東日本大震災の原発事故による避難指示が解除された双葉郡楢葉町。障害者の居場所を作ろうと施設を提供しているのが、作業所「ふたばの里」です。医療機関や福祉サービスが不足しているなど、便利とはいえない環境のなか通い続ける障害者のために、豆腐づくり事業を始めるなど奮闘しています。障害者が安心して帰れる居場所とは。関わる人々の思いを取材しました。
福島県双葉郡楢葉町。東京電力福島第一原発事故に伴う避難指示が解除されたのは、7年前のこと。町は商店や住宅を集約させたコンパクトシティを作り、人々の帰りを待っています。
現在住んでいる人の数は、およそ4000人。震災前の半分ほどです。
そんな楢葉町にある唯一の障害者の作業所が、就労継続支援B型「ふたばの里」です。利用者は古紙の回収やバザーでの収益から工賃を得ています。精神障害がある人を中心に、24人がここで働きながら、思い思いの時間を過ごしています。
ふたばの里
ふたばの里を立ち上げた、早川千枝子さん(78)です。避難指示が解除されるとすぐに、この作業所を再開させました。
早川千枝子さん
「障害のある人が帰ってきても行くところがなくて、うちの中に引きこもりになっちゃったんではかわいそうだから。帰ってきた人がひとりでもいたら来られるように、『じゃあ私ここに来ているから』って」(早川さん)
もともとは中学校の教員だった早川さん。2004年に定年退職すると、障害者の作業所づくりに動き出しました。
そのなかで、精神科の病院に長期入院している人たちのことを知ります。
「家族が大変だったから、入院させたといういきさつが多いんですね。その頃は、いったん入院してしまうと、親御さんが『大変だから』『もう歳もいってるから』『もう面倒見切れないから』と、ずっと入院せざるを得ない人たちがたくさんいたんです。そういう人たちが少しでも社会に出られるように支援しようと(思って始めた)」(早川さん)
早川さんは、退院の相談に乗るなど、128人の障害者を支えていました。
早川さんの作業所での活動
しかし11年前に原発事故が起きると多くの人が住み慣れた町を追われ、生活が狂わされます。
精神障害のある人たちは、かかりつけ医とのつながりを断たれ、症状が悪化。避難先も転々と変わり、過酷ともいえる生活を強いられました。
「環境が変わったり、大勢の人がいるところはだめだったりという障害者もいます。落ち着かなくて、いらいらして、その中で生活するのはなかなか難しい」(早川さん)
早川さんには、忘れられないひとりの女性がいます。統合失調症で、被災後も入院生活を続けていた女性でした。震災から一年が経ったころ、病状も安定。楢葉町への一時帰宅も可能となり、女性は両親とともに、つかの間の里帰りを楽しみました。ところが・・・。
2015年に撮影した早川千枝子さん
「お父さんお母さんとお兄さんと一緒にうちに行ってきたよ、見てきたよって喜んでニコニコしながら話しかけてくれたんですけど、それから2、3日後、警察から『靴が海辺にあるんだけど』と(連絡があった)。海に入ったみたい。私に話したのは、うちに行ってきたっていううれしかった話だったけど、うちの中の様子があまりにもひどすぎて、もう帰れないんだと悲観して。今でも『行って見てきたんだ』って笑ってる顔とか、ここで一緒にいろいろやっていたこととか、ときどき思い出しますね」(早川さん)
避難生活が長引くなか、早川さんが関わってきた障害者のうち、12人が突然死や自死などで亡くなりました。
2015年。避難指示が解除されると、早川さんは真っ先に作業所があった場所へ向かいました。いつ、だれが帰ってきてもいいように迎えようとしたのです。
「誰が帰ってきているのかどうかは全然わからない。だけど、もし帰ってきても行くところがなかったらかわいそうだから、電気をつけて、待っていたんです」(早川さん)
早川さんが、楢葉町で待っている。
木村穣次さん(62)は仮設住宅でそのことを知りました。18歳で統合失調症を発症し、幻聴や幻覚に悩まされてきたという木村さん。避難していたのは、楢葉町から40キロ離れたいわき市にある仮設住宅です。
目に入る風景。ともに暮らす大勢の人。生活音。木村さんにとって、すべてがストレスでした。
「やっぱり気分的におかしかったでしょうね。周りの人がうるさくて、その環境がいやだったんですね。静かだったら別にいいんですけど、うるさいのはやっぱりいやですね」(木村さん)
「早川さんが待っている」
その知らせに、木村さんも楢葉町に帰ろうと決意したのでした。
木村穣次さん
「何でも話を聞いてくれて、安心するというか、心の叫びをわかってくれているのかなと思っています。よく心配してくれていることもわかるし、僕が心配していることもわかるし、早川さんの存在に恩義を感じています」(木村さん)
楢葉町での暮らしを取り戻した木村さん。幻聴に悩まされる日も減りました。
「帰ってきてよかったな。生きてきてよかったなと思っています」(木村さん)
この町に、もっと安心して生活できる場をつくりたい。
2021年の夏、早川さんは、楢葉町で唯一のグループホームを開所させました。しかし現在、入居の希望があっても断らざるを得ないと言います。
早川さんが開所したグループホーム
「世話人さんとお料理を作ってくれる人がいなくて、知っている方に探してほしいと頼んではいるんですけど、ちょうどいい人がまだ見つかってないんです。こういうところで働けるような人は、もういろんなところで働いているので、頼むことが難しいし」(早川さん)
福祉サービスの担い手不足は、楢葉町の喫緊の課題です。
木村さんは今、週2回の家事援助と、買い物など週1回の移動支援を利用しています。
「栄養が偏りがちで、それを正してくれるのが今のヘルパーさんなので、来てくれるのはありがたいです」(木村さん)
しかし、これからも確実に訪問できるという自信はないと木村さんのヘルパーはいいます。
「訪問のヘルパーさんが絶対的に足りなくて、私も含めてだいたい6名のヘルパーで全軒訪問しています。依頼をいただいても、なかなか全部に対応できていないのは申し訳ないなと思います」(ヘルパー)
福祉サービスだけでなく、医療も十分に整っていません。木村さんも通院などで、隣のいわき市まで電車を利用しています。往復1,200円。それが月5回。
障害年金とふたばの里の工賃だけで生活している木村さんには、大きな負担です。
深刻な人手不足のなか、ふたばの里に職員として戻ってきたのが松本善孝さん(41)です。避難先のいわき市から、毎日通い続けています。
子どもの学校のこともあり、いまはまだ楢葉町に戻れずにいますが、自分の帰る場所は、この町だと言います。
「やっぱり故郷でがんばりたいっていう思いは自分の中にありました。ふたばの里が再開するのであれば、地域に戻ってきた障害のある方たちが、楢葉町で元気に過ごしてもらえればいいなって」(松本さん)
今年1月、松本さんは、ある事業を立ち上げました。震災前にやっていた豆腐づくりです。
豆腐づくりの様子
「豆腐の作業は大変ですけど、利用者さんにやってもらえる作業としてはいい作業だと思います。売れれば売れるだけ、利益は利用者さんに還元するものなので」(松本さん)
かつては月200万円を売り上げたという、ふたばの里の豆腐。多くの利用者に豆腐づくりに参加してもらい、その利益を暮らしの一助につなげたいと考えています。
木村さんは、すぐにコツをつかんだようです。
「今やエースですよね。これから本当に豆腐づくりにも入ってもらって、いろいろ活躍してもらおうかなと思っています(笑)。いくらでも高い工賃を払えるように、利用者さんと一緒に遠方にでも売りに行って、売り上げをあげようと。それを目標に毎日、がんばっています」(松本さん)
出来上がると、みんなで訪問販売。町内12か所を回ります。売れ行きも好調のようです。
松本善孝さん
「障害者として見るんじゃなくて、近所に住んでいる人とのふつうのご近所づきあい。朝、会ったら挨拶する。集会所の集まりに行ったら周りの方とお話しできる。ふつうに生活できる環境が本当に大切だと思います」(松本さん)
豆腐づくりが始まって、2週間が過ぎたころでした。木村さんが豆腐づくりをやめたいと打ち明けたのです。
「やめたいと思ってますよ。しんどいというか、しっくりこないですね、うるさくてね。はじめはやる気になったんです。でもやっているうちにうるさいのが嫌になって。まさかうるさい音がしているとは思わなくて」(木村さん)
木村さんは、病気の症状から来る著しい体調の変化と闘っていました。
「僕としてはここにいたいんです。生活できなくなるでしょ、それが怖いんですよ。お金は働かなければ得られないし、そんなに世間は甘くないし。ここでつかんだ今の幸せを失いたくないっていう気持ちですね」(木村さん)
早川さんは、木村さんからお願いされていたかばんをプレゼントしました。
「ひとりでもふたりでもいいから自分で過ごせる場所として、戻ってこられる場所を作っておきたいな。いつ来てもいいし、いつ帰ってもいいし、何をやってもいい。カラオケで2、3曲歌って『ああせいせいした』って帰ってもいいし、なんでもいいから自由にお話できる場があるといいなって。そうすれば楢葉町で、この生活をずっとしていけるかなと。私の夢です」(早川さん)
帰る場所が、あるということ。早川さんの模索は続きます。
【特集】東日本大震災 原発被災地は今
(1)被災地の故郷に戻るということ
(2)障害者が安心して戻れる場所を作りたい ←今回の記事
※この記事はハートネットTV 2022年3月15日放送「シリーズ原発被災地は今② 帰る場所があるということ」を基に作成しました。情報は放送時点でのものです。