高知市で20年以上活動を続けている朝倉夜間中学校は、人件費などの経費は市が拠出し、運営するのは民間という、全国でも珍しい形の夜間中学です。入学の条件は「学びたい気持ちがあること」だけ。高齢者から不登校の子どもたちまで、経済的困窮や家庭の事情、障害などさまざまな理由で学ぶ機会を失ってきた人が通っています。学習だけではなく、家庭への支援も行い、「学び」と「育ち」を一体で支え続ける現場を見つめました。
朝倉夜間中学校は高知市の公立小学校の敷地内にあります。運営費を高知市が出し、民間が切り盛りするという、全国でも珍しい公設民営の夜間中学です。
通っているのは、小学生から60代までの36人。生徒の半数は学齢期の子どもたちです。不登校などの課題を抱えていますが、ここに通うと出席扱いになります。
朝倉夜間中学校の校舎
代表の山下實さん(67)は、みんなから親しみを込めて「じいちゃん」と呼ばれています。ときには学校を出て家庭訪問を行い、貧困、家族のトラブルなど、学ぶ環境に困難を抱える生徒たちを支えています。
朝倉夜間中学校 代表 山下實さん
「ご飯が食べられない、寝床がない、お金もないだと、安心して勉強に集中できないでしょう。やはり、環境整備をするのが大事だろうと僕は思います。どんな子どもでも勉強したいという気持ちがあれば、(ここに)来たらいい。入学資格は『学ぶ心』。僕はそう思って二十数年やってきたんです」(山下さん)
年金で生活している山下さんは、夜間中学の活動はすべてボランティアです。
生まれつき視力が弱かった山下さんは、小学生のときに盲学校へ入学。卒業後は鍼灸師として働きましたが、自身の障害は大きなコンプレックスでした。
そんな山下さんが出会ったのが、朝倉夜間中学校の初代代表、嶋清三さんです。嶋さんから誰でも学べる場所を地域に作ろうと誘いを受けて夜間中学設立に関わることになり、それまで抱いていた気持ちを嶋さんに初めて打ち明けました。
夜間中学設立当時の嶋清三さんと山下實さん(写真提供:高知新聞社)
「俺、盲学校の出なんよ、学力も何もないんやという話をしたら、『それがどうした』と。目が不自由であろうが、体が不自由であろうが、人間には変わりゃへんのや。それをするために俺らは夜間(中学」作ろうとしたやろが、と。僕が殻を破った瞬間でしょうかね。それから夜間中学づくりに没頭したね」(山下さん)
開設当初、市民が始めた学びの場は、激しい住民運動の結果、行政を動かします。教材費や場所は、市の教育委員会が提供するようになったのです。さらに、誰にでも門戸を開くことで、課題を抱えた子どもたちも集まるようになりました。開設から24年、朝倉夜間中学校は今では地域に欠かせない学びの場になっています。
勉強を教えるのは市から委嘱された大学生のスタッフです。時間割は決まっておらず、生徒は宿題・受験勉強・資格に向けての勉強など、各々が自分のペースで必要な勉強をしています。こうした生徒の習熟度に対応した教材は行政が準備し、授業料も無料で運営しています。
勉強を教える大学生スタッフ
「どんな障害があろうが、どんな環境であろうが、勉強ができやすい環境づくりは俺がするよと。だから胸張って生きていけ、と。その手助けをするのが僕の仕事やろうと思ってる」(山下さん)
ここ5年ほどで増えたのは、知的障害や発達障害のある生徒たちです。
中学校の特別支援学級に通う、まさきさんもその1人。放課後の居場所がないと、毎日やってきます。
ひとり親で、仕事が忙しい母親のかわりに、山下さんが地域での生活を教えることも。実際に町を歩きながら、身の回りのことを伝えていきます。
町を歩く山下さんとまさきさん
この日は一緒に美容室へ行き、まさきさんは散髪を体験しました。社会での経験を積むことで、生活する力を身に着けてほしいと山下さんは考えています。
「繰り返し繰り返ししやらんと、なかなか覚えることがね(難しい)。お菓子屋さんでケーキを買う学習とかね。夜間で誰々が来るから、どういうケーキが好きか。そうしたら誰と誰にこれを買っていかん(買っておかないと)と。そうしたらお金がいくらいるかという計算までは、学校ではできないよね」(山下さん)
この日、山下さんが気にかけている小学4年生の、ののかさんがやってきました。
1年近く不登校が続き、ひきこもりがちなののかさん。以前、姉のななさんが来ていたこともあり、一緒に通うようになりましたが、夜間中学も休みがちでした。
人見知りをするののかさんのために、山下さんは教室の掃除を任せることにしました。夜間中学の一員として何か役割を作ることで、通う日を一日でも増やそうと考えたのです。
教室の掃除をするののかさん
「家の中にひきこもらせたら、僕らが入っていく手だてがないのでね。今は夜間中学に来てるから、ここでの接点が確保できている。あんまりにも急ぎすぎると、逆効果になる可能性がありますから。薄皮をはぐような感じで、ゆっくりゆっくり接してあげないと」(山下さん)
ののかさんの母親は、介護の仕事をしながら二人の子どもを育てているシングルマザーです。仕事と家事に追われる中、育児の悩みを話せる山下さんに信頼を寄せてきました。
いちばんの心配事は、ののかさんが小学校に通わないことです。新学期を前に夜間中学を訪れ、山下さんの前でののかさんに不安な気持ちを口にしてしまいます。
「図工の時間と体育の時間だけでも、みんなと一緒にせんと。嫌なの?」(ののかさんの母親)
しかし、ののかさんは黙ってしまい、返事がありません。気まずい雰囲気を察した山下さんが間に入り、その場の空気を変えます。
山下さん:演歌好き?
ののかさん:演歌?
ななさん(姉):演歌!わからんやろ、ののかちゃん。あはは。
山下さん:お母さんは何が好き?
母親:あるよ。(スマホの画面でゲームのキャラを見せる)
山下さん:うーん、キモッ!
全員:爆笑
山下さんとののかさんの家族
「どこかで息抜きができるようにしてあげたらいいかな。今日、かなり笑ってくれたし、いい感じじゃなかったかなと思います」(山下さん)
教室の掃除をはじめて2か月、ののかさんに変化が現れます。少しずつ山下さんとおしゃべりできるようになり、初めて自分の気持ちを打ち明けたのです。
山下さんとののかさん
ののかさん:ねえ、じいちゃん。
山下さん:どうした?
ののかさん:あのさ、夜間にさ、週に2回くらいしか来てないじゃん。
山下さん:うん。
ののかさん:だけど、本当はもうちょっといっぱい夜間に行きたい。
山下さん:いっぱい来たい?毎日きいや、ほんなら。
ののかさん:うん。
山下さん:えらいえらい。がんばれよ。
順調に夜間中学へ通っていたののかさんですが、あるときからだんだんと元気がなくなってきました。
心配した山下さんが話を聞くと、最近、ののかさんの母親は仕事量が増えるなど、職場でのストレスで疲れ切っているとのこと。
ののかさんを心配する山下さん
そこで、山下さんはののかさん家族を食事に誘い、母親の思いに耳を傾けることにします。
話を聞くと、新型コロナウイルスの感染拡大で、職場の介護現場がひっ迫していることが分かりました。子どもと向き合う時間がなく、家事もこなせていないと母親が打ち明けます。
母親:冷凍食品あるから食べや、みたいな。がんばって作るのがカレーのみ。どうしようもないねえ。ごめんね、情けないなって。子どもらも、自分がこんなんやき、話しかけれんがやなって。私もそこは分かってるけど・・・。申し訳ない気持ち。
山下さん:抱え込まないで。ひとりで抱え込んだら、ますますしんどうなるけん。子どももしんどくなるから、しんどいときには発散したらええ。
母親:こうやって心を開いて言えるのが…
山下さん:それが俺の仕事やもん。
母親:あははは、本当に!私、久しぶりに笑った。
ようやく笑顔が戻った、ののかさんの母親。山下さんが家族を食事に誘った甲斐がありました。
「子どもが安心していられる、のびのびしていられる、そういうところが居場所と思う。その居場所の中心は、家だったら親。しっかりとフォローしてあげて、(母親の)笑顔がかえれば、ののかも笑顔がかえってくる。前向きになってくる」(山下さん)
数日後、ののかさんが明るい顔で夜間中学にやってきました。母親は以前より元気になったとのことです。
「僕は夜間というのは単なる止まり木でいいと思ってます。元気になったら学校へ行き、社会に行き、羽ばたいてくれたら。けども、何らかの形で、傷ついた子どもたちが集う場所として、夜間はあり続けんといかんだろうね」(山下さん)
一人も生徒をとりこぼさず、学びを支える。朝倉夜間中学校の毎日は続いていきます。
※この記事はハートネットTV 2022年4月12日(火曜)放送「育ちを支える学び舎~高知・朝倉夜間中学校~」を基に作成しました。情報は放送時点でのものです。