ハートネットメニューへ移動 メインコンテンツへ移動

水害から命を守るために ~ろう者・難聴者の視点から~ #ろうなん 6月号

記事公開日:2022年09月09日

夏は、各地で突発的、局地的な大雨が発生しやすい季節。そこで今回は大雨・台風などの水害から命を守るための課題や対策について考えていきます。水害に見舞われたときに、聞こえない人たちは何に困るのか。被災した当事者たちの証言と自治体の情報発信、地域での取り組みについて紹介します。

“情報弱者”になってしまう聞こえない人たち

2019年10月、東日本を中心に猛威を振るった台風19号は記録的な大雨となり、各地で河川の氾濫や土砂災害が発生。死者行方不明者は120人以上に及びました。

ろう者の伊藤みずほさんは長野市で被災しました。伊藤さんは、雨の音が聞こえないため、身に迫る危険になかなか気付くことができませんでした。

さらに、長野市では千曲川の堤防が決壊し、伊藤さんの住む地区にも防災放送による避難指示が出されましたが、こちらも気がつかなかったと振り返ります。伊藤さんはテレビのニュース速報に表示された字幕を見て、大雨特別警報が出されたことを知ります。

画像

伊藤みずほさん

伊藤さん:防災放送があったと思うのですが、私にはまったく分からなかったです。私たちは聞こえないので、その内容を把握する術がありません。(テレビなら)音声で「本当に危ない」とか、「まだ大丈夫じゃないか」といったニュアンスも判断できると思いますが、ろう者の場合はテレビを見ても文字情報だけです。新しい情報が出るたびに字幕が変わるので、そこまで大ごとなのか判断できませんでした。

特別警報は出されたものの、一夜明けると雨足が弱まりました。ところがその後、伊藤さんにとって予想外の事態が起こります。自宅近くを流れていた支流が氾濫したのです。

伊藤さんは間一髪で難を逃れましたが、押し寄せた濁流は自宅を飲み込み、浸水は天井にまで及びました。

長野県聴覚障害者協会理事長の松原武さんは、ろう者・難聴者が災害に“情報弱者”に陥ってしまうことを危惧してきました。

画像(松原武さん)

松原さん:ろう者・難聴者の場合、避難をするための情報がなかったんですね。そこで、近所の人たちが来てくださって、「危ないよ」と呼びかけてくれる。でも、例えばドアを叩く、窓を叩くときに、その振動でようやく誰か来たと気がつくことがあります。情報を得るのに壁があるため、逃げるのに時間がかかってしまうんです。

災害情報を手話で伝えることの意義と課題

長野県聴覚障がい者情報センターでは、長野県内に暮らすろう者や難聴者に向けて、生活に役立つ情報や、教育に関する情報などを発信しています。

記録的な大雨となった2019年10月には、行政などから得た災害情報をもとに手話で動画配信を行い、聞こえない人たちのために独自の方法で情報を届けました。

当時、所長を務めていた上嶋太さんは、手話で情報を伝えることの大切さを説きます。

画像(上嶋太さん)

上嶋さん:聞こえる人は、耳にする音は自然に入ってきます。同じように、手話は自然に目で捉えることができると思うんです。自分の身を自分で守らなきゃいけないとなると、同じ情報を同じだけもらいたいです。

動画配信を始めたのもつかの間、浸水による停電でインターネットが使えなくなりました。それでも、命を守るための情報を途絶えさせてはならないと、情報センターのスタッフは80キロ離れた松本市まで移動。

手話による動画配信は災害発生から1週間、毎日欠かさず続けられました。

画像

手話による動画配信の様子

記録的な大雨から3年。情報センターの動画配信のチームに、伊藤さんの姿がありました。自宅が浸水した経験を経て、聞こえない人たちの命を守るために、自ら名乗りを挙げました。

画像(伊藤さんによる手話動画)

手話の解説をつけた人形劇を通して防災意識を高める活動に取り組んでいる、人形劇団代表の榎本トオルさんと、難聴児の教育支援などを行う会社の代表を務める牧野友香子さんは言います。

画像

榎本トオルさん

榎本さん:例えば津波が来ることを手話で表すと、人形が移動して体の動きも見せながら「怖いぞ、危ないぞ、早く逃げなきゃ、こっちだよ!」と表現できます。文字で「危ないから、逃げましょう」というだけでは分からないですよね。

牧野さん:私自身は口(の動き)を読んで話をしているので、電気がないのがいちばん怖いです。真っ暗だと、何も分からなくなってしまう。ですから、災害に備えてキャンプ用具のランタンなどを近くにおいておくことは意識しています。

画像(牧野友香子さん)

手話での動画配信や、人形劇を通じた防災への取り組み。松原さんはこうした活動を高く評価すると同時に、大規模な災害が発生した際に “被災した当事者”が自助努力で情報発信を行うことの限界についても指摘します。

松原さん:被災した当事者が情報を伝えていくことには、いろんな困難もあります。もしさらに大きな災害が起きたときには、被災状況によっては情報発信するのは当然困難になると思います。

画像(松原武さん)

ろう者・難聴者が直面する避難生活における課題

2020年、熊本県を流れる球磨川は、記録的な大雨で氾濫しました。被害の大きかった人吉市では市内全域に避難指示が出され、一般の避難所は最も多いときで13か所、福祉避難所も6か所設置されました。

福祉避難所とは、災害時に高齢者や障害のある人など、とくに支援が必要な人のために開設される避難所です。しかし、市が把握していたろう者・難聴者120人のうち、避難所にやってきた人は1人もいませんでした。

ろう者の土佐安彦さんと一子さんは、球磨川から1キロほどの場所に暮らしています。

大雨に見舞われたあの日、2人とも避難指示が出ていたことは知っていました。最も近い避難所は自宅から歩いて10分ほどの場所にありましたが、あえて行こうとはしませんでした。

画像

土佐安彦さんと一子さん

一子さん:知り合いがいればいいんですけど。ほかのところから人が集まってきて、誰も知らないときには、ちょっと難しい。コミュニケーションの問題ですね。

避難所に行くことを躊躇してしまうという土佐さん夫婦の声に、牧野さんも同意します。

牧野さん:私自身、子どもが2人いるのですが、子どもが出している騒音などが分からない。避難所に行って、周りの人に迷惑をかけたらどうしようという不安もあるんですよね。例えば、(子どもが動画を見ていて)音量を最大にしていても分からない。周りの人に迷惑になっているか判断できない怖さはありますね。

こうした人たちのために、当事者が中心となって作ったグループがあります。その名も「ウイロウ(WeRou)」。名前の由来は「私たちは、ろう者」で、活動拠点は1軒の民家です。

この民家はいざというとき、聞こえない人たちのための緊急避難所に姿を変えます。家主は手話通訳者の平澤ちえ子さんで、自宅を開放して12人の仲間たちとウイロウを立ち上げました。

画像

平澤ちえ子さん

当事者同士で助け合おうと考えたきっかけは、2016年に発生した熊本地震です。

当時、震度7の激震に2度も見舞われ、避難者は最大で18万人にのぼりました。避難所に身を寄せた聞こえない人たちは、さまざまな困難に直面したと、ウイロウ代表の徳澄司さんが語ります。

画像

ウイロウ代表 徳澄司さん

徳澄さん:食事にしても、聞こえる人の場合は放送で「何時ですよ、並んでください」と言われれば分かりますが、聞こえない人は分からないので動けない。みんなが食べ物をもらっているのに気付いて、急いで並んでも、自分の前で終わってしまい、仕方がないので諦めて帰る。そうやって我慢することがあり、苦しかったというのを聞きました。

ウイロウでは、聞こえない人たちが避難所での生活に対して抱く不安の声を行政に直接伝えてきました。市の担当者と議論を重ね、実現にこぎつけたもののひとつが、防災ラジオです。

豪雨災害のあと、市では全世帯へ防災ラジオを配布する計画を進めていました。これを知ったウイロウのメンバーは、聞こえない人がいる世帯には「字幕付きラジオ」が必要だと要望し、音声に合わせて字幕が流れるラジオが届けられることになりました。

画像(字幕付き防災ラジオ)

さらに、ウイロウが繰り返し訴え続けてきたことがあります。それは、ろう者や難聴者が安心して利用できる、専用の避難所を行政の責任で作ってほしいというものです。しかし、市の担当者によると、福祉避難所を必要とする人のニーズは多岐にわたるため、聞こえない人だけに特化した対応は難しいと言います。

長野県聴覚障害者協会理事長の松原さんは個人情報の問題が支援の壁になっていると指摘します。

松原さん:災害が起きたとき、支援組織として活動するためにも、ろう者・難聴者の個人情報をいかせたらと思います。そうすれば、(私たちも)支援することができる。しかし、行政にお願いをしても、個人情報の問題があるので、教えてもらうことはできないんです。

三重県の一部の地域では、行政が管理している要支援者名簿の中から聞こえない人だけの情報を抽出し、その方々の同意を得たうえで、支援組織などと共有する協定を結んでいるケースもあります。しかし、全国では非常に珍しいのが現状です。

水害から命を守るための対策と課題

ろう者・難聴者が、集中豪雨や台風から命を守るための対策と課題。榎本さんと牧野さんは、ふだんから聞こえる人とつながりを持つことも大切だと感じています。

画像(榎本トオルさん)

榎本さん:私は劇団の活動をしていますので、聞こえる仲間たちもいます。いつも一緒に公演や稽古をしているので、私のようなろう者がいることも分かってくれているので、何か起こっても安心できる。お互いに支え合えるので、ほっとしているんです。

画像(牧野友香子さん)

牧野さん:つながるってすごく大事だと思うんですね。とくに難聴者は、手話を使ったりしないと見た目では分かりにくい。難聴者もどこかでつながれる場所が必要なんじゃないかと思いました。

画像(松原武さん)

松原さん:聞こえる人が、ろう者・難聴者のことを知ってもらえると、とても安心できます。今後、聞こえる人との橋渡しも大切だと感じています。

『走る島原鉄道』林田郁弥さん

画像(ロゴ)
画像

『走る島原鉄道』

画像

今回の画伯
長崎県立ろう学校中学部
林田郁弥さん

毎日、電車に1時間半乗って、ろう学校まで通っていた林田さん。幼稚部のころ、毎日お母さんと通った思い出の有明海の風景と、大好きな島原鉄道の車体を版画にし、2か月かけて細部まで丁寧に仕上げました。

林田さん:黄色い島原鉄道の車体が好きなのと、海がきれいだから、それをみんなに伝えたいと思って作りました。島鉄の車体がいい色になったので気に入っています。向かってくる波と、はね返った波の2種類を描きました。

現在は親元を離れ、寮生活を送っている林田さん。小学部から高等部まで、11人の仲間がわきあいあいと暮らしています。


※手話キッチンレシピはこちらからご覧いただけます。手話キッチン 毎日のごはん スイーツ

※この記事はハートネットTV 2022年6月22日(水曜)放送「#ろうなん 6月号」を基に作成しました。情報は放送時点でのものです。

<関連サイト>
水害から命と暮らしを守る
https://www3.nhk.or.jp/news/special/suigai/

あわせて読みたい

新着記事