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手話で楽しむみんなのテレビ 響き合う手話と声 「手話怪談」制作舞台裏

記事公開日:2022年09月14日

2019年にスタートした「手話で楽しむみんなのテレビ」プロジェクト。NHKの人気番組に手話をつけたり、ろう者の俳優が一人芝居を演じたり、聞こえない人も聞こえる人も一緒に楽しめる番組を届けてきました。プロジェクトが3年目を迎えた2022年、俳優の白石加代子さんを迎え、「手話と声による語りの共演」に挑戦しました。「手話」と「声」、異なる言葉が織りなす不思議な物語の舞台裏を紹介します。

「学芸会にはしたくない」 前途多難の船出

2022年3月25日に放送された「手話で楽しむみんなのテレビ 怪談・奇談編」。この番組では、5人のろう者と白石加代子さんが共演しました。

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白石加代子さんと菊川れんさん 『手話で楽しむみんなのテレビ 怪談・奇談編』(2022年3月25日放送)

「手話」による、ろう者の語り。
「声」による、白石さんの語り。

ふたつの異なる言葉が響き合い、妖しき世界が立ち上がる作品となりました。

制作の始まりは2021年12月。白石さん、出演者、制作スタッフが一堂に会し、初めて顔合わせを行いました。

白石さんは、言わずと知れた日本を代表する舞台俳優。さまざまな声色を自在に使い分け、少女にも老婆にも、ときには幽霊にも妖怪にもなりきります。

イギリスが誇る世界的な演出家ピーター・ブルックは、かつて、白石さんの演技を見て、「火を噴くドラゴン」と評したといいます。

「ちょっと特殊な体制で、聞こえる人と聞こえない人と一緒に作品を作る形になります」(番組スタッフ)

画像(顔合わせに参加する白石さん)

制作チームにはろう者の佐沢静枝さんと江副悟史さん、廣川麻子さんが監修として入り、当事者ならではの視点を演出に取り入れていきます。目指すのは、聞こえない人も聞こえる人も一緒に楽しめる番組です。

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監修の江副悟史さんと佐沢静枝さん

「手話と白石さんの語りをどういうふうに一緒にコラボレーションしていくのか。イメージを一緒に共有できたらと思っています」(後藤ディレクター)

総合演出の後藤怜亜ディレクターのあいさつから始まった話し合い。「手話」と「声」、ふたつの異なる言葉を使う役者たちをどうやって共演させるか。手始めに、制作スタッフと監修者とでいくつかのセリフを読み合わせて、白石さんに見てもらうことにしました。

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読み合わせの様子

白石さんの長い俳優人生の中でも、ろう者との共演は今回が初めて。 ひとつの舞台を共にするイメージがわかず、制作チームに疑問を投げかけます。

白石:(チーフ・プロデューサーの)梅内さんが到達したい地点はどういうところですか?

梅内:声で表現される方と、手話で表現される方がひとつの舞台を踏むことで、いろいろな化学反応が見られるといいなというのが大きな希望ですね。

白石:そうですよね。すぐには到達しないね。ある種、戦いなわけだから、ろう者ばかり目立ってすてきだっていうのは悔しいんですよ。言葉も美しくというか、人を惹きつける言葉で、(手話と言葉の)ふたつが並んだときに「ふたりでやり合ったから面白くなった、その場がすてきになった」ってならなきゃ嫌だなっていう気持ち。

画像(白石加代子さん)

佐沢: 手話を見るけど、手話だけではなくて、白石さんの表情や動き、しゃべり方も一緒に見えたほうが(聞こえない人にも)伝わると思います。なので、呼吸がぴったり合うように稽古をするのが大事になってきます。

画像(監督 佐沢静枝さん)

白石:セリフを覚えて、学芸会みたいになるのは嫌じゃない?ただ「こういうふうに語りをやりました。手話をやりました。つなげて、ちょっと面白い試みを今回やりました」っていうレベルの作品に出来上がるだけじゃ嫌だなって思ってる。前途はものすごく大変そうじゃない?

重々しい雰囲気でスタートした初回の顔合わせ。白石さんの迫力に、監修のふたりは少し圧倒されつつも、刺激を受けた様子。

江副:白石さんが「手話に負けないようにしたい」とおっしゃったことがうれしかったです。でも、楽しみと不安が半々です。

佐沢:私は不安のほうがちょっと多いかも。

「手話」と「声」をどう響き合わせるのか?

「手話で楽しむみんなのテレビ 怪談・奇談編」では2つの怪談を取り上げました。ひとつは、死骸にまたがる男」(小泉八雲)。亡くなった妻の怨念におびえる男が、陰陽師の言いつけにしたがって、その死骸にまたがるという物語です。

画像(「死骸にまたがる男」(小泉八雲))

もうひとつは、不思議な妖術を使う老女を描いた「妖婆」(芥川龍之介)です。

画像(「妖婆」(芥川龍之介))

2つの物語が、ふたりの語り手を進行役に展開していきます。

白石さんと並び、手話での「語り」を務めたのは菊川れんさん。圧倒的な存在感と卓越した演技力が持ち味で、「手話で楽しむみんなのテレビ」シリーズへの出演経験もあります。

画像(菊川れんさん)

「手話」と「声」。異なる言葉を使うふたりの芝居を魅力的に演出するために、番組スタッフはある手法を取り入れることにしました。例えば、こちらの場面。

白石:『さっきは私が陰陽師を演じたから、今度はあなたが妖婆役をやりたいって?

菊川:『さっきはあなたが陰陽師をやったから、今度は私に妖婆をやらせてよ!

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白石さんと菊川さんのセリフの違い

互いの言葉を通訳し合うのではなく、それぞれが自分のセリフを演じ合います。「声」と「手話」が互いに丁々発止と掛け合うような演技。しかし、この演出にたどり着くのは、容易ではありませんでした。なぜなのか・・・

白石:『あなたは、私の申し上げることをお信じにならないかもしれません。いや、きっと嘘だとお思いなさるでしょう。八雲や芥川の小説にでもありそうな気味の悪い昔の事件が・・・』

菊川:ちょっと待って・・・。

台本を次々と読み上げていく白石さんに、戸惑う菊川さん。白石さんが自分のペースでセリフを話すと、菊川さんの手話が置き去りになってしまいます。ふたりの呼吸がなかなか合いません。

画像(稽古中の白石さんと菊川さん)

白石さんと後藤ディレクターとの間で、すり合わせをおこないます。

白石:出演者としては、菊川さんをほったらかして自分のパートだけ頑張ってやっていけばいいんですか?

後藤:ぜひ見合ってほしいです。

白石:そんな余裕がまだないですね・・・。難しいね~。本当は菊川さんがなさっていることが隅々までわかって、自分のセリフの中にも組み込んでやっていけたら、どんなにいいだろうなとは思うけれど。

白石さんは手話が意味するところを尋ね、その動きをメモし、覚えようとします。
白石さんの質問は続き、監修の廣川麻子さんと佐沢さんが答えます。

白石:(菊川さんから肩を)トントンってたたかれるでしょ? それにもかかわらず、すぐに私が「物語の舞台は」って知らん顔して前を向いているのは変だね。

廣川:肩をたたいて『次はあなたの番?』とやるのを、(白石さんが)見てから話し始める。

画像(監修の佐沢静枝さんと廣川麻子さん)

廣川さんと佐沢さんからのアドバイスを受けて、白石さんは稽古を再開します。

白石:『何にしようかな・・・』

菊川:『(トントン)あなたの番?』

白石:(菊川に気づいて見つめ)『そうよ。物語の舞台は大正時代の東京で、題名は「妖婆」。』

後藤:カット!完璧です。

白石:完璧だった? すばらしい。

画像(稽古中の白石さんと菊川さん)

少しずつ、手話との共演のコツがつかめてきた様子の白石さん。明るい表情で気持ちを教えてくれました。

「自分も80歳だから、それなりにいろんなことを経験しているけれど、近づいたことのない世界だったなって思ったんですよね。自分に稚拙なところがあっても許容してもらえるような、安心感みたいなものを今日は感じました。それだから楽しいのね。自分は何の用意もできていなかったけれど、一緒に何かをする。まだ何にも固まってはいないけれど、なんとかなりそうって感じがしました」(白石さん)

菊川さんも、「声」との共演は簡単ではないからこそ楽しいと話します。

菊川:今までは、ろう者が聴者(聞こえる人)に合わせることが多かったと思います。今回は対等な関係でろう者も意見を出し、聞こえる人も意見を出す。ろう者の手話と(聞こえる人の)日本語は異なる言語です。文化も違うので 一緒に作るのは簡単なことではありません。でも逆にお互い新しい発見もあります。だから大変だけど楽しいんです。

美術・衣装・メイク 「手話怪談」ならではのこだわり

今回の企画では、美術や衣装・メイクも、聞こえないスタッフと聞こえるスタッフが一丸となって知恵をしぼりました。

より美しく、より妖しげに。
誰も見たことのないような、人の記憶に残るような、「手話怪談」ならではの世界観を形にしたい。

衣装を担当するスタイリストのBabymixさんは、目指す方向性についてこう話します。

「やろうとしてるのは、古典のほうにいってるんだけど、完成形は『スター・ウォーズ』になってたらいいなと思う。昔をさかのぼっていったら、宇宙にたどり着いているみたいな」(Babymixさん)

画像(スタイリスト Babymixさん)

美術チームはイメージをふくらませるため、洋の東西を問わずさまざまな資料にアイデアを求めました。
淡い色づかいが美しい明治時代に描かれた絵画作品を参考に、死骸となった女役の衣装を用意しました。

画像(死骸となった女役の衣装)

しかし、雰囲気は魅力的でも、衣装の色に問題がありました。監修の廣川さんはこう指摘します。

廣川:表情や手の動きが、きちんと見える範囲で考える必要があると思います。

通常、テレビ番組に出演する通訳者は、手話の手元がしっかり見えるように、濃い色の服を着用します。淡い色の衣装では、手話が見えにくくなるおそれがあるためです。

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濃い色の服を着用した手話通訳者

そこで、淡い色の衣装に映えるよう、手話で演技をする出演者の指先を黒く塗ることになりました。監修者からは「指先の黒さが珍しくて見入ってしまうと、話が頭に入ってこないかもしれない」という懸念も出されました。衣装やメイク、全体のバランスにも気を配ります。

画像(出演者の指先を黒く塗る)

従来の方法にとらわれずスタッフ総出で協力し、アイデアを出し合う。その姿勢は、手話の表現を検討する場面でも見られました。

『妖婆』で、不吉な展開を予感させる重要なモチーフとして繰り返し登場するカラスアゲハ。稽古最終日になっても最後までこだわったのが、このカラスアゲハの表現でした。

白石:『新蔵の家の周りには、いつまでも、ひらひらと、あの不吉なカラスアゲハが飛び続けたそうよ』

画像(菊川さんが手話で表現するカラスアゲハ)

このシーンでカラスアゲハを手話でどう表現するか。みんなで意見やアイデアを出し合います。

白石:私は語りだから、たいしたことはできないけど、体を使ってなさる手話のほうが主役ですよ。すてきにすれば、とても印象深いシーンになると思います。

佐沢:(菊川さんの)指1本1本を少しずつずらす。(手話)

白石:佐沢さんの手話が面白い。

菊川:表情をつけたら・・・。

白石:もっとね、この辺(胸元)だけじゃなくてね、想像もつかないところからヒュッと(手話が)来たりするのもありかなと思うんだけど。

佐沢:針金でちょうちょが釣られていると思って。

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監修の佐沢静枝さん

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數見陽子さん

熱気あふれる現場で見つけた新たな表現の可能性

当初、「学芸会にはしたくない」と話していた白石さん。しかし気づけば、そこにはまるで高校の文化祭のような熱気があふれていました。

画像(最終日の稽古の様子)

最終日の稽古後、総合演出の後藤ディレクターはこう話します。

「私、白石さんと皆さんのお稽古を見て、本当にこの番組をやって良かったなぁと思いました」(後藤ディレクター)

画像(総合演出 後藤怜亜ディレクター)

収録本番の直前、「死骸にまたがる男」演出の豊田ディレクターが意気込みを語りました。

画像(演出 豊田義勝ディレクター)

響き合うふたつの言葉。せめぎ合い、確かめ合い、そして生まれた「妖しき世界」。不安を抱えながらも全身全霊で稽古を重ねたふたりの語り手は、新たな表現の可能性を見出したようでした。

菊川:稽古のときに少しずつ気持ちが通じ合うようになり、収録本番では白石さんの気迫がメラメラと伝わってきて、私も負けるもんかと全力で演じました。

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菊川れんさん

「お話をいただいたときは先が見えなくて不安でしたが、稽古に入って何日かやっていくうちに、すっかり虜になっちゃって。歩み寄って、こんなふうにひとつの出来あがりに向かって進んでいけるんだっていう幸せを感じましたね」(白石さん)

画像(白石加代子さん)
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撮影を終えた白石さんと菊川さん

※この記事はハートネットTV 2022年9月20日放送「響き合うふたつの言葉 「手話怪談」制作舞台裏」を基に作成しました。情報は放送時点でのものです。

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