福祉の知識がイチから学べる「フクチッチ」。今回は、人の視線が怖い視線恐怖、食べているところを人に見られるのが怖い会食恐怖など、社交不安症について学んでいきます。社交不安症のある人が日常生活で気を付けていることとは?店選びや友人との付き合い方を教えてもらいました。また、社交不安症が精神疾患の一つとして認識されるまでの歴史も見ていきます。
「社交不安症」とは、人と関わるさまざまな状況で強い不安を感じ、日常生活に支障をきたす精神疾患です。人前に出て注目されるような場面を回避したいと感じるため、学校や職場に行けない状態になることもあります。日本人の2パーセントほどが社交不安症だと考えられています。
社交不安症の症状はさまざまです。食べているところを人に見られるのが怖い「会食恐怖」や、人の視線が怖くてたまらない「視線恐怖」、人前で字を書こうとすると手が震えてしまう「書痙(しょけい)」など。これらはすべて、不安がもとになって症状があらわれます。
社交不安症のある人はどのような生活を送っているのでしょうか。
愛知県に暮らす小川椋也さん(23)は、視線恐怖があり、人と話すときなどに目を合わせるのが苦手です。街を歩いていて人とすれ違うときは、避けるように距離を取ります。
💡人とすれ違うときは距離をとる
「人が横を通るだけで怖いっていうか、不安になる感じ。信号待ちとかも困りますね。止まって待っているとき、向かい側の人や車に何か言われる気がしてきついです。そんなときは目をつむって下を向いて耐えるしかありません。街はどこを見ても常に人がいるので、自分は合わないですね」(小川さん)
人を避けながら歩く小川さん
💡信号待ちでは目を閉じて視界をシャットアウト
そんな小川さんですが、ここなら大丈夫といういきつけの理髪店を教えてくれました。
店内には隣の客の姿が見えないように仕切りがあります。これによって安心して滞在できるそうです。
「普通の横並びになっている席の店だと行けないんですけど、ここは仕切りがあって半個室空間なので大丈夫です。逆にこの仕切りがないと店に入れません」(小川さん)
💡フレームが太いメガネで視界を狭くする
人の視線が気になる小川さんが、少しでも視界を狭めようと持ち歩いているものは…フレームが太い伊達メガネです。
「こういう眼鏡をすると、信号待ちのときに横に人がいても、少しは視線を隠せて安心感があります。ベンチで座っているときも横に人がいても、自分の眼が隠れるように、こういう伊達メガネをしています。3万円ぐらいしましたが、この症状(を軽くする)ためにはしょうがないと思って」(小川さん)
💡移動はもっぱら原付きバイク
視線恐怖のため電車に乗れない小川さんの移動手段は、もっぱら原付きバイクです。
「これがないと、どこにも行けません」(小川さん)
小川さんがやってきたのは、ボクシングジムです。
「一応プロボクサーなんです。まだデビューしたばかりですけど」(小川さん)
💡大好きなボクシングでは症状が出ない
小川さんは2021年、小さい頃から憧れていたプロボクサーになりました。デビュー戦では見事勝利。とはいえ、スパーリングや試合では相手と向き合わなければなりませんが、視線恐怖の症状は問題ないのでしょうか?
「自分が(ボクシングを)やるぶんには大丈夫です。1対1のボクシングに集中しているからですね。ふだんは症状のせいで集中できないことばかりですけど、ボクシングは逆に集中できている。自分でも不思議です」(小川さん)
ボクシングをしているときは症状がでない?
視線恐怖がある小川さん。ボクシングをしているときは症状がでないのはなぜなのでしょうか?
社交不安症に詳しい千葉大学大学院教授で精神科医の清水栄司さんによると、「ふだん自分がどう見られているか」と、自分にばかり向けられていた注意が、「相手を倒す」というボクシングに向けられることで、不安や恐怖がやわらいでいるのではないかということです。
次は会食恐怖のある、ななさんの休日です。
💡休日の朝は“ひとりカラオケ”
「休日は基本的に“ひとりカラオケ”に行くことが多いので、今から行きます。友だちと一緒にカラオケに行くと、そのあと絶対にご飯食べに行こうってなるかな・・・と。だから一人で行くことが多いです」(ななさん)
カラオケで一人熱唱するななさん。かなりの歌唱力です。
💡呼吸を意識すると不安が軽減
半年前くらいからボイストレーニングに通い始めたというななさん。そこで思わぬ効果があったそうです。
「(先生に)呼吸がすごく浅いと言われました。自分ではあまり意識していなかったんですけど、腹式呼吸の練習をするようになって、深く呼吸ができるようになってから、不安になることが軽減されました。歌も上手になって、一石二鳥でしたね。棚からぼた餅(笑)」(ななさん)
💡食事風景の取材はNG
カラオケのあとは昼食です。会食不安のあるななさんは、ほかの人がいると緊張で食事ができないため、食事中の取材はNG。食べ終わったあとに、その日食べたものの写真を見せてくれました。
「ホットドッグを食べました。緊張したけど、30分くらいかけて9割くらい食べました。ふだん、自分が一人で食べたものとか、友だちと一緒に食べたものを全部撮るようにしています。あとあと見返したときに、外食できたという自信につながるから」(ななさん)
💡食事をしなければ人と会うのは好き
午後3時。ななさんは同じく会食恐怖をもつ友だちと待ち合わせです。
ななさんには、ある悩みがありました。
なな:高校の友だちと「江ノ島へ行こう」ってなって、でも(会食恐怖のことを)言っていないから、絶対「しらす食べよ!」ってなるなと思って。はあぁ・・・。
友人:そうだよね、名物だもんね。
なな:憂鬱。
友人:丼もの?
なな:丼もの。絶対無理。
友人:「あなただけのです」みたいな感じで出てくるからね。
なな:「全部食え」みたいなプレッシャーを感じるから。コロッケ1個の食べ歩きでも緊張するのに、丼ものとか。しかもしらすなんて、人生でほとんど食べたことないのに。
💡ひとり分の量が決まっている食事がとくに苦手
友人:注文しないとかは?
なな:丼もののお店は、飲み物だけ注文っていうのはない気がする。
友人:申し訳ないけど頼んで・・・(残す)
なな:でも一口も無理な気がする。しらす一匹、食べられるかなと言うレベルだから、さすがに注文するのは微妙だなって。やっぱり「私はやめとく」って言うしかないか、最悪ドタキャンするか・・・苦渋の決断。
友人と会食恐怖の悩みを共有したななさん。2時間ほどおしゃべりしてお開きになりました。
それぞれの社交不安症と向き合いながら、工夫して生活していた小川さんとななさん。自身も若い頃から視線恐怖や赤面恐怖などの社交不安症に悩んできた公認心理師の川島達史さんは、社交不安症のある人の生活を次のように説明します。
「僕は中学3年生ぐらいのときから(社交不安症が)始まりました。人から見られている場面が非常に怖くて、ピーク時はひきこもりになって、苦しんできました。緊張や不安はもちろん大事な感情なので、ある程度のラインであれば健康的ですが、社交不安症はそれが突出している状態です。
たとえば僕は就活ができなかったり、同窓会に呼ばれて出席すると返事を出したけれど、ドタキャンしちゃったりと、社会生活ができなくなってしまいました。そういうことが増えてしまうので、病気としてしっかり認識して治していくことが大事です。
ちなみに僕は麻雀が好きなので、社交不安障害の症状があるときも雀荘だけには行けました。雀荘で一心不乱に麻雀をしているときだけは、人目をそこまで気にせず楽しくできたという経験があるので、何かひとつ好きなもの、没頭できるものがあるだけでも気が楽になると思います」(川島さん)
ここで川島さんから、問題です。
「担任の先生から、クラスメートの前で『夏休みの思い出』についてスピーチをしなさいと言われました。このときどう考えますか? 4つの選択肢から選んでください」(川島さん)
① 楽しかった○○の話をしよう!みんなも喜ぶぞ!
② ○○の話をしたいなあ。みんな興味もってくれるかな?
③ 失敗したらどうしよう・・・恥をかくのは嫌だ・・・
④ 緊張で声が震えるのがバレないようにしなきゃ
川島さんによると、この質問に答えることで社交不安症の人の考え方のパターンがわかるそうです。ポイントとなるのは「公的自己意識」と「私的自己意識」の2つの考え方です。
「公的自己意識」
自分が周りからどう見られているか気になる
「私的自己意識」
自分の感情に注意を向けている
「前提として2つの用語があります。1つ目は公的自己意識という言葉。簡単に言うと、人の気持ちを考えているときや、周りからの評価を気にしている意識が公的自己意識です。(この場合は)不安になりやすかったり、緊張しやすかったりすると言われています。
もう1つは私的自己意識で、これは『こう言ってやるぞ』とか、『これを話したいから話す』といった自分の気持ちに焦点が当たっている状態です。(この場合は)不安になりづらかったり、緊張しづらかったりすることが分かっています。この2つを前提として見ていくと、①の『楽しかった○○の話をしよう!』は完全に私的自己意識なので、緊張しにくい考え方になります。
②の『○○の話をしたいなあ』は私的自己意識で、『みんな興味をもってくれるかな』は公的自己意識なので、バランスが取れている状態ですね。自分の話もしつつ、周りもそれなりに気づかっていく感じなので、司会などに向いているかもしれません」(川島さん)
一方で、③と④は、公的自己意識が強く、典型的な社交不安症の人の考え方だとのことです。
社交不安症の経験者で公認心理師の川島達史さんによると、社交不安症がある人でも、不安や緊張をほぐすためのテクニックがあるそうです。誰もが経験のある「自己紹介」の場面を想定して、3つのテクニックを紹介してもらいました。
ポイント① 体の力を抜く
「予期不安といって、事前に緊張しがちなときに使えるスキルです。まず座りながら、膝の上で手をグーにして、ちょっと力を入れてパーにします。そうすると、指先がちょっと温かくなります。このポカポカをしっかり味わっていくとリラックスするので、ギュッとやってパッとやって温かくなるということに意識を向けていきます。注意点として、ドキドキに意識を向けるとより緊張しやすくなってしまいますので、指先の温かさに集中していくのが大切です」(川島さん)
ポイント② “相づちくん”を探そう
「しかめっ面や腕を組んでいる人ではなく、笑顔で相づちを打ってくれる人に話すようにすると、緊張がやわらぎます」(川島さん)
ポイント③ “なんとかなるさ精神”で話す
「失敗するという感覚ではなく、『なんとかなるさ』『うまくいくさ』という感覚でしゃべり始めることです」(川島さん)
3つのポイントを参考に、緊張や不安をやわらげましょう。
「社交不安症」に悩む人は、いまや世界で25人に1人。非常に身近な病ですが、国際的な診断基準ができたのは、1980年代のこと。
ところが、日本ではおよそ100年前の大正時代から、世界に先駆けて研究が進められていました。
その草分けとなったのは、森田正馬。「森田療法」という独自の精神療法を創設した精神科医です。
千葉大学大学院教授で精神科医の清水栄司さんは、こう話します。
「森田正馬先生は、自分も神経質で悩んでいたそうですが、対人恐怖症という病名を使って、その治療方法を研究していました。当時、ほとんどの人が、医者ですら病気ではないと思っていたものに対して、治療しようとした点が新しかったのだと思います」(清水さん)
千葉大学大学院教授 精神科医 清水栄司さん
森田は、当時「神経衰弱」と一括りにされていた精神症状の中から、人との関係で生じる不安に注目。「対人恐怖症」と名づけ、治療・研究を始めました。
「対人恐怖症」は、当初、日本の文化や社会と関係する日本特有の病だと考えられていました。しかし、その後、森田の意志を継いだ研究者たちがその概念を世界に伝えていくと、実は海外にも同じような症状に悩む患者が多くいることがわかってきました。
そして1994年。人との関係で不安を感じる症状は、「社会不安障害」(社交不安症)という名で国際的な診断基準ができ、広く治療が行われるようになったのです。
「日本の対人恐怖症という言葉が海外でも知られるようになり、アメリカやイギリスなどでも『Social Phobia(社交恐怖)』という考え方が少しずつ整備されました。正式な診断としてあげられるようになってきて、現在、我々が日常的に社交不安症という言葉を使うようになっているところがあります」(清水さん)
ここまでは社交不安症の症状、生活、悩み、歴史などを見てきました。(2)では当事者の座談会や、食べられない人と食をつなぐ素敵な活動を紹介します。
福祉の知識をイチから学ぶ“フクチッチ”
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※この記事はハートネットTV 2022年7月25日放送「フクチッチ「社交不安症」(前編)」を基に作成しました。情報は放送時点でのものです。