日本ではおよそ4万2千人の子どもたちが親の病気や貧困、虐待などを理由に、児童養護施設や里親家庭などの社会的養護のもとで暮らしています。親を頼れず抱えていく生きづらさの影響は、進学や就職など、施設や里親家庭を出たあとも続くといわれています。いま、そうした悩みを抱える人々に向けて、インターネットを通じて情報発信する当事者たちがいます。当事者が当事者に寄り添い、未来を後押しする支援活動を見つめます。
「みなさんこんにちは~。『ぴあ応援ラジオ』の時間がやってまいりました」
2022年1月にスタートした「ぴあ応援ラジオ」は、児童養護施設や里親家庭の中高生に向けて発信している、インターネットラジオです。
「自分も最初は大学進学はできないと思っていたんですけど、できないと思っちゃうとできないので。あきらめないで、いろんな人に聞いて、たくさん動くことが大事なんじゃないかな」(男性)
「大学に通えている自分が今思うことは、勉強は自分の武器になるし自信にもなるなって」(女性)
「中高生のときに自分で抱え込むことが多かったので。でも人に頼ることが最近大切だなってすごく思っていて、できないことはできないって言っていいんだ」(女性)
(「ぴあ応援ラジオ」から)
受験体験や大学生活、ひとり暮らしの節約術など、伝える内容は盛りだくさん。施設や里親家庭で育った経験のある大学生たちが制作しています。
番組の司会を務めるきよみさんは大阪府に暮らす大学2年生です。父親と死別したあと、母親が精神的に不安定になり、2歳のとき、里親の永井利夫さん・サヨコさん夫婦の元にやってきました。永井さん夫婦はこれまで80人以上の里子を育ててきました。
今は保育士を目指し、児童教育を学んでいるきよみさんですが、大学進学は簡単ではありませんでした。
「小学校、中学校のときは、このまま就職するのかなとか。大学に行くためのお金も、どうするんやろって感じやった」(きよみさん)
受験費用や授業料をどう賄うのかが大きな問題でした。
奨学金について調べ始めたきよみさん。返済する必要のない給付型の奨学金を複数利用できることがわかりました。こうした情報収集で自分の不安を解消できた一方で、自分と同じ境遇で育った子どもの進学率が低いことを知ります。
高校を卒業した人の半数以上が大学に進学していたのに対して、施設や里親家庭で育った人の大学進学率は20%だったのです。
高等学校等卒業後の進路 厚生労働省子ども家庭局家庭福祉課「社会的養育の推進について」(2022)をもとに作成
「こんなに極端に(進学率が)低いんやなって。自分にはお金がないし、こういう家庭で育ってきているから無理と思っている子が多いと思う。その子たちが中高生の段階で、(給付型の)奨学金があると知っていたら、進学も考えられていたかなと思います」(きよみさん)
そこで、きよみさんは同じ奨学金を受けている仲間とともにラジオを立ち上げました。
参加しているメンバーは住んでいる地域や生活環境もさまざま。月に1回、大阪、兵庫、千葉、埼玉、東京など全国各地からオンラインで集まり、収録を行います。
番組の流れを作る台本担当、話を盛り立てる司会進行、編集まで、役割を分担して作り上げます。
この日のゲストは大学院に進んだきよみさんの兄、みつおさん。大学進学に向けての心構えについて話し合いました。
きよみ:みつおが中高生やったときに、教えてほしかったことってある?
みつお:大学に進学するんやったら、高校の成績をそれなりに大事にせんとあかんことを知らせておいてほしかったかな。大学入試には高校の成績ってほぼ必要なかったけど、大学に進学してからすぐに申し込む奨学金には、高校のときの成績が必要になってくるから。
きよみ:それはうちもめっちゃ後悔したな。
インターネットラジオ収録の様子
収録の途中、メンバーから投げかけられた「夢がなくても大学に進学してもいいですか?」という質問にも、その場で答えていきます。
きよみ:夢がなくても大学に進学してもいいんかなって思ってる子たちに声かけをお願いしてもいいかな?
みつお:別に大学に進学したらいけないわけじゃないし。夢がなくても、とりあえず進学っていうのもありだと思う。大学に進学したほうが、自分の夢、自分がやりたいことについて考える時間が延びるから、その間にやりたいことを考えるってのはあるかな。
きよみ:夢がないから大学に行かないとか思わずに、自分の選択肢を広げる意味で大学に行くのもありやと思う。
みつお:ほんまにそう。
どんな境遇の子どもたちも、進学や夢をあきらめずに希望を持ってほしい。きよみさんはそう考えています。
「私たちみたいな人って、まわりから『かわいそう』とか、『つらかったね』とか、言われることが多い。でも、楽しいこともあるよとか、みんなが思っているような世界じゃないんだよってこともラジオで発信して、中高生たちが『自分たちもこういう可能性があるんだな』とか『大学生になったらこんなことができるんだ』とか、進学することに楽しみを持ってもらえたらなと思います」(きよみさん)
きよみさん
仲間と番組を作ることで勇気をもらったと話すのは、メンバーのひとりで編集担当のなつみさんです。編集作業は大変ですが、楽しんでいます。同じ境遇の仲間と出会い、交流を深めることが、将来を前向きに考えるきっかけにもなったといいます。
「(自分みたいな境遇の子が)私だけじゃないんだと思いました。自分より頑張っている人もたくさんいて刺激になるというか、先輩の話を聞いていると、自分がやりたいことを本当に実現できるんだなと思います」(なつみさん)
なつみさん
「こんにちは~!スリーフラッグスです」
施設や里親家庭を出たあとの当事者の現状や課題を発信しているユニット、THREE FLAGS(スリーフラッグス)。メンバーの3人とも、児童養護施設で育った経験があります。
父の暴力から逃れるため、小学生のころ施設で暮らした西坂來人(らいと)さん。両親のネグレクトで、生後4か月から施設で育った山本昌子さん。義理の父から虐待を受けた経験を持つブローハン聡さん。
西坂:今回のテーマは施設を出たあとどうなるの?ということでお話ししていきたいと思います。児童養護施設は原則18歳になると出て行かなくちゃいけないんですけど、おふたりはどんな経験されました?
山本:17年間ずっと施設にいたけれど、出た瞬間にみんなが離れていく感覚というか、築きあげてきた信頼関係ってなんだろうっていう孤独感がすごかったですね。精神的なつらさがありました。
ブローハン:2、3年後くらいに一度、施設に遊びいったとき、同じ建物、見覚えのある部屋なのに、住んでいる人や子どもが違うと、自分が育った場所がまるで違う場所に見えてしまって、違和感があって・・・。もう自分の場所ではないなって。初めて自分の居場所はなくなった、失ったと思ったね。
施設や里親家庭を出たあとに、それぞれが経験した孤独や不安が活動の原動力になっています。
西坂:本来、居場所ってみんなあるものだと思っている人もいるかもしれないけど、当たり前にあるものがない若者たちがいて、それが結構つらいことなんだよっていうのが、イメージしづらいと思うんだよね。
ブローハン:何もなくとも受け入れてもらえる、自分がどんな状況でも戻ってこられる場所があるのはすごくいいなと思ってる。
山本:(インターネットの)ツールを通して、うちらみたいな児童養護施設出身者がいるんだと思ってほしい、ひとりじゃないって伝えたい。
西坂來人さん、山本昌子さん、ブローハン聡さん
3人が目指しているのは悩んでいる人たちの拠り所となること。ライブ配信では視聴者から寄せられた質問に答えていきます。
西坂:『施設から出たあとの喪失感は、どうしたら解消できますか?』
ブローハン:言葉にすると簡単なんだけど、ひとりじゃないよってことは伝えたい。喪失感を一気に解決しなくてもいいんじゃないかな。ゆっくり時間をかけるものなのかなって思うし、ある意味それは一生消えないかもしれない。でも、そういう向き合い方はすごく大事なのかなって。
自身の経験を踏まえて視聴者に語りかけるブローハンさん自身も、誰にも悩みを話せず苦しんできました。
義理の父からの虐待が始まったのは4歳のころ。小学5年生のときに保護され、高校卒業までを児童養護施設で過ごしました。
施設を出たあとは、看護助手として働きました。しかし、お金や仕事の悩みを相談できる人が身近にいなくなったことで精神的に追い込まれ、生活は不安定に。
ようやく自分の思いを打ち明けられたのは26歳のとき。支援団体の人に出会い、初めて苦しい胸の内を吐き出しました。
「そのとき、たぶん初めてちゃんと言えたんです。『よくそこまで全部話してくれたね』『肩の上にものすごい重さのものが乗ってたよ』って言われて、気づいたら、ボロボロ泣いていて。でも話したあとに、その乗っていたものがスッと落ちたんです。コミュニケーションを取ったことで、心もすごく救われた。人は誰もがひとつのきっかけで変わる可能性を持っていると思っていて、今度は自分がもらったものをプレゼントしたいと思っています」(ブローハンさん)
ブローハンさんは今、埼玉県の支援を受け、当事者が実際に集える居場所「クローバーハウス」の管理人を務めています。当事者が無料で利用できる、交流と相談の場所です。利用者はおしゃべりをしたり、ひとりの時間にひたったり、思い思いに過ごします。
ここでは、さまざまな支援も受けることができます。衣服や生理用品を無償で提供。スーツの貸し出しも行っており、お弁当は1つ100円で購入できます。こうした支援が、繰り返しこの場所を訪ねるきっかけになればと、ブローハンさんは考えています。
「服も高いから、すぐ買えるわけじゃないし。(ここには)かわいい服もめちゃくちゃあるから。めっちゃ助かってます。ひとりぼっちじゃないって感じられる」(利用者)
大切な面接の直前や、学校帰りに立ち寄る場として、「クローバーハウス」は若者たちを支えています。
「家かな。家。ホーム」(利用者)
このクローバーハウスに毎週のようにやってくる利用者のひとり、音羽さんは現在、自立援助ホームで生活しながら保育の専門学校に通っています。
音羽さんは幼いころから両親に虐待を受けて育ちました。
「とにかく親にどれだけ怒られない人になるかというのを続けてた。自分を犠牲にして、いい子を演じ続けた生き方をしてきたんです。でも、イライラするし悲しいし、苦しいし、名前付けできない怒りみたいなのがずっとあって、それを我慢し続けるのがつらかったです。感情を押し殺すのが限界に達したときに、助けを求めていました」(音羽さん)
音羽さん
救いを求めてインターネットで支援の場を探していたところ、スリーフラッグスの動画を発見。集える場所があることを知りました。
「クローバーハウスに初めて行ったときは、人間不信だったし、人のことが嫌いで関わりたくないみたいになっていて・・・。でも、(管理人のブローハンさんに)話を聞いてもらったりするなかで、いい子じゃなくてもいいんだよっていうのを言葉でも言ってくれるし、態度としても表してくれるから、自分の本当に思っていることを話して、それを共感してくれる人がいて、気が抜けたような感じになりました」(音羽さん)
ここに来ることで、人とつながり、少しずつ信じることができるようになりました。
「人のことを知ろうって思えるようになりました。みんながみんな、今まで出会ってきた大人だけじゃないんだなと思って、今は人と関わるのが楽しくなったかな」(音羽さん)
クローバーハウスの利用者がより多くの支援者とつながるきっかけになればと、ブローハンさんは新たな活動を始めています。
施設や里親家庭を出たあとに役立つ情報をまとめた、ウェブサイト「なびんち」。仕事や住まい探しなどを支援する団体を紹介しています。
最大の特徴は、社会的養護の経験のある若者たちが、自ら支援団体を取材して作る動画です。
この日は、クローバーハウス利用者の音羽さんとなおとさんがインタビュー。取材先は、関東で活動する、住まいサポートや就労支援を手掛けるNPO法人の土濃塚さんです。
取材の進め方は音羽さんたちが自由な発想で決めていきます。自分の言葉で思いを伝えていくことが当事者にとってなによりも大切だと、ブローハンさんは考えています。
音羽:(児童養護施設を出た子どもたちとの)関わりの中で、大切にしていることはありますか?
土濃塚:本当に自分の子ども、自分の弟のように接しています。うちの家族と一緒に出かけたりとか、年末年始に予定がなければ、「じゃあ年越しうちに来る?」とか、そういうことはしていますね。
音羽:すごくすてきですね。
なおと:土濃塚さんの夢はなんですか?
土濃塚:大人の助けを必要としている子どもたちを、すべて救えるぐらいの器量のある男になりたいなとは思います。
なおと:めちゃくちゃカッコいいですね。
実際に支援者の声を聞くことで、支えてくれる大人の存在を実感していきます。
「たくさんの人を見て、生き方を学んで、自分がどう生きたいんだろうというのを選べるようになっていくと思う。うまく人に頼りながら、最終的に自分の足でも立てるようになっていく。人によってペースが違うから、自分のタイミングで歩き出してくれたらいいなって思います」(ブローハンさん)
「『あなたは何も悪くない』。過去にも未来にも負い目を感じず生きていこう」(山本さん)
「『ひとりじゃない』。あなたはひとりじゃないのでまわりの大人の人にも助けてもらいましょう」(きよみさん)
「『Restart!』。いつだって今日からスタートできる。自分の人生、自分が主人公です」(ブローハンさん)
当事者が自ら声をあげて行う支援。そこには次の世代にとって、より良い未来になるようにという強い願いが込められています。
※この記事はハートネットTV 2022年5月17日放送「当事者目線のリアル支援」を基に作成しました。情報は放送時点でのものです。