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大人の発達障害:就労移行支援事業所で、再スタートを切る

記事公開日:2018年06月20日

「一般企業で働きたいけれど、障害があって、そのまま就職するには不安がある」「障害のためか、どうもうまくいかなくて転職を繰り返してしまったけれど、仕切り直してがんばりたい」。そんな人たちの力になるのが就労移行支援事業所です。今回は、大人の発達障害専門の就労移行支援事業所を経て、再就職を果たしたある女性にお話をうかがいました。

もう転職を繰り返したくない 就労移行支援事業所へ

Fさんは現在38歳。20歳のときに短期大学を卒業して、就職活動をしましたが、就職氷河期で思うような就職先は見つかりませんでした。2、3年のアルバイト生活の後に、不動産会社の営業、図書館の臨時職員、カルチャーセンターの受付など、数年ごとに転職を繰り返し、やがては数か月しか勤めが続かないようになっていきました。

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仕事が嫌いというわけではなく、人と接するのも苦手ではありませんでした。ただ、人一倍疲れやすく、消耗しやすかったと言います。週末にはくたくたになって、遊びに行く気力も残っていませんでした。

友人たちに悩みを打ち明けても、「ちょっと疲れているだけなんじゃない」とか、「仕事ってそういうものじゃない」と言って、親身にはなってもらえなかったそうです。

「30代になると、みんな仕事の要領を覚えて、楽しそうに仕事をしている人もいるのに、自分だけはいつも同じところをぐるぐる回わりながら、ただもがきながら毎日を送っていた」と語るFさん。徐々に精神的な悩みが積み重なって、限界だと思うようになっていきました。

そんなある時、ネットでADHDの症例を見て、自分に当てはまるのではないかと思いました。そして、たまたま発達障害系のサイトで目にしたのが「就労移行支援事業所をめざす」というカキコミです。仕事をする上での困難を軽減するために力を貸してくれる場所があることを初めて知りました。

中でも、「大人の発達障害専門」という就労移行支援事業所が目にとまりました。見学のために訪ねてみると、オフィスは明るく、利用者がみんな楽しそうな雰囲気。スタッフと信頼関係ができていると感じられ、チラシのイラストやキャッチフレーズにも心ひかれました。

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Fさんが気にいったチラシ

障害種別が特定されていて、利用者がいきいきと話ができる事業所ならと、すぐに通所を決意したと言います。

事業所の福祉サービスを受けるには、医師の意見書が必要なので、専門医の診断を受けると、「広汎性発達障害」という診断が下されました。

自分の特性を知り、人とかかわるスキルを身につける

就労移行支援事業所は、一般企業での就労を目標に、就労に必要な知識や能力の向上のための訓練、就職活動の相談支援、定着支援などを行う福祉サービス施設です。2006年の障害者自立支援法によって始まった制度で、年々増加し、現在、全国の事業所数は約3400か所(平成29年度12月)。社会福祉法人が運営するものと、株式会社やNPOが運営するものがあり、利用者の通所期間は2年以内と法律で定められています。

さまざまな障害者が事業所を利用していますが、近年は精神障害者の利用が大幅に伸びていて、Fさんが通っていた事業所のように、「発達障害」に特化した就労移行支援事業所へのニーズも高まっています。

大人になってから発達障害と診断されたり、その疑いがあると言われているようなケースは、グレーゾーンの人が多く、なぜか職場での人間関係に苦しんでいたり、誰もができる単純作業でミスを重ねるなど、人には相談しづらい悩みを抱えています。他の人と自分の違いを理解することが難しいために、対処法を身につけることができず、行き詰ってしまう人が多く存在するのです。

発達障害に特化したFさんの通う事業所は、社会生活を送る上で欠かせない「ライフスキル」を養うことに主眼を置いていました。ライフスキルとは、ものごとのとらえ方のクセやゆがみを自覚することで、日々の行動を改善していくための実践的な技術です。

Fさんの支援をしてきた就労支援員の島田さんは、ライフスキルを重視する理由を次のように語ります。

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就労移行支援事業所「ディーキャリア」の就労支援員・島田皇さん

「大人になってから発達障害と診断された人は、Fさんもそうですが、職業的な能力がないわけではなく、もっと別の理由で職業生活に行き詰った人たちです。彼らに圧倒的に不足しているのは、人とかかわる体験です。そのために、感情のコントロールが難しかったり、相手の立場に立つことができなかったり、自分の要求をうまく相手に伝えられなかったりして、周囲と軋轢が生じます。そのような特性を治すことはできませんが、事業所で人と接する機会を多くもつことで、対処が容易になっていくのです。ライフスキルは、職業生活だけではなく、彼らが幸せな人生を送るための基礎になるものだと考えています」

Fさんが通った事業所では、「ライフスキルコース」「ワークスキルコース」「リクルートコース」の3つのコースを2、3か月ずつ順次学んでいきます。

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就労移行支援事業所のテキスト

「ライフスキルコース」では、理論を学ぶだけではなく、例えば、同僚とランチで行きたい店が違ったときにどうするのか、異なる意見を持った二人の上司の板ばさみになったときにどうするのか、など身近なシチュエーションを設定し、ロールプレイングやディスカッションを重ねて対処法を身につけていきます。

「ワークスキルコース」では、プレゼンテーション資料の作成と発表を通じて、自分に何ができて、何ができないかを見極めます。「リクルートコース」では、企業が求める人材像に沿った自己アピールの方法を身につけていきます。どのコースにも基底に「ライフスキル」の考え方が流れています。

SOSを発信できるので、生きるのが楽になった

Fさんは、自分がどんな状態なのか、なぜ行き詰まるのかを自分の力だけで理解することはできませんでした。しかし、支援員の方に、「一度にやろうとしないで、作業を分けてみたら」とか、「相手の話を聞いていますか?」といった言葉をかけてもらうことで、自分を知るための糸口を見つけることができるようになりました。

「何かを教えてもらったというよりも、支援員のみなさんと、言葉を交わしながら、自分を見つけていったという感じです」と、振り返ります。

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例えば、「人一倍疲れやすい」と感じていた原因のひとつは「過集中」でした。ペース配分も考えず、休憩を入れることもなく、一気に仕事を片付けてしまおうとする傾向が強く、気がつくとコンピューターがフリーズするように固まってしまいました。

また、集団が苦手という特性もありました。2、3人の人間と接している限りは何の問題もありませんが、会議の場で複数のメンバーが次々と発言すると、まったく会話が頭に入ってこなくなります。過剰な情報に対応できなくなるのです。

他にも、広汎性発達障害の人に多い「感覚過敏」という症状もありました。まぶしさに弱かったり、洋服の素材が合わないと体調を崩したりするほか、湿気にも弱く、梅雨の季節には、疲労がたまりやすい傾向もありました。

Fさんはこれまで、障害からくる特性や職場で行き詰る要因、自身に異変が起きていることにも気づけなかったので、周囲に助けを求めることはありませんでした。

事業所での最大の収穫は、「疲れきり、崩れる前にSOSを出せるようになったことだ」と言います。会議の場が辛ければ、その場を離れる許可をもらったり、上司の口頭の指示が頭に入らなければ、文書やメールでの指示をお願いしたり、相手に配慮をしながら、自分の言いたいことを伝えることができるようになりました。

Fさんは、約1年間の通所生活を終えて、この4月から福祉関係の会社で総務の仕事を始めました。障害者手帳を取得し、障害者枠での採用です。闇雲に悩んでいた頃と比べると、いまは生きるのがとても楽になったそうです。

発達障害と一口に言っても、いくつかの種類に分かれ、人によって、その症状は千差万別だと言われています。2次障害によって、その両方に苦しんでいるような例もあります。就労移行支援事業所が増える中で、多様な利用者に寄り添えるように各事業所もさまざまな模索を始めています。利用者は、複数の事業所を比較して、その上で自分に合ったところを選ぶようになってきています。

Fさんのように1年たらずで再就職が決まる人もいれば、2年近くも事業所に通い続ける人もいます。しかし、早ければ早いほどいいというわけではなく、大切なのは就職後に就労を継続することです。自信がもてるようになるまで、じっくりと時間をかけ、誰もが納得のいく再スタートを切ってほしいと願います。

執筆者:Webライター 木下真

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