福祉の知識がイチから学べる「ハートネットTV」の新企画「フクチッチ」。今回のテーマ「視覚障害」の後編では、視覚に障害がある若者たちの本音トークをお届けします。白杖を使うときの悩みなど、視覚障害ならではの“あるある”話が続出。視覚障害者への声かけのポイントが分かります。さらに、視覚障害がある人も映画を楽しめる「音声ガイド」のお仕事を取材。音で楽しむ映画の世界を紹介します。
視覚に障害がある当事者として4人の若者に、見えないがゆえの生活の困りごとや失敗談について教えてもらいました。
参加した4人の見え方はそれぞれ違います。
野澤幸男さんは全盲。藤田優和さんは視野の中心に丸い見えない部分があります。北名美雨さんはまぶしく感じ過ぎるため、光を抑えるメガネ(遮光メガネ)をつけています。柏木杏さんは1メートル離れると人の表情が分かりません。
弱視の高校3年生、柏木杏さん(18)からは、人の顔が認識しづらいがゆえのエピソードです。
「部活での先輩後輩関係がものすごく苦手です。誰が先輩で、誰が後輩で、誰が同学年か把握していないと立場によって敬語をしゃべるか、しゃべらないかが変わってしまうので。中学生のときに、同学年の子を先輩と間違えて数か月ずーっと敬語で話していたことがありました。話しかけるときは、自分が誰かを名乗っていただけるととてもうれしいです」(柏木さん)
弱視の大学2年生、北名美雨さん(21)は、ひとり暮らしならではの“あるある”について。
「特売されているものが買えないことがあります。たとえば大好きなオクラがすごく安く売っているときに、オクラの場所は脳内マップができあがっているので、ちょっとでも模様替えで(オクラの場所が)変わってしまうと、その時点で買えなくなってしまうんですよ」(北名さん)
弱視の高校2年生、藤田優和さん(17)はほのぼのとした失敗談。
「バスに乗ったときに、人がいないところに乗ろうと、プライオリティシートだと思って座ったら人がいて、『わー!すいません』って。おじいちゃんの上に座ってしまいました。めっちゃ気まずかったですね」(藤田さん)
全盲の社会人、野澤幸男さん(24)は想像するだけで悶絶しそうな激辛エピソードです。
「とんかつ屋でポテトサラダの隣にからしがのってるやつは絶対トラップだと思う。すごく辛いんだけど、いっぱいご飯を食べて何事もなかったことを装っていました。たまにバレますけどね(笑)」(野澤さん)
口にいれてみないと味が分からない状況は自動販売機で飲み物を買う時も同じだそうです。
北名:味のロシアンルーレットっていうのは、割と自動販売機でもよく起こっていて。見えないとどこに何が売ってるか分からないじゃないですか。私、最近、ひとつ解決方法を思いついたのでシェアしたいんですけど、まず100円だけ入れるんですよ。それで、どれか分からないけどとりあえず左から押していくと、お水だったら100円で買えることもあるので。
野澤:それは頭いいな。
北名:失敗が少なくなりました。
視覚障害について当事者の立場から研究している奈良里紗さん(弱視で視力は0.01ほど)も、見えないことで失敗したことがあると話します。
「お手洗いに行くときによく失敗するのが、男性トイレに入ってしまうこと。男性用・女性用のマークが見えないんです。障害者だから多目的トイレにお連れしようという方、結構いらっしゃるんですけど、多目的トイレって車いすの方も入れるように作りが広いので、その中で迷子になることがあります。ただし、ほかに人工肛門など何か事情があることもあるので、まずはご本人に『お手洗いはどちらにお連れしますか?』と聞いてもらえるといいかなと思います」(奈良さん)
さらに、本音トークは続きます。視覚障害者の歩行の助けとなる「白杖」と健常者からの「声かけ」に、なさまざまモヤモヤを抱えていることがわかりました。
モヤモヤその1 白杖を使うとき
弱視の3人の共通点は視力が徐々に落ち続けてきたこと。白杖を使わずに生活していた頃から知る同級生の前では、白杖を取りだすことにためらいがあると言います。
藤田:意地を張っているわけじゃないですけど、小・中の友人が高校にもいるので、白杖を使い始めることで「お前どうした?」「大丈夫か?」とか言われたくないなと。東京とか人が多い場所なら使えるんですけど、自分の家の近くとかだと、「あの人、白杖ついてるから」と噂になっちゃうんじゃないかなと、やっぱり使わないようにしようと思ってしまう。
柏木:とくに周りが知っている相手、学校の友だちとかだとその人たちの前で白杖を出すのはやっぱり抵抗があります。「今までなんで出さなかったの?」と言われたくないなとか。白杖を出す前と出したあとで、もちろん分かってくれて助けてくれることはうれしいんですが、だからといってちょっと距離を置かれちゃったりしたこともあって、それはやっぱり嫌だなって思います。
一方、北名さんは、ある経験をきっかけに、白杖を持つようになったと言います。
北名:私が白杖を持たなきゃいけないなと思ったきっかけは高校のとき。通学路を歩いていたら、子どもを蹴りあげそうになってしまったことがありました。小さい子どもが走っているところを気がつかなくて、私はそのまま突っこんでしまって。私の見えにくさによって、他の人に危害を加えてしまうかもしれないと気付いてから白杖を持つようにしました。
モヤモヤその2 声かけ
白杖を持つことで、声をかけてもらう機会が増えるといいます。声かけをしてもらえると助かる一方で、知っておいてもらいたいこともあるそうです。
藤田:「ああ、君、横断歩道を探しているんでしょう?」って突然声をかけられて、一方的に「こっちこっち」って連れられて行ったんですよ。自分が行きたい方向は左側だったんですけど真っ直ぐに連れて行かれて、あれーここはどこだ?みたいな。逆に迷って、よけいに時間がかかってしまいました。
北名:たとえば駅の中で、「ここはまぶしいから、方向がわからなくなりそう」とか、そういうことを自分ひとりで歩きながら学習している場合もある。白杖を持っているから、必ず手伝いが必要とは限らないということも知ってもらえるといいなと思います。
モヤモヤその3 “白杖”どうすれば使いやすい?
では、どうすれば気兼ねなく白杖を使えるようになるのでしょうか?議論は白熱しました。
野澤さんは、海外で声をかけられた体験を話しました。
野澤:白杖を持っていると、アメリカだとめちゃめちゃ声をかけられるんですよ。「どうしたの?」と言われて、「いや、ちょっと探検してるだけだから大丈夫だよ!」とか言うと、「OK、エンジョイ!ところでもうちょっと行くと車道だよ」みたいな。
柏木:楽しそう。(白杖を使うことで)ただ、目が悪いですよと言っているだけなのに、「目が悪いから助けてください」と言っていると思われちゃうと困るなと感じていて、何か手伝うことはありますかとか、そもそも助けが必要かどうかを先に聞いてほしいです。
北名:助けがいるか、いらないかの選択権が私たちにあるだけで、断りやすさが断然違ってくるので、最初に聞いてほしいっていうのは、すごくいい案だと思いました。
藤田:「どうしたのー?」みたいな感じで最初に声をかけていただくと、「ああ、大丈夫ですよ」と言いやすいんで。大丈夫だよと言われたら、「あ、そう? じゃあ頑張ってね」って、ある程度ドライに見守ってもらえると自分はやりやすいかなと思います。
野澤:声をかけるか、かけないかに気をつけてほしいというよりも、「大丈夫ですよ」と言ったときにそれを信用してもらえば、それでいいのかなって。
奈良さんは、視覚に障害のある人が気がねなく白杖を持てるようになるには、周囲の受け取り方も大切だと指摘します。
「たとえばこの白杖、実は折りたためるんです。でも、これを出す瞬間はすごく目立つので、勇気がいるわけです。ガチャガチャッと何かが出てきて、『あ!』って見られる瞬間なんですね。高校生とか大学生だと、これを持って外に出るっていうのがとても特別なことに感じてしまう。今まで持ってなかったのに、突然持つと、ものすごくイメチェンしたあとのようなドキドキ感がある。そのとき友だちとかがどうリアクションしてくれるかで、その後のその人の白杖ライフ、『持てるか、持てないか』が変わっていきます」(奈良さん)
とはいえ、「どのように声をかければいいのか分からない」「断られたらどうしよう」などと考えてしまい、白杖を持っている方に声をかけられない人も少なくありません。
「実は視覚障害者側も同じように思っているんです。ものすごく今日、疲れている、イライラしてる。そんな時も、私がここで『助けはいらないです』って言っちゃったら、次は声をかけてくれないかもしれないと考えてしまう。ある意味、視覚障害者の看板を背負って歩いているという気持ちをもっていて、常に気が抜けない人もたくさんいるのです。ミスっちゃいけないっていうのは、実はお互い様なんです」(奈良さん)
<4割以上がホームからの落下を経験>
日本盲人会連合が実施したアンケートによると、ホームから下に落ちた経験がある視覚障害者は4割にも上ります。また、迷っているうちに高速道路に入り込んでいたり、赤信号に気づかずに渡っているなど、危険を伴うような場合には、“声かけ”より前に命を守るための行動が欠かせません。
時代背景や考え方の違いによって分断されやすい「障害のある人」と「ない人」の関係性。「見えない世界」と「見える世界」をつなぐ仕事をしている方はどのように考えているのでしょうか。
松田高加子さんは映画音声ガイド制作者です。音声ガイドとはセリフの合間に聞こえる説明のこと。映像に映し出される情景を言葉で描写し、見えない人のサポートをします。
映像に合わせて何度も原稿を読み直し、ガイドが聞こえるタイミングもこだわりぬきます。たとえば女子生徒がリュックサックを開けて、楽譜をしまうシーン。
ジッパーの音:ジー。
松田さんのガイド:薄ピンクのリュックサックを開け、楽譜をしまう。
「ジッパーの音が聞こえて、『薄ピンクのリュックサックを開け』とガイドが入ると、今の音がリュックを開ける音だとはっきりするので、分かりやすいですよね。だから、使ったら奥行きがでやすい音は拾っています。映画の邪魔をしないで気持ちよく聞けるタイミングも大事なので、それを探す作業も一緒にしています」(松田さん)
松田さんのガイドは映像を説明するだけでなく、聞く人の想像を広げてくれます。この日、開かれたのは、ガイドの表現の検討会です。視覚に障害がある人と中川駿監督が参加しました。
作品は『カランコエの花』。LGBTをテーマに高校生の心情を描いた作品です。主人公の月乃に好意を抱きながらも打ち明けられずにいるクラスメイトの桜。繊細に揺れ動く二人の心情を伝えられているか、丁寧に確かめます。
松田:「月乃のお腹に手を回して抱きつく桜。背中までの長い髪で顔が隠れる」。このときの月乃ちゃんの表情、気になります?
参加者:まったく気になっていません。
参加者:私は全然気にならなかったです。
松田:ここ、監督は月乃ちゃんの表情を拾ったほうがいいと思いますか?
中川監督:いや、ここはみなさんの想像の余地に任せたいところです。
物語の肝となるシーンでは、桜が月乃に思いを打ち明けようとします。松田さんは心情を直接表現する言葉は使わず、視線や表情だけを描写しました。
桜:ほんとはこんな形で言いたくなかったんだけど。
(松田さんのガイド:月乃は視線を外している。)
桜:月ちゃんにはちゃんと理解してほしかったから。
(松田さんのガイド:桜がうつむく。月乃は落ち着きなく目を動かす。やがてまっすぐに桜を見て明るくほほえむ。)
月乃:どうしたの?なんかあった?
(松田さんのガイド:桜も月乃を見るが、また下を向く。)
桜:ううん。いいや。
映画音声ガイド制作者 松田高加子さん
松田:いよいよ重要なこと言いそうだなってときに、ちょっと空気変えてきたな、みたいな感じで聞けましたか?
参加者:うん、聞けました。
参加者:ここでは受け入れる意思はないなっていう表情に見ました。
松田:よかったです。結構大変でした。
一同:(笑い)
参加者:大変だと思いました。
参加者:私、最後のほうはウルウルきました。とても(物語に)入れましたよ。
松田さんの原動力。それは視覚障害のある友人が、一緒に映画館に行ったときに発した一言だったと言います。
「病気で見えなくなってから、急に映画館が自分を拒んでいるような気がして行けなくなってたから、きょう15年ぶりに映画館に足を踏み入れられて本当にうれしいって(友人が話した)。映画は絶対拒否していないはずだから、もっとちゃんと伝えたらもっと楽しくなるよねって思えて・・・。見えない人が犬を連れていたり、白杖ついたり、もしかしたら手話で話している人たちがいたり、外国の人がいるかもしれない。誰もちゅうちょなくそこに集まって、同じものを見て、ああだこうだ言っていれば、『視覚障害がなんだっけ?』ってなるんじゃないかなって思っています」(松田さん)
音声ガイドをつけることで、「見えない人」も「見える人」も楽しめる映画になる。視覚障害教育研究者の奈良さんは、障害のある人を思うことで、サービスの新たな可能性が見えてくるといいます。
「この音声ガイド、見える人たちの世界にも広がってきているんです。映画通の人たちのなかには1回目は普通に見て、2回目は音声ガイドで見て、3回目は普通に見るという人もいる。マーケットにいろいろなマイノリティの人たちも参加して、どうしたらもっといろんな人が参加できるのかなという話し合いを持てたらいいのかなと思います」(奈良さん)
知らないことも、知っていくことで、興味や関心は高まっていくもの。奈良さんは、「“未知”を“既知”に変えていくことで恐怖感はなくなっていく」と仰っていました。そうして、相手への興味や関心が高まっていくと。今後もフクチッチでは障害のある人の感じ方や“あるある”、困りごとなどの取材を通じて、「未知」を「既知」に変えていくための情報を発信していきます。
福祉の知識をイチから学ぶ“フクチッチ”
視覚障害(1) 視覚に頼らない生活の工夫
視覚障害(2) 声かけ&映画の音声ガイド ←今回の記事
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※この記事はハートネットTV 2022年1月17日放送「福祉の知識がイチから学べる新企画!“フクチッチ”(1)後編」を基に作成しました。情報は放送時点でのものです。