ハートネットメニューへ移動 メインコンテンツへ移動

統合失調症でも働き続けたい。就労移行支援事業所でリカバリー

記事公開日:2018年06月28日

精神障害があっても当たり前に地域で暮らし、充実した生活を送りたい。服薬を続けながら、職業生活の継続を希望する人が増えています。今回は、統合失調症専門の就労移行支援事業所に通いながら、10年間のブランクを乗り越え、再就職を果たした、ある男性に話をうかがいました。

生活リズムを整えるために通所を決意

Tさんは44歳。4年制大学を卒業後、派遣会社の出向社員としてOA機器のメンテナンスの仕事をしていました。30歳の頃に体調をくずし、精神科病院で抑うつ状態と診断されました。その後、通院や服薬を中断するなどしたことからか、幻聴まで聞こえるようになり、“統合失調症”という診断が下されました。

画像

Tさん

症状が安定し、就職活動を始めることが出来たのは40歳のとき。すでに発症から10年の歳月が経っていました。ハローワークでも就職先はまったく見つかりません。求職者訓練を受けて、パソコン技能を習得し、障害者手帳も取得しましたが、それでも企業から声がかかることはありませんでした。

そんな手探り状態のときに、統合失調症専門の就労移行支援事業所の存在を教えられました。多くの企業とネットーワークをもつ障害者雇用の専門サイトが運営している事業所だったので、就職できるチャンスが増えるのではないかと考えました。

事業所は自宅から2時間近くかかり満員電車が気になりましたが、生活リズムを整えることが就職に向けての第一歩であると教えられたので、通勤の訓練だと思い、がんばって通うことにしました。

統合失調症と向き合い、対処法を学ぶ

就労移行支援事業所を利用する人数は、現在全国で約32,000人。障害別の利用者の比率は、7年前には精神障害者は3割でしたが、現在は5割を超えて、もっとも多くなっています。精神障害者を専門とする事業所も増えてきましたが、Tさんの通っていたのは、さらに対象を絞った統合失調症専門の事業所でした。

画像

症状理解のための専門ワークブック

この事業所では、障害特性を学ぶ「症状理解研修」、職場での生活技能を習得する「就労ソーシャル・スキル・トレーニング」、すでに就労を実現した先輩と出会う「ロールモデル研修」など、統合失調症の特性や困りごとにフォーカスした独自のプログラムを用意しています。

事業所の施設長で精神保健福祉士の藤大介さんは、「医療現場では、短時間の診断により薬が処方されるだけで、患者さんが統合失調症の幅広い知識や対処法を教えられることは少ない」と話します。

画像

「リドアーズお茶の水」施設長の藤大介さん

利用者は、医学的な基礎知識はもちろんのこと、日常におけるストレスへの対処法であったり、人との接し方だったり、生活寄りの具体的な話を知りたがっています。とくに、「どうやって職業生活に復帰したのか」という当事者の体験談には熱心に耳を傾けるそうです。

このため、利用者には医学的な基礎知識を学んでもらいながら、自分たちの症状について話し合ったり、すでに社会復帰しているOBやOGを講師として招いて話を聞いたり、当事者研究にも力を入れることにしました。そこで語られた症例や生活スキルは、貴重なデータバンクとして蓄積され、利用者の間で共有されます。

Tさんも、それらの研修を通じて、統合失調症の症状として、幻聴や妄想だけではなく、記憶の欠落のような認知機能障害があることを初めて知りました。また、自分の思考パターンが「~すべき」という義務感に縛られていることに気づかされ、ストレスから身を守るために、いまはそのような圧力を自分にかけないよう心がけているそうです。

20代のときには、派遣先で正社員よりも多くの残業を引き受け、深夜に帰宅して、睡眠不足を顧みることもありませんでした。そのように自分を追い込むことを止めて、「自分を休ませることも、仕事のうちだ」と思うことで、仕事と適度な距離を取り、マイペースを保つコツもわかってきました。

ピアサポートによって、自分を開く

この事業所のもうひとつの大きな特長は、当事者同士の支え合いの力、ピアサポートに大きな期待を寄せていることです。

施設長の藤さんは、「統合失調症の人は、過去の強い挫折体験をきっかけに孤独に陥り、社会の偏見や他人のまなざしを警戒しています。しかし、ここにいるのは同じ仲間だけなので、偏見をもたれることもなく、遠慮なく話ができ、徐々に明るさを取り戻していく」と話します。

そのようなピア(仲間)の力をさらに活かすために、利用者が主体となって運営・企画するプログラムも用意しています。

画像

「リドアーズお茶の水」 室内

Tさんは、さまざまなプログラムの中で、パソコン研修のグループワークが印象的だったと言います。以前にハローワークでパソコン技能実習を受けていたので、いつの間にか、みんながTさんにアドバイスを求めてくるようになっていきました。それまで人に何かを教える経験はあまりなかったので、人とかかわる上での苦手意識が薄れ、自信につながったそうです。

あるときTさんは、仲間たちと、事業所見学会に向けてのプレゼン資料を作ることになりました。Tさんはまとめ役となり、データ収集やアニメーション作りなどを分業にしたことで、総合的に資料の質を上げることができました。チームで力を合わせないとできないことがあると気づかされ、そのときの達成感は忘れられないと言います。

社会復帰の体験者に勇気をもらう

Tさんの通った事業所には、支援員の中にも、ピアがいました。研修担当者であった精神保健福祉士の高橋麻貴さんです。高橋さんは、統合失調症ではありませんが、30代のときに子育てが原因でうつ病を発症、リストカットなどの自傷行為に苦しみ、入退院を繰り返しました。その後、境界性パーソナリティ障害と診断され、Tさんと同じように30代は社会と隔絶した生活を送り、就労支援によって社会復帰した経験をもっています。

画像

「リドアーズお茶の水」支援員の高橋麻貴さん

Tさんにとって高橋さんは、研修の指導者というだけではなく、自分に勇気を与えてくれた大切な人でした。

「自分が当事者であることを包み隠さず話してくれて、利用者の相談事を親身になって聞いてくださる。障害があっても、社会に出て、人の役に立てるのだなあと思いました。話だけではなく、実際にそういう人と出会ったことで、“自分も社会に必要とされる人になりたい”という思いが、漠然としたものから強い思いに変わりました」(Tさん)

Tさんは、幸運なことに、企業の人事担当者に向けて行われる合同発表会で、派遣会社の担当者に認められ、その会社の印刷部門で働くことになりました。

高橋さんは、Tさんが認められたのは、「穏やかな人柄でありながら、グループワークで進行役を買って出るなど、心配りができる人だったことが大きいのではないでしょうか。とくに自発的な自己開示が、過去の挫折体験を未来の力に変えようという、好印象につながったのだと思います」と話します。

Tさんは、就職先の人事担当者から「毎日通勤できますか?」と聞かれたときに、自宅から2時間かかる事業所に休まず通って、朝の10時から午後6時まで、研修を受け続けた体験を誇らしく語ったそうです。

生活に乱れがなく、安定通勤できる人材は、企業にとって貴重な戦力です。精神障害者の就労にとって重要なのは、健常者と同等に働くことよりも、無理をせずに自分のペースを守って、長く働き続けることです。Tさんも、10年間の空白を埋めるべく、新たなステップを踏み出しました。そのまま歩み続けてくれたらと思います。

執筆者:Webライター 木下真

あわせて読みたい

新着記事