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障害児への虐待 親と子をどう支えるか

記事公開日:2018年06月19日

今、障害のある子どもが、親から虐待を受けるリスクに注目されています。最近の調査では、障害児入所施設で暮らす子どもの3割が、入所前に虐待を受けていた疑いがあることが分かりました。障害に加え、心の傷を背負った子どもたち。どのようなサポートが必要か?また、虐待を防ぐための親への支援について考えます。

障害児入所施設の子ども 3割が被虐待児の可能性

これまで国による調査が行われたことはなく、実態が明らかにされてこなかった障害児に対する虐待。しかし去年、有志の医師らが「障害児入所施設」の調査を行ったところ、入所前に家庭などで虐待を受けていた子どもが、高い割合で存在することが分かりました。

神奈川県にある障害児入所施設「弘済学園」。知的障害や発達障害のある子どもたち90人が、生活支援を受けながら暮らしています。

2年前に弘済学園に入所したしゅうや君。軽度の知的障害や発達障害の傾向があり、衝動的な行動を起こしやすく、思い通りにならない時には怒り出します。

しゅうや君が施設で暮らすようになったのは、「ネグレクト」が原因でした。甘えたいさかりに、十分な愛情を受けられなかったしゅうや君。今も、母親が好きだった黄色い鳥のぬいぐるみを大切にしています。

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この施設では、入所した子ども1人1人に対し、詳細な記録をつけています。しゅうや君は、自分の失敗を受け止めきれず、問題を起こす様子が記されています。かんしゃくの背景には、障害だけではなく、ネグレクトなどの生育歴が関係することが分かってきました。

一番の問題は行動がエスカレートすること。ある時、しゅうや君はゲームに負けたことをきっかけに、ひどいかんしゃくを起こしました。施設では、障害の特性に対応するだけでは、解決できないと考えています。

「経験的に感じるのですが、マイナスの行動が激しいお子さんほど、本人が“それまで周りから受け入れられてこなかった”という度合いが強い。ここは本当に比例していると思います。知的障害、自閉傾向、ADHDという、本人が本来持っている障害特性に起因している“かんしゃく”と、本人がそれまで育ってきた生活環境の中で、本人の心の中に根付いてきた部分に起因する“かんしゃく”。こういった両方の側面が背景にある。」(弘済学園次長 大永篤さん)

これまでの研究で、障害児が虐待を受けるリスクは健常児よりも高いことが指摘されてきました。そして去年、全国の障害児入所施設492か所を対象にした調査により、子どもの3割に入所前に家庭で虐待の可能性があることが明らかになりました。

調査を行った医師の1人、心身障害児総合医療療育センターの米山明さんは、障害児に対する虐待の現状について次のように話します。

「被虐待児は平均で3割ですけれど、施設によっては、虐待をうけた、あるいはその疑いがある障害児が5割を超えているのは驚きです。ただでさえ子育ては大変ですけれど、その障害ゆえにまた子育てが難しくなったということが背景にあるだろうと思います。障害のあるお子さん、あるいはその家族を支援する仕組みが十分でない、あるいはうまく機能していない。そういったことから、障害児が虐待を受けるということがあり、そのお子さんたちが入所することが増えてきたように思います。」(米山さん)

1人1人に寄り添い、信頼関係を築く

国が定める障害児入所施設での職員の配置基準は、子ども4.3人に対して職員1人。しゅうや君が生活する弘済学園では、持ち出しで職員を増やしマンパワーを増やすことで、子どもたちに対し、なるべく決まった職員が時間をかけて寄り添うことにしています。

「一番関係を築きたい親御さんとの関係に、まだ満たされない部分が残っているなかで、初めて会う大人と信頼関係を結ぶのは、時間がかかると思います。そういったところを、本当に時間をかけて、信頼関係をいろんな方と築ける彼になってもらうことが大事かなと思います。」(しゅうや君の担任 鈴木康平さん)

そんななか、ある日、騒動が起きました。

朝食の配膳中、しゅうや君が食器を落としてしまったのがきっかけでした。自分の失敗を受け入れられず、他の子に八つ当たりしたことから、激しい喧嘩になりました。もともとの障害に加え、心の傷を抱えるしゅうや君。素直に謝ることが苦手です。

鈴木さん「悪いと思ったら“ごめん”と言えばいいの。」
しゅうや君「う~。」
鈴木さん「悪いと思ったら…。」
しゅうや君「死ね!もうみんなと遊ばない。」
鈴木さん「失敗しちゃってイライラしたら話せばいいし、八つ当たりして“悪かったな”って思ったら“ごめん”って言えばいい。」
しゅうや君「大人だし。俺は。大人だ。」
鈴木さん「人のせいにしたら大人になれないよ。」
しゅうや君「悪いのは俺だけどさあ!」
鈴木さん「偉い偉い、そうだ。“悪いのは俺”って言えた。」
しゅうや君「ウー!」
鈴木さん「“悪いのは俺”って言えた。いいの、それで。いいよ。」

しゅうや君は失敗を受け入れ、初めて、自分から友達に謝ることができました。

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「一瞬ですけど、“僕も悪いけど”という話をしてくれた。ようやく自分の気持ちと向き合ったなというところがあったので。そこをまずしっかりと認めていく。“そうだね。自分で言えたね”って。まずはそこが良かったと思います。」(鈴木さん)

親の負担の大きさが障害児の虐待リスクに

身体障害のある子どもの場合、虐待を受けるリスクは、4.3倍。そして知的障害のある子どもは13.3倍※というデータもあります。また別の調査では、発達障害のある子どもの虐待リスクの高さを示すデータも出ています。

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※出典:全国児童相談所における家庭支援への取り組み状況調査報告書(2009年)

このようなデータについて、子どもの臨床心理学が専門の大正大学心理社会学部臨床心理学科教授の玉井邦夫さんは、次のように分析します。

「もともと子どもに障害があれば、子育て中のケアやしつけで繰り返しが多くなり、定着もしにくくなります。それだけ保護者の負担は増えるわけですけど、加えて、子どもに障害があると、その子自身が社会的な経験の幅がどうしても狭まりがちなので、親から認められることが何よりの欲求になってくる。それだけ親子の密室性みたいなものが高まってしまうというのはあります。その分、保護者への支援をしていかないと、かなりリスクとしては大きくなると考えた方がいいと思います。」

障害児を育てる親が向き合う困難とは、具体的にどのようなものなのでしょうか。そして、どのようなサポートがあれば、虐待に向かわずにすむのでしょうか。

札幌市に住む、発達障害のあるゆうた君(7)。母親のゆうこさんは、シングルマザーです。かつて、ゆうた君を叩いて言うことを聞かせていたと言います。

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「可愛いと思っていない自分がいるんですよね。子育てが楽しいとも思っていないし、子どもが可愛いとも思ってなかったし、そういう感情もなかった。とにかく、必死。」(ゆうこさん)

ゆうた君を未婚で生んだゆうこさん。1人でも、しっかりした子に育てようと懸命でした。しかし障害児の子育ては、ゆうこさんの想像を絶するものでした。

かんしゃくを起こしてパニックになると、歩きながら頭を激しく打ち付けたり、座り込んで頭を打ち続けたりするというゆうた君。ゆうこさんは、そんなわが子にどう接すればいいか分からず、途方に暮れ、一緒に死ぬことも考えました。

ところ構わずかんしゃくを起こすゆうた君を恥ずかしく思い、やがて親子2人、引きこもるようになりました。

「世間の目ばかり気にして、あの子を閉じ込めて、あの子を怒りつけて、あの子を叩いてという生活だった。」(ゆうこさん)

ゆうこさんは、自分を止められなくなっていきました。

親を救うことが子どもを救う 「麦の子会」の取り組み

人目を気にし、引きこもりがちな親子2人きりの生活。

そんな親子の転機となったのは、ある支援団体と出会ったことでした。社会福祉法人「麦の子会」です。発達に心配のある子どもに対し、さまざまな支援を行っています。

麦の子会では、学習支援や余暇活動など日中の居場所を提供しています。ゆうた君も2才のころから通っています。子どもには担任が付き、家庭での様子も含め、きめ細かに成長を見守る体制をとっています。

さらに最大の特徴が、親に対しても手厚い支援を行うこと。その1つが、グループカウンセリングです。参加者はみな同じような悩みを持つ親たちで、障害のある子を抱え、誰にも言えなかったことを打ち明け合います。

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参加者A「誰にも言ったことないですね。悩みを話せる人は多分そのままだったら、いなかったと思うので、ここで話を聞いてくれる人がいる。話を聞いてくれて、それを受け止めてくれる、という人がいたのは、すごく大きいなと思いますね。」

参加者B「ここがなかったら、本当にもっとお兄ちゃんを追い詰めていたと思うし、どこかに本当に捨てたいと思ったし、いらないと思ったし、山奥の施設にでも入ったらいいのにと思っていたこともあるので、そういう風になっていたかもしれないですね。」

ゆうこさんは、押し込めてきた感情をオープンにできる仲間と出会えたことで、思い詰めることが減っていきました。

「子どもを救うには親を救わないといけないし、お母さんたちも、自分たちがこんなことをしてと自分を責めているので、人を信頼しないところから始まる。大丈夫だよ、話してもいいし責めることもないんだよという、安心感ある雰囲気のなかで、お母さんたちが、もう1回親としての育ち直しみたいな、関わりの中で、優しくなっていく。子どもとの関わりも少しずつよくなっていく。」(社会福祉法人「麦の子会」理事 北川聡子さん)

麦の子会に出会って5年。ゆうこさんは、育児に対し、新たな気持ちが芽生えました。

「変わりました。極端に言えば、子育てが楽しくなって、こいつ、こんなに可愛かったかなと思えるようになったし、あの子と夕方、5時に会うのが楽しみになったんですよね。」(ゆうこさん)

それでも家に戻ると、いつもの2人きりの生活。今でも時々、衝動的な気持ちがわき上がることがあると言います。そんな時、ゆうこさんは麦の子会に必ず電話します。麦の子会では、職員が24時間電話を受ける体制を整えています。

「本当に今、私、綱渡りで。正直、怒った時も“あー、今日は叩かなかった”とか。でも暴言を言う時もあるので、その時は“先生ごめんなさい”ってすぐに電話をかける。必ず報告をする。そしたら先生は“お母さんよく頑張ったね”って。“お母さん偉いよ”って褒めてもらえる。褒められるようなことじゃないんですけど、当たり前のことなんですけど、でも褒めてくれるんですよ。」(ゆうこさん)

子どもの臨床心理学が専門の玉井さんによると、「麦の子会」のように、24時間体制で支援する体制は、虐待予防という点からは非常に有効だと言います。夜間はもっとも親子が孤立しやすい時間。そんな時に電話をかける相手がいることで、煮詰まった親が子どもとの距離をとれるようになるのです。

障害のある子の親は、障害の特性に応じた関わりをするよう期待され、それが親へのプレッシャーになっていることがあります。虐待を防ぐために重要なのは、子どもに障害があることが虐待のリスクをはらんでいることを支援者側が認めた上で、「1人でやらなくてもいい」「人の力を借りよう」ということを根気強く養護者に伝えることだと玉井さんは訴えます。

国は、これまで児童養護施設などに行っていた虐待の調査を今年から広げ、障害児入所施設も対象にすることにしています。障害児への虐待の実態を明らかにするだけにとどまらず、障害のある子どもを育てることの難しさ、大変さを共有し、親子を孤立させない。そんな仕組みがさらに広がることが期待されます。

※この記事はハートネットTV 2018年6月13日放送「障害と心の傷と」を基に作成しました。情報は放送時点でのものです。

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