性的マイノリティーへの理解は徐々に広がってきていますが、中高年の当事者たちが抱える悩みについてはあまり知られていません。老後に向かってどのような準備をすればいいのか、新しいパートナーは探せるのか。後編では今後の暮らしについて伺います。
【参加者】
あきさん(仮名・50代前半)トランスジェンダー女性 今年、性別適合手術を受けた
けいさん(仮名・60代前半)ゲイ 7年前に20年以上連れ添ったパートナーを亡くす
ゆうさん(仮名・40代後半)レズビアン 仕事のかたわら、女性限定イベントでDJをこなす
中野淳 NHKアナウンサー ヘテロセクシュアル 30代男性
中野:次のテーマは “大人の”パートナー探し。みなさんがパートナーについてどう思っているか、話していけたらと思います。
あき:実は私は一度、男性として結婚したことがあります。今は離婚していますが、子どもが2人いて、成人もしました。自分が男性として結婚したので、とても苦労したんですね。だから、これから誰かと結婚して一緒に住むのは、私はもうしんどい。きっちりとしたパートナー関係は苦しいかな。じゃあどうやって相手を探すのかというところで、すごく悩んでいます。さらに私のセクシュアリティは、過去の結婚経験もあるんでしょうけど、恋愛対象、性的指向がパンセクシュアルなんです。パンセクシュアルでもいいよって言ってくれるようなパートナーを探すのは、至難の技かなと思っています。
※パンセクシュアル:恋愛の対象がすべての性であるセクシュアリティ。
中野:トランスジェンダーのパートナー探しについて、取材である当事者の方のエピソードを伺ったので、ここでご紹介します。 50代後半のトランスジェンダー女性からいただいた声です。
アプリに登録しても、トランスジェンダーと書くと離れていってしまいます。中高年のパートナー探しはただでさえハードルが高いのに、トランスジェンダーはさらに障壁があります。過去の自分も含めて受け入れてくれる人が理想です。
あき:そうなんですよ。そもそもアプリのプロフィールでトランスジェンダーを選べるのが出てきたのが最近で、昔はぜんぜんありませんでした。男性か女性しか選択肢がなかったんです。この方のお話にあるように、アプリだけじゃなくて、友だちでもトランスジェンダーということをカミングアウトすると、離れていくのは日常茶飯事ですね。
中野:そうなんですね。けいさんはパートナー探しについて、どんなことを考えていますか?
けい:先ほども話しましたが、パートナーは過去にいたんです。私、その相棒と出会うまでは、別にパートナーが欲しいとは思っていなかったんですね。1人でこのまま生きていくんだなと漠然と考えていたんです。
あき:どういうきっかけがあったんですか?
けい:早く言えば、新宿二丁目でナンパしたんですけどね(笑)
一同:(笑)
けい:しばらくしたら相手が私の部屋に転がり込んできて、それからまさか二十数年間一緒に暮らすとは夢にも思わず(笑)。軽いノリで声をかけたのが結局、長年一緒に暮らして、もうこの人とは離れられないというところまでいって、突然死別したわけなんですけれども・・・。
じゃあ、その後、また別のパートナーという話になると、出会ったとしても、どうしたって前のパートナーと比較してしまう。違って当然なんですけれども、やっぱり忘れられませんから、それを抱えたまま、じゃあどうやって(次の人と)付き合っていけるのかなと。
前のパートナーの仏壇とか、写真もあるわけですから。それを見たときに相手がどう思うのかとか、いろいろ考えたときに、どうしても二の足を踏んでしまう。かといって、新しいパートナーが欲しくないかといえば、そうではなくて、誰かそばにいてほしいという気持ちもやっぱりあるんですね。
人と触れ合う、人と一緒に暮らす、人と寄り添うということを経験してしまったので、もう寂しくてしょうがないわけですよ。本当に孤独にさいなまれている毎日なので、二丁目で酒を飲んで時間をつぶすことも多いんですが・・・。ただ、ゲイに限って言えば、アプリや掲示板などの出会いのツールは山のようにあります。
あき:うらやましいです。
けい:ただ、数があるからといって、真剣な相手と出会えるかどうかはわからないし、 本人の考え方もあります。亡くなった相棒と出会ったのは “棚ぼた”というか、偶然というか・・・。本当のパートナー、一緒に人生を歩んでいけるパートナーと出会うなんて、本当にある種の事故みたいなものだと思っていて、目の色を変えて必死に探すものでもないのかなとは思っているんです。
あき:私もそうだと思います。やっぱり出会いっていうのは運命っていうかね。
けい:部屋にこもりっきりでいても何も起こらないので、人とのつながりは別に拒むものではないです。ただ、あまり肩の力を入れないようにはしていますね。年も年ですし、可能性は限りなく低いんですが、出会うときは出会うだろうと。だから、これから1人で生きて、1人で死んでいくことと、ひょっとしたらまた誰かいい人が見つかるかもしれないっていうことと、二通り考えながら生きています。
中野:ゆうさんはパートナー探しについて、どう考えていますか?
ゆう:今、お二人のお話を伺っていて、私も目を血走らせて、パートナーを探していたときがあったかもなぁって思いました。
エル(ゆうさんの用いる「レズビアン」の略称)向けのアプリもありますし、マッチングサービスがあるんですよ。月々、お金を支払うと担当者がついて、「好きなタイプは?」みたいな話をしてカルテが作られて、「この人が合うんじゃない?」みたいな感じでお見合いがセッティングされるんですよね。何人かに会ったんですけど、結局、私には合わないなと思ってやめました。
今は、友だちができればいいなぐらいの軽い気持ちでアプリを使っています。友だちを作って、そこからご縁があったらいいなぐらいの感覚でいます。必死で探しているときのほうがうまくいかないですね。
けい:それは往々にしてありますね。オーラが出ているんでしょうね(笑)。相手からしてみたらそれが重荷になるんですよ。
中野:若いときと心境も違ってくるってことでしょうか。
ゆう:それは本当に変わってきたと思います。良い出会いがあったらいいなっていう感覚は、年齢とともにだいぶ落ち着いてきましたね。最初は「モテたい」みたいな不純な動機でDJを始めましたけど、DJ自体はすごく楽しくて好きなので、今でも続けているんですよね。私がイベントをずっと続けていきたい理由は、そういうこと(出会い)じゃないよね、と。私自身も好きな音楽をかけたり、お客さんがこれをかけてほしいというのをかけたりする中で、フロアが盛り上がる様子を見て「よし、よし」「いいぞいいぞ」って。そういう場を作るお手伝いができてよかったなって。今はどちらかというとそういう心境ですね。
あき:私もそんな感じになってきました。年齢を重ねていくうちに、誰かと出会うというよりも、楽しいことをやってみんなが喜んでくれるのが楽しいみたいな。
ゆう:好きなことをして楽しむことにフォーカスを当てるほうが、いいんだろうなっていうのがありますね。
中野:みなさん、ありがとうございます。今のお話とつながるところもありますが、最後のテーマにいきましょうか。性的マイノリティーとして、どんな老後を過ごしたいですか? みなさんが住んでいる地域は関西、関東、九州などそれぞれですが、地方によっては暮らしにくい部分がありますか?
ゆう:(私が定期的に訪れる九州は)結婚のプレッシャーはそれなりにまだ、すごいでしょうね。東京にある大企業だと、結婚やプライバシーに関することを話題にするのはアウトですが、(地方の)独身女性に対する周囲の目線は、あまり居心地よくないものだろうなとは思いますね。レズビアンに限らず、同性愛でない方でも事情があって、50代、60代で独身の方もいらっしゃるでしょうけど、首都圏に比べると風当たりは強いでしょうね。
あき:関西はあまりそういうものは感じないんですけど、高齢の方になると、「あれ、旦那さんは?」と言う方もいます。でも、それをプレッシャーに感じるところまではいかないですね。
ゆう:(都市部は)人が流動的だからかもしれないですね。
あき:そうかもしれませんね。けいさんのところは、そういうプレッシャーとかあまりないんですか?
けい:カミングアウトする前の、たとえば30代の頃には、兄弟に「早く身を固めろ」と言われたことがありましたけど、いかんせん、私は東京と大阪しかほとんど知らないので・・・。今は東京で、職場にもカミングアウトしているので、そうしたハラスメントはないですし、もしそんなことを言われたら、「あんた今どき、何言ってんの?」って反発するでしょうね。そういう面では、もう居直っちゃってます(笑)。
中野:さっき、パートナーに代わるような人とのつながりとか、スープの冷めない距離っていうお話も出ましたね。
あき:お互いにそういう関係性を求めている人同士の出会いの手段があるといいですね。
けい:パートナーが亡くなった後に、一緒に悲しめる人の輪を作っておけばよかったなあと、思い知りました。みんなとは言いませんが、LGBTの2人の関係では、「この人がいるからいいや」と、どうしても閉じた関係になってしまいがちです。だから、友だち、知人の輪を作らないままで、相手が突然いなくなってしまうと、1人で途方にくれる。孤立してしまう。人の輪を作っておけば、話を聞いてくれたりとか、慰めてくれたりとかの関係性ができたのになあ、と。
ゆう:うちにご飯でも食べに来なよ、みたいな。そういうお付き合いができるといいですよね。
けい:そうそう。
あき:そういう場所が必要ですよね。
ゆう:老後だけじゃなくて、若い人もね。
けい:やっぱりLGBTはどうしたって孤立してしまいがちなので、余計に人の輪、人間関係が大事になってくるのかなとは思いますね。
中野:先ほどカミングアウトの話もありました。中高年になってくると、今になってカミングアウトするのが難しいという方々もいらっしゃると思います。カミングアウトしていない当事者の家族から、ご意見が届いているので、最後にご紹介します。
同性パートナーと生活する80代の父親をもつ、娘さんの声です。
父とパートナーは長い付き合いですが、表向きは仲良しの友人同士として暮らしており、家族にもカムアウトはしていません。父たちの世代にとってカムアウトという選択自体がないに等しかったことは想像に難くありません。
それとは関係なく、父と私は親子としてお互いを理解し、良好な関係を築いてきました。私たちにとって、父たちのセクシュアリティは、どこまで何を開示し、どのような助けが必要か、彼らがどうありたいかということに含まれる、無条件で尊重されるべきものです。
父たちは父たちであって良く、彼らが今後もあるがままで幸せに暮らしていくのも、私も私の家族も願っています。今は健康で元気でいますが、二人の生活が立ち行かなくなったとき、娘としてどのように支えていくかを考えています。
けい:素晴らしい。そこまで親のことを考えて、すべてを受け入れて、あとの面倒を見るっていう覚悟は、ヘテロの世界でもなかなか難しい。
あき:まさに私は、離婚するまで、子どもにも元妻にもカミングアウトしていなかったんです。離婚してからカミングアウトを始めて、子どもにも最終的には言ったんですけど、子どもは先に気づいていたみたいです。だから、こちらの娘さんのような前向きさはなくて、「何で言ってくれなかった」みたいな感じになってるんじゃないかな。だから私は、子どもをあてにしてはいけないと思っていますね。
けい:セクシュアルマイノリティーのほうからは、あてにはできないと思いますよね。
あき:子どもからすれば、自分の親がセクシュアルマイノリティーだとあとから知らされたのは、やっぱりショックなんだろうな。
けい:(カミングアウトしたとき)私の兄は無言でしたね。本当に何の反応もなく、この人には理解できないんだろうなと思いました。東京と大阪で離れて暮らしていてほとんど行き来はないので、何かあったときに頼ろうと思いません。
あき:このあたりが家族や近親者へのカミングアウトのいちばん難しいところですね。私もカミングアウトの順番としては家族が最後になりました。
ゆう:家族へのカミングアウトこそ本当に難しいとは、よく聞く話ですよね。
中野:この手紙をくださった方は、無理に詮索するのでも、カミングアウトを求めることもなく、今を受け入れています。
ゆう:カミングアウトが難しい世代というのはやっぱりあると思います。
あき:そう思います。
ゆう:私はセクシュアリティをオープンにしているんですけど、ちょっと上(の世代)ではオープンにしていない方が多いから、よく分かるんですよね。カミングアウトできない事情というのは、セクシュアリティをネガティブなものとして言われ続けてきたり、いないものとして扱われてきたり。変な人たち、特殊な人たちだから、笑っていいという扱いを受けてきた。そりゃあ、やすやすと言えないよねって。
あき:その人のタイミングもありますよね。
中野:当事者の方が周囲へカミングアウトすることは難しくても、声を寄せてくださったこの娘さんのように想像したり、何ができるかと考えていくのが大事なのかなと感じます。
ゆう:そっと見守っているパターンですよね。とてもいい。よくお父さんの様子を見て、考えて行動されているのかなあと。
あき:すごく素敵だなと思います。
けい:でもレアケースだと思いますけどね。
ゆう:そうでしょうね。
中野:もしみなさんが、この80代のお父さんのように老いる立場になったときに、家族や身内、介護する人など、周りにはどう接してほしいですか?
ゆう:「セクシュアルマイノリティーは当たり前にいる」っていう段階には、いい加減に入ってほしいと思いますね。
あき:特別扱いしてほしいとかではないんですよね。当然のように、介護してもらえたらそれでいい。ただ、介護する側は戸惑いがあるみたいで、よく介護の現場では同性介護が前提になっているという話を聞きます。すると、私たちのようなトランスジェンダーを介護するのは男性と女性、どちらになるのという話も聞きますね。
ゆう:シンプルに性自認を尊重してほしいという話なんですけどね。
あき:セクシュアルマイノリティーに限ったことではないですよね。誰でも、こうしてほしいというのがありますよね。
けい:ただ、自分は介護の世界にいるんですが、介護の職員となると圧倒的に女性が多いんです。うちの職場でも職員の8割以上は女性です。日によっては女性しかいない場合も多々ありますから。
ゆう:施設の方への啓発が進んでいくと、また変わってくるかもしれませんよね。劇的に変わってほしいわけじゃないですけど、多少なりとも考え方や対応が変わるといいですね。
けい:これからは本当に介護の世界がどんどん広がっていくわけですから、大きなテーマだと思います。ただ私は10年現場にいますが、今の職場でセクシュアルマイノリティーに関する研修は一度もなかったですね。そこまで(理解や啓発が)いってないんです。
中野:まだまだ話は尽きませんが、最後に今日はどんな気づきや感想があったか教えていただけますか?
あき:若い人だけでなく、私たち高齢LGBTが、道を切り開いていかないといけないとすごく実感しています。介護やパートナーとの出会いとか、今の若い人たちが私たちの年代になったときに安心できるように、今のうちからやっていきたいなと思いました。
けい:セクシュアルマイノリティーがいるのは分かっているけど、制度にしろ、人々の考え方にしろ、どうしてもあと追いになってしまう。いつになったら進んだ社会になるのか、当然、分からない。でも、私も高齢者になったので、今ある制度、今ある環境の中で、どうやって老いて死んでいくかを模索するしかないのかなと思います。
LGBT・セクマイであることは、どうしても性的な考え方にフォーカスが当てられたりしますけど、そうじゃない。セクシュアルマイノリティーであることは人生観とか生活感とか、全体に関わってくることなんだよということを、機会があれば、職場や私のことを知らない人にも、その都度、話していくつもりでいます。
ゆう:今日は本当にいい機会をいただいたなあと思っています。それぞれ悩みも体験も違うけど、私の話を聞いてもらえてうれしいし、話を聞いてくれてよかったって思ってもらえたとしたらうれしい。
今日のように、お互いに役に立ち合うっていう、ゆるい関係性の中でも助け合えるんですね。こうしたつながりがあるかないかは、老後を心強く暮らせていけるかにも関わる話だなと改めて感じました。同世代の仲間たちと、これからのこともあるし、ちゃんとつながっていこうよ、みたいなことを語っていきたいなと思いました。
中野:まだまだこの余韻に浸りたいところではありますが、いろいろ語ることができて充実した時間でした。今日は本当にありがとうございました!
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