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家族との時間を守るために 小児在宅医療の現場から

記事公開日:2018年06月26日

重い病気や障害のため、医療のケアを受けながら在宅で生活している子どもたちが増えています。痰の吸引や経管栄養などを自宅で受けながら日常生活を送る子ども。入院よりも家族との心安らぐ時間を選んだ子ども。そんな子どもたちが安心して家族と一緒に暮らせるよう、日本で初めて子ども専門の在宅診療所を作ったのが医師の前田浩利さん(55)です。子どもたちとその家族のために東京の街を奔走する前田さんの姿を追いました。

「先手」で暮らしを守る 子ども専門の在宅診療所

東京・墨田区のとある診療所。
小児科医の前田浩利さんが立ち上げた子ども専門の在宅クリニックです。
前田さんの診療所は、病気の患者がやってくるのではなく、10人ほどの医師が出かけていき、手分けして子どもの家を訪ねて診察します。こうした訪問診療を子ども専門で行う医療機関は、全国でもほとんどありません。

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現時の患者は、東京23区のあちこちに暮らす420人。移動には高速道路を使います。すべての子を最低月に2回、定期的に診ることで体調を管理し成長を見守っています。

山下隼くん(9)。先天性の心臓病で、0歳の時から数々の手術を受け、命の危機を乗り越えてきました。

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心臓の手術の多くは無事終わっていますが、いまは「呼吸」に注意が必要となっています。隼くんは「気管軟化症」という病気で気管がつぶれてしまいやすく、呼吸状態が不安定で、呼吸器に感染症などのトラブルが起きがちです。

空気の通り道を確保するため、喉元を気管切開し、穴が開けられています。
隼くんのような子どもは、この小さな穴のトラブルから、命が危ぶまれることさえあります。異変をいち早く見つけることが極めて重要です。

「どうしても乾燥した空気がいつも流れているから、気管がちょっと弱いんですよね。出血しやすくて。だからそういうときは躊躇なく、在宅で水分を点滴するんです。そうするとすぐ良くなります。」(前田さん)

体調が崩れてから病院に連れて行くのでは、すでに病状が悪化していて手遅れとなることも少なくありません。入院すれば数か月に及ぶこともあり、家族にとって大きな負担となります。

「家族の生活の崩壊と引き換えに入院治療っていうのは成立しているんですよ。お母さんが付き添いをしたらやっぱり、当然のごとく家族が分断されるわけですよね。だから向こうから言ってくる前に先手先手でずっと捕まえていくんです。」(前田さん)

前田さんの診療所では、定期的な訪問診療の他にも、家族からの要請で急な往診にも対応します。 医師たちの携帯電話には、患者の家族から熱が出たり咳が止まらないなど子供の様子がおかしいという相談の電話が一日中かかってきます。わずかな異変も連絡してもらい医師が駆けつけることで、大きなトラブルになることを防いでいるのです。

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「患者さんをみんなで追いかけてるんですよ。なんかあったらやって来てね、じゃなくて。僕たちは出かけていく医療なので。」(前田さん)

前田さんのような小児在宅医のニーズは、いま急速に高まっています。
近年、医療の発達により、NICU(新生児集中治療室)を中心に早産、難病、分娩のトラブルなどの重篤な状態から命を救える子どもたちが増えました。新生児の死亡率は1,000人あたり0.9人(2017年)と世界で最も低く、日本は世界一赤ちゃんを救える国となっているのです。

その結果、病気や障害が残っても、医療のケアを日々受けることで生きていくことができる“医療的ケア児”も増加。いまや全国で1万8,000人といわれ、10年前の約2倍近くに増加しています。

しかし、こうした子どもが家で暮らすサポートをする在宅医の数は、多くはありません。
これには医師たちの間で小児在宅医療への関心が高くないことに加え、子どもたちの多くが希少難病のため在宅医にも専門的な知識が求められることもあり、敬遠されがちという事情があります。
また、東京では医療的ケア児が比較的集中していますが、地方では患者の数が少ないため、そもそも小児専門の在宅診療所は成り立たないのです。そこで病院に勤務する小児科医や、成人患者を診ている在宅医の協力が必要となっています。

取り戻した声 在宅医だからこそできたこと

小児在宅医の仕事は、命と健康を守るだけではありません。
子どもの成長、家族の思いに寄り添い、生活を楽しく豊かなものにしていくことが求められます。

山田萌々華さんは、全身の骨がもろく育ちにくい病気で、体は小さめです。
歩くことはできませんがおしゃべりが大好きな、10才の女の子です。

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しかし、実は萌々華さんは、一度、声を失ったことがあります。

5歳のとき肺炎で呼吸不全になり、命を守るため気管に穴を開ける気管切開の手術を受けました。その手術の際、病院の医師たちから、元の声は出せなくなると告げられました。元々、呼吸の力が弱かった萌々華さんは、気管に開けた穴から、吐く息の多くが抜けてしまうようになったのです。

声を失ってしまい、明るかった萌々華さんは変わりました。

「笑わなくなりました。笑顔がまったくなくなりました。体は動けなくても、いままでおしゃべりができて何でも伝えられた子だったので、結構きつかったみたいです。」(母親の美樹さん)

そんな萌々華さんに出会った前田さん。在宅医として多くの気管切開をした子の成長を長年見守ってきた経験から、声を取り戻す方法を考えました。

それは、病院から息が苦しい時にだけつなぐよう渡された人工呼吸器を常につけて過ごすこと。機械の力で深い呼吸をさせて、小さな肺を広げるリハビリをしたのです。このリハビリが功を奏して萌々華さんの呼吸量は増え、半年後、声が戻りました。萌々華さんと家族は、元のようにおしゃべりの絶えない明るく賑やかな毎日を送っています。

「病院では声が出なくても、命を保っていれば文句を言う人はいないわけですよ。病院のミッションはそれだから。でもそれが在宅だと、在宅医の結構重要な目標になるわけですよ。笑わせてあげないと。笑えるようにしてあげないと。あるいは遊べるようにしてあげないと。だからもう一歩踏み込んだ、症状のコントロールが家でこそ必要になる。」(前田さん)

在宅医療を必要とする子どもたち

在宅医が暮らしを守る「医療的ケア児」。本人や家族へのサポートは、いろいろな場面で必要になります。

土居雫さん(0)は、出産時の事故によって重度の低酸素性虚血性脳症となりました。

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「出産の時に予期せぬ事故で、3、40分の間、雫ちゃんに酸素が行かなかったために脳に大きなダメージを負ってしまった。将来的に立ったり歩いたりすることはまず難しいだろうと言われています。」(雫さんの母)

入院した病院では、治療を続けるかやめるか、決断を求められました。

「医師からは、“命を生きながらえさせることだけがすべてじゃない”、と。やれることがあれば心臓を動かす薬を使ってでも、とにかく生きさせてくださいという考え方に立つのか、家族の中で考えてくださいっていう話をされたんだと思っています。」(雫さんの母)

(決められましたか?)
「決められません。もう決められません。それは本当に。決められないのは、この小さくても温かくて動いている体を前にして決められないのと、自分の価値観で決めていいのかっていう葛藤もありますよね。私じゃないので。」(雫さんの母)

退院して自宅で暮らす子どもと家族の負担は大きく、医師の診療以外にも多くの支援が必要です。
訪問看護師による体調管理や医療ケア、ヘルパーによる生活支援、理学療法士によるリハビリ、薬剤師による訪問指導、行政機関による福祉サービスの紹介と調整…さまざまなスタッフでチームを組み支えなければ、障害のある子どもの成長は十分には促せず、家族も疲弊してしまいます。また、気持ちの上でも子どもや家族の相談を聴いてくれる存在が重要です。

雫さんも、訪問看護師や理学療法士が家を訪れてリハビリを行い、少しずつ体が動くようになってきました。

「障害児とか病気のお子さんを持った方たちって、世の中では子育てや医療のことも親の責任という風が大きいかなと思うんですけれども、本当に1人で抱え込まないで、助けを求めてもらえたらいいなと思います。」(訪問看護師)

福島星哉さん(21)は、交通事故による脊髄損傷のため自発呼吸がなくなり、気管切開と人工呼吸器が必要になりました。

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「自分は首から下がまったく動かない状態で、いま人工呼吸器を24時間つけて生活しています。」(星哉さん)

17年前から前田さんの患者だった星哉さん。小学校に入学するとき、人工呼吸器をつけていることから、地元の学校でははじめ、受け入れに難色を示しましたが、前田さんが教員たちにかけあい、学校でどのように過ごせば危険がないかを伝え、いざというときに自分が駆けつけると約束して、友だちと通えるよう助けてくれました。学校では、友だちにも助けてもらいながら毎日一緒に学び、運動会や遠足などの行事にも参加することができました。医療的ケアのある子供が学校に普通に通えるかは自治体ごとに対応が異なり、今も全国で問題となっています。

中村隼士くん(7)は18トリソミーです。

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「結婚したのが、私がもう37歳の最後ぐらいで。産めるものならば子どもを産んで育てたいなっていう思いがあって。エコー検査をしたら、おそらく合併症の多さからして18トリソミーでしょうと告げられて。」(隼士くんの母)

出産当時、医師からは、1歳まで生きる確率は5-10%と伝えられたといいます。

「隼士が生まれてから、生きること、命に関して自然と考えてるんだと思います。あまり難しく、『命とは』、とかじゃなくって。どうせ失われる命だったら何もしないでいいっていうことじゃないよねっていう。意外と多分、普通に生きたいと思うと思う。楽しい思いしたい、やりたいことやりたいなと思う気がして。」(隼士くんの母)

難しい病気があっても、毎日を楽しみたいという気持ちは同じ。そんな思いを在宅医療は支えています。

かけがえのない、子どもと家族の時間

子どもが自分の家で家族と過ごす時間を守ることに、人生を捧げてきた前田さん。その原点には、病院と在宅とで全く違う様子の子どもたちを目にし、衝撃を受けた経験があります。

前田さんはもともと病院に勤め、小児がんの治療に全力を注いでいました。しかし、手を尽くしても決して治せない病に、悲しみや怒りの中でもがく子どもが常にいました。

「責めるわけですよね、僕をね。どうして治らないんだって。病院に踏みとどまって、ちょっとでも自分の病気をよくしたいと。それは周りの人の気持ちに応えるために。みんな期待して待ってるので、みんな治ってって祈ってるんだから。」(前田さん)

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そんなとき、自分が診た重篤な症状のがんの子が、自宅で過ごす様子を目にします。病院で治療の重圧に押しつぶされていた子が、両親と嘘のように穏やかに暮らす姿を見て、前田さんは治る見込みの薄い患者のために、医師としての自分ができることを考えます。

子どもにとって、家族にとって、大切なことは何か。
行き着いたのが、一瞬一瞬過ぎ去っていく子どもと家族のかけがえのない時間を、楽しく前向きに過ごせるよう助けることでした。

「家族にはすごい緊張感と圧迫感とがあります。『なんでうちの子だけ満足に生まれてこないの。みんな元気じゃない』って。そこは恨みだったり怒りだったりするんですよ。世界に対するとか、運命に対するとか。それをこうなんていうかな、転換してもらいたい。生まれて来て良かったとか、うそ偽りなく本当に言うんですよ。親子で良かったって。」(前田さん)

前田さんは現在、在宅で小児がんや難病の子どもの緩和ケアや看取りもおこなっています。
「人生は、ずっと続くわけではない」。
病気のためにやるせない思いでいる子どもたちや家族に、今を生きてもらいたい。
どうすれば家族の時間を怒りではなく喜びの中で過ごしてもらうことができるのか。
今日も、前田さんは診療所の仲間たちといっしょに、東京のどこかを駆け回っています。

※この記事はハートネットTV 2018年6月20日放送「 家族の時間~東京・ある小児在宅医と、子どもたち~」を基に作成しました。情報は放送時点でのものです。

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