福祉の知識をイチから学べる「フクチッチ」。今回は「障害者と選挙」について学びます。日本の選挙には、障害のある人でも投票しやすくするためのさまざまな配慮があります。ところが、一票を投じるまでにはバリアがあるのも現実です。そこで当事者の方が実際に投票する様子に密着し、点字投票や代理投票などの方法を紹介。また、世界のユニバーサルな選挙制度や、世界に先駆けて始まった日本の点字投票の歴史も見ていきます。
日本の選挙制度には、障害のある人でも投票しやすくするためのさまざまな配慮があります。そこで問題です。日本の選挙で、投票するときに認められているのは次のうちどれでしょうか?
①点字で投票
②代わりに書いてもらって投票
③自分で持ち込んだ鉛筆で投票
正解は、3つ全部です。
ところが、障害のある人が一票を投じるまでには、さまざまなバリアがあることもわかってきました。実際にどのようなバリアがあるのか。東京2020パラリンピックで金メダルを獲得した全盲の競泳選手、木村敬一さんが、7月に行われた参議院選挙で投票した様子を見てみます。
選挙の度に大変なのは、情報収集だと木村さんは言います。
💡ほしい情報になかなかたどりつけない
木村敬一さん
「(選挙の情報は)多すぎて読み込めません。視覚障害は、情報障害と言われます。情報の取り方がわかってないというか、たどり着けない。情報がなかったら投票のしようがないという難しさはあります」(木村さん)
木村さんは今回、投票日より前に投票する期日前投票を選択。会場は行き慣れていない役所です。すると途中で道に迷い、人に聞いてなんとか役所にたどり着くことができました。
💡投票所を探すのにひと苦労
役所の中に入ると、今度は投票所の場所がわかりません。戸惑っていると中にいる人が気づき、受付を案内されました。
木村:選挙の投票に行きたいんですが・・・。
受付:ここは2階なんですけど、1階に期日前投票所がございます。
木村:連れて行ってもらうことはできますか?
受付:下から警備のものをお呼びします。
木村:お願いします、どうも。
警備員に誘導されてようやく投票所に着いた木村さん。整理券が入った封筒を職員に手渡し、サポートしてもらいます。
木村:渡していいですか?
職員:はい、頂戴いたします。中を開けてよろしいですか?
木村:はい、お願いします。
係員:こちらが候補者名簿になります。
木村:ありがとうございます。
💡候補者の名簿は点字版が用意されている
点字で候補者の名前を記入し、投票箱まで導かれて無事に投票が終わりました。
「丁寧にサポートしていただけるということがもっと広がって、障害のある人もストレスなく投票できるということが広まればいいと思いました」(木村さん)
続いては、知的障害のある福田悠太さんの初めての投票です。福田さんは投票所がある地域の小学校をヘルパーと訪れました。ところが、校門の前まで来ると、中に入ろうとしません。
💡ヘルパーと投票所の職員2人がつきそう
福田悠太さん
「入っていいんだよ。いつもは入っちゃいけないところだけど、今日は入っていいんだよ。大丈夫、大丈夫、怖くない。大丈夫、大丈夫」(ヘルパー)
少し離れた場所から見守る母親と妹も心配そうです。45分かけて、ようやく投票所の中へ入れました。
中に入ると職員が声をかけ、福田さんの不安を和らげます。福田さんは字を書くことが難しいため、誰に投票したいか職員が意思を確認して、代わりに記入します。
💡誰に投票したかわからないようにヘルパーはうしろを向く
職員が投票用紙に記入している間、ヘルパーは後ろ向きで待ちます。
投票所で落ち着いた様子の福田さんですが、実は秘密がありました。6日前に、市が用意した模擬投票所で練習をしていたのです。記載台などは実物。運営するスタッフも投票日と同じ、市の職員たちです。
こうして福田さんは練習通りに投票できました。
今回、福田さんが利用したのは代理投票という制度です。
代理投票とは?
投票用紙に自分で書くことができない人は代理投票ができます。誰に投票するかの意思を確認する方法にはさまざまなものがあります。
・職員が聞き取りをする方法。
・選挙公報を見ながら指差しで確認する方法。
・職員が候補者名などを読み上げて、返事をしたりうなずいたりして確認する方法。 など
読み上げるときは周りの人に知られないように、本人に聞こえる程度の小さな声で行うなど、投票管理者は投票の秘密を十分に確保する義務があります。
「NHKみんなの選挙」ホームページはこちらからご覧になれます
福田さんの投票をサポートした東京都狛江市では、およそ10年前から行政と知的障害のある人の親の会が連携して、投票の支援に積極的に取り組んできました。その積み重ねのなかで、後ろ向きのスタイルであればヘルパーが同行してもよいなど、知的障害のある人が安心して投票できる方法を模索しています。
40年以上にわたって選挙の現場で仕事をしてきた選挙管理アドバイザーの小島勇人さんは、狛江市の取り組みが全国に普及することを願っています。
「投票所の運営(の方法)は法律で定まっていますが、各自治体にある程度、任されています。いろいろな障害のある人がいるわけですが、マニュアルを作っている都市と作ってない都市があります。(マニュアルを)作っている都市を参考にして、ぜひ広めていっていただきたい」(小島さん)
続いて、世界の選挙を見てみましょう。
<ガンビアの“ビー玉投票”>
アフリカ大陸でもっとも小さな国ガンビアの投票方法は、世にも珍しい“ビー玉投票”です。
半世紀以上前から続く方法で、候補者の顔写真が貼られたドラム缶に、投票所が用意したビー玉を入れて投票します。
名古屋のガンビア料理レストランのオーナーで、ガンビアの総領事でもあるビントゥー・クジャビ・ジャロゥさんが、ビー玉投票を行っている理由を説明します。
「ガンビアは昔、学校に行っていない人が多かったから、(字を)読めない、自分の名前を書けない人がいます。だから、この方法を使っています。ビー玉だったら入れるだけだから」(ビントゥーさん)
投票用紙に候補者の名前を書かなくてもよいため、文字を書くことが難しい人でも投票できるのがビー玉投票のメリットです。
<インドの電子投票>
一方、人口約14億人のインドの総選挙は世界最大規模で、1か月がかりで行われます。江戸川区の元区議会議員で、インド料理店を経営するプラニク・ヨゲンドラさん、通称よぎさんが、インドの選挙事情を説明します。
「インドの場合は電子投票といって、投票のための機械に候補者の名前と候補者を示すマークが載っていて、それぞれのボタンを押して自分の好きな候補者に票を入れます」(よぎさん)
投票の際は、1人につき1回ボタンを押すことができ、誰に投票したかの情報は別の機械で集計されます。
さまざまな民族が暮らすインドでは、言語がわからなくても投票できるイラストつきの電子投票が行われているのです。さらに、投票の機械には点字があり、視覚障害のある人たちも投票しやすい仕組みになっています。
「(機械は)持ち歩けるので、たとえば障害者の方や年配の方がいれば、機械を持っていって投票してもらいます。皆さんが参加して元気な選挙をすることで、『私たち(国民が)ちゃんと(政治を)見てますよ』という社会環境をつくるのもすごく大事です」(よぎさん)
選挙管理アドバイザーの小島さんは、こうしたインドの投票方法を評価します。
「インドのやり方は僕も非常にいいと思います。特に、記号やシンボルマークがついている点です。知的障害のある人たちだと、それを見ればわかる。考え方としては非常にいいやり方だと思うので、参考にすべきだと思います。日本の選挙制度は基本的に“自書式”といって、自分で候補者の名前や政党名を書く制度になっています」(小島さん)
<オーストラリアは電話投票も可能>
オーストラリアでは、障害などがあって投票所に入ることが難しい人は、選挙管理委員会のスタッフ立ち会いのもと、建物の外で投票用紙に記入することができます。その票をスタッフが預かり、代わりに投票します。
ほかにも郵便投票はもちろんのこと、視覚障害のある人は電話で投票することもできます。
<イギリスは公約をわかりやすく発信>
イギリスでは障害者団体と国や政党が一丸となって、選挙に関するわかりやすい情報発信に取り組んでいます。
国政選挙のときには、各政党が知的障害のある人たちに向けた公約を公開。イラストや写真を織り混ぜ、わかりやすい文章で伝えているのです。
オーストラリアとイギリスで、これほど取り組みが進んでいるのには理由があります。
オーストラリアでは投票が国民の義務となっており、投票しないと罰金が科せられます。そのため、誰もが投票しやすくなるよう、さまざまな取り組みが進められているのです。
オーストラリアの投票率は90%以上で、世界でもトップレベルです。
イギリスでは、障害のある人たちにわかりやすい情報を提供する義務が行政機関や公共サービスに課せられています。
小島さんはこうした海外の取り組みを参考にするべきといいます。
「どんな人でも理解できるやり方は、日本でも取り入れるべきだと感じますね。選挙管理委員会が発行する選挙公報をわかりやすいものにするのは良いと思います。建物の外で投票できるオーストラリアの取り組みも良いですね。でも、実現するためには、政治の世界が動いてくれないと、どうにもならないと感じます。私たちから実現を求めていくことも必要だと思います」(小島さん)
京都府立盲学校には、およそ100年前に日本で初めて作られた投票専用の点字器と投票用紙が残されています。
日本で初めて作られた点字器と投票用紙
世界に先駆けて始まった日本の点字投票で、立て役者とも言えるのが長﨑照義。後に“点字投票の父”と呼ばれる若きリーダーです。
長﨑照義
さかのぼることおよそ100年の大正時代、字を書くのが難しい視覚障害者たちは、投票したくてもできない状況にありました。自身も見えづらい弱視だった長﨑さんはその状況を変えるべく、若干二十歳にして、点字投票を求める運動を始めます。
視覚障害者の福祉と歴史を研究する、四天王寺大学名誉教授の愼英弘さんは、長﨑さんが秘めていた熱い思いを代弁します。
「視覚に障害のある人たちが、(投票する)権利がないまま2級市民扱いされていることに対する憤り。(長﨑は)2級市民扱いされている人たちを1級市民に引き上げるために、自分ができるんだったらなんとかしたいという情熱を持っている、情熱の男でした」(愼さん)
運動を進めた長﨑ですが、思わぬ壁が立ちはだかります。点字投票の実現に、視覚障害のある仲間たちが懐疑的だったのです。ある日の会合で、否定的な意見が相次いだ様子を自伝に記しています。
「この運動は極めて可能性の少ない実現困難な問題だと思う」
「500年は早い(実現にかかる)んじゃないでしょうか」
(長﨑照義の自伝「ピエロ カンテラに踊る」より)
しかし、長﨑は動じず、次のように切り返します。
「諸君、法律の改正とか新設とかは、すべて必要や要求に応じて人が作る。今こそ500年の歳月を我々の熱意と努力で短縮させましょう」
(長﨑照義の自伝「ピエロ カンテラに踊る」より)
人が作るルールを人が変えられない理由はない。そうまっすぐに主張した長﨑さんの貴重な肉声が残されていました。
「盲人には点字というものがあるんだと。だから点字の投票を有効にしてくれれば、いちばんいいんだと。盲人といえども国民に間違いないと。そして、目が見えないだけで政治に参画できないというばかげた理屈はないんだ」
(長の肉声より)
長﨑さの熱弁に奮い立った仲間たちは点字投票を求める運動を開始。その勢いに後押しされた長﨑は国会議員にも掛け合い、運動を全国規模に拡大させます。そして大正14年、改正衆議院議員選挙法が公布され、世界で初めて点字投票が法律で認められたのです。
💡点字投票が世界で初めて認められる
自分たちの権利をまっすぐに主張する長﨑の姿に惹かれたのが、視覚に障害があり、のちに長崎さんの妻となるかぎです。当時の様子を長﨑の娘の三希子さんと、孫の龍樹さんが証言します。
「点字投票の演説会みたいなのがあったときに、母がたまたま聞きに行っておりまして、(母が)“ひと聞き惚れ”をして、それで母が自分のところへ嫁に来たという話は、自慢げによく話していました。母親もいろいろ言う人じゃなかった。自分が言えないけど、意見を口に出して言ってくれるのが頼もしいと思えたのだと思います」(三希子さん)
「とにかく訴えていかなければ誰もわかってくれないということは、孫(自分)にもいつも言っていました。堂々と視覚障害という人たちのことを世に知らせしめて尽力した、偉大な祖父だと思います」(龍樹さん)
三希子さんは、長﨑の写真をいつも持ち歩いています。
「いつもそばにいてもらいたいので。頑固な、でも優しい。私が世界中でいちばん尊敬する男性です」(三希子さん)
今回は障害のある人の投票の様子や点字投票の歴史を見てきました。(2)では当事者が感じる選挙のバリアや、NHK記者がわかりやすいニュース原稿づくりに挑戦する様子を紹介します。
福祉の知識をイチから学ぶ“フクチッチ”
視覚障害(1) 視覚に頼らない生活の工夫
視覚障害(2) 声かけ&映画の音声ガイド
車いす(1) 電動と手動 それぞれの暮らし
車いす(2) 快適で安全な車いすを求めて
社交不安症(1) 視線恐怖と会食恐怖
社交不安症(2) 学校生活の不安・恐怖と克服法
障害者と選挙(1) 誰もが投票できる制度とは ←今回の記事
障害者と選挙(2) 投票所と情報のバリア
※この記事はハートネットTV 2022年8月8日放送「フクチッチ「障害者と選挙」(前編)」を基に作成しました。情報は放送時点でのものです。