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介護人材不足の救世主? 「ユマニチュード」を知っていますか?

記事公開日:2018年03月30日

高齢化が急速に進む日本。団塊世代が75歳以上になる2025年には38万人の介護人材が不足すると言われており、特に現場で懸念されているのが、予備群を含め、1300万人にも達すると予測される認知症の人たちへの対応です。

そんな中、注目されているのがフランス発祥のケア技法、「ユマニチュード」。人としての尊厳を大切にしながら接することで、認知症の人が穏やかに過ごせるようになると言われています。福岡市では、ケアする力を高め、介護の負担を減らそうと、地域にユマニチュードを取り入れる試みを開始しました。ケア力アップで介護人材の不足は補えるのか。福岡市の取り組みから考えます。

フランス生まれのケア技法、「ユマニチュード」

福岡市では現在6万人いる要介護認定者が、2025年度には10万人以上に増加し、介護人材は2000人が不足すると見込まれています。介護人材の不足と介護の現場にかかる負担は、福岡市の大きな課題となっています。

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2016年5月にオープンした、福岡市内の特別養護老人ホーム「りんごの丘」。必要な介護人材を集めるのに半年以上かかりました。理事長の濵﨑和久さんは、応募が少ない上、採用してもすぐ辞めてしまい、慢性的な人手不足に陥っていると言います。

「一番の悩みは、介護人材の量と質。うちは入居者の方の9割くらいが認知症と診断されていて、どうしていいか、わかんないわけですよ」(濵﨑理事長)

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スタッフの1人、倉岡優希さん(19)も、高校の福祉科で介護の基本を学んだものの、認知症の入居者の対応に日々苦労しています。

「例えば、それをしたら危ないよ、と言っても伝わらない。通じないことが本当に大変です。」(倉岡さん)

認知症の入居者が増える一方、職員は24時間、少ない人数でケアに当たらなければなりません。それぞれが忙しく、新人の教育に十分な時間を割くことは困難です。仕事に誇りを持てず辞めてゆく人も多く、倉岡さんの同期も、9人中3人が職場を離れました。この先、仕事を続けていけるか、不安になることもあると言います。

介護現場のひっ迫した事態を受けて、福岡市は市民全体のケア力向上を目指し、「健康先進都市戦略」を策定。その中で着目したのが、体系化されたケア技術である「ユマニチュード(=Humanitude)」です。

介護施設や病院で高齢者のケアに携わるスタッフにユマニチュードの研修を行い、負担を減らすことで仕事へのやりがいを高め、人材不足に歯止めをかけようという狙いです。

「あなたを大切にしている」ことを伝える技術

2016年11月、福岡市内の病院にユマニチュードの指導員を招き、研修が始まりました。市内5か所の介護施設や病院から70人以上が参加し、ケアの理念と技術を4日間にわたって学びます。認知症の入居者のケアに悩んでいた、新入職員の倉岡さんも参加しています。

ユマニチュードとは、具体的にどのようなケア方法なのか。指導員が説明をします。 「ユマニチュードでは、相手の人が、自分が人間だって感じられないケア、『楽しい、幸せだな』って感じられないケアは一切しません。」(ユマニチュードの指導員)

まずは、「見つめる」。

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認知症の人は、視界の中心しか認識できていない場合があります。気づいてもらうには、正面から近づき、視線を捉え続ける必要があります。それが、「あなたの存在を認めています」というメッセージになり、安心してケアを受け入れてもらえるのです。

次に、「話しかける」。

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穏やかなトーンで、ポジティブな言葉をかけます。

認知症の人は何をしているか忘れてしまう場合があるため、例えば、服を着せながら「手のひらを通って肘まできましたよ。腕を真っ直ぐ伸ばしていてくださいね。」といったように、実況中継のように話しかけ続けます。こうすることで「自分は大切にされている」と感じられるといいます。

そして、「触れる」。

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ケアをするとき、本人が自ら動こうとする意志を妨げないよう下から支えるようにします。 一方、腕をつかまれると「連れて行かれる」「逃げられない」などの否定的な感情を抱かせてしまいます。ケアするときは、否定的な感情を引き起こさないことが大事です。

「何でもしてあげることが良いケアではありません。何でもしてあげることは、その人の能力を奪う可能性もあります。」(女性指導員)
相手を思ってケアしているつもりでも、実は仕事の都合を優先していたことに、参加者の多くが気づかされました。

ユマニチュードでケアする側のやりがいを取り戻す

福岡市は自宅で介護する人たちにユマニチュードを広める取り組みもサポートしています。家族のケア力をアップすることで、地域全体の介護力を高めていくためです。市民講座には、自宅で認知症の家族を介護している人など、およそ200人が参加。家庭で直面するさまざまな事態に、どう対応すればいいかを具体的に学びます。

参加者の下島康則さん(71)は、6年前に若年性認知症と診断された妻の節子さんを、1人で介護してきました。節子さんは意思疎通ができず、体の拘縮も進み、自分で体を動かすことが困難です。

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ところが講座を受けて、下島さんが前向きな言葉で話しかけるようにしたところ、節子さんが自分から動いてくれるようになりました。

「腕がこんなに硬いでしょ。僕が無理に上げようとしても、上がらないんですよ。それが、声をかけると軽くなる。自分で上げているのでしょう」(下島さん)

本人の動こうとする「意志」を引き出すユマニチュードに、希望を感じると言います。

従来のケアと比べ、ユマニチュードの特徴は何か。ユマニチュードを広める活動に取り組む、国立病院機構東京医療センターの本田美和子医師はこう話します。

「ユマニチュードは、『あなたのことを大切に思っている』というメッセージを、相手にわかるように表現するケア技法です。ケアする側・される側が人間らしいかかわりを持つ中で、それぞれが本来持つ力が発揮され、ケアが良い方向へ向かっていく。これがユマニチュードの概念です。」

一方で、ただでさえ負担感が強い介護現場に、丁寧な対応を行うユマニチュードを導入することに疑問の声もあります。これに対し本田医師は、手間がかかるように見えて、本人の意志を尊重することが結局はより効率的だと言います。

「負担を感じている介護の現場にユマニチュードを広げるのは大変ですが、ユマニチュードの技術を用いた良好な関係性を確立させることによって、穏やかに受け入れてくださるようになる変化を数多く経験しています。嫌がる相手を無理やり入浴させようと、2~3人がかりで30分かけてできなかったことが、ユマニチュードを取り入れることで、相手は穏やかに受け入れてくださるようになる。結果として、これまでのケアよりも時間が短縮されるだけでなく、相手に受け入れてもらえることで職員のストレス軽減にもなります。時間の短縮だけでなく、相手に受け入れてもらえたという事実は、従来のまるで格闘のようなケアとの訣別となり、職員のストレスの軽減にもつながり、仕事への生きがい、意欲を取り戻しています。もちろん、この技術を正しく習得するには、時間もかかりますし、経験も必要です。ですから、初めてすぐに結果がでるものはなく、職場全体で時間をかけて取り組んでいくことが必要だと考えます。」(本田医師)

「ユマニチュード」取り組みの成果は?

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2017年2月、福岡市の研修の効果について九州大学の調査による中間報告が行われました。研修の前後を比較したところ、家庭では、介護負担感や認知症の症状に改善がみられましたが、介護施設や病院では、職員の負担感に「差はなし」。認知症の症状も、重症の一部を除き、明らかな改善は確認できませんでした。

福岡市健康先進都市推進担当の仲野雅志さんは、今回の結果を「『重症者については改善の経過が見られる』など、効果のエビデンス(証拠)は少しずつ現れてきている。これを積み重ねていきながら、ユマニチュードを地域に広め、日常の中でも介護を行える道筋をつけていきたい」と前向きに捉えています。

実際、現場はどう変化したのでしょうか。研修を受けた倉岡さんのもとを訪ねました。

倉岡さんは認知症の人に対し、視線を捉え、体に触れながら優しく話しかけるなど、ケアに変化が生まれていました。

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「認知症の方と少しずつ会話ができるようになり、負担感は大きく軽減しています。研修を機に、それまで自分が行っていたケアを一から見直すことができ、前向きな気持ちになれました。」(倉岡さん)

自らもユマニチュードを実践する濵﨑理事長は、ユマニチュードの研修を受けたスタッフは目に見えて意欲的になり、貴重な人材を失わずにすんでいると言います。

「入居者が笑顔で過ごせる場所を目指したい。理事長であるわたしを始め、スタッフ全員がユマニチュードを学び、徹底して取り組んでいく覚悟を固めました」(濵﨑理事長)

ケアする・される側の幸福を追求するユマニチュード。これまでの介護の在り方を大きく変え、かつてない超高齢社会を乗り越えていくための、重要なカギの一つとなりそうです。

※この記事はハートネットTV 2017年4月26日(水)放送「認知症ケア・ユマニチュードは地域を変えるか」を基に作成しました。情報は放送時点でのものです。

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