ハートネットTVの新企画として始まった「#ろうなん」。今回は、プロダンサーのGenGenさんと臨床心理士の冨田(甲斐)更紗さんを迎えて、聞こえない子どもの心のケアについて、当事者の視点から考えます。そのほか、「世界のトビラ」ではイギリス発の話題のSNS動画を、「手話キッチン」ではボリューム満点のお弁当レシピなど盛りだくさんでお届けします。
新年度は、新しい環境に慣れずに不安を抱える人が多い時期です。特に子どもたちは環境に左右されやすく、聞こえないことでストレスを抱えるケースがあるといいます。
難聴の当事者で、ろう者・難聴者向けのダンスの指導を行っているプロダンサーのGenGenさんは、子どもの頃に地域の学校で聞こえる子どもたちと一緒に学んでいましたが、聞こえないことでつらい経験があったと振り返ります。
GenGenさん:中学生になったときから、聞こえる人からいじめというか、誹謗中傷の書き込みをされたり、自分の口の形が変だとまねされたことがあります。
臨床心理士の富田(甲斐)更紗さんは、ろうの当事者の立場から、ろう学校のスクールカウンセリングや、大学で障害のある学生の支援をしています。更紗さんは、聞こえる家族の中で育ち、家庭の中でもコミュニケーションの壁に悩んできました。
更紗さん:家族が楽しそうに笑いながら会話をしているとき、私だけが分からない。でもそれを言って家族を悲しい気持ちにさせてしまうのが嫌でした。家族みんなが笑っているときは、私もまねをして、意味は分からないけれど笑うようにしていましたが、嫌で苦しいことでした。同じろう者の仲間でも相談しにくいことだったので、家族でも友だちでもない、相談できる相手がほしかったですね。
GenGenさんと冨田(甲斐)更紗さん
東京・豊島区に、聞こえない子どもたちが安心して集える居場所があります。
全国でも数少ない、ろうや難聴の子どもに特化した放課後等デイサービス「あ~とん塾」です。
学習の支援や友だちと遊べる場を提供し、子どもたちとスタッフ皆、「音声」に頼らず手話で話します。聞こえの程度に関係なく、手話や筆談でコミュニケーションをとることを大切にしています。
さらに、聞こえる人とのコミュニケーションの方法も楽しみながら学んでいきます。
塾長は、ろう者の柳匡裕(やなぎ・まさひろ)さん。この事業所を立ち上げた思いについて、次のように語ります。
「あ~とん塾」塾長 柳匡裕さん
柳さん:(子どもたちは)学校では言えない本音を毎日のように「あ~とん塾」で話してくれます。それをどうやって親御さんに伝えるか。その言葉選びも難しいのですが、いい意味での橋渡しができているかなと思います。
子どもたちは、聞こえないことや聞こえにくいことで、さまざまな悩みを抱えてきました。この春、中学生になった井上里美さんは、「聞こえない人にはできないことが多い」という誤解を受けて嫌な思いをしましたが、あえて問いただすことはしなかったといいます。
井上里美さん
井上さん:けんかとかしたくないし、「面倒くさい」って思われたくないから、何も言わなかった。聞こえないことで、(いろんなことを)できないとか、マイナスなイメージを持たれてしまうことが多いから、聞こえないことを隠したいと思う。
ろう者の仁宮苺宝(にみや・まほ)さんも、聞こえる人との接し方の違いに傷ついたことがあります。
仁宮苺宝さん
仁宮さん:私はダンスをやっているんですけど、(先生が)聞こえる人たちには厳しく教えているのに、聞こえない人に対しては甘やかしているというか、真剣に教えてくれません。私たちもダンスが上達したいから、ちゃんと教えてほしいと思うことがあります。なんだか私たちのことを下に見ているような感じがして、同じような情報を届けてくれれば、私たちだってやれるのにって、気持ちが少し落ち込みました。
ろうや難聴の子どもたちが安心して集える居場所は限られており、現在「あ~とん塾」は20人以上が入所待ちをしています。聞こえないことでさまざまな悩みを抱えている子どもたちの気持ちに、GenGenさんと更紗さんも共感します。
GenGenさん:僕も小さいときに悩んでいたことがいっぱいあります。頑張ってしゃべっているのに、サ行とかタ行とか、僕が言いにくい言葉をばかにされるようなことがありました。
更紗さん:放課後等デイサービスの様子で魅力的だったのは、聞こえる人とのつきあい方を学べることです。ろう者・難聴者に多い悩みに、聞こえる人とのつきあい方があります。人とどのようにつきあえばいいのか分からない。言いたいことを伝えきれないもどかしさを抱えている。それが蓄積されて、精神的な問題に発展するケースがあります。小さいときからストレスの解消方法や、精神疾患が生じたときはどこへ相談に行けばよいのかなどを学ぶ、メンタルヘルスリテラシー教育が必要だと思います。
さらに、聞こえない子どもたちの悩みを受け止められる専門家が不足していると更紗さんは指摘します。
臨床心理士の資格を持つ人は全国に4万人近くいますが、そのなかでろう者・難聴者の人数は7人から8人しかいないといいます。背景には、受験資格を得るための教育環境にあります。
更紗さん:臨床心理士の資格を取ろうとする際、大学院に入って実習を受けなければいけません。ところがろう者・難聴者が入学すると、大学側は「どうやってコミュニケーションをとるの?」と戸惑ったり、「実習に行って、とにかく頑張って」といったような状況で、きちんと学べないまま卒業するケースも多くあります。
更紗さんは、ろう者や難聴者など当事者性を持った専門家を増やしていくために、実習や研修体制を充実させる必要性を訴えます。
更紗さん:知識を身につけるだけではなく、実際に人と会って、先ほどお話ししたように実習を通して、いろんな支援技術を身につける。ろう者・難聴者に対してきちんとカウンセリングなどをしたい場合には、手話ができるだけではなくて、手話でどのようなコミュニケーションを深めるか。その質を上げることが、ろう者・難聴者の心の支援をする場合には、とても大切なポイントです。やはり実習の場がとても大事です。私自身が、いま障害学生支援のコーディネートをしていますが、ろう者・難聴者に対しても十分学べる環境を整えるためにいろいろな方法を考え、情報保障などを整えて、ろうや難聴の学生が学べる、十分に学べたと言えるような環境を作りたいと思っています。(それが)ろう児・難聴児のメンタルヘルスにかかわる専門家を養成することにもつながるんだろうと考えています。
ほかにも、聞こえる人たちの中から、ろうや難聴の子どもたちの心としっかり向き合える人材を育てていこうという取り組みがあります。
群馬大学に5年前に設置された「手話サポーター養成プロジェクト室」では、聞こえる人が高いレベルの手話を身につけられる教育方法の開発に取り組んできました。
群馬大学オリジナルのテキスト 「やってみよう日本手話」試作版Ver2
特に力を入れているのは、特別支援学校の教員を目指す学生たちへの指導です。オンライン講座用の動画やオリジナルのテキストなどを制作し、独自の指導を行ってきました。
手話の技術だけでなく、ろう文化への理解を深めることも大切にしていると、プロジェクトメンバーの一人で、ろう者の研究員・下島恭子さんは説明します。
下島恭子さん
下島さん:手話を使うだけでは、きちんと通じることにはなりません。ろう者と聞こえる人は、異なった環境で育っています。手話を学ぶ中で、そういったことも学んでいける。ろう者の特性に合わせてサポートできることが大切だと思います。
プロジェクトの受講生の中には、すでに実際の教育現場で働いている人もいます。ろう学校の教員、中村悦子さんは、初めてろう学校に配属された当時、手話はほとんどできませんでした。
しかし、聞こえない子どもたちのことをより深く理解したいと、一念発起。1年間現場を離れ、群馬大学のプロジェクトに通いました。
中村悦子さん
「子どもたち同士の会話は手話だけになります。教師としてはそうした内容も読み取れたほうが、子どもたちを教えていく上でいいだろうと感じて、『手話サポーター養成プロジェクト室』に通いました。(私が手話を学んでからは)子どもたちの『分かった』という表情を見る機会が多くなったと思います。教員とコミュニケーションできないと、諦めてしまう子どももいます。そうすると相談する機会が減り、悩みを抱えてしまうことが多くなってしまうと思います。そういうことがないように、コミュニケーション手段をしっかり持っておきたいと感じます」(中村さん)
重要度が増す、聞こえない子どもたちへの心のケア。GenGenさんからも、悩みを抱えている子どもたちにメッセージがあります。
GenGenさん:私が耳が聞こえないことを(自分で)受け入れられるようになったのは、大人になってからですね。人に話すだけでも変わってくるから、自分が話しやすい人を見つけて話すことが大事になってくると思います。
世界各地のろう者・難聴者の暮らしを紹介する「世界のトビラ」。今回は、2500万回近くも再生された心あたたまるSNS動画を紹介します。
動画の舞台はイギリス・マンチェスター。聞こえる少女と、ろうの配達員の交流です。
手話で配達員に話しかけているのは、当時8歳のタルーラさんです。おととしのロックダウン中、毎週やってくる配達員・ティムさんに感謝の気持ちを伝えたいと、手話を練習したといいます。
動画が投稿されると、2人のやりとりに大きな反響がありました。
「思わず笑顔になったよ、ありがとうタルーラ」
「お互いに優しくすれば、人生は生きやすくなるというまさに良い例!」
(動画に寄せられたコメント)
地元の新聞でも「コロナ禍で沈んだ人々の心にあかりをともした」と大きく報じられ、動画を投稿したタルーラさんの母・エイミーさんは思わぬ反響に驚いています。
「私たちも、ティムも、動画への反響にびっくりしています。私たちは、この動画が皆さんを笑顔にすることができてとてもうれしいですし、これからも人々がお互いに優しくなれるきっかけになればと思います」(エイミーさん)
『またあそびにきてね!』
今回の画伯
兵庫県立こばと聴覚特別支援学校・幼稚部 卒業生
灰野慎之介さん
春らしい色づかいで描かれた慎之介さんの作品。絵を描くきっかけとなったのは、ある日、中庭で見つけたアゲハチョウの幼虫。クラス6人で、さなぎからチョウになって飛び立つまで育てました。
「ちょうちょが羽をパタパタって開いて、最後に逃がして、この絵を描いたよ。いなくなったら、さみしくなったよ」(慎之介さん)
『きりんさん、たべてー』
今回の画伯
兵庫県立こばと聴覚特別支援学校・幼稚部 卒業生
乾 雄大郎さん
遠足で行った動物園で、キリンの首の長さに感激した雄大郎さんが描いた作品。キリンの隣には、えさをあげる自分の姿。さらに足下には、ポターッと落ちたうんちも!
「(キリンの首は)こんななっがーーーーーい!雲よりたかーーーい!」(雄大郎さん)
※手話キッチンレシピはこちらからご覧いただけます。手話キッチン 毎日のごはん スイーツ
※この記事はハートネットTV 2022年4月20日(水曜)放送「#ろうなん~ろうを生きる難聴を生きる~ 4月号」を基に作成しました。情報は放送時点でのものです。