さまざまな分野で活躍する、ろう・難聴の先輩が、聞こえない生徒たちに夢を実現するためのヒントを伝授する「聞こえない先輩の課外授業」。今回は難聴の公認会計士、下村和也さん。300以上の企業をサポートする会計事務所の代表として活躍していますが、過去にコミュニケーション方法で悩んだ時期がありました。違いをこえて分かり合うために必要なことを伝えます。
今回の課外授業の先生は公認会計士の下村和也さん。公認会計士とは、国家資格を持つ会計のスペシャリストで、企業の財務状況をチェックしたり、経営のアドバイスなどをします。下村さんは、合格率わずか10%の狭き門を大学在学中に突破し、現在は会計事務所の代表として、およそ300の企業をサポートしています。
公認会計士 下村和也さん
授業が行われるのは、下村さんの地元にある神戸聴覚特別支援学校。テーマは「社会で役立つコミュニケーション」です。今回は高校1年から3年生の19人、聞こえない生徒だけでなく、聞こえる生徒も参加しました。
授業が始まると下村さんは生徒たちに、資格への興味を尋ねます。すると、ITや福祉、調理師など、生徒の多くが資格に高い関心を持っていることが分かりました。
「いつか仕事をするときに、夢(介護福祉士)の資格が欲しいです。おじいちゃんとかおばあちゃんを支えて、喜んでほしいと思って、この夢を決めました」(生徒)
下村さんも自身を振り返り、資格を持つメリットを生徒たちに教えます。
「僕は大学に入ったときに、自分は耳が悪いので就職とかも不利だなと思ったので、資格を取ろうと思っていました。資格が取れるということは、その仕事ができるということなので、いいことだと思います」(下村さん)
資格をいかして、社会で活躍するために欠かせないのは、聞こえる・聞こえないをこえたコミュニケーションだと言う下村さん。とくに自己紹介は、社会に出たときに大事だと考えています。
そこで下村さんが出した課題は、学校ごとに分かれての自己紹介。地域の高校から、聞こえる生徒5人も参加します。初対面の人に、自分のことをどれだけ理解してもらえるか、関係づくりの大切な一歩です。発表している間、手話や文字のサポートはありません。
最初に、聞こえない生徒が発表します。
「僕は高校2年生の、てつきです。好きなことは料理を作って食べることです」(生徒)
「僕たちは基本、聞こえにくい・聞こえない、ということがあるので、IT機器を使って文字を出したり、声をより良く聞こえるようになる機械を使って授業や講義を受けています」(生徒)
続けて、聞こえる生徒たちの自己紹介です。
「私の名前はカノンです。人とすぐに友だちになることが得意で、将来の夢はアイドルになりたいと思っています。高塚高等学校は自然が豊かなところと、部活に力を入れているところと、楽しむことに全力なところがいいと思っています」(カノンさん)
生徒たちの自己紹介が終わると、下村さんからひとつの問い掛けがあります。
「どうもありがとうございました。ちょっと聞きたいんですけど、お互いに『こういうことが知りたかった』とか、『こういうふうにしてくれたら、もっと分かったのに』とか、お互いにあれば、指摘しあってほしいなと思っているんですけど」(下村さん)すると、生徒たちから活発な意見が出てきました。
「声を大きくするとか、口の形をはっきりするとかで分かりやすくなります」(生徒)
「自分は手話ができないから、みんながやってくれているのも理解できなくて、手話ができるようになりたいと思いました」(カノンさん)
お互いのアドバイスを意識して、もう一度発表します。聞こえない生徒は、口の動きが見える位置へ移動。今度はジェスチャーも交えます。
「神戸高塚高等学校は自然が豊かで、部活も力を入れています。たいやき屋さんや、パン屋さんが近くにあって、友だちと遊びに行けたりする学校です」(カノンさん)
その結果、最初の発表より聞こえない生徒、聞こえにくい生徒たちにうまく伝わりました。
「声を大きく、口も大きくしているところが、いいと思いました」(生徒)
「さっきより、口の形が分かったので、聞き取れました」(生徒)
さらに、下村さんから自身の経験に基づいたアドバイスをします。
「例えば僕だったら、しゃべっているときにホワイトボードを使って、めっちゃ書いたりすると思う。今どこをしゃべっているか指で指したら、もっと分かりやすかったと思います。そういうちょっとした工夫で、コミュニケーションは随分と良くなることを伝えたいと思っていたんです。それは相手のことをしっかり考えれば、自然とどうすればいいのかできると思います」(下村さん)
公認会計士の下村さんは、日々、多くの会議に参加しています。口の動きが読めないときは、聞こえる社員に内容を文字にしてもらっていました。仕事をスムーズに進めるため、こうしたサポートは欠かせません。
しかし下村さんには、かつて自分1人の力でなんとかしようと、もがいた時期がありました。働き始めたばかりの頃、取引先との会話が分からず、会議で孤立。聞こえない自分に、公認会計士は無理なのかと悩みます。
その後、留学したアメリカで大きな転機が訪れました。目にしたのは、手話通訳があらゆる場に用意され、聞こえない人たちも等しく活躍できる社会でした。
「自分の努力はするんですけど、人の力を借りて、より自分の能力を発揮できるように、お互い能力を発揮できるようにという考え方に変わりました」(下村さん)
下村さんがアメリカで気付いた「人の力を味方に能力を発揮する」とはどういうことか。聞こえる生徒と聞こえない生徒が、グループになって考えます。とくにコロナ禍の今、コミュニケーションの難易度が上がっていることを生徒たちに体験してもらうのが下村さんの狙いです。
難聴の結衣さんが、聞こえる生徒の中に入り、マスクをつけたままの会議にチャレンジ。テーマは「今、夢中になっていること」についてです。
「何か、はまっていることある?今」(カノンさん)
「もう1回、言って」(結衣さん)
「はまっていること、とか今ある?」(カノンさん)
マスクのため、相手の口の動きが分からず、結衣さんは聞き取れません。そこで、筆談をお願いしてみます。
「筆談で書いてもらっていい?」(結衣さん)
「はまっていることある?」(カノンさん(筆談))
「私?はまっていることは、韓国の歌を聞くこと」(結衣さん)
ホワイトボードで筆談することによって、コミュニケーションが取れたのです。会議を通して生徒たちは実感したことがあります。
「コミュニケーションでみんな何を言っているか分からんから、『筆談でお願い』って言ったら、理解してもらえたことがうれしかったです」(結衣さん)
「耳が聞こえるのと、聞こえないじゃ、自分が伝えたいことを、100伝えられてないっていうのをすごい実感した。今コロナの時期で、耳が聞こえない人とか、マスクとかで生活しにくいやろうなってすごく実感しました」(カノンさん)
授業が終わりに近づき、下村さんは生徒たちに問題を出しました。下村さんが働くうえで大切にしている考えです。
「 1 + 1 = 〇〇〇 」
この3文字は一体何でしょうか?
1人の生徒が「ひとつ思いついたけど、『無限』とか、ありますか?」と答えましたが、少し違いました。
答えは「2以上」です。
「無限まで高まらないですけど、『2以上』にしたいなと思ってやっています。1人だと、どうしてもできることは限られているんですが、手話通訳とかの力を借りると、自分ひとりよりも大きなことができるようになります。そういう意味で『2以上』としています」(下村さん)
答えが持つ意味を知り、聞こえない生徒、聞こえる生徒、それぞれが感じたことを口にします。
「自分は、誰かに助けてもらうことを、少し遠慮してしまうところがあるので、分からないことを積極的に、自分から助けてもらうようにしたいなと思います」(生徒)
「話し方とかも伝える相手によって、ゆっくりしゃべったり、口を大きく開いたり、ちょっと動きを入れたり、伝える相手によって考えていきたいと思いました」(聞こえる生徒)
「2人が力を合わせれば、2つ以上の力を発揮できることを、よく理解できました。やっぱり、人と人とが協力し合えば、これからの未来がさらに進んでいくと思っています」(生徒)
最後に、下村さんは自らの思いを生徒たちに伝えて、授業を締めくくりました。
「自分が頑張っていけば、助けてくれる人も増えるという、いい循環になると思います。これって、聞こえる人・聞こえない人の話だけではなく、みんなそれぞれ得意・不得意とか、できること・できないことがあると思うんです。でも、そういうときにできないことは他の人の力を借りて、できることは逆に自分がやってあげてっていう、助け合いをするのがすごく大事かなと思っているんです」(下村さん)
※この記事はろうを生きる 難聴を生きる 2021年8月21日(土曜)放送「聞こえない先輩の課外授業・公認会計士」を基に作成しました。情報は放送時点でのものです。