ドラマと映画『マイスモールランド』を機に、在留資格がない外国人の権利についてインタビューしてきた記事シリーズ第三弾。今回は映画を離れ、支援の現場から考えます。公的な医療保険に加入できない外国人は、病気やけがになったらどうしているのでしょうか。外国人の医療や住まいの支援に取り組む大澤優真さんの元には、在留資格のない外国人から多くの相談が寄せられています。
私の手術に支援が必要です。医者には6ヵ月以内に手術するように言われている。私には保険がないので、ひどく多額になる。(40代女性)
私は目の病気ですぐにでも医師に診てもらいたいです。失明するのではないかと非常に心配です(50代男性)
これは、NPO北関東医療相談会(通称アミーゴス)が2021年10月から12月に実施した、仮放免(在留資格がなく、収容から一時的にとかれている立場)の外国人141人を対象とする、全国初の生活実態調査に寄せられた声です。仮放免の外国人は、公的な医療保険に入れません。加えて就労が認められていないため、診療費の支払いが困難になります。
この調査で「経済的問題により医療機関を受診できない」と答えた人は84%。「経済的余裕があれば治療したい病気やけが」として、高血圧、子宮筋腫、癌の可能性、白内障、腰痛、ヘルニア、うつなど40以上の症状が挙げられ、本人が希望する医療を十分に受けられていない実態が浮かびあがりました。
NPO北関東医療相談会でこの調査を手がけた、大澤優真さん。社会福祉士の資格を持ち、相談を寄せてきた外国人に病院を紹介したり、医療費を支援したり、受診や救急搬送に同行したりしています。
大澤さんの元には、団体や他の支援者を通じて、毎日のように外国人からのSOSが届きます。
2022年6月、大澤さんは仮放免のイラン人男性と、都内の精神科病院に向かっていました。
「4月頃、連絡がありました。皮膚が赤くなっているとか血圧が高いとかおっしゃって、それについては無料低額診療の病院に行くことができたようなのでよかったんです。ただ私が初めて会ったとき、焦っている感じで、心配な状態でした。私、危なそうなときはあえて「死にたいですか」と聞くようにしているんです。彼にもそう聞いたら「そういうことは考えている」とおっしゃって、眠れていないというお話もあったので、精神科の病院へおつなぎしました」(大澤さん)
男性は、母国では宗教や性的指向に関するデモに参加し、友人が逮捕されるなか国外に逃れて、いくつもの国を転々としてきたといいます。その間に日本人と結婚。「日本人の配偶者等」の在留資格を得ましたが、離婚を機に失いました。難民申請しましたが認められず、1年5か月もの間、東京の品川にある入管施設に収容されました。
この日は、精神科医を前に、仮放免許可の更新で入管に出頭する前後は強いストレスを感じることや、最近は目が見えにくくなることもあると訴えました。
「身体が縛られたように感じることがあります。気持ちが落ち着かなくて、家の中でぐるぐる回ったりしてしまいます」(イラン人男性)
他にも、不整脈や高血圧、不眠を訴えた男性に対し、精神科医は答えました。
「急にこのタイミングで、目が悪くなって、動悸がして、関節が痛むような、いろんな病気になることは考えにくいんですよね。精神科でPTSDといいますが、収容による心身の影響というのを、僕は考えています」(精神科医)
医師は、男性には安心できる時間や相談する人が増えることが大切だといい、同席した大澤さんや看護師らと見守りながら、定期的にカウンセリングを続けていくことにしました。
大澤さんは、収容を経験した仮放免の人のようすが、「判を押したように似ている」といいます。
「『家に帰ると見張られている気がする』『道を歩いていると誰かに見られているように感じる』とみなさん同じようなことをおっしゃるんです。肩や腰、頭が痛いという人も多いです。死にたいという言葉も頻繁に聞きます。
(仮放免許可が出て収容施設の)外に出てみんな元気になっていくかというとそうではなくて、傷を抱えてなかなか元気になりませんし、いつまた収容されるかわからない。でも国に帰ったら生活できない。不安定な環境にずっと置かれているのが原因なんじゃないかと思っています」
大澤さんたちが行った生活実態調査の自由記述欄には、「希望ということばは意味がない」「自分は他人のお荷物だと感じる」など、生きることに失望や絶望を感じている言葉も並びました。
日本での非常に不安定な環境が心身の不調を招いているケースが少なくないのが実態です。
先行きの見えない不安に心身をむしばまれるものの、収入がなく治療ができない。そんな外国人の現状をさらに厳しくしているのが、受け入れる病院側の実態です。
2021年の2月、大澤さんは都内の国立病院で、ショッキングな出来事に遭遇しました。
西アフリカの出身で、重度の心不全を抱えた仮放免の男性が、ホームレス生活中に体調を崩して緊急搬送となり、大澤さんは救急車に同乗しました。コロナ患者が増えていた時期で、なかなか受け入れ病院が見つからず、ようやく都内の国立病院が見つかりました。
しかし、困ったのが医療費の支払いです。その病院では「日本の保険に入っていない外国人は通常の2倍になる」と言われたのです。
「最初、看護師さんが『外国人旅行客は300%、仮放免の人は200%になります』と言いました。納得がいかないので、ソーシャルワーカーの人と話をさせてくださいと言ったら、医事課の人がでてきて『200%という決まりです』と」
一般的に、医療にかかる費用は、診療行為ごとに「診療報酬点数」が国によって定められ、1点10円で計算されます。公的な医療保険に加入していれば、患者は通常は3割(現役並み所得者以外の75歳以上は1割、70歳~74歳は2割、6歳未満は2割)の負担で済みます。
保険証がない場合や、保険適用外の診療については「自由診療」として、医療機関が自由に価格を決めることができます。
厚生労働省による外国人患者の受け入れ実態調査(2020年度)では、回答した4380の医療機関のうち、およそ4分の1が、保険未加入の外国人に対し、診療価格を通常より高く設定していました。外国人患者の受け入れが多い医療機関に限ると7割近くが通常より高く設定し、2倍以上で設定している病院は27.9%にのぼりました。
医療機関が外国人への医療費を高くするのは、「通訳にコストがかかるため」といわれています。通訳者の確保だけでなく、手術や処置を説明する資料の多言語での作成なども必要だからです。医療目的で来日する「医療ツーリズム」の訪日外国人が増加し、厚労省は全国の医療機関に院内体制の整備を求めていました。
その制度が、仮放免の外国人にも当てはめられているのです。
大澤さんは病院側に頭を下げましたが、対応は冷たく感じたといいます。
「担当した医師は、男性の心臓に大きな血栓があり、適切な処置が必要なので今すぐ入院が必要だといいました。北関東医療相談会で100万円準備していたんです。入院にいくらかかりますかと尋ねたら、医師は150万くらいだと言いました。じゃあ100万円いま渡して残りはまたと思っていたら、『仮放免の人は300万になります』と。無理です、100%でお願いしたいんですと言っても、『決まりなんで』の一点張りでした。 衝撃を受けました。改めて医事課の方に『日本人の無保険者にこんなことしないですよね、外国人の無保険者だけ2倍なのは差別じゃないですか』といったら、首をかしげて苦笑されて『御意見として承ります』と追い出されました」
結局、大澤さんが他の医療機関を新たに探し、男性は他府県の病院で入院することができました。
医療機関には、経済的な理由によって必要な医療を受ける機会が制限されることのないよう、無料、または低額な料金に減免して診療を行う「無料低額診療事業」を実施しているところもあります。
この事業は、実施した医療機関へは税制上の優遇がありますが、減免した医療費は医療機関の持ち出し。全国の医療機関の内、実施しているのは0.4%に留まっています。
さらにコロナを機に、経営が悪化したり、生活困窮する日本人の患者で手一杯になったりしている病院が増えています。
大澤さんは「善意のある医療機関は公的な医療保険や生活保護から排除されている外国人を受け入れ続けていますが、もう限界」といい、全国的な福祉制度の見直しが必要だと考えています。
25年以上、外国人への医療相談や食糧支援をしてきた北関東医療相談会は、コロナの感染拡大によって未曾有の対応を迫られることになりました。
2021年11月に行った医療相談会に訪れた外国人は、140名。想定の2倍以上が殺到しました。「早く病院に行きたい」「日本で生まれた子どもにはせめて適切な治療を受けさせたい」など切実な声が集まり、大澤さんたちはかつてない数の支援を行いました。
さらに、2021年にかかった団体の支援費用のうち、「医療支援費」1226万円に次いで、2019年まで0円だった「家賃支援費」が729万円にのぼりました。コロナ禍以降、週に一度ほどのペースで「住む家がない」という相談が舞い込むようになっています。
「コロナが長引き、それまで頼ってきた在留資格のある外国人の親族や友人も困窮し、サポートが受けられなくなった人が多いようです。家賃も払えず家を出ざるを得なくなった、あるいはもう追い出される直前です、という相談が多いです」
大澤さんは、北関東医療相談会でシェルターを新たに設けましたがそれもすぐにいっぱいとなり、大澤さんが活動しているもうひとつの団体「つくろい東京ファンド」(生活困窮者の支援団体)のシェルターを使ったり、他の支援者と情報交換したりしながら家探しをサポートしています。
会が行った生活実態調査にも、家賃の支払いに窮し、追い詰められた当事者の声が寄せられています。
なかには「支援と引き替えに、私と寝ることを要求する男がいます」というフランス語での回答がありました。40代の匿名女性からのものでした。
大澤さんは、ほかにも、仮放免の外国籍女性が日本人男性から、家賃を支払う見返りに性的関係を要求された事例を把握しているといいます。
「立場上拒否をすると、家を失い生活費もなくなるので、受け入れざるを得なかったという風に聞いています。そうなると抜け出せない状況になってしまいます。いまはなんとか違うところで生活できていますが、精神的にぼろぼろの状態は続いています」
自力で生活できない立場の人は、周囲の人との間で、ハラスメントの構造に追いやられやすくなります。何らかの生活保障や、収入を得て自活する選択肢があれば、防げる暴力もあるはずです。
日本は、国民と、それ以外の外国人を分けて考える「国民国家」です。これに従い、入管は外国人の出入国を管理し、法律に応じて在留資格を付与しています。
大澤さんは、そうした入国管理のためのルールが、医療へのアクセスを妨げることにつながってはならないのではと疑問を投げかけます。
「日本に滞在する資格があるかないかというのは、日本が国民国家という形をとっている以上は避けられない問題なのかもしれないなと思っています。
ただ、健康や命の問題はボーダーレスです。同じ人間なので痛みもあれば、亡くなることもある。
それなのに、在留資格が“命のチケット”のようになっているように思います。在留資格があるかないか、あるいは在留資格の種類で、その人の命が決まる状況があります」
「この状況は、いまは当然だと思う人もいるかもしれないですが、決してそんなことはないです。昔は、オーバーステイの外国人にも、生活保護や国民健康保険を適用した事例もあります。
『在留資格がない外国人は、医療を受けられなくてもしようがないよね』で終わってしまうことに、排外的な空気が強まっていると感じています」
現代のそういった空気が、差別的な制度を維持しているのではと考えた大澤さんは今、支援だけではなく、現行制度を変えるために行動を起こし始めています。仮放免の外国人に就労や公的な医療保険加入を認める仕組みをつくるには、実態をもっと可視化し、多くの人に知ってもらう必要があると考えたのです。
「大変だね、で終わらせたくないのです。排除ではなく包摂のための議論がしたいです」
在留資格がなくても、社会から追い出すのではなく、ともに暮らすことはできないのか―。
国内に暮らすすべての人が、最低限の人間としての権利を国が保障しなければならないことは、日本も批准している国際的な人権条約が要請していることです。
大澤さんたちは、今回の生活実態調査を第一歩として、これからは「収容経験とトラウマの関係性」など支援現場でみられる事例を医学的に検証し、データや論文として発表して、国や自治体に働きかけていこうとしています。
執筆者:乾英理子(NHKディレクター)
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