ハートネットメニューへ移動 メインコンテンツへ移動

福祉の知識をイチから! 手話(2)手話ニュース・手話通訳の仕事

記事公開日:2022年09月16日

福祉の知識がイチから学べる「フクチッチ」。今回のテーマは「手話」です。手話ニュースキャスター、アメリカの音楽手話通訳、スポーツの手話通訳など、手話のプロフェッショナルを紹介します。新しい言葉や情報を手話で表現する工夫や、聞こえない人の日常生活に寄り添う手話通訳士の思いに迫ります。

手話ニュースの舞台裏

聞こえない人たちに向けたニュースは、どのように届けられているのでしょうか?
NHK「手話ニュース」の制作現場をのぞいてみましょう。

教えてくれたのは、キャスターの小野広祐さんと小野寺善子さん。2人とも耳の聞こえないろう者です。

画像(手話ニュースキャスターの小野広祐さんと小野寺善子さん 右下・手話通訳 鈴木美彩さん)

小野さん:英語は英語、日本語は日本語、手話は手話。日本語と手話、言語が違っていますからね。同じ日本人ですが、私のことを外国人だと思ったほうがいいですよ。

「手話ニュース」制作の流れを見せてもらいます。原稿はどう工夫するのでしょうか?

画像(手話ニュースの原稿)

小野さん:原稿は日本語で書かれていますが、そのまま手話単語を当てはめるのではなく、日本語の意味をとらえて手話に翻訳します。

手話は、主語をはっきりさせる言語のため、原稿に書き足していきます。たとえば原稿に「画像」という言葉がありますが・・・。

小野さん:この“画像”は何でしょう。写真でしょうか?どんな画像を使って、どんな方法なのか、この原稿ではわかりません。手話は視覚言語なので、具体的な情報が求められるんです。

画像(手話ニュースの原稿)

「画像」が何を指すのか確認し、具体的な表現に変えていきます。放送では、この部分を「写真」という手話で表しました。

画像

手話ニュースに出演する小野さん 2022年5月21日放送

過去の放送ではこんな工夫も!手話で伝えるだけでなく、楽しんで見てもらいたいというキャスターたちの思いから、世界中で話題になったユニークな曲を、動きをつけて表現しました。

画像

手話ニュースに出演する小野さん 2016年12月17日放送

聞こえない両親を持つ「コーダ」(※)として育った金沢大学教授の武居渡さんは、手話ニュースキャスターの仕事の難しさは、手話が視覚言語であることによると話します。

※コーダ(CODA:Children of Deaf Adults)
聞こえない、あるいは聞こえにくい親を持つ聞こえる子どものこと

「日本語と手話は違う言語なので、翻訳するのは難しい。同じ単語があるとは限りませんし、そのまま訳しても意味が通じません。意味をつかんでわかりやすく翻訳するのはすごく大変です。
また、手話は目で見て表現する言語なので、すべてを表現せざるをえません。たとえば、日本語で『テーブルの上に本がある』と言う場合、どんなふうにテーブルに置かれているかは言及しなくてもかまいません。でも、手話の場合では、『テーブルの上に本がある。開いている』『テーブルの上に本がある。立てている』『テーブルの上に本がある。乱雑に置かれている』というように、日本語では『ある』で済んでしまうところを、手話では『どんなふうにあるのか』まで表現します。
それが視覚言語の特徴だと思います」(武居さん)

画像

金沢大学 教授 武居渡さん

さらに武居さんは、価値観が目まぐるしく変わる今、手話の表現も日本語と同じように新しくなっていくと言います。そのひとつがジェンダーに関わる表現です。現在、「男性」は親指を立て、「女性」は小指を立てて表現していますが、今後は変わっていくだろうと話します。

「結婚とかデートとか、男性・女性を表す手話には、手の形を使ったいろいろな言葉があります。でも、たとえば男性同士でデートしてもいいわけですから、新たにこれから作っていかなきゃいけない、変えていかなきゃいけない領域なんだろうと私自身は思っています」(武居さん)

また、聞こえない人にとって手話と同様に情報源となるのが、字幕放送です。字幕放送だけでは情報量は足りないのでしょうか。

「字幕放送そのものは、聞こえない人たちにとっては必要なものだと思います。ただ、字幕は文字なので、抑揚などは表現できませんし、しゃべらない時間なども表現できません。そして、聞こえない人たちの中には、手話を第一言語として学び、日本語が第二言語の人もいます。聞こえる人が、英語の字幕を見てもすべてを理解できないのと同じように、日本語字幕があるからといって、すべてを理解できるわけではない人たちもいます。やはり手話が必要になってくると思います」(武居さん)

エンタメ界で活躍する音楽の手話通訳

今、アメリカで大きな注目を集めている手話通訳士が、アンバー・ギャロウェイさんです。音楽フェスティバルでラップの手話通訳をする姿がSNSで話題になっています。

アンバーさんは、高速ラップに合わせた超絶技巧の手話で多くの支持を集め、これまで、スヌープ・ドッグやレッド・ホット・チリペッパーズなど、500以上のライブで一流アーティストの手話通訳を務めてきました。

子どもの頃からろう者と触れ合ってきたアンバーさん。音楽の手話通訳を始めるきっかけも、ろうの友人だったと言います。

「家でパーティをしていたとき、(ろうの)友人がダンスを踊っていました。彼らは手話で歌詞を作り、私も一緒になってやっていました。すると彼らから『私みたいな格好や動きをする手話通訳は珍しい』『ろう者のニーズに応える通訳はほかに見たことがない』と言われました。
初めて音楽に通訳をつけたのは、デスティニーズ・チャイルドのコンサートでした。私が立ち上がって手話通訳を始めると、ろうの友だちが振り向いて、すごくうれしそうに盛り上がったのです。コンサートの後、多くの人から『初めて音楽イベントで音楽とつながった』『生まれて初めて音楽を感じた』と言われ、私もすごくうれしくなりました」(アンバーさん)

画像

アンバー・ギャロウェイさん

アメリカでは、ライブを行う際、聞こえない人からの依頼があれば、主催者が手話通訳を手配することが法律で義務づけられています。

画像

障害のあるアメリカ人法(1990年)

アンバーさんの手話通訳の特徴は、体全体を使って曲の世界観を表現すること。そのために編み出したのが、独特の方法です。

「英語とASL(アメリカ手話)はまったく異なる言語です。一語一句、訳していくわけではありません。『彼女は一日中、悲しそうな目で僕を見ていた』という歌詞があったとしましょう。私は『目』『悲しそう』『見ていた』とは訳しません。どうするかと言うと、役になりきるのです。彼女になりきって、彼を悲しそうに見つめるのです。そして彼は『何でそんな目で見るの?』と。このように、それぞれの役を演じることで表現するのです」(アンバーさん)

アンバーさんは映画のように絵コンテを描いて作業をしています。アーティストが伝えようとしていることをシーンにして描くことで、手話をするときに、表現したい内容が明確にイメージできるのです。

さらに、歌詞のある部分だけではなく、ギターやピアノなど楽器が奏でる、間奏のメロディを訳すことも。音楽の手話通訳に革新をもたらしたアンバーさんの夢は、世界中のライブに手話通訳がつくことだと言います。

「私がいちばんうれしいのは『バンドの楽器の一部になる』という言い方ですね。私は『伝達者』であると同時に、アーティストが表現しようとしていることを伝える楽器になって、(ろう者との)つながりを実現させたいと思っています」(アンバーさん)

斬新な方法で音楽を手話に通訳するアンバーさん。武居さんはこう話します。

「注意したいのは、すべての聴覚障害の人がこれを見て楽しめるわけではないことです。聞こえない人と音楽の関係は、人によってかなり違います。ただ、アンバーさんの活躍によって、聞こえない人たちのなかで音楽を楽しみたい人が、まさに一緒に同じ時間で楽しめるようになった。そういう意味では世界が広がったのかもしれないですね」(武居さん)

聞こえない世界と聞こえる世界をつなぎたい

手話通訳の岡田直樹さんは、横浜市にある障害者スポーツ文化センターでろう者や難聴者向けに支援を行っています。

職場にはろう者もいるため、全員が日常的に手話を使ってコミュニケーションをしています。

画像

職場で手話を使う岡田さん

岡田さんの仕事は、ろう者や難聴者の手話通訳の手配など。通訳の依頼は1日およそ40件あると言います。

「たとえば親御さんが聞こえなくて、お子さんが小学校に行っている方の授業参観や保護者懇談会、役所の手続きなど、聞こえる人に接する生活全般の通訳です」(岡田さん)

ろう者の両親のもとで、聞こえる子ども「コーダ」として育った岡田さん。大学生の時に本格的に手話の勉強を始め、27歳で手話通訳士の資格を取りました。講演会や結婚式などさまざまな場面で、手話通訳として活躍しています。

画像(岡田さんの家族写真)

「結婚式や病気になって治療を受けるとき、亡くなるときに最後のお別れの手話通訳で呼ばれることもあります。長い人生に寄り添えるというやりがいは、手話通訳ならではだと思います」(岡田さん)

岡田さんは今、手話通訳として新たな世界を切り開いています。ろう者や難聴者がプレーする、デフバレーボール・女子日本代表のスポーツ通訳です。

選手によって手話の理解度はバラバラです。

「コミュニケーション手段がみんな違う。どういう手話を出せば全員に伝わるかを手探りしていくところが難しい点ではあります」(岡田さん)

監督は元オリンピック選手の狩野美雪さん。高度な戦術や専門用語の理解が求められ、岡田さんの通訳が選手のプレーに直結します。

画像(監督の説明を手話通訳する岡田さん)

「スポーツは、みんな動き回りますし、位置によっては選手全員が手話通訳を見られなかったりするので、監督の近くをキープしつつみんなが見える位置に移動するなど、立ち位置が難しいと思います。
でも、自分の手話通訳で少しずつ選手がうまくなっていったり、知識が深まったりと変化が見られるのは、スポーツ通訳の醍醐味だと思っています」(岡田さん)

岡田さんが考える、聞こえない世界と聞こえる世界をつなげるカギとは?

「ただ手話通訳をつければいいという考えはもう終わりというか、そのうえで、“聞こえる人と聞こえない人がどう会話に入っていくか”がすごく求められている。手話通訳の仕事をもっと若い世代にも知ってもらって、通訳者を育てていくことで、聞こえない人も聞こえる人も仕事や生活がしやすい社会になっていくんじゃないかなと思います」(岡田さん)

画像(岡田直樹さん)

手話は『おもしろい』『かっこいい』といったところから入っていいと思います。そうすれば、手話を大切にしているろう者と必ず出会うことになります。ぜひ、いろいろなろうの人たちと出会って、手話を通してコミュニケーションしてほしいと思います」(武居さん)

画像(金沢大学 教授 武居渡さん)

聞こえない人と聞こえる人をつなぐために、手話がより多くの人に広がっていくことが期待されます。

福祉の知識をイチから学ぶ“フクチッチ”
手話(1)知られざる歴史とその魅力
手話(2)手話ニュース・手話通訳の仕事 ←今回の記事

※この記事はハートネットTV 2022年7月4日放送「フクチッチ 手話(後編)」を基に作成しました。情報は放送時点でのものです。

あわせて読みたい

新着記事