ながら有効とは思えません。このことは当事者も家族会も指摘しています。改正はしたのだけれど、非常に表層的な、表面的な改正です。今、起こっている懸案事項やさまざまな非人道的な現象は、今回の改正で変わるとはとても考えられません。

――本人が望まない医療保護入院のあり方も以前から問題になっています。

藤井:はい。非自発的入院形態、これは医療保護入院と言うのですが、本人の同意なしで入院をする形態。言ってみれば強制入院ですよね。家族が同意したということですが、本人からすると同意した覚えがない。どれくらいの方がそういう状況にあるかというと、今、入院している人の数、精神科病院で約28万人いらっしゃいますが、ちょうど半分が非自発的入院形態をとっている。総括所見はこれを変えていく必要があると強く述べていると捉えていいかと思います。

――今回の法改正では、市区町村といった自治体が判断すれば家族の同意がなくても、非自発的入院が可能になるとのことです。その点について藤井さんはどう思われますか?

藤井:権限が市町村行政に移ると、運用の仕方を誤れば、公的な権限による非自発的入院の危険があると思います。したがって、医療保護入院、つまり非自発的入院問題はもっと多面的に考えていく必要があります。単に退院促進とか自発性・非自発性だけではなく、家族の負担軽減、所得保障、住まい、働く場、病院の経営問題、病院の職員の働く場、それらすべてがつながってうまく回っていかないといけない。非自発的入院をめぐっては、さまざまな構造的問題が見え隠れしていると思います。

強制不妊手術をめぐる裁判について

――次に、今年判決の出た、旧優生保護法のもとでの強制不妊手術をめぐる裁判について伺います。昨年のこの時間では、各地の地方裁判所で敗訴が続いているというお話でした。その理由は、除斥期間という、被害を受けてから損害賠償請求できる期間の20年を過ぎてしまっているからだということでした。しかし今年、被害者に賠償を命じる判決が大阪と東京の高等裁判所で出ました。この裁判について、東京優生保護法訴訟弁護団長の関哉直人弁護士は次のように話しています。

「10月25日、東京・日比谷で大集会を行いまして、3000人くらい参加していただきました。その後デモも行い、国会前も歩いてかなり盛り上がったわけですけれども、根底には31名の原告のうち、すでに5名が亡くなられているということがあります。1日でも早い解決をということで最高裁の判決を待たずとも、政治解決も含めて全面的な解決に結びつけようと、関係者みんなが力を合わせて動いています」(関哉さん)

画像(デモの様子)

藤井:これは障害者政策史上、最大の未決着問題と言ってもいいと思うんです。ひとつ新しい方向が示されましたが、原告を含む被害者は大半が80歳代、90歳代なので、全面解決という表現がありましたが、同時に時間との競争がひとつのポイントになると思います。

――この問題がクローズアップされたときに一時金支給法ができ、320万円を支給すると決まりました。子どもを産む権利を奪われて320万円というのは低すぎるとも思われます。

藤井:一時金支給法は法の目的から、一時金のみを支給するということで、これでは解決になりません。これほどの大きな非人道的なことですから、きちんと政府としても決着をつける。国としての謝罪、それにふさわしい補償、そして再発防止、かつ全被害者を救済する。これらのことを明言するには、旧優生保護法に対する全面的な解決を目指す法律を新たに作っていく必要があると思います。

基幹統計に障害分野が加わることへの期待

――2021年から、障害分野に関して統計法に基づく調査が行われました。まず、統計法とはどのようなものでしょうか?

藤井:統計法は憲法と同じ時期に作られた大事な法律で、基幹統計と一般的統計の2種類あります。現在、各省庁が基幹統計を持っていまして、国の基本的な政策を決めるときのベースのデータになるわけです。例えば労働力統計、家計統計、学校基本統計、医療基本統計など53本あります。このなかに、障害のある人に関わる項目が初めて入ったのが、2021年から2022年にかけての動きです。

――統計に障害者に関する質問が入ってきたのは、どのようなことを意味するのでしょうか?

藤井:例えば障害者権利条約に「他の者との平等を基礎に」と書いてあります。これは簡単に言うと、障害のある人とない人の比較をして、その差を埋めようということです。これまで比較するデータがなかったので、格差を埋めるための根拠になるデータを作ろうというのが今回の動きです。加えて、国際的な基準を使おうということ。そうすると、同じ障害のある人の国際比較も可能になるというのが、今度の基幹統計に入った大きな意味だと思います。

――2022年にすでに行われた調査もあり、障害者の生活の実態が見えてくると期待されています。

藤井:社会生活基本調査は、一般市民の時間配分を調査するものです。1次活動から3次活動があって、1次活動は食事、睡眠、入浴など。2次活動は仕事、学業、家事など。3次活動は医療、介護の状況、余暇活動など。これらの時間配分を調査しました。
調査には特徴があり、「障害」という言葉を一度も使っていません。長期的な健康問題や慢性疾患を持っているかなどを聞いて、半年以上、生活に支障があると「障害者」と捉えるわけです。これで1次活動から3次活動までを調査しました。
今回、結果として出たのが、慢性的な病気や長期的な健康問題を抱えている人、しかも日常生活に半年以上支障があるといった方たちは、50分間ほど2次活動の仕事や学業が少ない。その分、(1次活動の)食事や排泄、お風呂、または3次活動の介護とか受診医療といった部分に配分が回っている。これがどういう意味を持つのかは、解析が年明けから始まるので注目してほしいと思います。

――2023年に公表が予定されている国民生活基礎調査についてはいかがですか?

藤井:国民生活基礎調査は2022年に行われ、2023年に公表されます。こちらは、医療、保険、福祉、年金、所得の状況を把握する調査です。ここでも「障害」という言葉を使わずに、例えば「眼鏡をかけても読むことに苦労する」とか「補聴器をかけても聞くことに苦労する」という表現で調査しています。これは、国際生活機能分類という、WHOやEUが使っている基準です。国際比較が可能な、使う物差しが国際標準であるということが特徴かと思います。
障害者の実情を国際的に比べて、日本の状況はどうなのか。あるいは、日本国内でも障害のある人とない人の差がある。これをどう埋めるか、データを解析して、例えば男女の違い、年代別などを調べる。差を埋めることにポイントを置きながら、おそらく最終的には政策につながっていくと思うんです。
作業は年明けから始まるので、私たちも関心を持って参加したいと考えています。分析に当事者が入ることによって、より有効な観点が打ち立てられるので、とても大事だと思います。

――例えば障害のある人とない人で所得の差がどのくらいあるのか、そのようなデータも揃うということですね。

藤井:はい。例えば障害者の所得で障害基礎年金という制度がありますが、これは1986年作られた制度です。かつ、年金をもらっていない無年金者もいらっしゃる。また、受け取る人の多くを占めている2級年金の金額は月6万5000円ほどで、これが十分な金額かどうか分からないわけです。ですから、調査によって、改めて実態をきちんと掘り起こせます。
おそらくすぐに、障害基礎年金制度が今のままでいいのだろうかということにつながってきます。実は障害のある人の所得状況は、年金額では足りていません。何で(生活を)補っているかは誰も分からないんです。このあたりが今回はっきりしてくる可能性があると思います。
働く問題でもいろんな格差があります。15歳から64歳までの労働年齢人口で、障害のある人で就業している人の割合は34パーセントから35パーセントと言われています。一方で、国民一般の就業率は約8割です。こういった差がなぜ起こっているのか。そのあたりも(データ分析で)出てくる可能性があるわけです。
所得にしても、雇用にしても、とても大事なデータが出てくることが期待されます。ただし、何のための調査なのか、分析の仕方などが非常に大事になります。ここは目を光らせて、私たち当事者も見守っていく必要があると思います。

総括所見で日本の障害者福祉は変わるか?

――最後に、2023年の障害者問題の展望についてお伺いします。藤井さんの来年の注目点を教えてください。

藤井:新しい年の大きなテーマは、国連の総括所見を「学ぶ」「伝える」「活かす」です。「総括所見普及元年」になればいいと思っています。
まずは、社会に「総括所見」の存在を知ってもらうためにも、分かりやすく伝えることですね。A4版で19ページ、これを知的障害のある人や、小中学生にも分かるように、図解や視覚的なことも含めて伝える工夫が必要です。同時に、メディアとの連携が決定的になると思います。私たち障害団体は、これまで以上の連携を模索していく必要があります。
また、国連が提言したわけですから、政治の表舞台、国会でいうと予算委員会とかで与党野党を超えて活用していくことをお願いしたい。それから、地方自治体にもたくさんテーマが課せられているので、このことを自治体にも届けることですね。もちろん、自治体の方も、これを知る努力をしてもらいたい。これに続くのがNGOではないでしょうか。

画像(藤井克徳さん)

――総括所見を受けて、日本の障害者福祉が変わっていくには、何が大切だとお考えですか?

藤井:障害分野に関するさまざまな政策がありますが、まずは総括所見に照らして一度すべてを見直してみる作業が必要だと思います。そのうえで、非常に困難かもしれませんが、国内に人権機関を作る構想や、その足場作りが、新しい年のテーマになっていくんじゃないでしょうか。
子どもの権利条約や女性差別撤廃条約でも、人権機関の設置が求められていますが、国内にないんです。この問題は障害者の人権だけでなく、子どもや女性など、人権を侵されやすい方たちの共通課題として、連携して取り組んでいくことが大切です。ここは話し合いだと思うんですけども、関係領域が手をつないで取り組んでいく必要があります。すでに実践している国がヨーロッパなどを中心にモデルとなる機関はありますから、まずはこうした事例をたくさん集めたい。見学や交流も含めて、国際的ないい例を集めることが実現の手がかりになると思います。

――国内人権機関には、どのような役割を担ってほしいとお考えですか?

藤井:国内人権機関は、政府から独立をすることが重要です。
機関の働きとして、例えば精神科医療で長年入院している、入所施設で長年入院している、このことをきちんと公式に持ち込める場、これが人権機関の基本です。難しい言葉の読み解きなども含めて、手続きなどのハードルの高さを感じさせない仕組みも必要です。どうしても納得ができない、でも弁護士への相談や裁判は距離を感じる場合に、気軽に行ける場所であることが、役に立つ人権機関の条件になると思います。

※この記事は、2022年12月25日(日)放送の「視覚障害ナビ・ラジオ」を基に作成しました。情報は放送時点でのものです。こちらのページからお聴きいただけます。(放送日から2年間)

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