困窮する子育て世帯に無料で食料を届ける「こども宅食」。先進地として全国から注目を集める宮崎県三股町では、住民のボランティアや地元企業が連携して毎月およそ80世帯に食料を届け、親の就労や子どもの学習など多角的な支援につなげてきました。食を入り口に関係を築き、家庭の抱える課題の解決を目指す伴走型支援、アウトリーチ型支援などと呼ばれる方法です。孤立しがちな貧困家庭を地域で支え、子どもの未来を守ろうとする取り組みを見つめます。
2021年に内閣府が行った実態調査によると、子どものいる家庭のおよそ8軒に1軒が「相対的貧困」の状況にあることが分かりました。
とくにひとり親家庭の状況は厳しく、シングルマザー世帯に限っていえば54.4%が貧困層にあたり、食料を買えなかった経験が「あった」と答えた世帯は32.1%にものぼりました。
こうしたなか、宮崎県三股町は「こども宅食」の先進地として注目を集めています。「こども宅食」とは、経済的な困難を抱えている子育て家庭に食料品を無料で配る新たな支援活動です。
町営住宅で暮らすシングルマザーの木村真紀さん(仮名)は、パートとして働きながら2人の子どもを育てています。
木村さんは3年前から「こども宅食」を利用しています。宅食のスタッフに「気軽に申し込んでほしい」と声をかけられたのがきっかけです。
「声もかけてもらえるから、いろんなことを話したり、相談もできる。これまでは自分でどうにかできないとシングルとしてダメなんじゃないか、といった葛藤があったけれど、シングルだからとか関係なく、頼れるものは頼って生活していいのかなと思います」(木村さん)
かつては近所づきあいもなく、子育ての悩みも1人で抱え込んでいましたが、少しずつ気持ちにゆとりが持てるようになったといいます。
「こども宅食」を運営するのは三股町の社会福祉協議会です。4年前に立ち上げを任された松崎亮さんは、以前から困窮する子育て家庭のサポートを課題と感じていましたが、そうした家庭とつながることすら難しい現実に頭を抱えていたといいます。
三股町社会福祉協議会 松崎亮さん
「これまでも役所などから、困窮家庭や子どもの貧困に関する相談が社会福祉協議会にありました。しかし実態として、そうした家庭から社協が相談を受けたことはありませんでした。それはニーズがないわけではなくて、ニーズをキャッチできていなかった。僕らは“○○相談窓口”といったものをよく作りますが、人って、しんどい状況でも、たぶん相談したくない。困っている家庭とつながっていく仕組みが作れないと感じていました」(松崎さん)
そんなときに注目したのが、2017年に東京・文京区で始まった「こども宅食」です。食品を集めて届けるという仕組みに、困窮家庭とつながれる可能性を感じました。ホームページのデザインが「経済的な厳しさ」を感じさせないのも気に入った点です。
この取り組みを参考にして、三股町のこども宅食「どうぞ便」がスタートしました。
「どうぞ便」のホームページ
「『たくさん余ってるからどうぞ』で『どうぞ便』。福祉サービスや行政サービスを受けるのは、どうしても引け目を感じやすいけれど、福祉っぽくない感じにして、誰しもが利用しやすいデザイン・設計にして。誰であっても、という方がいいんじゃないかなと思っています。」(松崎さん)
申し込みの方法も工夫しています。社協の窓口まで出向くことなく、パソコンやスマホで簡単に申し込めるようにして、間口を広く設けたことで多くの子育て家庭から申し込みがありました。深夜11時や12時にも申し込みが続き、インターネット申し込みの可能性を感じたといいます。そして、申込者の一軒一軒に職員が連絡し、家庭の状況について聞き取りを実施。内容に応じて、ほかの相談窓口につなぐか、「こども宅食」で対応するかを判断しています。
「どうぞ便」では、配達する食材の確保にも知恵を絞っています。例えば野菜にヒビが入っていたり、形が規格外だったりすると、破棄されているのが現状です。
そこで、フードロス削減を考えている企業や農家などに声をかけ、あまった農産物を提供してもらっています。野菜を無償で提供している農業生産法人代表の川路伸吾さんが、取り組みの意義を語ります。
農業生産法人代表 川路伸吾さん
「野菜は規格を維持するために、廃棄するものが多い。せっかく作った野菜なので食べてほしいけど、それを市場に流通させると価格の下落を招くというジレンマがあります。廃棄していた物を食べてもらうことは、ウィンウィンの関係になるので良いと思います」(川路さん)
配達を担うのは住民ボランティアで、とくに65歳以上の高齢者たちが活躍しています。毎回、同じ担当者が届けることで家庭との結びつきが強まり、配達の合間の雑談も大切な支援の一つです。
悩みや困りごとはないか気を配り、家庭の様子は社協の職員と共有します。新たな悩みごとがあれば対応して、仕事を失った家庭には職員が直接出向いて就労相談を実施。子どもの発達が心配という家庭は、専門的な相談窓口とつなげています。
「いま『どうぞ便』だけでも80世帯につながっています。単純に点ではなく、面で関われている。継続的につながることで課題解決できたりすることもあると思います。『どうぞ便』は毎月持っていくものなので、しんどい状況ができた時に関わっていくことができます」(松崎さん)
「こども宅食」を利用する家庭の中には、学習に遅れが生じ、高校進学を諦める子どももいました。そこで、松崎さんは塾講師や学校の教員に声をかけ、子どもたちの学びを応援する「森の子学習塾」を作りました。
2年前から通っている中学3年生のユウヤさんは、一度は諦めた高校進学の夢を「森の子学習塾」で取り戻しました。
元々は活発な性格で、小学生の頃は学校が大好きでしたが、中学校では勉強についていけなくなり、やがて不登校に。目標を失い、将来を悲観するようになります。
そんななか、松崎さんの勧めで「森の子学習塾」に通い始めて、学校にも再び行けるようになりました。機械類が好きなため、工業高校への進学を目指しました。
3月になり、受験が終わると「森の子学習塾」の送別会が開かれ、卒業する子どもたちが一人ひとり、感謝の思いを語りました。塾に参加していた中学3年生5人のうち4人が第一志望に合格。残念ながらユウヤさんの希望はかないませんでしたが、それでも、進学する意欲は失いませんでした。
挨拶をするユウヤさん
「2年間お世話になりました。高校は落ちたけど、次の2次募集に向けて頑張っていこうと思っています。もう受かると信じているので、しっかりこの経験を生かして頑張ります」(ユウヤさん)
周りに励まされて勉強を続けたユウヤさん、2次募集で合格をつかみ取りました。
「つながることで人が変わるのを感じたので、(今後も)つながることにチャレンジしていきたい。つながりが出来ていく中で『しんどいんじゃないかな?』みたいなことを考えながら、お節介かもしれないけど、さらにつながっていくことを頑張る。その結果、いいふうになっていくといいなと思っています」(松崎さん)
松崎さんは子どもだけでなく、親の支援にも乗り出しています。空き家を借り上げて作った工房「キママプロダクツ」では、「こども宅食」を利用する母親たちが働いています。
「そもそも子育てが大変で、その上、働くとなると大変です。ほかにも子どもが不登校だったり、いろいろな要素が絡むと、一般的なパートだとできない。気ままな働き方だと働ける人もいるんじゃないかと、はじめました」(松崎さん)
8人の子どもがいる黒木良子さんは夫の収入だけでは生活が苦しく、育児と両立できる職場を探しましたが、見つかりませんでした。「キママプロダクツ」なら、24時間いつでも育児の合間に仕事ができ、ノルマもありません。
働き方こそ「キママ」ですが、デザイナーが監修した製品の仕上がりは本格的です。デザインの良さが評価され、県内2軒のセレクトショップで専用のコーナーもでき、徐々に売り上げを伸ばしています。
「初任給は1万あるかないかでした。でもこうして作った物で給料をもらうことはすごく大事だなって。自分が仕事をして、頑張って給料をもらったんだと思うと、すごく嬉しい気持ちになる」(黒木さん)
黒木良子さん
2021年に公表された国の実態調査によると、貧困状態の家庭において、就学援助を受けている割合は6割に達していませんでした。さらに、生活保護を受けている家庭はわずか6%。公的な支援が届いていない実態が明らかになっています。
女性や子どもの貧困をテーマに研究している跡見学園女子大学教授の鳫咲子(がん・さきこ)さんは、制度の問題点を指摘します。
跡見学園女子大学教授 鳫咲子さん
「例えば生活保護、あるいは小中学生のお子さんがいる家庭であれば、学校の給食費や学用品の支援を受けられる制度があります。しかし、いずれも困っている方が所得などを証明して、学校や役所に申請しないと支援を受けられないという問題があります」(鳫さん)
そうしたなか、必要な人に支援が届かないという現状を解決する方法として、「こども宅食」の取り組みは有望です。
「『こども宅食』は、できるだけハードルを低くして、困りごとを解決に導いていくアウトリーチ型の支援として画期的な取り組みです。気軽に声を掛けてもらえることで、心配ごとが自分から話せるようになる。それをキャッチしたボランティアさんが社協に持ち帰って、ご本人たちが支援の方と一緒に問題解決に取り組む。いわゆる、『伴走型』と呼ばれる支援を実践されている点が非常に注目されます。(支援を受けている人は)今は地域に支えられている面もあるかもしれませんが、将来、後輩に自分の経験を伝える形で、貢献してくれる機会がきっとあると思います。そうした良い循環を作り出すために、地域の皆さんがもう少し個々の家庭の子どもたちを見守ることに関心を寄せて、新たな支援が各地で生まれるといいなと思います」(鳫さん)
すべての子どもに将来が保証されるような社会にしていくために、子育てを保護者や家庭の責任だけとするのではなく、福祉や地域、コミュニティの役割として、従来の教育の枠組みを超えた支援や見守りが各地に広がることが望まれます。
※この記事はハートネットTV 2022年5月11日(水曜)放送「“こども宅食”でつながろう」を基に作成しました。情報は放送時点でのものです。