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人が好き土が好きそして私が好き~沖縄で紡ぐ言葉~

記事公開日:2018年06月22日

観光地として人気の伊江島では、かつて沖縄戦で多くの住民の命が奪われました。この島で宿を営みながら戦争体験を語る木村浩子さんは、脳性小児麻痺の影響で体に障害があります。戦時中、障害者は“生きる価値のないモノ”と扱われた事実を社会に訴え続けている浩子さん。「この体で何ができるか」 浩子さんが沖縄で紡ぐ平和への思いとは。

「平和でなくっちゃ」 浩子さんの生き方の原点

沖縄本島からフェリーで30分。沖縄本島北西に浮かぶ伊江島は、豊かな自然に恵まれた人気の観光地です。

しかし、今から70年前、ここは沖縄戦の激戦地でした。
当時東洋一と言われた日本軍の飛行場を狙い、アメリカ軍が上陸。住民を巻き込んだ激しい地上戦は6日間にも及び、島民の半数に近い1,500人以上が命を奪われました。

周囲およそ22キロ、車なら1時間ほどで1周できる小さな島は、今もなお、その土地の3分の1が米軍基地で占められており、3年前からは新型輸送機・オスプレイの訓練も行われています。

そんな伊江島の地へと33年前に移り住み、この島で平和を訴え続けているのが、木村浩子さんです。脳性小児麻痺で体に障害がある浩子さん。わずかに動かせる左の足先だけが頼りです。

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77歳になった今でも、浩子さんは全国各地へ出かけて戦争体験や沖縄の“いま”を伝えています。
今年2月、京都にある福祉施設を訪れた浩子さんは、次のように語りました。

「私は沖縄が大好きで、この32年間を見てきました。この32年間、曲がりなりにも、戦争はじかに起こっていません。それは憲法があったからだと思います。」(浩子さん)

浩子さんは、移住してから小さな宿を運営してきました。
浩子さんのアイデアが活かされ、誰もが快適に過ごせるよう全館バリアフリーになっています。

この日、沖縄市から1組の家族がやってきました。宿を訪れるのは3度目というこの一家の双子の次男・陽太くんは、脳性小児麻痺のため手足が自由に動かせません。

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「子どもたちに生きる力を感じて欲しい。浩子さんの生き方を、人生の道しるべにしてもらえたらいいかなと思って今日は泊まりに来ました。」(陽太くんの母)

この宿の名前は「土の宿」。

「『人は土から生まれ土に還る』という言葉があるんです。土がなければ人間は機械になってしまうような気がしてならないし人間は自分らしく生きることはできないと思っています」(浩子さん)

浩子さんの活動の原点は、障害を理由に日本兵に殺されかけたことにあります。

1937年、浩子さんは満州に生まれました。まもなく軍人の父が戦死し、山口県に引き上げた浩子さんと母・喜美子さんのもとに、日本兵がやってきたのです。

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「ここに障害者の子どもがいるだろう、有事の時は邪魔になるから親の手で殺せって青酸カリという薬を持ってきて」(浩子さん)

それはちょうど、戦況が厳しくなってきた頃のこと。母・喜美子さんは7歳の浩子さんを背負って山の中へと逃げこみました。人目を盗んで暮らすこと3か月。ようやく終戦を迎え、生き延びることができました。

こうした体験が浩子さんの原点となっているのです。

「障害者も健常者も平和でなくっちゃ何も考えられない。この体で何ができるか」(浩子さん)

その後、母を病気で失ってから画家として自立した浩子さん。出産にも挑み、子育てする姿が注目されました。

「障害者である前に、1人の生きてる人間として何を目指して生きるかってことをずっと考えてきたんです。」(浩子さん)

福祉や平和について語り合う場を 沖縄・伊江島との出会い

そんな浩子さんが、初めて沖縄を訪れたのは40歳の頃。沖縄の歴史と現状を肌で感じ、平和のために何かできないかと考え始めます。

「伊江島は戦争の激戦地でもあって。沖縄問題を縮小したような島です。それをじかに触れたいと思っていたし。痛みとか悲しみとか忘れてはいけない。」(浩子さん)

そうして出会ったのが伊江島の農家だった阿波根昌鴻(あはごん しょうこう)さんです。

戦後、伊江島では多くの農家が長年耕してきた土地を米軍に強制収容され、最大で島の土地の3分の2が取りあげられました。

「人が生きるためには土地が必要だ」と訴え続け、土地の返還を求めて先頭に立っていたのが阿波根さんでした。

その阿波根さんが、浩子さんの思いを支援するため、自らの土地を譲ってくれました。それが、この宿の出発点となりました。

宿の建設が始まったのは1983年。当時取材を受けた浩子さんは次のように語っています。

「福祉とはとか平和とかを考えていくところにしたいと思います」(浩子さん)

翌年完成した「土の宿」の評判は口コミで広がり、国内外から多くの客が訪れました。
障害のあるなし、立場や考え方の異なる人たちが、平和や福祉について語り合う場となったのです。

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子どもたちのために 戦後70年の今、強まる平和への願い

今、浩子さんは宿の近くで1人暮らしをしています。ここ数年、体力が落ちてからは1日4回ヘルパーを頼んでいます。できることもだいぶ限られてきました。唯一自由に動かせていた左の足先も、今は携帯で文字を打つのがやっとです。

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「きついからね毎日。足はしびれる手はしびれる。頭だけはまだしびれていない(笑)。」(浩子さん)

この日、島に暮らす玉城キクさん(86)がやってきました。浩子さんとは本音で話し合える、気心知れた友人です。

キクさんは、新聞の切り抜きを嬉しそうに持ってきて見せてくれました。新聞記事には、去年浩子さんが中央アメリカのコスタリカを訪問した時のことが記されています。

コスタリカは平和憲法の下、軍隊を持ちません。どう平和を保ってきたのかどうしても知りたいと、浩子さんは準備に2年をかけてコスタリカ行きを実現させたのです。

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キクさんと浩子さんもまた、平和について語り合います。

「戦争の話とかね、日本はどうなるんでしょうね、浩子さん、私、気にしているよとか、いろんな話あるけどね、こんな話したかったの。」(キクさん)

10代で戦争に巻き込まれたキクさん。島での激しい戦いで父を亡くしたキクさんは、母と共に幼い妹や祖父母を抱えて壕(ごう)から壕へと逃げ惑い、なんとか命をつなぎました。この戦争体験を数十年にわたり語り部として伝えてきたキクさんですが、ここ数年、自分の平和への思いが伝わっているのか不安を感じています。

キクさん「70年にもなってね、今からどーしたどうしたって言っても自分のためにもならんし国のためにもならんしね。」
浩子さん「国のためにも自分のためにもなんないけど子どもたちのためになる。」
キクさん「そう思うけどね話してもね。」
浩子さん「これからが大変です。」
キクさん「そうですよ浩子さん、私総理大臣になりたい。」

浩子さん77歳、キクさん86歳。2人はまた会う約束をしました。

「個」は命あっての「個」 平和への思い

宿には今も時折、浩子さんと思いを共にする仲間が集まってきます。その中の1人、島袋ひとみさんは、21年前に宿で働いたことをきっかけに岐阜県から移住してきました。

浩子さんの平和への思いを身近に感じてきたひとみさん。今、浩子さんから受け継いだ思いを自らも伝えていきたいと考えています。

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その取り組みの1つが「民泊」です。島の外の学生を家庭に受け入れています。

ひとみさんが必ず子どもたちを連れて行くのが、伊江島に今も残る戦争の傷跡です。
この日は、滋賀県から中学3年生5人を迎えました。ひとみさんはまず、5人を飛行場へと案内しました。

ひとみさん「ここがね米軍補助飛行場と言って、70年前はねアジア1の飛行場で今でも米軍の基地に伊江島はなっていて、そんなのも聞いたことある?分からなかった?」
中学生たち「(うなずく)」
ひとみさん「覚えておいてね」

子どもたちを連れて戦跡を一つ一つ巡ります。ひとみさんは壕へと子どもたちを案内しました。

「ここですね。4月の22日に、150人の尊い命が奪われた集団自決の場所であります。」(ひとみさん)

ひとみさんは、子どもたちがじかに見て感じることが大切だと考えています。伊江島に残る戦争の傷跡を巡った中学生たちにも、感じるところがあったようです。

「沖縄っていうイメージは基地あるくらいは知っているけど、観光場所って言うイメージしかなくて」(中学生)

そんな中学生たちにひとみさんは次のように思いを伝えました。

「ここに来て、戦争というものに触れたことによって、ちょっとニュースとか見た時に、そういやひとみさんこんなこと言ってたなとか、どっかでひっかってくれたらいいな。うん。」(ひとみさん)

「沖縄の土になりたい」と伊江島にやってきて33年。浩子さんは今日も、島に暮らしています。

「この宿を通していろんな人と出会いがあり、いろんなことを学んできました。私たちは1人しかいない素敵な『個』を持っているんだから大事にしなきゃいけない。それがないと平和も沖縄もすべて考えられないんじゃないですか。『個』は命あっての『個』なんです。その命を脅かすものとか考え方とか絶対にやめなければいけない」(浩子さん)

平和への思いを次の世代へつなげるために何ができるのか。戦後70年を経た今、私たちが考え続けていかなければならない課題です。

※この記事は2015年06月23日(火)放送のハートネットTV「シリーズ戦後70年 人が好き土が好きそして私が好き~沖縄で紡ぐ言葉~」を基に作成しました。情報は放送時点でのものです。

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