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聞こえない親の子育ての悩み #ろうなん8月号

記事公開日:2022年10月12日

ろう者や難聴者にむけた育児の専門書などは少なく、手探りで子育てせざるを得ないのが現状です。相談できる相手もなく、孤立するケースも少なくありません。そこで、同じく悩んできた当事者の先輩ママたちが、どのように解決してきたのかを紹介。病院や飲食店で使える指さし会話シートの活用や貴重な体験談など、すぐに役立つ育児の情報をお届けします。

聞こえない親の子育ての悩み

横浜に住む、ろうの菊地裕美さんには7歳と3歳の娘がいます。家族の中で聞こえないのは、菊地さんだけです。夫が仕事に出ている日中は菊地さんひとりで子どもと向き合い、子どもの口の動きを読みとって、自身も声を使って会話します。

この日、小学生の長女が始めたのは「音読」の宿題。読み間違いはないか、娘の口元を見ることに集中したい菊池さんですが、3歳の次女が甘えてきます。次女をあやしながら、音読する長女の口元を見つめ続けるのは大変です。

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菊地裕美さん親子

菊地さん:聞こえるお母さんだったら、ご飯を作りながら耳だけ「うんうん」って聞ける。でも私はそれができない。

ようやく宿題を終え、お昼ご飯の準備。菊地さんは家事をしながら、隣の部屋にいる子どもたちの様子を何度も目で確認します。

ところが、いつの間にか次女の姿が見えなくなり、探しに行くと部屋の外にいました。補聴器をつけていますが、転んだ音や泣き声に気づくのは難しいといいます。

菊地さん:(次女が)10か月くらいのときに、物をくわえたままハイハイして、頭が重いからドンッとなって、くちびるを切っちゃって・・・。血がぶわーっという事件がありましたね。

最も気をつけているのが、子どもたちの健康管理です。聞こえる親は、子どもの声の様子や、咳などで体調の変化を感じとることができますが、菊地さんにはそれができません。

大事な病気のサインを見逃していないか、常に不安だといいます。しかも、聞こえない親に向けた専門の育児書や、相談できる窓口は多くありません。支援を受けたくても簡単ではないのです。

菊地さん:地域のケアプラザでやっている、赤ちゃんのイベントに声をかけてもらいましたが、行っても(周りは)聞こえるお母さんばかり。(周りのお母さんの)話が分からないし、主催者が話していることもよく分からない。一度だけ行って、次からは行きませんでした。

親が取り組むさまざまな工夫

聞こえない親が抱える子育てのさまざまな悩み。難聴の子どもたちの教育支援などを行い、2人の子どもを育てている牧野友香子さんは、音読の難しさを感じています。

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牧野友香子さん

牧野さん:子どもがひらがなを覚え始めたときに、「ママ、“な”ってどうやって書くの?」って言うんです。私は“な”(の口の動き)が分からなくて、“た”と思って、“た”のひらがなを教えたんですよ。すると(子どもが)「違う違う、“な”だって!」みたいな・・・。聞き取れないと子どもが怒ってくるし、難しいと思うことは結構あります。

聞こえない親の子育ての悩みを聞き、その声を社会に届ける「きこえないママ×まちプロジェクト」を主宰する松本茉莉(まつり)さん。

中3、中1、小4、そして5歳の子どもを育てていますが、子どもの健康管理で失敗した経験があります。

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松本茉莉さん

松本さん:次男がぜんそくを持っていて、夜に咳をしていたのですが、私は「大丈夫だろう」と思って、朝になってから病院に連れて行きました。すると、「どうして早く連れてこなかったんだ」と医師に怒られました。

音で症状を知ることができない松本さんは、以来、子どもの変化に気づくための工夫をしています。

松本さん:子どもの胸の動きを手で触って、(呼吸が)ゆっくりなのか、速くなっているのかを手のひらから感じて、「病院に連れて行ったほうがいいか」「様子を見ても大丈夫か」と判断をしていました。(赤ちゃんが)病気のときは離れて寝ていると心配なので、よくおんぶをしていました。そうすると、私の背中に子どもの胸がくっつくので、呼吸が速くなったのも分かりますし、発熱があったときは背中が熱くなって気づきます。(子どもに)触ったり見たり、さまざまな方法で確認しました。

子どもが転んだり泣いたりしても聞こえない牧野さんは、子どものSOSに気づくために取り入れていることがあります。

牧野さん:ずっと見ていないと、何かあっても聞き取れなくて難しい。だからベビーモニターを使って、マイクとカメラを通して手元で確認していました。

画像(ベビーモニターの仕組み(イラストイメージ))

ベビーモニターとは、カメラを通して離れた場所から赤ちゃんの様子を見守ることができる装置です。モニターで子どもの様子を見つつ、もう一人の子どもの世話をできます。

あると便利な「指さし会話帳」

聞こえない親が子育ての悩みを相談できる場所が少ないという問題。

そこで松本さんは8年前に、聞こえない親の居場所づくりを始めました。「夜泣きにはどう対応するのか」「幼稚園はどこがよいのか」など、日々の育児の悩みを共有し、仲間と一緒に乗り越えています。

画像(聞こえない親が交流する場所)

そして50人近くの聞こえないママと出会い、交流してきた松本さんが、ママたちの声を集めて作ったのが「きこえないママやパパのための指さし会話帳」。

外出先で聞こえる人とやりとりをするときに、指をさすだけでコミュニケーションがとれるというものです。

画像(きこえないママやパパのための指さし会話帳)

会話帳は場面に応じて用意されています。

●指さし会話帳「病院編」
受付や診察で必要な単語や会話があらかじめ書かれていて、「発熱」「せき」「鼻づまり」など、該当する症状を指をさして伝えられます。

ほかにも、食事はとれているか、おしっこやうんちは出ているかなど、子どもの体調の変化を伝えられるようになっています。

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指さし会話帳「病院編」

松本さんがとくにこだわったのが、子どもの体のイラストを載せたことです。

松本さん:(どこに症状があるかを伝えるとき)言葉よりも、体を指さしたほうがスムーズに伝わるのかなと思い、イラストを載せました。病院にもこのような体の絵があることを思い出して、便利だなと思ったのです。

さらに工夫したのが数字の表記です。

松本さん:数字は、「熱は何度?」と聞かれたとき、「36度」と手話で表すよりも、数字を指さしたほうが早いと思い、載せました。

●指さし会話帳「飲食店編」
入店して順番待ちのときに、「ベビーカーを置ける席は空いていますか?」など、店員に聞けるようになっています。

注文の際にも、「○○を使っていないメニューはどれですか」という項目があり、子どもがアレルギーを起こす食材を書いて伝えられます。また、「品切れです」「ラストオーダーです」といった店員さんの言葉、つまり聞こえる人の言葉も載せてあるのがポイントです。

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指さし会話帳「飲食店編」

松本さん:店員さんがいつも筆記用具を持っているわけではないので、向こうの伝えたいことも(会話帳に)載せたほうが、聞こえない人にとっても助かります。店員さんが何を言っているのか、こちらも理解できる。「病院編」も「飲食店編」も、聞こえない親だけではなく、聞こえる人たちの意見も取り入れて作成しました。

これらの会話帳は紙とペンさえあれば真似できるので、自分の子どもに合ったオリジナルを作るのもおすすめです。

子育てを通じて生まれた助け合う気持ち

松本さんは、聞こえる人たちとも積極的に交流しています。週2回、地域のNPOで働きながら、親子の居場所づくりや情報提供をしてきました。

同僚の多くが、子育て真っ最中の聞こえるママたちです。いつも子どもの話題がつきず、松本さんは相手の口元を読み、声でコミュニケーションをとっています。

聞こえるママたちの輪に飛び込むことで、より多くの情報を得られるのではと思ったことがきっかけです。はじめは不安もありましたが、打ち解けるまでに時間はかからなかったといいます。

画像(NPOで働く松本さん)

実は、会話帳が誕生する背景にも、聞こえるママたちからのアドバイスがあったそうです。

松本さん:コロナ禍でマスク生活が始まってから、コミュニケーションがとりづらくなりました。私は「仕方ない。筆談すればいいか」と思っていましたが、聞こえるママたちが心配してくれて、「指さしで会話できるものがあれば、楽になるんじゃないの?」と言われて、一緒に(会話帳を)作りを始めました。

子育ての大変さを理解しあえるからこそ、助け合おうという気持ちになるのかもしれません。

子どもが保育園に通っている牧野さんは、聞こえるママたちには聞こえないことをなるべく伝えるようにしているといいます。

牧野さん:コロナになってから口の動きが見えないので大変なんです。ママ友でランチするときに私は何も言っていないのに、みんなが透明マスクを持ってきてびっくりしました。(周りの)親御さんに聞こえないことや、どうしてほしいかを言うと、理解してもらえるんだと思いました。伝えないと、向こうもどうしたらいいか分からないので、勇気を出して伝えると世界が変わるかもしれないと思っています。

松本さんも同感ですが、思いを共有できる人を探すことも大事だと考えます。

画像(牧野友香子さんと松本茉莉さん)

松本さん:牧野さんと同じですが、「勇気を持って一歩前に進まなきゃ」というのではなく、誰か一人でもいいから自分の思いを伝えられる人を見つける。伝えられるというよりも、「伝えたい人」が見つけられれば、そこからまたつながって、どんどん輪が広がっていくんじゃないかなと思います。私も育て中で、行き詰まることもたくさんあります。でも行き詰まっても、そこで諦めずに、また別の方法を考えて探していくのも大切かなと思います。

学校アート 『花と花びん』 櫻井結衣菜さん

画像(ロゴ)
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『花と花びん』

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今回の画伯
島根県立浜田ろう学校
櫻井結衣菜さん

2か月かけて描きあげた自信作です。重なりあうように咲く白い花。色鉛筆をベースに、ところどころ絵の具を塗り重ね、立体感を出しました。ガラスの花びんに反射する光や影も、丁寧に描きこみ、白い花が静寂のなか凛とたたずみます。

櫻井さん:お花や花びんの光っているところなど、細かいところをよく見て描きました。

ものづくりが大好きという櫻井さん。最近ハマっているのが、フェルトでつくる「お弁当」です。

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どのおかずもおいしそう!これからも作品作りを楽しんでね。


※手話キッチンレシピはこちらからご覧いただけます。手話キッチン 毎日のごはん スイーツ

※この記事はハートネットTV 2022年8月24日(水曜)放送「#ろうなん~ろうを生きる難聴を生きる~ 8月号」を基に作成しました。情報は放送時点でのものです。

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