福祉の知識がイチから学べる「フクチッチ」。今回のテーマは家事を援助したり、身体を介護したり、移動を支援したりする「ヘルパー」です。ヘルパーは障害者や高齢者の生活の介助になくてはならない存在ですが、その仕事内容はあまり知られていません。そこで今回は、ヘルパーのお仕事に密着!利用者とのコミュニケーションや介助の工夫、仕事への思いを教えてもらいました。
ヘルパーの仕事には、大きく分けて「家事援助」、「身体介護」、「移動支援」の3つの種類があり、利用するのは高齢者や障害者です。
高齢者の場合は30分から数時間単位で利用できます。障害者の場合は「重度訪問介護」というサービスがあり、障害の程度によっては24時間の介護が受けられます。
現在、この重度訪問介護を利用しているのは脳性まひ、ALS(筋萎縮性側索硬化症)、筋ジストロフィー、知的・精神障害などがある人で、全国に約1万人いるといわれています。
しかし重度訪問介護は、地域によっては当事者にも、行政の人にも詳しく知られていないケースがあり、この制度を使いたくても使えない現状があります。
ヘルパーの仕事はどのような流れで進むのでしょうか。その様子を見せていただいたのは、ヘルパー歴6年の荒木巧也(たかや)さん(44)です。
土曜日の朝9時半。荒木さんは、自閉症と知的障害がある平野光宏さん(57)が1人暮らしをしている自宅へと向かいます。
(左)ヘルパーの荒木さん、(右)利用者の平野さん
まずは、前日から担当しているヘルパーと引き継ぎです。平野さんの場合、12~13名のヘルパーが交代で担当しています。
前日のヘルパー:今日は花粉症がひどいみたいで、くしゃみ、鼻が。
荒木:ご機嫌はどうでしょう?
前日のヘルパー:機嫌はそんなに悪くないけど、ちょっとかまってほしい。今はおもちゃ遊びで落ち着いている感じですね。
「平野さんは、平日の昼間は福祉作業所に行きます。ヘルパーが介助に入るのは夕方5時くらいから朝9時。週末は24時間を2人で(交代で)入ります。週1回が(平野さんと荒木さんの)お互いにとってちょうどいいリズムかなと僕たちは考えています」(荒木さん)
荒木さんは平野さんの週1回の介助を続けて8年になります。
平野:おじや作ってください、おじや。
荒木:おじや? やりましょうか。
平野さんと一緒に、朝ごはんの用意を始めた荒木さん。包丁や火を使うため、すべては難しいものの、できることは平野さんに任せます。見守ることもヘルパーの仕事だと荒木さんは言います。
「自分の好きなものを好きなように作れる人なら、怪我や危ないことがないように、見ているのがいちばん大事。」(荒木さん)
休日の楽しみはお出かけです。お花見をしようと準備を始めた二人ですが・・・。
平野:加湿器はどうするの? 消すの?
荒木:あとでいい。もう着替えちゃおう。
25分後。平野さんは部屋に座り込んだまま、少し不機嫌そうな様子です。
「私が(着替えを)急かしたので、ちょっとイライラしていた。それをあとになって思い出して」(荒木さん)
すると平野さん、お風呂場の排水溝にビー玉を入れて、荒木さんを困らせました。いたずらをしてイライラ解消のようです。すると平野さん、お風呂場の排水溝にビー玉を入れて、荒木さんを困らせました。いたずらをしてイライラ解消のようです。
荒木:ここに入れちゃった?
平野:うん。掃除機で取れるか?
平野さんは、実際に掃除機で吸い取れるか試してみせました。
「決まったマニュアルに従ってできるものでもないけれど、逆にそれがおもしろさでもある。なかなかこういう仕事はないと思います」(荒木さん)
平野さんの機嫌も直り、午後1時におでかけです。(※ビー玉はあとで取ったそうです)
平野:渡るの?
荒木:渡る。ちょっとタンマ、タンマ。
道路で突然、狭い場所を通り抜けようとしたり、くるくる回ったり。予想できない動きを見せる平野さんですが、荒木さんは冷静に対応します。
「車が走っているところは危ないので、鞄カバンをつかんだりして止めることがあります。手をつかむと不快に思いますし、カバンをつかむのはなるべく最小限にして、声かけで『危ないんだな』とわかってもらえたらと思っています」(荒木さん)
荒木:桜、咲いてるじゃん。
平野:桜、咲いてる。
公園でお花見を楽しんだあとは銭湯で心身ともにリフレッシュ。帰宅したのは夜10時半でした。
荒木:今日は何が一番よかった?
平野:温泉が楽しかった。
荒木さんに、平野さんはどんな存在なのか伺いました。
「平野さんのおかげで人間関係が広がっています。人生の先輩みたいな存在ですかね」(荒木さん)
ヘルパーの役割は日常生活を支えることだけではない
この写真は平野さんがラフティングを体験したときのもの。ヘルパーの荒木さんは、平野さんの同意のもとで、こうした冒険をすることもあります。日常生活の枠を超えた経験にヘルパーが付きそうことで、利用者の世界が広がるのです。
では重度訪問介護の現場では、どのようなことが行われているのでしょうか。ヘルパーが19名働く事業所の所長で、自身もヘルパー歴18年の辻村洋介さんに同行しました。
まずは、1人暮らしをしている男性の朝の準備を手伝います。協力していただいたのは、脳性まひのある藤田裕大さん(25)。藤田さん自身も訪問介護の会社を経営しており、重度訪問介護を利用するのは午前8時から9時半です。
辻村さんに介護をするときに気を付けていることを教えてもらいました。
「介護は声がけがすごく重要です。体を触るので、その前に藤田さんがびっくりされないように声をかけます。体を動かすときにもコツがあって、手を組んでいただくことで体が起きやすくなります。藤田さんは脚が曲がりづらいので気をつけて、ひざの裏を持って、テコの原理でクルッとすると簡単に起こすことができます。(利用者)個人個人によってやり方が違うので、私も18年間研究中です」(辻村さん)
次は、着替えです。辻村さんの着替え“時短テクニック”を紹介していただきました。
「まずシャツの袖に(自分の)手を通します。それからシャツを伸ばして、握手して、袖を押さえながら腕をシャツに通します。こうすると、雄大さんが手を上げなくてすむので痛みの軽減にもなりますし、手を触れているので発汗がないかなとか、体調の確認もできます」(辻村さん)
辻村さんに見せていただいた重度訪問介護。ヘルパーとしてこの重度訪問介護を行うには、重度訪問介護従業者養成研修(※)を受ける必要があります。受講資格は15歳から、費用は事業所により異なりますがおおよそ2~3万円で、最短2日で取得できます。
※都道府県の指定する事業所、NPO法人、社会福祉法人などで受講可能。
※医療的ケアが必要な場合、喀痰吸引等研修を受講する必要があります。
ヘルパー派遣事業所代表で、自身もヘルパー歴20年の齋藤信弥さんはこう説明します。
「この2日間というのは初級レベルのものです。たとえば、医療的ケアが必要な場合は別に研修を受ける必要があります。2日間と短いのは、それぞれ利用者に求められるものが違うので、実践を繰り返して、よりよいケアを探求していくためだ。利用者さんに先生になっていただき、現場で育っていくという感じです」(齋藤さん)
大学4年生の石田君枝さん(22)がヘルパーの資格を取ったのは、2年前。現在は週2回ほど、利用者の家に通っています。
ヘルパーの資格を持つ大学4年生の石田君枝さん
石田さんが介助しているのは、岡部宏生さん。全身の筋肉が衰えていく難病、ALS(筋萎縮性側索硬化性)で自力では呼吸ができないため、気管切開をして、人工呼吸器をつけています。
そのため言葉を発することができない岡部さんは、文字盤で意思を伝えます。ヘルパーは岡部さんの視線の先にある文字を一つずつ読み取ります。
石田さんがヘルパーを始めたきっかけは、知人の紹介で知り合った岡部さんに「ヘルパーをやってみないか」と誘われたことでした。
「恐怖心と知的好奇心が半々ですかね。最初は呼吸器に触れるにも手が震えるほどの緊張感があったりして、ただただ次に命をつなぐことに必死でした」(石田さん)
ヘルパーを始めたとき、岡部さんから1枚の「同意書」を渡されました。
『介助中に患者の命や体に被害が発生しても、故意でなければ、一切の責任は患者が負う』
岡部さんが、自ら考えて作った同意書です。
「学生に責任を負わせないので、こういう世界に飛び込んで(ほしい)という思い。もしも事故があって患者に何かあったら、法律的に責任を問われなくても、その子に残る心の傷はどれほどでしょう。それを考えると、患者は命を預けますが、患者はその子の人生の一部を預かるのです。重たいでしょう?でも重たいからその関係性は本物だし、一緒に楽しいことをたくさんしたいと思います。危険につながらないように、みんな泣くほど叱ります」(岡部さん ヘルパー代読)
この日、着替えの手順を間違えてしまった石田さん。岡部さんは叱りました。
「2人とも、努力も自覚も足りません。適当に先輩とやっているから、着替えの手順さえ覚えていない。本当にしっかりしてほしい。ケアを正確にできないということは、命に関わるということです」(岡部さん ヘルパー代読)
岡部さんは、石田さんが命を預かるという経験をすることで、内面的にも成長してほしいと願っています。
「(石田さんは)少し先走って考えたり思い込みをしたりする性格なので、私の命を預けることによって、そういうことも直っていくことを期待しています」(岡部さん 石田さん代読)
岡部さんと過ごす中で、自分の生き方を問われるという石田さん。介助は、自分を知る「鏡」だと感じています。
「本当に(岡部さんの)おっしゃる通りで、私のことをよく見てくださっているんだなと改めて感じます。ヘルパーの仕事は、自分の未熟さとか痛みに向き合わざるを得ないので、がむしゃらにケアのスキルを高めなきゃという日々です。たしか2年前に岡部さんが、『発症したてのころは次の桜は見られないと思ったけど、今は見られると思うようになったよ』と言っていて、その桜をまた一緒に見られるなんて、感動します。私は今までのんきに『綺麗だな』としか桜を見たことがなかったので・・・。ヘルパーの時間は、“生きる”っていうところを見つめる時間だと思います」(石田さん)
岡部さんと石田さんたちのやりとりを見て、齋藤さんはこう話します。
「もう心と心の通じ合いですよね。ソウル・アンド・ソウルというような感じで、やはり人は人からしか多くは学ぶことができないというふうに実感しています」(齋藤さん)
あまり知られていないヘルパーの仕事ですが、人と深く接することで、多くのものを得られる仕事だということもわかってきました。後編では、ヘルパー経験者が語る“あるある体験談”や、ヘルパーの歴史について見ていきます。
福祉の知識をイチから学ぶ“フクチッチ”
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ヘルパー(2)介護の人手不足と人材育成
※この記事はハートネットTV 2022年5月2日放送「フクチッチ ヘルパー(前編)」を基に作成しました。情報は放送時点でのものです。