福祉の知識をイチから学べる「フクチッチ」。今回のテーマは、体の一部となって人々の生活を支える「義手・義足」です。ロボット義足やAIを搭載した義手など、テクノロジーで進化を遂げた義手・義足の最前線を紹介。孤立しがちな義足の女性たちをつなげる、NPO代表の思いにも迫ります。
東京都江東区にある「ギソクの図書館」。ここは、義足の人が「ブレード」と呼ばれるスポーツ用の義足を体験できる場所です。子ども用から大人用まで、さまざまなタイプの義足がそろっています。
💡スポーツ義足は全額自己負担
「ギソクの図書館」ではブレードの貸し出しも行っており、その目的を義足エンジニアの遠藤謙さんが説明します。
遠藤謙さん
「ブレードはめちゃくちゃ高いんです。カーボンの部分だけで25万円から60万円します。保険では買えないので、自分で買わないといけません。だから、ここでブレードを貸し出しています」(遠藤さん)
カーボン製のブレードは弾力性があり、通称「板バネ」と呼ばれています。バネの反発力をうまく使うには、まっすぐ下に踏み込まないといけません。そのためには練習が必要で、月に一度ランニング教室が開催されています。
この日は、保育園の運動会で走りたいと、スポーツ用義足に挑戦する女の子も参加していました。
パラリンピックのメダリスト佐藤圭太さんもスタッフとして参加し、義足を外した足を触ってもらいながら、子どもたちとコミュニケーションを深めます。
「最初は薄い皮膚だったんだけど、使っていくと皮膚が厚くなって、義足を履いても痛くなくなる。(両足の)太さがちょっと違いますが、一緒ぐらいにしないと速く走れないので、頑張ってトレーニングしています」(佐藤さん)
最後はみんなでリレー。全力で「走る」ことを楽しみました。
「板バネをつけて走るほうがバネの弾む感じとかもあって、日常用の義足で走るより何倍も楽しくなる。走るのは日常の一部です」(参加した女性)
「最初は全然、走ることができなかったですけど、使って5年くらいになるので、慣れてきてうまく使えるようになりました。夢は頑張ってパラリンピックに出ることです」(参加した男性)
走れる義足を体験できる場所は、全国でもほとんどないのが現状です。そのため、遠藤さんは誰もが走る経験、喜びを体験できるよう、地方にレンタルスペースをつくるなどの活動を広げています。
「脚がなくても、当たり前に走れる社会ができたらと思うんですよね。それには、靴を買う感覚でブレードが手に入らなければいけない。あとは、手に入れたあとも走るのが難しいので、練習できる場所があったらいい。世界がそういった社会に向かっていければいいなと思っています」(遠藤さん)
義手・義足の技術は日々進化を続けています。
まずは義足。ベンチャー企業が6年の歳月をかけて、「ロボット義足」を開発しました。従来の義足では、階段を一段ずつ上る「二足一段」が一般的で、健側(障害のない側)の脚に負担がかかってしまいます。
💡モーターの力で動作をアシスト
一方、「ロボット義足」では、脚を交互にふりだす「一足一段」で階段を上れます。
その秘密はモーターで、義足ユーザーの動作をアシストしています。
義足に体重がかかると、内部にあるセンサーが歩くスピードや力のかかり具合などを読みとり、モーターを制御。筋力の弱い人でもスムーズに歩けるよう、動作をアシストするのです。
社長を務める孫小軍さんが、開発への思いを語ります。
孫小軍さん
「実は義足ユーザー、切断者は高齢化が進んでいます。高齢者になってしまうと、健側の脚も弱まってしまい、従来の義足を使っても自立して生活できずに、車いす、寝たきりになってしまうケースがよくあると言われています。(ロボット義足によって)少しでも自立した生活ができるといいなと思っています」(孫さん)
💡コンピューター制御でひざ折れ防止
続いては、世界トップシェアを誇るメーカーが開発した最新の義足。アクティブなユーザーを想定して開発されました。
東京パラリンピックに出場した、兎澤朋美(とざわ・ともみ)さんはこの義足のユーザー歴3年で、「推しポイント」が2つあるといいます。
推しポイントその1は、「義足のまま走れる」こと。ふだんの生活で電車に遅れそうなときなど、この義足のまま走れます。
兎澤朋美さん
「競技用の義足でなくとも、この義足だと勝手に(足が)ついてくれる。この義足じゃないと、(ひざが)ガクッといくのが普通」(兎澤さん)
推しポイントその2は「完全防水」です。
「例えば日常の中で雨が降ってきたときに、前の義足だと『足が濡れちゃう』みたいな感じでしたが、これだったら大丈夫。このままプールや海に入ることもできます。防水がかなりいい点だと思います」(兎澤さん)
義足で泳ぐ様子 映像提供 オットーボック社
続いては、義手の進化です。電気通信大学の研究グループでは、AIを搭載した筋電義手を開発しています。
💡筋肉の動きをAIが学習
従来の義手は、センサーをつけた部分の筋肉を一定の強さまで動かすと、操作ができる仕組みでした。AIを搭載した義手は、ユーザーの筋肉の動きの特徴をAIが学習。筋肉を無理に動かさなくても、ユーザーが何をしたいのかAIが判断し、操作ができるのです。
電気通信大学教授の横井浩史さんが、最新の義手が持つ可能性を語ります。
電気通信大学教授 横井浩史さん
「手を切断しても、先天的に筋肉や骨を持たずに生まれてきても、どこかの筋肉が動いていれば、それを義手の手先の動きとして変えることができる。利用者の特性に適応していく、そういう義手を作ることができるのがこの技術です」(横井さん)
この最新義手は、子どもでも負担なく使うことができるのが特徴です。
小学1年生のゆめさんは、左手に障害があります。この筋電義手を使い始めて、遊びや生活で楽しめることが増えました。最近はまっているのが、ビーズを使った遊び。筋電義手を使えば細やかな遊びも楽しめます。
さらに、大好きな洗濯物のお手伝いも、スムーズにできるようになりました。
「(娘の)可能性を広げて、選択肢が増えるようにしてあげる。それで行き着いた先がこの義手だったんです。本人がやりたいことができているので、すごくよかったと思っています」(ゆめさんの母)
義手で広がる可能性。ゆめさんには、これからやってみたいことがあります。
ゆめさん
「じゃんけんは左手でもしたいの。チョキがやりたい」(ゆめさん)
義手の購入には、行政の補助を受けることができます。ただし、「義手を使いこなしている」という証明が必要です。子どもが筋電義手を使いこなすには通常数年かかりますが、それまでの間、訓練用の義手は自己負担のため、挑戦しづらいのが現状です。
広島国際大学教授で義肢装具士の資格を持つ月城慶一さんが、義手ユーザーが置かれている状況を語ります。
月城慶一さん
「筋電義手の値段は、100万円から200万円くらいです(※一般的な子ども用の筋電義手の場合)。『使いこなしてますよ』『自分にはこの筋電義手が必要ですよ』ということを証明できてはじめて、次の1本からは行政で補助するというルールです。義足以上に義手に対する(社会の)見方は、後れている部分があります」(月城さん)
義手を使うことで、学校の縄跳びの授業も楽しく参加できるようになるなど、すばらしい効果もあります。ただ、学校は決められた時間内に作業しなくてはいけません。義手を使うには準備などに時間がかかるので、断念する子どもたちもいます。そのため、義手を使いながら授業に参加できる環境を整えていくことが課題です。
義足の女性たちを支援するNPO「ハイヒール・フラミンゴ」。その代表を務めるのが野間麻子さんです。
野間麻子さん
「私は義足の女性と義足の女性をつないでいきたい。寄り添うとかでもないんです。どちらかと言うと、解放したいって感じ」(野間さん)
野間さんは義足の女性たちがつながる場所をつくりたいという思いで、月に一度、活動を行っています。会員は全国に80人で、この日は20代から50代の義足の女性たち6人が参加しました。
実は義足ユーザーのうち、女性は3割ほどしかいません。ここは義足の女性たちが悩みを共有できる、貴重な場になっています。今回は、妊娠したときの悩みについて情報交換がされました。
参加者:妊婦さんになったときに太るから、(義足を)作る。10キロくらい太るから、妊娠用の義足は作りました。
野間さん:ソケットだけじゃなくて、全部作り替えた?
参加者:全部を作りました。
野間さん:(妊娠したら)用意しとかなあかんな。
野間さんが活動を始めたのは、今から4年前。ある女性との出会いがきっかけでした。
ふだんは大阪にある義肢装具会社で相談員として働く野間さん。義足ユーザーのためのイベントを開いたとき、参加者の髙木庸子さんから、声をかけられました。
「義足の女性たちはどこにいるんですか? 義足の女性と出会いたい」(髙木さん)
髙木さんは、がんで足を切断していました。同じ境遇にある女性たちと話せる場がほしいと、野間さんに訴えたのです。
髙木庸子さんと野間麻子さん
会を開いてみると、悩みを抱えた義足の女性たちが次々と集まってきました。自分の足を受け入れられなかったり、障害の遺伝を心配されて出産を反対されたり、人知れず心の傷を抱えてきた女性もいました。
そして、活動をはじめて2年目の冬。髙木さんのがんが再発し、亡くなります。
「結婚するとき、妊娠したとき、子ども産むとき、そのシーン、シーンで情報交換ができるといい。そもそもできる場がないのが問題だなと思いました。高木さんは最期に、『ハイヒール・フラミンゴをつくったことで、私にも生まれてきた価値があった』と何度も言っていました。髙木さんの最期の気持ちを大切にしたい」(野間さん)
髙木さんが亡くなる直前につづった言葉が残されています。
「誰かにつながりを生かしつづける。つながりを継げば、そこに精神の癒しがある」
(髙木さんのメモより)
野間さんはその遺志を継ぎ、義足の女性たちをつなぎ続けてきました。その思いは、参加者たちに伝わっています。
「自分の中で大変やなって思ってるだけやったんですけど、共有することで自分のしんどかったことが軽くなった。『ああ、自分だけじゃないんだな』と、リアルに感じられるので、気持ちが楽になるところがありますね」(参加者)
「ここまでに50年かかりました。(義足であることを)隠して生きてきたと思ってます。でも野間さんや、このメンバーに出会ったことで、義足だけど楽しく生きていこうって」(参加者)
現在、義足を作る義肢装具士も女性の割合は少なく、15%程度しかいません。女性ならではのニーズや悩みを相談できる環境がない状態で、野間さんの活動には大きな意義があります。
「人と人をつなげて、つながることで、本当にみんなきれいに強くなっていくので、その輪をどんどん広げたい。義足の人が『私もできる』『行けるところではなく、行きたいところへ行こう』と、そういう人生を歩んでいってほしいですね」(野間さん)
福祉の知識をイチから学ぶ“フクチッチ”
義手・義足(1)ユーザーの生活と進化の歴史
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※この記事はハートネットTV 2022年10月10日放送「フクチッチ 義手・義足(後編)」を基に作成しました。情報は放送時点でのものです。