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クスリで悩んでいるあなたへ ~日本でも始まった“ハームリダクション”~

記事公開日:2022年08月10日

薬物を使っている人たちへの新しいアプローチ“ハームリダクション”。薬物をやめさせるのではなく、リスクや健康への被害を減らすことを優先し、本人と一緒になって、様々な困りごとに向き合っていこうという取り組みです。近年、世界的には薬物対策のひとつの柱となっている考え方ですが、日本ではなかなか受け入れられていません。
そんな中、去年6月に「ハームリダクション東京」という団体が立ち上がり、大麻や覚醒剤などの薬物だけでなく、市販薬や処方薬の過剰摂取など様々なクスリの使用がある人たちへのSNSによる相談窓口を開設しました。先月公表されたこの1年間の活動レポートを元に、日本の薬物問題の実情と必要な支援について考えます。

「クスリをやめて」と言わない現場

平日の午後2時から6時、パソコンの前で待機している古藤吾郎さんのもとに、次々とクスリのことで話したいという人たちから、SNSのメッセージが飛び込んできます。

「半年くらいODしないで生きてきたのに、昨日ODした。」
「もうしないって決めたのに、嫌がらせされてストレスでやった。もう死にたい」

ODとは「オーバードーズ」。医師から処方された向精神薬やドラッグストア等で購入したかぜ薬などを大量に服用することです。精神保健福祉士で「ハームリダクション東京」共同代表の古藤さんは、この1年あまり、チャットに寄せられる様々な声と向き合ってきました。そのひとつひとつに、丁寧に時間をかけて返事をしていきます。

「そうなんですね。よほどのことがあったのでは」
「どんな感じで使うことがあるのかな… もし聞いてもよければ」

クスリを使うことを責めたり、やめるように説得したりはしません。心がけているのは、早急に解決をみつけるのではなく、つながりをもち続けること。そしてクスリのことだけに着目するのではなく、その人の健康や暮らしにも着目して「伴走」していくことです。

古藤:分かったようなことはとても言えないのですが、どの人も「傷つき」があったり、今まさに難しい環境の中にいたりするかもしれない。
そういう人が「死にたい」、あるいはODをしているってことだけを伝えていると考えて、こちらとしては、少しでもホッとしたり、ちょっと楽になったり、あるいは少なくとも傷つかないやり取りをするにはどういう言葉をかけるのがいいんだろう…っていうことを、考えています。

画像(ハームリダクション東京 共同代表 古藤吾郎(ことうごろう)さん)

去年6月の立ち上げから今年3月までの10ヶ月間で、ハームリダクション東京には314人、1853件のチャットが寄せられました。その9割が市販薬・処方薬のODや大麻・覚醒剤などの薬物の使用がある本人からのものです。なかなか周囲に打ち明けづらいクスリの話題で、これだけ本人からの声が届くというのは希有なこと。誰でも匿名で、リアルタイムにつながれるSNSならではの実績です。

画像(ハームリダクション東京のチャットの内訳。クスリや薬物の使用がある人が90%)

実際にチャットではどんなやりとりが交わされているのでしょうか。
よく出る話題についてのデータがあります。

画像(チャットでよく出る話題 いまの困りごと92% ハームリダクションの具体的な話 68% 死にたいほどつらい62% 孤立している61% クスリの使用やODがどう役立っているか 59%)

9割の人が話題にしていたのが「今の困りごと」でした。その内容はクスリのことに限りません。

古藤:クスリのことで話せる場所なので、とっかかりとしてはODが止まらないとか、クスリがやめられないとか、そういう話も多いです。
でもチャットの中でよく聞いていくと、職場の人間関係とか、学校でのこととか、経済的な問題、コロナで孤立しているということもよくあります。そういう「困りごと」への対処として、クスリを使って何とか乗り越えているという人も多いと感じます。

そして、このデータで目を引くのは、5番目に掲げられた「クスリの使用やODがどう役立っているか」という項目。一般的に薬物の不適切な使用は有害とされていますが、「役立っている」とはどういうことで、なぜそれを話題にするのでしょうか。

古藤:本人が「ODしてる自分がダメ」という自責感を感じていることもあって、それに対して「自分を責めないで」みたいな感じでいうのはあまりにも簡単すぎると思えて、「クスリがどう役立っているか」と尋ねると、「それで落ち着ける」とか「ホッとできる」とか「現実から逃げられる」という話になったりします。「今の困りごと」かもしれないし、他の何かかもしれないけれど、とにかくそれから逃れるためにクスリが役立っているっていうことを、教えてもらえるんですね。こうした声を私たちが丁寧に知ろうとすることで、このチャットは相談しても責められる場所じゃない、安心してクスリのことを話せるということにもつながればと思っています。

日常生活の中で様々な困りごとを抱え、クスリを使うことで何とか生き延びていながら、それを誰にも言えずに孤立している状況の中で、やっとの思いでチャットを送ってくれたことを、「ハームリダクション東京」では大切に受け止めています。

古藤:職場のトイレからチャットが来るということもあります。今まさに使って酩酊中、という人とチャットすることも。クスリを使わなければ乗り切れない、そんな今の私を認めてくれるところがないと本当に立っていられない、そういう思いをダイレクトに伝えてくれる人もいます。
背景にある大変なことについては、このチャットですぐに変えられるとは思えませんが、今のその人の暮らしを尊重して、クスリを使ったことで起きそうなダメージに対してのケアを考えたり、グチを吐き出してもらったりしながら、私たちがどう「伴走」し続けていけるか、悩みながらチャットしています。

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ハームリダクション東京 共同代表 古藤吾郎さん

ハームリダクションとは何か

「ハームリダクション」とは、薬物をやめさせるのではなく、使うことによるリスクや健康面などの「被害」(ハーム)を少しでも「減らす」(リダクション)ことを目的とする支援方法です。近年、国際的には薬物対策の柱となっている考え方で、以前のハートネットTVでも,海外の事例をお伝えしました。

ハームリダクションの具体的な方法としては、
・安全に薬物を使用するための注射器の配布や注射室の設置
・比較的安全な代替薬物の配布
などがよく知られていますが、他にも
・身近な場所に相談しやすい窓口の設置(アウトリーチ)
・希望する人への断薬プログラムの提供

などが含まれます。
支援する側が目標を設定するのではなく、薬物の使用がある人それぞれの状況に応じて、少しでも安全で健康的な生活を送るための方法を本人と一緒に考えていく、というのが「ハームリダクション」の理念です。

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2020年4月7日放送ハートネットTVより カナダのハームリダクションの施設で利用者に渡しているグッズ

世界の薬物対策は、1970年代までは「厳罰主義」が主流でした。しかし、罰を強化すればするほど薬物問題はアンダーグラウンド化し、健康被害や治安の悪化などの問題が拡大し続けました。1990年代から先進的な国・地域がハームリダクションを施策に取り入れると、薬物によって命を落とす人が減り、感染症の拡大が止まり、治安も良くなるなどめざましい成果を上げるようになります。そうした成果をもとにWHOでも2014年、薬物の使用を犯罪としてではなく、治療とケアの対象として対応するよう提案しています。

日本の薬物問題の実情

日本は、世界の中でも例外的に違法薬物の一次予防がうまくいっている国です。例えば大麻を生涯に一度でも使った人の割合は、アメリカは44.2%、フランスは40.9%ですが、日本ではわずか1.4%。覚醒剤の場合はアメリカ4.9%、フランス4.2%で、日本は0.5%です。「ダメ・ゼッタイ」などの予防教育が功を奏していると言われますが、一方で、いったん薬物を使ってしまうと治療や回復のための支援を十分に受けられません。「覚醒剤やめますか 人間やめますか」といった極端なネガティブ・キャンペーンが行われていたこともあり、薬物を使った人へのスティグマ(差別・偏見)は強く、早期発見・早期治療や社会復帰、再使用の防止といった「二次予防」の面では立ち後れています。

また、違法薬物に手を出す人は少ないものの、市販薬や処方薬など「合法」な薬物を大量に服用する「OD(オーバードーズ)」が広がっているという問題があります。
下の図は、国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所が、全国の精神科病院で調査したデータです。1年以内に薬物を使用した人が、どんな薬物を使用していたかを調べています。2014年までは危険ドラッグが大きな割合を占めていましたが、その後はほとんど消滅し、代わって睡眠薬・抗不安薬などの処方薬やかぜ薬などの市販薬のODの割合が大きくなっています。両方合わせると、覚醒剤や大麻などの違法薬物よりも大きな割合を占めているのが、今の日本の薬物問題の実情なのです。10代の若者で見ると、その傾向はさらに大きくなっています。

画像(薬物使用のデータ 2014年から2020年 危険ドラッグが激減し覚醒剤、処方薬、市販薬が増加している)
画像(10代の薬物使用のデータ 2014年から2020年 危険ドラッグがゼロになり市販薬が5割を超えている)

30年以上にわたって若者の心の問題を見つめてきた、日本公認心理師協会会長の信田さよ子さんは、そうした市販薬・処方薬のODを繰り返す若者たちを、「家庭にも、学校にも居場所がない人たちなのではないか」と語ります。

信田:家にいたら親からいろんなこと言われるし、父親から暴力を振るわれることもあるだろうし、虐待もあるかもしれない。学校にはいじめもあるだろうし、自分の存在が誰かによって守られているということがない人たちですよ。そうすると自分が生きていられる時間空間というのが失われて,自分1人で異空間に行くしかない。そのためのクスリですよね。そうやって薬物使用というのが生まれているんじゃないかと思います。
そうした傾向はコロナ禍によって強まっています。2020年以降、三密回避ということで、人とのつながりが断たれた。かつてだったら友達と遊びに行くというのがあったのに、家から出ちゃいけなくなったじゃないですか。そうすると家に居場所のない子どもたちがどこへ行ったらいいのか。そういう若者たちにとって、クスリを使うということが唯一の死なない道だったんじゃないかなあって私は思っていますね。

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原宿カウンセリングセンター顧問・日本公認心理師協会会長 信田さよ子さん

そんな中、ハームリダクション東京がネット空間の中に会話の窓を開いたことは、とても重要だと信田さんは感じています。

信田:クスリを使っている若者たちに対して、遠巻きにして待っているだけでは何もできないっていう危機感を持つ専門家が少ないんですよね。精神科の領域ではアウトリーチが重要って10年ぐらい叫ばれているのに、彼ら・彼女らの生きている現実の中に、こちらから飛び込んでいくという取り組みはこれまでなかった。だから「ハームリダクション東京」を始めるというときに、素晴らしいと思ったし、コロナ禍のいまこそ必要だと思いました。
実際に始めてみて、クスリを使っている若者たちが、安心して話をできる相手を求めていたんだと言うことがわかっただけでも成果だと思います。これから先、彼ら・彼女らがこういう出会いがなく生きていったその先にあるものというのを考えると、やっぱりここで、「話を聞いてくれる人がいるんだ」っていう経験をしたことは、とても意味があると思いますね。

“日本流のハームリダクション”をめざして

「ハームリダクション東京」の共同代表・古藤吾郎さんは、アメリカの大学院に留学しているときにハームリダクションと出会いました。ニューヨークのNGOで、インターンとして現場を経験しています。

古藤:薬物の使用がある人が多く暮らしている地域にテントを出してアウトリーチしたり、事務所で映画上映会を開いて、来た人に「注射器の消毒方法」をレクチャーしたりしていました。「サバイバー(厳しい環境を生き延びてきた人)」たちも、たくさんここに来ていると学びました。
今あまりにもしんどいから、ちょっとクスリを使ってほっとしたい。なんとか落ち着きたい。そうやって何年も暮らしている人に対して、それを無理やり取り上げましょう、みたいなアプローチとは違って、そういう状況にある人こそ、「ウェルカム」ってしていたのがハームリダクションのサービスだったので、私はそういう関わり方を学べることに安心できたし、好きでした。

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インターン先での古藤さん

2005年に帰国後、古藤さんは依存症の人を支援する団体に勤めながら、「日本流のハームリダクション」を模索していました。海外との交流もつづけ、パンフレットの作成等も行っていましたが、新型コロナウィルスのパンデミックをきっかけに、「ハームリダクション東京」の設立へと舵を切ります。

古藤:海外での研修などが全部ストップしたこともあって、今更ながらにSNSにあるODとかクスリの投稿を、ちゃんと見るようになりました。SNSには今まさにクスリを使っている人たちの声があふれているって気付いた時に、オンライン空間にアウトリーチすることができるんじゃないかと考えて、これをやりたい、これはできるかもって感じました。

古藤さんとともに「ハームリダクション東京」を立ち上げたのが、もう1人の共同代表・上岡陽江さんです。上岡さんは自身が薬物依存や摂食障害の当事者で、「ダルク女性ハウス」の施設長を務めるなど、30年以上にわたって依存症の支援に取り組んできました。日本の依存症支援の草分けとも言える存在ですが、依存症の支援のあり方を変えていく必要があるとも感じていました。

上岡:依存症の回復は「やめることから始まる」っていうふうに教えられていたので、どうしても「どうやめるのか」とか、やめている人に話を聞きにいくとか、そういうことをずっとしてきたんですよね。でも20年ぐらいたったときに、自分の周りにやめている人の方が圧倒的に少ないことに気づいたんです。みんな使ってっちゃう。
その時に、「やめること」だけに重きを置いていていいんだろうか、自分がやめた時には「自分の力でやめて来た」と思っていたけど、例えばまだ体力があったとか、許されるような家族関係にいたとか、経済的にも何とか暮らせたとか、自分の努力とは関係のない条件に支えられていたんじゃないか。じゃあ、やめられない人たちは、そういったベースのようなものを果たして持っていたんだろうか、と思うようになって…そこからですよね。やめているか、やめていないかではなくて、やめてる仲間もやめてない仲間も、その人の人生に優劣はないっていうふうに思うようになったんです。

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ハームリダクション東京 共同代表 上岡陽江(かみおかはるえ)さん

クスリをやめられない人たちをどう支援すればいいのか、模索していたときに海外視察でハームリダクションと出会い、上岡さんは、目からうろこが落ちる思いがしたと言います。そしてクスリをやめる、やめないにかかわらず、その人に合った形で伴走していく支援が必要だと感じ、古藤さんとともに「ハームリダクション東京」を立ち上げました。その活動を通じて、上岡さんが最も大切だと感じているのは、「安心して、正直に話せる場所」の必要性です。

上岡:日本は薬物へのスティグマが強いから、クスリの問題を抱えている人はどうしても嘘をつかざるを得なくなっちゃうんですよね。やめられないと思っていても、「やめます」「今度は頑張ります」とか言わざるを得なくて、また使っちゃったとしても言い出せない。
それで、使ったのが見つかると「やめる気がないダメな人」とか「嘘つき」というスティグマの上塗りがされていく。(使っても)正直に言える、正直に言っても責められたり怒られたりしないと信じられる関係がないと、先に進めないんですよね。
結局、どんな状態であっても、私たちはその人が社会で生活することを、親切にサポートしたいっていう感じ。そこが一番大切かなって、思うようになってきたんです。

「ハームリダクション東京」のSNSには、今日も本人からのチャットが届きます。チャットでのやりとりというささやかな形ですが、そこではどんな話をしても、後ろ指を指されたり、傷つけられることはありません。

古藤:いろんな困りごとを抱えている人にとって、社会で暮らしていくためには“日傘”がいるというか、周囲の“日ざし”が強すぎて痛いこともあるって思えて。ここに来たら日傘があって強烈な日ざしを避けて、ちょっと休んでいくことできるよっていう感じが「ハームリダクション東京」のひとつの役立ち方かな、と思います。
今の日本の地域支援では抜け落ちている部分だと思うので、クスリの使用がある当事者ひとりひとりが、自分は尊重されているんだって思える、そういう親切な支援が地域でひろがっていったら、という思いで活動しています。

※ハームリダクション東京の連絡先はこちらに掲載されています

※OD(オーバードーズ)については、NHK健康チャンネルにも記事があります。

執筆者:海老沢真(NHKディレクター)

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