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バリフリ・タウン(6) 認知症の仲間とつくる、仕事と働く場所

記事公開日:2022年08月22日

認知症の人が暮らしやすいバリアフリーなまちづくりを紹介する、シリーズ「バリフリ・タウン」。今回の舞台は東京・品川区です。若年性認知症と診断され、働き盛りで仕事を辞めざるをえなくなった2人の男性が、まだまだ働きたいという思いを抱いて、未経験の“ジャム”の製造・販売に挑戦することに。多くの人とのつながりから成長を続ける働く場所づくりを追いました。

認知症と診断されても仕事がしたい

柿下秋男さん(68)は、7年前に認知症と診断されました。ボート競技のコックス(舵手)だった柿下さんは、オリンピックに出場した経験のある元アスリートです。現在も週に2回、デイケアに通って足や腕など、体全体を鍛えています。

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柿下秋男さん

柿下さんは大学卒業後、果物や野菜を取り扱う卸売会社に就職。大田市場で持ち前の体力をいかして働いていましたが、60歳のときに物忘れが頻繁に起こるようになります。その後、認知症と診断され、自ら仕事を辞めました。

「働く気持ちはありましたけど、しっかり体を休めて、静養して、そのあとの人生をいいものにするべきだと思いましたね」(柿下さん)

引退後は絵を描くことを始めるなど、悠々自適の生活を送ります。しかし一方で、周りの人たちに「本当は俺、物を売りたいんだ」とこぼしていました。

そんな柿下さんの思いを受け止めたのが、品川区にある高齢者施設の施設長だった鈴木裕太さんです。物を売りたいという声に応えて、毎年11月に開催している地域のお祭りに柿下さんを誘い、鈴木さんたちの屋台で物販の接客を担当してもらいました。

画像(接客する柿下さん)

「絶好調です。みんな一生懸命やっていますし、周りの人たちもいっぱい来てくれた」(柿下さん)

楽しむだけでなく利益を出す

屋台を柿下さんと一緒に手伝っていたのは、後藤智さん(59)です。後藤さんは電子機器の物流会社で働いていましたが、52歳のときに物忘れが頻繁に起こり、認知症と診断されて会社を辞めざるをえなくなったといいます。家に閉じこもることが多くなった後藤さんですが、デイサービスの職員に誘われて参加したイベントで柿下さんと出会います。

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(左)柿下さん、(中央)後藤智さん

「柿下さんはリードしてくれる親分みたいな感じです。柿下さんが『やろう』と言ったら、すーっといきそうな雰囲気がありますもんね」(後藤さん)

柿下さんとの出会いで気持ちが前向きになっていった後藤さんに、ある思いが湧き上がってきました。

「仕事をしたい。微々たるものでもいいので、収入(を得られる仕事)としてやりたい」(後藤さん)

いまだ消えない働くことへの情熱。鈴木さんは、後藤さんと柿下さんが働ける場所がないかと考えました。

「不定期なイベントは楽しむことがメインです。ですから、収入を得たいということと、物を売って楽しみたいということには、大きな差があります」(鈴木さん)

鈴木さんが探してみたものの、認知症の人を受け入れたことがないといった理由で2人が働ける職場は見つかりませんでした。そこで、働ける場所がないならば、自分たちで事業を立ち上げ働く場所をつくろうと考えます。

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支援者 鈴木裕太さん

「自分たちで何かを作って、収入を得ることができないだろうかという発想です。何ならできるかな、どうしたらできるかなと考えた結果、ジャムを作って販売していこうと。ジャムづくりは皮をむく、切る、煮る、詰めるなど、いろんな工程があり、認知症の方もできることがたくさんあるので、参加しやすい。柿下さんが青果市場で働いていたので、果物について知っているのもポイントでした」(鈴木さん)

ジャムづくりプロジェクトがスタート

スタートしたジャムづくりプロジェクト。メンバーはまず、山梨県甲府市の加工工場にやってきました。

ここは障害のある人を就労支援する事業所で、ドライフルーツやゼリーなどを製造販売しています。工場で作られたチューブ入りのゼリーは、柿下さんたちが参加したお祭りでも売られていました。その縁で、果物加工のノウハウを教えてもらえることになったのです。

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就労支援の事業所「かしのみラボ」

見学の中で柿下さんが特に興味を持ったのが、色鮮やかなパック入りの果物ゼリー。

「こういう色のほうが、ブドウって感じがする」(柿下さん)

目指しているのは、果物本来の魅力が詰まったジャムです。味はもちろん、見た目でも果物の存在感を出すにはどうしたらいいか、希望が膨らみます。

画像(加工工場で製造されているパック入りの果物ゼリー)

認知症バリアフリーの専門家の永田久美子さんは、こうした垣根を越えたノウハウの共有を高く評価します。

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認知症介護研究・研修東京センター部長 永田久美子さん

「認知症の人だから認知症の分野の範囲内でと思いがちですが、むしろ壁を越えて学ぶ、働くということを、障害のある方のほうが、長い間、試行錯誤してやってこられています。認知症のバリアフリーのためには、認知症の壁を取っ払って、先輩から学ぶことが大事だと思います」(永田さん)

順調に見えたジャムづくりプロジェクト。しかし、運営資金という大きな課題がありました。冷蔵庫などの設備や加工場の家賃などに、何百万円もの費用がかかってしまいます。

そこでお祭りに参加した大学の先生に紹介してもらい、事業経営に詳しい行政書士から助成金の申請についてなどのアドバイスをもらいました。

画像(専門家にアドバイスをもらうメンバー)

さらに商品開発については、地域の大学も協力。今後は栄養学科など、大学の先生たちとの連携を検討してくれることになりました。諦めていた「働く」ことが、地域のお祭りで出会った人たちの協力で実現に向かって進んでいきました。

永田さんはこうした専門家の協力を仰ぐこともバリアフリーのために重要だと指摘します。

「行政書士や栄養士の力を借りることはとても大事な点。(認知症の人が)自分たちでやれる範囲でと目標設定を低くし過ぎてきたことが、今までのバリアだと思うんですよね。普通の事業として、つながりをつくってチャレンジする。今までの枠を取っ払ったところは大きなバリアフリーだと思います」(永田さん)

試作品はみんなで作る

6月、初めてのジャムの試作会が行われました。用意した果物は熊本県産のブルーベリーと瀬戸内産のレモン。実はみなさん、ジャムづくりは初めてです。調理工程から作業の分担まで、みんなで話し合って決めます。

画像(話し合うメンバーの様子)

鈴木さん:レモンのジャムはいろんな方法があって、白い皮まで入れて苦みをつける方法と、白い皮はきれいに取って苦くないマーマレードにする方法がある。どうしますか? 白い部分はなし? あり?

後藤さん妻:少し苦みがあってもおいしい。

鈴木さん:じゃあ極力取ることにしますか?

柿下さん:極力だよね、極力。

鈴木さん:むいたときに白い皮が入っても、まあいいかって。

参加する誰もが気兼ねなく調理できるよう、むき方のルールに「あいまいさ」を取り入れました。

いよいよ、ジャムづくりの開始です。柿下さんは現役時代のエプロンを身に着けて気合い十分。レモンジャムを担当し、果物の扱いに慣れているので手際よく切っていきます。この日のために自宅でジャムづくりの自主練習もしたそうです。

画像(レモンを切る柿下さん)

レモンを切り終えると次は砂糖を入れる工程です。「果物本来のおいしさ」にこだわる柿下さんは、みんなと相談し、砂糖の割合を調整しました。

台所にほとんど立ったことがないという後藤さんは、包丁を使わずにできる、ブルーベリージャムの調理に挑戦です。細かく教わりながら、鍋にブルーベリーと砂糖を入れて煮詰めます。

画像(ブルーベリーを煮込む後藤さん)

「大学に入って、一人暮らしで、最初に料理をやらなくちゃいけないと思って・・・。でも、ちょっと時間が経ったら、何もやらなくなっちゃって。ハハハハハ」(後藤さん)

作業に余裕がでてきて、後藤さんの会話も弾みます。

仲間とつくる「働く場所」

作業開始から3時間、ついにジャムが完成しました。ジャムの保存方法も一工夫し、あえて小さなパックに詰めていきます。山梨の工場で見たゼリーにヒントを得たものです。

画像(完成したジャム)

試行錯誤して出来上がったジャムをみんなで試食していると、後藤さんに新しいジャムのアイデアがひらめきます。

画像(ジャムを試食するメンバー)

「デコポンとかのほうが、インパクト的にはパンチがあるのかな」(後藤さん)

すると、柿下さんも仕事のスイッチが入りました。

「『我々がやってるんだ』みたいな、違う角度から消費者に訴えられるものを持っていないと、難しいんじゃないかなと思う」(柿下さん)

もっと自分たちのオリジナリティを出していきたいという、楽しみが広がってきました。

この様子を見た永田さんは、本人が考え、アイデアを言い合えることが認知症の当事者にとって大切だと言います。

「認知症になると、自分で考えるチャンスが周りから奪われていきます。周りに悪気はないのですが、本人に考えさせずに決めてしまう。本人が苦しんでも、考えて自分でたどり着くということは、自分の存在感、自分なりの実感とか、自信になっていく。思いついたアイデアを言ってもいいんだという雰囲気があるのが、バリアフリーの大事なところだと思います」(永田さん)

まだまだ課題はたくさんありますが、仲間と一緒なら働く場所はきっとつくれるはずです。

「一人で孤独に動いているような思いがあったんですけど、何か変わったんでしょうね、きっと。仲間で一緒に動くことが楽しみになっています」(後藤さん)

画像(後藤さん)

「みんな、それぞれ違う人生を送ってきた。だから、違いがあるっていうことは大事なこと。そういうことも考えながら、いい仕事をしていければと思いますね」(柿下さん)

画像(柿下さん)

「無理に『働きましょうよ』じゃなくて、『ちょっとやってみようかな』と思えるように働いてもらえたらいいなと思います。『こんなことができる』『こんなことが嬉しい』『挑戦してみようかな』っていう、踏み切っていく一歩になったらいいなと思っています」(鈴木さん)

画像(鈴木さん)

鈴木さん:柿下さん、夢ってありますか?

柿下さん:夢? 仲間とずっとやれることです。やっぱり仲間です。

柿下さんと後藤さんの「働く」ことへの挑戦は始まったばかりです。

バリフリ・タウン
(1)認知症の人が生き生きできる“場所”
(2)認知症の人との外出
(3)認知症の人でも楽しく働ける! 京都のSitteプロジェクト
(4)認知症の人が地域を元気にする!
(5)認知症当事者の声から始まるバリアフリーなまちづくり
(6)認知症の仲間とつくる、仕事と働く場所 ←今回の記事
(7)チーム上京!地域の力でウインドサーフィンに挑戦
(8)認知症当事者と家族が幸せに暮らす取り組み
(9)認知症バリアフリーのまち大集合!2023 前編
(10)認知症バリアフリーのまち大集合!2023 後編

※この記事はハートネットTV 2022年7月18日(月曜)放送「バリフリ・タウン(6)働く場所をつくろう!」を基に作成しました。情報は放送時点でのものです。

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